『人知れず向かいあう』

第二話 孤独の旅人・後編








みんなどうかしている。恐怖という感情が欠如している……。
間宮にはそう感じた。
それもこれも全て、あの善人そうな笑顔をたたえた風祭の兄という男の術中にはまっていると間宮は思った。
しかし、殺し合いが始れば、きっと彼らは自分以上に怯えるだろうと間宮は確信していた。
そう、予測ではなく確信である。
きっと教室を一歩でも出れば、彼らにかけられた術も解けてしまうことであろう。


───ただ、幸せになって欲しいと願うのは、罪悪なのですか?
───生きていて欲しいと。他の誰もが亡くなっても。それでも、『彼』にだけは生きていて欲しいと。
───自分にとってそれは最善ではなくても。『彼』にとっての最良であればいいと。
───例えばそれが俺のエゴであったとしても。きっとそれは俺にとっての『幸福』であるには違いないから。
───他の何者をも犠牲にしたとしても『彼』さえ生きていてくれれば、『仕合せ』だから。






「間宮くん……間宮、茂くん」
何度も呼び声がかかっていたと、その時初めて気がついた。
「……あれ?もしかして、眠っていたのかな?」
にこにこと尚も優しく微笑む風祭の兄。
間宮はそれにぞっとしないものを覚えながら、席を立った。
真っ青な顔色で前に行く間宮を若菜は不安な面持ちで見ていた。
彼は一番最後の出発であるため、そろそろ彼の笑顔の術も効き目が無くなってきていた。
これから殺し合いをするということを、間宮の顔色の所為で現実のものであると認識してしまったのだ。
「頑張ってね。君には結構期待している人が多いから」
「……期待には添えないだろう。多分」
間宮はわざといつもより低くそう言うと、ディバックを受け取り出て行った。
その言葉に、若菜の頭に疑惑が巡る。
間宮は生き残る気がないのか?と。





外へと出る。水野は周りを見まわす。すると不意に腕を引かれた。
「三上…」
「バカ、大声出すな」
「ごめん」
素直に謝る水野は、いつもより覇気が無い。
三上が自分のことを命の危険を侵してまで待っていてくれたのは嬉しかったが。
うつむいた水野の腕を今度は強引に引き寄せて。
そしてとりあえず森の茂みに引っ張って行く。
「竜也」
その呼びかけに、水野は肩を震わせる。
顔を上げると優しく微笑んでいる三上。
「大丈夫だ。俺が一緒に居てやるから」
「うん」
「竜也?」
肯くが水野はまた顔を上げない。
不審に思い覗き込むと、涙をこぼしている。
顎に手をかけムリヤリ上を向かせる。
「イヤっ…」
泣き顔を見られたくなくて水野は小さく拒絶したが構うことなくくちづける。
口付けが深くなると、水野の腕から力が抜けた。
膝の力まで無くなりかけて、水野は三上に支えられる。
「……っ」
潤んだ目で三上を見上げて。でも、それは怒りではなく悲しみ。
困った顔で水野を見ると、
「離れたくない…」
そう言って彼は自分にきつく抱きついた。
「竜也?」
「あんたと離れたくない。恐いんだ……」
ぎゅっと抱きついたまま、水野は横を向き、独白のように呟く。
「あぁ。俺もお前と一緒に居たいし、恐いぜ?」
水野を優しい目で見て、頭を撫でてやる。
横を向いていた水野は知らない。
その優しい視線も、その中に秘められた深い悲しみの色も。
「アキラ……あの、さ」
恥ずかしくて視線を泳がせたまま、そう言う。
「何だ?……そろそろココ離れた方が良さそうだな…」
三上は校舎の方を見ながら言う。
山口圭介という二人は名前を知らない人物が、校舎から出てきた。
逃げた方が良さそうだと判断した三上は、ディバッグと自分のバッグを持って、──左手に水野の手を掴むのも忘れない──
走りだした。
「三上?」
「知らない奴だった。一応逃げた方が良いだろう」
「ああ」




「四十二番、若菜結人くん」
結人は漸く自分の番かと思う。
すっと立ち上がり前へと進む。ディバッグを受け取ると、そのまま出ていこうとした。
「若菜くん。追いつけるといいね」
善人そうな優しい笑顔を張りつけて、その人は言った。
「ええ。追いつきますよ」
そう精一杯笑って。
虚勢を張ることしか出来ない。けれど、ここではそれが重要だと直感していた。
兵士たちの立ち並ぶ廊下を突っ切り、校舎の玄関を抜ける。
走り出てくると、そこは太陽がぎらぎらと照り輝き、まるで真夏の日差しのようだった。
けれど、前途は開けているかも知れないと何となくそう感じた。
【残り42人】
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あとがき
珍しく昼間の12時から始るバトロワです。普段夜ばっかりなので変えてみました。
彼らの闘いは今始る!前編・後編も今回初の試みです。
どうなるかは私にも解りませんが……恐怖の無い恐怖って恐いなー。

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