求めるほどに遠く

ずっと、好きだった。
初めて会った時からずっと。
だけど、こんな気持ち、きっと傍から見たら『変』以外の何ものでもなくて。
でも、自分はやっぱりこの先もきっと彼の人を好きなんだと思った。
気付かれないように細心の注意を払って平静を装う。
元々、そんなに表情が変わらないタチだ。
無愛想でいても奇怪しいとは思われないことだけは、結構、楽だと思っていた。
中学、高校と恙無く普通に過ごせた。


けれど、数年後のU-19の試合後にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。


韓国との試合が終わって、それぞれ思い思いにロッカールームで着替えていた。
水野と先の試合のことを話していた間宮の所に思いがけない闖入者が。
嬉々として間宮を後ろから抱き締めてくる。
間宮はどうせ藤代だろうと高を括っていたが、それは見当違いで。
『シゲ!うっとおうしいだろ。間宮から離れろよ!』
水野の言葉に少しだけ目を見開いて、間宮は後ろをちらりと見る。
金色の髪の毛。
紛れも無い藤村の、金色の髪が見えた。
「藤村?重いんだが…」
困ったように見た間宮の口唇に、自分のそれを重ねて。
水野も間宮も石化した。
今までそれぞれに着替えたり話したりしていたやつらも、それを見て固まった。
けれど、明らかに水野たちと違うのは、『あーぁ、やっちまったよ、藤村の奴…』というような雰囲気で。
「なっなっな……シゲ!」
大声で叫んだのは水野の方で。
間宮はまだ固まっていた。
水野の言葉に「あぁ、タツボンはうるさいんやから…」といった体で、渋々間宮から離れる。

シゲが離れると、間宮はペタンと床に座り込んだ。
「どうしたんだ?」
心配そうに声を掛ける水野に、魂が抜けたような顔で見上げて、震える声でこういった。
「腰が抜けた…」
「は?」
「なんや、経験ないんやなぁ〜」
と音符が見えそうなくらい陽気な調子でシゲが言った。
勿論、間宮に向かって。
「シゲ、どういう意味だ?それ」
水野が凄い顔でシゲを見ながら問い詰める。
「せやから、エッチの経験ないんやなぁと思ぉて」
耳を掻きながら明後日の方向を向いてシゲが言う。
「………お前は…」
何故か間宮よりも水野の方が物凄く怒っていた。
「ま、そんなんええやん。それより、マムシ」
「何だ?」
「俺とつきあわへん?」
「は?」
「せやから、恋人になれひんかなゆうてんねん。俺、ずっとお前のこと好きやってん」

「………………お前、アホだろ?

シゲのセリフに心底呆れたといった体で間宮は言った。しかも、物凄く強調して。
「そんな、酷い」と態と可愛い子ブリッコをするシゲ。
「お前、この間、週刊誌に女優との記事載ってただろ?あれは、彼女じゃないのか?」
「ちゃうて、あれは友達やねん。なんか、勝手に勘違いされとるんやけど…マスコミもいい加減やさかい」
「というか、なんで俺なんだ?女でいいだろ」
しんそこ迷惑だとでもいいたげに、間宮は言った。
「うーん、何でやろな?せやけど、初めてお前とおうた時からずっと好きやったんや」
「……というか、何でお前たちそんな同情の目で見ているんだ?」
間宮にも流石にギャラリーの視線は痛かった。
「間宮と水野、鈍すぎ」
そう呟いたのは藤代だった。
「は?じゃあ、何か、藤村が俺を好きだとみんな知って?」
「そういうこと。流石に出会った時からは気付いていないけど、 でもU-15くらいからは勘のいいやつは気付いていたと思うぜ」
藤代が溜息を吐きながら言う。
「………大体、シゲの行動露骨だったのに、何で気付かないかな?」
腕組みして不思議そうに藤代が言う。
「いや、お前と大差ないから……」
呆れたように間宮が言った。
「は?俺?」
心外だとでもいいたげに藤代が不思議がる。
「あぁ。後ろから抱き付いてくるなんてのは、お前が中学の時からしょっちゅうやるから、
逆に免疫がついて奇怪しいとは思わなかったんだ。それに、肩とか腕とか普通にお前触ってきてたし。それも普通なのかと…」
「って、俺の所為?」
「半分以上はな。中学、高校の五年間もお前と同じ部屋で生活していれば、色々と常識も価値観も変わってくるだろう」
間宮の言葉に若菜が不思議そうに呟く。
「あれ?五年間?」
「あぁ。一年間はイタリア留学していたからな」
「あ、そうか。それでU-17で居なかったんだ…って、居たような気がするんだけど?」
「あぁ、WCSの時だけ戻ってきていたからな」
「あ、そういえば…。つか、美味しい所で間宮使われるんだよな」
「ま、間宮のマンマーク無いときつい場面だったしな」
とみんな口々に言った。
「………それより、間宮、藤村と付き合うのか?」
興味津々と言った様子で若菜が言う。
「いや、だから、なんで俺が?」
呆れたような、疲れたような声で間宮が言う。
「大体、男同士で付き合うとか付き合わないとか変だろう」
「そりゃあ、まあ、そうだけどさ。間宮、そういうの気にするんだ」
「あのな、普通はそうだろうが」
「でも、間宮だし…」
「俺なら、そういうの気にしないように見えるのか?」
「…ん、まぁ、そうかも」
という若菜の言葉に少しばかりショックを受ける。
「はぁ、そうか…。それは、兎も角、俺はこんな軽薄そうな金髪のチャラチャラしたやつと付き合う気は無いぞ」
間宮の言葉にシゲが、「なんや、それ。せやったら、黒にすればええのん?」という。
「あのな、黒髪にした所で、お前のそのうさんくささは消えないだろう?」
「うさんくさいって…」
「そのままの意味だが?見た目を飾った所で、内面が浮ついていれば、人間どうにも胡散臭くなるだろう」
「お前、何でうちのおとんと同じこと言うねんな?」
「は?お前のお父上にはあったことは多分無いぞ。 それに、それはお父上もお前の中身が薄っぺらいと思っているからだろう?」
「あんさん、何気に、エグイこといわはりますなぁ」
「これを機に悔い改めたらどうだ?」
「うぐっ」
銃でも食らったように、ふらついてみせる。
周りは皆笑っていたが、間宮は真面目な顔でシゲを見る。
「冗談なんかで言っている訳ではないぞ? お前は、フィジカル強いがメンタル面で偶にぐらついたりするだろう?
精神的余裕がなくなると、プレイも見ていて気持ちのいいものではない。 余裕の無いお前は直ぐにマリーシアに走る。
別にそれが悪いとは言わんが、不調なら不調で他に助けて貰えばいい。
サッカーはお前一人でしている訳ではないんだから」
シゲを真っ直ぐに見て、真面目な口調でそういう。 最も、手厳しいが、けれど酷く優しさを含んだ真摯なことば。
「………あかんわ。それ。反則や」
シゲは顔を覆うように手を当てて、うっとりとしたような口調で言う。
「はぁ?」
間宮は訳がわからないという顔をする。
「俺、お前のそういうとこ好きやねん」
「え?」
「他人にめっちゃ無関心な感じやねんけど、 実は意外と人のことよう見てて、冷静に分析しているっちゅうか。
いや、まぁ、ほんなんどうでもええねんけど。 俺のこと細かいとこまでめっちゃ見ててくれてるんやって」
「そりゃあ、まぁ、お前のプレイは調子がいい時は見ていて気持ちがいいからな」
と間宮はいう。照れた様子など微塵も無く、本当に心からの言葉。
「そういう、なんちゅうかあけすけに言うとこもええなぁ」
「あのなぁ。お前は…」
はぁ、こいつは人の話を聞いていないだろうと間宮は突っ込みたくなった。
「間宮って、シゲのプレイ見てて気持ちがいいと思うんだ?じゃあ、俺のは?」
藤代が沈黙して真面目にじっと聞いていたかと思うと、ふとそんなことを訊いてきた。
「お前のは、結構めちゃくちゃだけど、綺麗だと思う」
「え?」
間宮の発言に沈黙を守っていたギャラリーもざわつく。
ギャラリーというか、他のチームメイトなのだが。
「俺のって綺麗?」
ちょっとわくわくというか嬉しげというか、そういう感じで藤代が言う。
「あぁ。ボール捌きは一番、お前のが綺麗だと思うぞ」
「間宮のお墨付きだ!」
「というか、何故そんなに喜ぶ?」
「いや、だって真面目に嬉しいじゃん。 しかも一番身近にいた奴からの賛辞なんてそうそう聞けるもんじゃないし」
「あー、なるほど」
「一番、身近…」
ぼそりとシゲが言う。
「そういえば、お前よく簀巻き状態で寝てたから、俺お前のこと踏んづけてたよな…。
今も寮でそんなことやってないよな?」
「今は一人部屋だから大丈夫!」
「そういう問題か?」
「というか、アントラーズの独身寮っていいよなぁ。すっげー綺麗で新しくて。
この間いった時、間宮の部屋なんか閑散としていたけどさ。
必要なもの以外なんもないっていうか」
「お前が居た時(武蔵森時代)は、専らお前が散らかしていたからな」
「え、藤代、間宮の部屋に行ったのか?」
驚いたように横から水野が口を挟む。
アントラーズの独身寮は、アントラーズのクラブハウスや練習場のある敷地内に立っているので、
はっきり言うとそうそう他チームの奴は入りづらい作りとなっている。
「うん。最初はキャプテンや三上さんのとこ行ってたんだけど、三上さんから追い出されちゃってさ」
「そう、それでこいつ勝手に俺の部屋に入ってきたんだ。リズの就寝時間だというのに!」
「リズ?」
不思議そうな顔で水野が首を傾げる。
「エリザベスだよ。ほら、間宮が飼っているトカゲの」
藤代が嬉々としてそういう。
「お前、寮でまたそんなの飼っていたのか?」
沈黙していた渋沢が、少し青い顔で言う。
「あ、渋沢さんは爬虫類苦手だとまえに言っていたので、内緒にしてたんですが、言っておいた方が良かったですか?」
「い…いや、別に…」
青い顔で後退る。
「ちゅーか、俺のことは無視かい?」
途方も無い様子でシゲが突っ込む。
「というかお前は、いい加減、現実に帰れ」
間宮がばっさりと一刀両断する。
「うぅ、ひどい。マムシ、なんや、俺につめたいんちゃう?」
「いや、冷たいも何も、お前の気持ちには応えられんと言っているだろう先刻から」
「ご丁寧に倒置法までつこうて断らんでもええやんけ」
「………というか、お前が納得するような答えを出すと、はっきり言って俺が奇怪しい気がするんだが」
うんうんと水野たちが肯いている。

「というか、野郎同士で付き合ってなんか楽しいのか?」
間宮のセリフに、一同は楽しげに、中にはちょっと煩わしそうに見守っていた。
「個人的に俺はめっちゃ楽しいと思うで」
「お前は俺と付き合って何がしたいんだ?」
「せやから、何って、ナニやけど」
「うわ、シゲ、お前、最低だな」と水野が言った。
「ええやん、結局なに取り繕うても、最後はそこやねんから」
「…………解っているのか?俺は、男だぞ?」
「まぁ、わかっとるけど?」
間宮の言葉の意味が解らないと言ったふうにシゲがいう。
「男ってことは女ではないということだぞ?」
「あぁ、せやから、わかっとるって」
「だから、ついているんだぞ?」
「あぁ、せやな。男なんやから当たり前やろ?せやから、俺がお前を抱けひんとでも?」
なんでもない事のように、シゲは言ってのける。
「………お前、ホントに奇怪しいんじゃないのか?」
「は?何がやねん?好きな奴前に抱きたく無いなんて無いで?」
「同性なのに?」
「同性でも、や」
疲れたように浅く息を吐いた後、間宮はぽつりと呟く。
「変な奴」
「そりゃまぁ、変かもしれへん。 せやけど、好きな奴抱きたいことに理由なんて好き以外なんもあれへんやろ?」
…………でも、そんなの。
「そう、なんだろうか?」
それは、直接シゲにかけた言葉ではなくて。
「性欲ってのはもともとそれなりに大きな欲の一つで、 それってさ、本能的に繁殖したいと思っているわけだろ。
頭は兎も角、体の方は。だから、別にそんなの関係ないかも知れないだろ? それならば、関係ないんじゃないのか。結局、好きとかそうじゃないとか」
何だかブツブツと呟きつつ、最後の部分だけシゲに向けて発する。視線もそちらを真っ直ぐに見て。
「……俺は、そういうんようわからへんけど、少なくても俺はやで? 俺は、好きでも無い男なんてやりたいとも思わへん。
性欲処理したいんやったら、それこそ女の方がええに決まっとるやん?」
「だったら、女でいいんじゃないのか?」
「せやから、ちゃうやろ?ちゅうか、お前、俺のことどない思うてんの?」
「どうって、先刻言っただろう。チャラチャラとした軽薄そうな奴って」
シゲははぁ、と盛大に溜息を吐いて、
「いや、そういうんちゃうて。好きか嫌いかを知りたいねん」
「別に、嫌いじゃない」
あまりに淡白にあっさりとそういった。
「ちゅうことは、好きなんやろ?」
間宮の言葉に嬉々として訊いて来るシゲに、間宮はやはり淡白に返した。
「……いや、別に、興味ない」


………好きだなんて、口が裂けても言えるわけない。
だって、冗談にしてしまいたくないんだ。
綺麗なままの気持ちでいたいんだ。
本当はずっと出逢った頃から一目ぼれだなんて、そんな馬鹿馬鹿しい事。
恋愛に夢見る乙女じゃあるまいし。
それに………。

「そんなぁ、ひどっ」
シゲがよよよよと着物の裾で涙を拭う真似をするのを、周りは楽しそうに見ていた。
「俺、婚約している人いるから、お前とは付き合えない」
「は?」
周りはええーっとざわめきが起こる。
間宮に婚約者というのが奇異聞こえたんだろう。
「あ、カレンさんだろ?すっげー、金髪美人!」
藤代の言葉に、周りが一瞬固まり、ざわめきはいっそう強くなった。
「…金髪、美人?」
流石に、水野も奇異な感じで藤代に問う。
「そー、この間、間宮の部屋に行ったっていったじゃん? あの時、二人で腕組んで映っている写真飾ってたんだよ。
だから、聞いたの名前。ほら、イタリア留学間宮行ってたじゃん。あの時知り合ったらしいんだよね」
「本当だったのか、婚約って」
水野があっけにとられつつ、間宮に訊く。
「あぁ。今年の九月に婚姻届を出すことになっている」
「…へぇ、良かったじゃないか。おめでとう」
水野は素直に賛辞を送る。が、シゲは立ち直れないとばかりに肩を落としている。
「有難う。ただ、どちらに住むかで少し向こうの両親とうちの母が揉めてて…」
「え?」
水野が吃驚していう。
「うちの母は、日本がいいって言っているんだが、向こうの両親はイタリアにって言ってて。
うちの母結構頑固だから中々折り合いが取れていないっていうか…」
「間宮のお母さんって、どんな感じの人?」
面白そうに藤代が訊く。
「んー?現役バリバリのキャリアウーマンって感じか。
実際、会社とか経営しているし、そういうとこ妥協ないから」
暫く考え込みながら間宮が言う。
「え゛?間宮のお母さんって、会社経営しているの?」
吃驚したように若菜が言った。藤代や水野もかなり吃驚した顔をしている。
「あ……」
間宮はうっかり言ってしまったという感じで、声を発した。
「……あぁ、まぁ、そうだ」
若菜と藤代が嬉々として訊く。
「すっげーぇじゃん。それ。じゃあ、間宮んちって凄い金持ち?」
「あくまでも実家がであって、俺がじゃないが。そうなんじゃないのか?
経営のことは良く解らんが、一応、一部上場企業だった筈だ」
『実家』の部分を強調して間宮が言った。
「ってことは、有限じゃなくて、株式会社なわけか?」
「あぁ。うちの本家の方は200年以上続く資産家な家で、江戸中期に伯爵の爵位も貰っている。
だから明治に身分制度の変更で華族になったが、本来は商家だ。
母の代になってからは、手広く事業を拡げて、今はクロスグループと市場を争っている…感じか」
「えと、それって、かなりありえないくらい金持ちなんじゃ…?」
間宮の言葉に、若菜が言う。
「………そうかもしれないが、俺には関係ないことだからな」
「関係ないって…」
水野が呆れたような不思議そうな感じで言う。
「母さんの後を継ぐのは葵だから。
それに、俺はちかいうちに美咲家へ戸籍上養子に行くことになっているからな」
「美咲?」
「父の実家だ。今現在、美咲を継ぐ人間が居なくなったから、
間宮に不要な俺が養子に行くことに前前から決まっていたんだ」
「な、なんだよ、それ!」
水野が慌てた感じで言う。
シゲは傍観しつつも、真面目な顔になっていた。
「うちの家は、元々、血族内で結婚するのが普通なんだ。本家の人間のみの話なんだが。
でも、母はそういう過去の因習が嫌いで、なんについても革新的な人で。
だから、父の…全くの赤の他人の血が混じった俺は、間宮のうちには要らない人間だった。
物心ついた時は、既に回りに疎まれているのも解っていた。
が、まぁ、そこはやっぱり性格なんだろうな。無関心なふりしてた。っていうか、無関心だったっていうか。
それに、俺が傷ついた顔なんて見せたら、母さんが悲しむから。
本家の長老たちに何言われても、気にしなかった」




そうさ。
気にしなかった。
だって、あの人たちに何を言っても無駄だから。
悪いのは母ではなくて、父と俺なんだあの人たちからみれば。
他人の。

ただ、一つ救いだったのは、『葵』が妹つまり女の子で、母に良く似ていたから。
良かったと心底思った。
あの氷の刃のような冷たい目を『葵』に味あわさせたくはなかったから。
あんな思いをするのは俺だけで沢山だ。


姉さんが、サッカーを教えてくれたから、俺は此処から出て行けると思った。
『武蔵森』にスカウトされた時は、本当に嬉しかった。
だって、あの場所から、俺は解放されるんだから。





間宮が完全に話し終えた訳でもないが、怒り心頭に見える藤代から胸倉を掴まれた。
「なん、そんな、お前一言も!」
見ると、藤代はボロボロと大粒の涙を零していて。
「ふっ。何で、お前が泣くんだよ?」
「何で、お前は泣かないんだよ!」


その様子を見ていたシゲは、16歳のあの夏の日を思い出していた。
(なんや、それ。俺と、同じやんか……)
多少の違いは気にならなかった。

他人同然の扱いを受けて、一人で孤独に耐えて。
それでも、辛い顔一つ見せずに。
自分とは違って、サッカーにだって物凄く真摯だった。
今でも、出会った時のあのプレーを忘れたことはない。
シゲは思う。
欲しいと請う人間も、捨てようとする人間もいない。
それでも、大勢の血の繋がった人間の中で、自分だけがただ一人他人で。
それは、実は自分なんかより、もっと辛い思いをしたんではないだろうか。
でも、彼の何処にも憂いは見当たらない。


「なぁ、マムシ」
「あ?」
藤代に胸倉を掴まれたままの姿勢で顔だけシゲの方を振り向いて言う。
「そんなん、辛うなかったん?」
シゲの目が不思議な色に揺れていた。
「別に。俺が悪口とか言われたりする分、母さんや葵がそういう目に遭わないなら、俺はそれだけでいい」
「……葵?」
「妹だ」
「………割り切れるもんなん?」
「言っている意味が解らないんだが?」
「せやから、自己犠牲やなんて欺瞞なんちゃう?」
「……そうかもしれない。でも、自分にとって大切な人が、幸せだったら嬉しいって気持ちお前は解らない?」
間宮の言葉に、シゲは言葉に詰まる。
正直な所、そんなことを考えたことは無いし、目の前の人が今の自分にとって大切で大好きな人で。
「んー、まぁ、思うこともあるやろけど…ちゅうか今初めて考えた気が…」
「あのな……」
呆れた顔で間宮がシゲを見る。
シゲは間宮の胸倉を掴んだままの藤代の手をやんわりと解くと、藤代を一瞥して間宮に言う。
「な、ちょっとええ?」
「は?」
そう言って、間宮を伴ってロッカールームを出る。
それを見て他のメンバーはやっと解放されたとばかりに帰り始める。
勿論、気になっている者も中には居たが。


内側から鍵を掛けられる少人数用のロッカー。
あまり使われていない割には小奇麗だった。
振り向いたシゲは間宮に近付き、口唇を重ねた。
「んっ…やめっ、藤村!」
押し返すがそんなことではシゲは止めようとはしない。
ゆっくりと床に間宮を押し付ける。
浅く何度も角度を変えて口付けてくる。
まだU-19のジャージだった間宮のズボンとトランクスを下ろしにかかるシゲ。
いよいよ逃げ場がなくなって、もがいてみるが、シゲはびくともしない。
軽く間宮自身に触れる。
まだちっとも高ぶってはいないソレをやんわりと扱く。
「ん゛っ」
くぐもった間宮の声が漏れる。
口唇が一旦離れると、『もう、我慢できそうにないねん』と耳元でささやかれる。
「うっ…やめ、俺は、お前とこんなこと…」
ゆっくりと後ろのアナに指を這わせる。
びくりと間宮の身体が震える。
力を込めて進入を阻止しようとするものの、意外とすんなりとそれは滑り込むように入ってきた。
「はっ…」
前戯があっさりと終わって、直ぐに消えた異物感に不穏な気配を感じる。
間宮の予感は的中で、次の瞬間にはシゲ自身が入ってきて不快感は一層増した。
シゲが動く度に不快感は酷く深くなって。
けれど口唇は塞がれていて悲鳴を上げることも出来ない。
腕は頭の上で纏められていて。
何度も何度も打ち付けられる度に身体が軋んで…。
でも、変な気持ちが沸き起こってくる。


行為が終わり、シゲが起き上がると、目に入ったものは…涙。
間宮の頬には涙が伝っていた。

「マムシ…」
「何で、こんな…」
「ごめんな…」

シゲの言葉には答えず、涙を流したまま、間宮は呟いた。
「俺、カレンを裏切った…。こんなの、許してくれるわけ無い…」
「…………マムシ」
(そんなに、その子のことがええのん?)
触れようとしたシゲの手を払いのける。
「…何で?」
「マムシ…ごめん。せやけど、俺は…」
間宮は涙を流したままぼーっと天井を見上げていた。





どうして、こんなことになっているのに、俺は。
カレンを裏切ったのに。
それでも、『嬉しい』だなんて。
ムリヤリ、こんなことされたのに、それでも…。
抗おうと思えば何とかなった筈だ。
いや、ムリかもしれない。
それでも最後まで抵抗すれば違ったかもしれない。
心まではカレンを裏切らずに済んだかもしれない。
けれど、それは出来なかった。
心のどこかで俺はそれを望んでいた。
だって、ずっと『好き』だった。
そう、ずっと。
叶わない想いだと思っていた。
叶うことなんて無いと。
だって、そんなことあるわけ無いじゃないか。
男だぞ相手も。
好きになんてなってくれるなんて思いもしなかった。
だからこそ。
俺はカレンと生きると決めた。
なのに、なんで?
今頃、好きだなんていうんだ?
何で、今頃、俺のこと好きだなんて。
ずっと、俺は、必死で隠していたのに。
あふれ出す。
止められないんだ。
だってこんな、こんなことあるわけ無いのに。






「マムシ…」
そう言ったシゲの首に間宮は自分の両腕を回した。
「ごめん……カレン」
「へ?」
間宮はシゲを引き寄せて口唇を重ねる。
絡めていた手を離して口唇を離すとすかさずシゲに頭を抱き締められ、再び口付けされた。
口唇に触れるだけではない、濃厚なキス。
何度も何度も何度も、お互いに貪るように、口付けを交わして。
神聖なそれとはかけ離れた愛欲に満ち満ちたそれ。
でも、なぜだかそれだけでは物足りなくて。

どちらからともなく口唇が離れると、間宮は言った。
「藤村、もう一度」
「へ?」
間宮の言葉に意味が解らず聞き返す。
「繋がったままの部分が何か変な感じなんだ」
あっさりした物言いで間宮は言った。
「繋がったままって…あ、すまん、高ぶってもうた」
間宮の中の自身が、また硬度を持っていた。
「もう一度、しよう?今度は、俺、拒まないから」
そう言って、照れたようにほんのりと色づく頬。
「それって…」

「…藤村、ずっと、好きだったんだ。俺、お前のこと」
「へ?って、ちょお、待て。さっきまで散々俺んことゆうてたやんか!」
「あぁ。そうだな」
「それ、酷いんちゃう?」
「ホントにお前と付き合うつもりはなかったし。カレンとのこともあるから…。
でも、ずっと、中学の時から好きだった。諦めようと思ってたんだ。
なのに、なんで今更言うんだって、そう思った。カレンと婚約しているのは本当だし」
「……俺が悪いん?」
困ったように言うシゲに、間宮は小さく笑って
「違うよ。俺が悪いんだ。拒みきれなかった俺が。
だって、本当はお前に触れられて凄く嬉しいのに。誤魔化しきれなかったんだ心は」
「…マムシ」





ずっと、居られないのは解っている。
同性だというハンディキャップだけではなく。
日本というこの凝り固まった常識の国の中では。
難しいことだと解っているんだ。
けれど、それでも一時の幸福が得られるのならば。






「好きだよ」
「好きやで」
そう言って、二人はまどろみに落ちていく。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
あとがき
誕生日祝いってものから逸れては居ますが、とりあえず何とかまみやんを説得して、 ラブラブな路線に方向修正しました。
元々、そうしたかったんですが、障害が多いほど燃えるものだし。
カレンさんとは、まみやん多分結婚します。
今更、婚約破棄もできんだろうし。
でも、シゲとは浮気しているんだろうな。カレンさんは嫉妬しつつも認めているんじゃないかな。
元々、シゲと間宮の子供の話の時に出てくる筈のキャラだったので。
(※日本では同性相手だと浮気には見なされないんですよ現状は…なんだかなその法律… 同性愛に寛容には大分なってはきているけど変な法律ばかり残っているからどうしようもない)


遅刻どころのものではないんですが、何とか記了しました?
2006/7/8〜2006/8/13…何日かかってんだ…。
つかSSの割には異常に長いよな?
※Hシーンはなるべく省略な感じで描写しています。

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