極彩色 基本的には月に一度の選抜練習。それが本日のことだった。どうやら九月にはあと数回あるらしい。 それは兎も角、その練習が終わった後タオルで汗を拭っていると、 何やらスポーツバッグをごそごそ漁っていた藤代から『あ、間宮。はい、これ』そう言って無造作に差し出されるそれ。 極彩色が目に飛び込んでくる。女の子なら喜びそうな包装紙とリボンの色。 光に反射すると包装紙の特殊加工が虹色にキラキラと輝くのに、本来は艶やかな桃色。 リボンは包装紙より濃い目の桃色とマゼンタの中間色。明らかに彼女とか懇意に思っている女性にやるべきなラッピングで。 「ん?何だこれ」 取り敢えず受け取りながら問う。 「何だこれって、見て解らない?プレゼントだけど」 不思議そうに小首を傾げながら藤代が言う。 「いや、プレゼントだということは解るが…」 「間宮、今日誕生日だろ?だから、プレゼント」 「え?」 「『え?』じゃなくって、だって今日9月12日だろ?」 『え、何、間宮今日が誕生日なのかよ?』と周りで声がする。 が、取り敢えず聞こえていない振りをして藤代に言う。 「…そういえばそうだな…。だからといって貰う理由が無いんだが…」 「俺がやりたかっただけだから、深く考えずに貰ってよ」 そういうとにっこりと笑う。 なんか裏がありそうなんだが。 「というか、このラッピング…」 「あぁ、店員さんにプレゼントなんでラッピングして下さいって言ったら、彼女にやると思われたっぽいんだよなコレが…」 「だろうな…」 というか普通男にやるとか思わないよな…こいつが。 「開けてもいいか?」 「勿論」 日本でも一般的にわりとなってきた贈り主本人の前でプレゼントを開けることは、欧米では最上級の感謝の意を表す。 取り敢えずリボンを解き包装紙を止めているセロハンテープを綺麗に剥がして開ける。 すると中からはシルバーのリング。細工はトカゲ。 かなり値が張っていそうな本物の銀だ。鍍金ではなく明らかに純銀。 一瞬、凄く好みだと思った。 だが、はっきり言って誕生日に指輪は無いだろう?相手が女の子なら兎も角。 いくらそれが普通に男のお洒落程度のものでも。 「あのな…藤代、コレ、やっぱ受け取れない」 「えー?どうして?間宮、絶対気に入ると思ったのに!」 「いや、気に入る気に入らないの問題では無くてな…。こういう高価なものは…」 「高価って…確かに少しは…けどそんなに、数十万したとかじゃないぜ?」 「数十万ではなくても、万単位のものは貰えない。もう少し言えば、 お前とそこまで親しいという訳でもないのに、何万かしたものを誕生日だからと貰うわけにはいかない」 「…………」 目に見えてしゅんとする藤代。 犬のような耳と尻尾があったなら、本当に項垂れて居そうだった。 少し言い過ぎたか? 俺の言葉に、中身が気になったのか、鳴海が俺の頭上から手元を覗き込んでくる。 『一体どんなもんだったんだ?』と興味津々で周りがざわつく。 「コレって……シルバーのリング?」 鳴海の爆弾投下により周りはヒートアップ。 はっきりいって意味深っぽい言い方をするな。 「うん。だって、間宮トカゲすきだろ?コレ見た瞬間、絶対これにしようと思ったんだ」 (俺、間宮のこと…好きだから、多少値が張ってもコレをあげたかったんだ…) 「お前が、自分の為にこういうものを買うのは構わない。でも、俺がお前から貰うのにこういう高いものは受け取れない。 もっとずっと安くて実用的なものならば幾らでも貰うが…。俺が親兄妹とか従姉とか極親しい関係の人間に貰うならば別に構わないが、 他人にしかもタメでそれほど親しい訳でもないお前に貰うのは心苦しいんだ」 「……俺って、武蔵森では間宮と一番親しいと思うんだけど…?」 「それはお前がそう思っているだけだろう?」 「だって、間宮…」 「俺に親しい者なんてない。結局は全て敵だろう?推薦組みの者と親しくする気もない」 「……推薦組みって…だって、間宮だってセレクションの時居たじゃ…な」 藤代の言葉を遮る様にして言った。 「居たけど、お前と違って、生憎俺は二軍合格だ。それなら一般でも同じだからな」 「…えっ。けど、一年の時から…」 (一緒にやってたという言葉は飲み込んだ。間宮の目が本気だったから) 「……あの時、大会の怪我でレギュラーに欠員が出た。それで偶々その枠に入れただけの話しだ」 (それって…けど、間宮の実力買われたからだろう?なのに…) ぽたりぽたりと目を見開いたまま涙を流す藤代。 それを見て俺はしまったと思った。 傷つけるつもりはなかった。 藤代が嫌いなわけではない。ただ、ちょっとした嫉妬で。 その所為で藤代を傷つけた。 俺の誕生日を祝ってプレゼントをくれようとしていた藤代を。 「……悪かったな、別にお前を傷つけるつもりは無かったんだが…ゴメンな、藤代」 (何で俺が謝られているのかが解らなかった。でも、何故か視界がぼやけていて) 間宮がすっとハンカチを差し出す。 「え?」 (ハンカチ?) 目を白黒させる藤代。自分が泣いている事に気付いてないらしい。 「涙、気付いてないのか?」 「涙?」 指で頬に触れる。水のようなものが指に着く。 「あれ?なんで泣いてんだ俺…」 藤代はそれを受け取らずに、腕でがしがしと拭った。 後ろで鳴海たちが『間宮、キツすぎ。椎名よりキツくね?』などといっていたようだった。 寮に戻ると、同じ方向に歩いていく。 自室が同室である以上同じ部屋に入るしかないので、気まずいことこの上無い。 結局、あのリングは俺の所にあるまま。 重い空気の中、その沈黙を破ったのは藤代の方だった。 「間宮…あのさ、やっぱり先刻の、貰って欲しいんだ。 深く考えないでって言ったけど…さ、俺間宮のこと好きなんだ。 だから、ちょっとくらい高価でも間宮にあげたかったんだ」 「そうか」 何かその言葉で、藤代に対して裏がありそうだと思ったコトに合点がいった。 藤代が俺に対して恋愛の方の意味で好きだから、だからこそそういう意味でのプレゼント。 好きだという意味が込められたシルバーのリング。 「…あの、間宮?俺、SEXしたい方の意味で好きだって言ったんだけど」 俺自身納得がいったものだから、あっさりと答え過ぎて藤代が焦ったのかそう言ってきた。 「あぁ、解っている」 「……けど、あの、別にムリに付き合ってくれとか、そういうんじゃなくて。 本当に間宮が気に入ってくれたら…喜んでくれたら嬉しいなと思って買ったものだから…」 藤代が取り繕うように何度も言い募る姿が、何ともいえなくて。 単純に有難うと受け取ってやればよかったのに。 素直に喜んでやればよかったのに。 「言い訳はしなくていい」 「え?」 「ごめんな。酷いこと言って…」 「間宮…」 「ごめん…。お前が俺のこと好きだなんて知らなかったから…」 「え…。あ、いや、まぁ、気付かれないようにはしていたから。 てか、気味悪がられるとか思っていたんだけどな…俺」 「別に、そんなことはない。そういうのは、 自分でコントロールできるもんでもないからな。 それに、俺にも好きな奴がいるから…そんなことは思わない…」 「好きな奴って…好きな人居るの間宮?」 気色ばんで藤代が言う。 「そりゃ、俺にだってそういう奴はいる…」 「そっか…」 しょんぼりと肩を竦める。 藤代の襟元を掴んで引き寄せる。 ちゅっ。 軽く口唇に触れる。 「えっ?」 目を瞬かせながら藤代が俺を見る。 「好きだ」 意味が解らないといった顔で目蓋をぱちぱちとさせる。 「……って、えええぇぇぇぇ?!」 大声で叫ぶ藤代に煩いと一喝して。 「って、嘘。マジで?ホントにホント?」 「あぁ」 現実(事実)は小説より奇なりっていうからな。 |