第1章 君の後ろ姿


満月がぽっかりと雲の無い空に浮かんでいる。
旧校舎の教室を照らすのは、窓から射す月明かりのみ。
ドクン ドクン ドクン ドクン ドクン………心臓の音がやけに大きく響く。
潤慶は目を閉じ、深く息を吸い込み吐き出した。
大丈夫……まだ……ここでしくじったら後はないのだから。
幸いまだ皆は目を覚ましては居ない。
事前にこのことを監督から知らされていたのは潤慶だけだった。
その背に、皆の命を背負えということではない。
皆を助けだせと………そう託されたのだった。
監督は自らの命と引き換えに、潤慶にそのことを伝えた。
ソウル選抜の監督・盧夏承(ノハスン)は、政府に楯突いたとして銃殺された。
そのことを知っているのもやはり潤慶だけであった。
潤慶は薄暗い教室を見まわした。ハっとした。目があったのだ。
プログラムに自ら参加したのでろうか、潤慶の知らない顔であった。
潤慶がゆっくりと目を黒板の前へ向けた時だった。教室の中がざわつき出した。
皆が目を覚まし始めたのだろう。
皆は口々に『この制服はなんだ?』『首輪か?これは?』と言っている声が
潤慶の耳に届いた。
潤慶は身をすくめて、前だけを向いていた。
ポンっ。肩を何者かが軽く叩いた。びくっとして、そちらを振り向く。
「道漢と仁勲………か」
ほっとしたように潤慶が呟く。
「………どうした?潤慶、顔色悪いぞ?」
心配気に道漢が潤慶の顔を覗き込む。
「そうかな?普通だよ。ここ暗いから解らないんじゃない?」
潤慶はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべながらいう。
ここで悟られてはいけない。彼らを不安にさせるわけにはいかない。
自分がしっかりしなければ。
その想いだけが今の潤慶に笑顔をあたえる。
それが今の彼の最大級の武器なのだから。
「そうか?大丈夫か?」
「うん。平気だって。道漢は心配性すぎるんだよ」
「なら、いいんだが…」
道漢はなんか嫌なムナ騒ぎを感じていた。
小さい頃から持っているの嫌な勘。必ずと言っていいほどよく当たる。
しかし、それは絶対に悪いこと。祖母が死んだ時も、姉がレイプされた時も。
そのムナ騒ぎは収まりはしなかった。
小さい頃からよく悪いことを当て、
母や姉たちから『外で言うものじゃない』とそう言われてきた。
けれど…。でも、当たるのは道漢の所為じゃないのだ。
いやでも解ってしまうのだ。自分や身内に振りかかってくるでろう災難は。

仁勲は二人のやり取りを傍でみていた。いつもであれば、三人でよく話す。
三人は小学校からずっと一緒だった。
おさな馴染みと言えなくも無い関係だが、ライバルでもあった。
韓国のスポーツ事情は、日本とは比較に成らないくらい厳しい。
まぁ、そのことは割愛するとして話を進めよう。
仁勲は確かに感じていた。二人の様子がいつもと違うことも、
潤慶の笑顔がなんとなく必死で取り繕っているように、
仁勲には見えたから。
潤慶が試合中、自分たちを安心させる為に見せるあの笑顔だったから。
何かを潤慶は知っているのに違いに無い。
今、これから自分たちの身に振りかかってくる現実に目を逸らさないように、
自分たちが取り乱したりしないように。
(安心させようとしているんだ………)
仁勲はそう思った。
仁勲が潤慶にそう問いかけようとした時、教室前方の引き戸が開いた。
入ってきたのは、
ソウル選抜のヘッドコーチである李晋遠(イジウォン)であった。
そして、その後ろから、軍服の兵士達が数人入ってきた。
ただならぬ雰囲気に、彼らのザワメキは増すばかりだった。
李晋遠が言った。
『私が、今日から三日間君達の担任になります、李晋遠です。よろしく』
『コーチ!?』
その言葉に更に騒然となる教室。パーン。
拳銃が火を吹いたのは、皆がざわついた時と同時であった。
担任の李の持つ拳銃からは、硝煙が上がっている。
人には当たっていない。天井に向けて打ったのだから。
天井からぶら下がっていた蛍光灯が、ぱらぱらと落ちてくる。
李は、笑みを浮かべたままこう言った。
『はい、静かにしてくださいね。でないと、ここでリタイアですよ?』
にこにこと笑うその奥に、それが冗談ではない気配を感じ取り、
一斉に静まり返る教室。
『それでは、本題に入りますね。
貴方達は、本年度大韓民国の第77回プログラムに選ばれました』
『光栄に思ってくださいね。
金大中大統領がじきじきに貴方達をお選びになられたのですから…』
「………っ!」
仁勲は、口唇を噛む。
そんなことが、あっていいのだろうか?
朝鮮ではないにしろ、愛国心の強い彼らは、その言葉に愕然とした。
『金大中大統領』が。その部分を強調して、李教官は言った。
彼らの心中に変化が生じたのか、目つきが変わった者も数名いた。
元々、サッカーで上へ行けなければ徴兵される。
それが少し早まっただけ………そう考えたものもいるかもしれない。

潤慶は内心動揺していた。
(ちっ………いや、まだ………ここで焦ってはいけない)
潤慶は心の中で自分に言いきかす。
『ルールの説明をしますから、よく聞くように。
ようは簡単です。三日間、君たちに殺し合いをして貰います。
特に反則はありません。ディパックを各自一つずつ支給します。
その中には、殺し合いに必要な武器がランダムに入っています。
ハンデを無くすため、武器にははずれとあたりがありますが、
はずれた場合でも、
そこかしこに隠し武器の類がありますので探してみてくださいね。
まあ、できる人は隙をついて相手の武器を
奪う方が手っ取り早くて楽かも知れませんね。
ディパックの中には、武器以外に食料・水・地図・コンパス・赤ペン・ライト・腕時計が入っています。
腕時計と地図は無くすと大変なことになりますので気を付けてくださいね。
何故かと言うと、君たちの首に付いているその首輪に関係があるからです。
その首輪は、政府が開発した耐熱・耐水・耐ショック性で、
死ぬか優勝するかしないと絶対に外れません。
無理に外そうとすれば、首と胴体が離れてしまうので注意してくださいね。
そして、心臓パルスをモニターして君たちの生死を、
位置をこちらに教えてくれます。
禁止エリアというものをコンピーターがランダムに決めます。
この中に入っても首輪が爆発します。
禁止エリアは3時間に一つずつ増えて行きます。
1日2回の放送を流しますので、
その地図に書き込むのを忘れないようにしてくださいね。禁止エリアは、
円滑に君たちが殺し合いできるようこちらが後押しするために作ったものですが、
できるだけここにひっかからないようにしてくださいね。
禁止エリアは解除されることはありません。
一度指定されたエリアは2度とは入れませんので、
なるべく行きたいところから先に行くと良いですよ。
三日間戦っても優勝者が出ない時は、
生き残っている者全員の首輪が爆発しますので、頑張って殺し合ってください。
私が、名前を呼びますから、元気よく返事をしてくださいね。
あ、言い忘れていましたが、転校生が6人います。
左から、李丘潤くん、金朝遜くん、鄭全嗣くん、崔叛厳くん、
朴京三くん、劉太鐘くんです。仲良くしてあげてくださいね』
これから殺し合うというのに、仲良くもないもんだ。
そう皆は思ったが、誰も口にはしなかった。

自分が焦ったら何もかも終わりだ。潤慶はとっさに、道漢たちを振り返る。
道漢は、その時思った。
『あぁ、またあててしまった』と。
仁勲は潤慶の顔を見た時直感した。彼は全て知っていたのだと。
全てを知っていて、
自分一人で全てを背負い込もうとしていた潤慶を見て何だか泣きたくなった。
潤慶の悪い癖だった。一番肝心なことを自分の中に留める。
仁勲はそんな潤慶を放っては置けないのに、
いつも自分では潤慶の荷をといてやることが出来ずにいた。
キャプテンである潤慶の荷を負ってやれる力がない自分を、
何度不甲斐なく思ったことだろう。
潤慶は二人に向かって、F−9と声を出さずに告げた。
二人はその言葉に肯いた。
他の者はどうせ潤慶の方を見てはいなかったから。
李教官は既に名を呼び始めていた。
「5番 李潤慶」
潤慶の番はあっという間に来た。インターバルなどないのだから、
当然ではあるのだが。
潤慶は自分の荷物を持つと前へ行き、
兵士からデイバックを受け取り、長い廊下へと消えた。
ゴクリと固唾を飲む残されたものたち。
転校生だという人物も既に一人は外へ行っている。
もし、そいつが乗ったら………。
教室に残された者達は、
キャプテンである潤慶の出発と共に、
一気に暗雲達こめる不快な海の底へと付き落とされた気分に陥る。
「6番 葛世遠」
世遠は一瞬びくっと肩を震わせ、自分の荷物を持ち、前へと進む。
彼の心は決まっていた。自分は死ぬつもりなどないのだから。あと、4・5年すれば、命がけの戦いに
赴かなければならないかもしれない。その予行だと思えば何のことはない。
それが憎き敵か、己の良きライバルでチームメイトだった奴らかの違いだけ。
世遠には、引き返すことも、ゲームを降りることもまして脱出することなど毛頭なかった。
あるのは、前に向かって進むことのみ。自分は、まだ死ねない。
生き残って………優勝して、自分はサッカーで上を目指す。アジアの虎の栄光は自分が取る。
この程度の障害に恐れおののく訳にはいかないのだ。
信じるとか信じられないとかそんなのは問題ではない。たとえ、信頼できる仲間だとしても、
自分は目的のために手段を選ぶつもりはないから。
自分が勝ち残るためには、ライバルを蹴落とさなければならないのだ。
そうしなければ、自分の夢など、この国で掴めはしないから。
黙って殺されてくれるような奴らではないことなど、世遠は百も承知していたから。
夢………それはいつも、幼い時から描いていた理想の世界。
現実は甘くないことなど、この国にいる人間なら誰でも知っていることであろう。
「7番 金朝遜」
何も気負う様子もなく、すっと前へ出る。さっさと荷物を受け取ると、走って出ていく。
「8番 金道漢」
ギクリ。道漢は思う。
(大丈夫…大丈夫だ。あいつが…潤慶が笑顔を見せたんだ。何か方法があるに違いない)
道漢はちらりと後ろを振り向き、仁勲に声には出さず『待っている』と告げ、足早に教室を後にした。
仁勲は黙って肯いた。
(潤慶、道漢………俺は、お前達を信じても良いのか?
………ホントに………信じても………ずっと、一緒にいられるだろうか?)
一人出発が前の二人に較べると遅い仁勲は、待っている間に嫌な思考ばかりを巡らせてしまうのだった。
潤慶の背中はいつもと同じ、
あの10番を負うに相応しい光りを放っているかのようだった。
威風堂々として、何故か安心感をもたらす。
彼のあの背中は、いつもとてつもなく壮大に見えるのだ。
自分のほうが、彼より上背があるというのに。
何かとても頼もしく見えてしまうのだ。
「潤慶…道漢…」
仁勲は小さな声で、二人の名を呟いていた。
12人の生徒が既に教室を後にしていた。
いよいよ自分の番だった。
「13番 崔仁勲」
嫌な番号を当ててしまったものだと思いながら、
傍らにあった自分のバックを肩に掛けて立ち上がる。
ドクン。ドクン。
前へ向かう自分の心臓は破裂しそうなほど、緊張していた。
前へ一歩、また一歩と歩を進めるたびに、他の者にもこの緊張を気取られはしないか?というくらい、
早鐘のように鳴り響く自分の心臓の脈打つ音がとても大きく感じられた。
しんと静まり返った教室だからこそ、尚のことその音はうるさく感じられた。
(静まれ!………静まれよ)
自分の鼓動にそう言い聞かせながら、兵士からデイバックを放ってよこされた。
廊下に出てはっとした。殆どのものが、走ってここを通り抜けた訳。
軍隊じゃあるまいに(もちろん彼らは軍人ではあるが)、兵士達は廊下の両端に部隊整列の練習でも
するかのように立ち並んでいた。
立ち止まった仁勲に兵士の恫喝。
「さっさと、うせろ!」
「は………ひぃ」
不覚にも少々引きつった声で返事を返すと、仁勲は廊下を走って行く。



ハァハァハァ………。
廊下を抜け、階段を一気に駆け降りる。
下足箱の前を擦り抜け、校舎を出た。
すると、そこにはただならぬ腐臭。夜風は冷たくて、今の仁勲には心地好くさえあった。
しかし、綺麗な満月の光の下で二つの死体が腐臭を放っていた。
血生臭いにおい。どちらかというと、ジンギスカンなどの匂いに酷似していた。
仁勲は、二つの死体に近寄ってみる。
『う゛………』
仁勲はとっさに手で口を押さえ、必死で吐き気を堪えようとした。
その死体になり果てた二人は、ついさっき自分の数分前に呼ばれた弓と司だったのである。
もう既にこのゲームは始まっている。
乗った者もいるという現実に仁勲は岩を食らったような衝撃に見舞われた。
そして、自分は警戒しなければならないことを改めて思い知らされる。
仁勲は注意深く辺りを見まわし、自分の支給バックから地図とコンパスを
取りだすと、それを見ながら駆けだした。
(こんな所に1秒だっていられるか………)
そんな思いも手伝ってか、普段の試合中にもそうそう見られないくらいの俊足で、
F−9を目指した。
仁勲は先刻のことを払拭しようとした。
心の拠り所である筈の二人を疑ったところで、自分に何のメリットがあろうかと。
いや、何ももたらしはしない。
寧ろ、焦りや不安に駆られて狂ってしまうかもしれないのだから。
最悪なゲームはまだ始まったばかりである。
[残り20人]

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