次元は、一人、飛行機に乗っていた。ふと、視線を窓に映すと雲の平原が広がり、空は星が瞬いている。

「・・時ってぇのは、早ぇよな・・」

次元はぽつりとそう言うと、目をつむった。


『ツカマエタ世界』


----第1話-----


もう、何十年も前になる。

スラム街の通りで一人、男が倒れていた。

別にここでは、行き倒れや殺人はめずらしくない。しかし、次元はなんとなく、倒れている男が気になった。


「おっさん」


しゃがんで男の肩を揺さぶった。男は小さく呻き、薄く目をあけると、次元を見た。

「・・・」

次元はその碧の目が印象的で、男が再び目を閉じるまで目を反らせなかった。そして、自分の住処としている廃墟となったアパートへと引きずって連れて帰った。





「っ、はっ、はぁっ、なんつー重さしてんだよ!!」

連れて帰ったときには、次元は、相当息が上がっていた。当時、次元は11才。そんな子供が、大人一人を1kmもひきずってきたのだ。途中で、ローラーのついた板にのせて運んだとはいえ、負荷がかかるのは当然である。

「・・何で、こんなの拾っちゃったんだろ?」

次元はめんどくさそうに男を見ると、床にもたれて眠った。





二日後、男は目を覚ました。初めはぼうっと天井を見上げていたが、次元の姿を確認すると、口を開いた。

「・・お前が助けてくれたのか?・・って、英語で言ってもわかんねぇか」

男は一人でくくっと笑うと、起きあがろうと上半身を持ち上げようとしたが、痛みのため、再び床に倒れ込んだ。次元は一つため息をつくと、男に近寄った。

「じっとしてろ。今、包帯変えてやるから」
「お前・・!!英語が話せるのか?」

次元がアメリカに来て3年になる。その間に生活に困らないぐらいの会話力は身につけていた。次元は無言で包帯をとりかえると、欠けたコップを男に差し出した。

男は次元の手からひったくるようにコップを受け取ると、がぶがぶと飲み干した。そして、与えた食べ物全部を平らげると、満足そうに微笑み、壁づたいに上半身を起こすと、次元に礼を言った。

「いやぁ、すっかり世話になっちまったな。俺はフェデリコ。お前は?」
「・・次元・・次元大介」
「ジゲン・・ってのか。お前さん親は?礼を言いたいんだ」

几帳面な男だと、思った。次元は少々うつむくと、淡々と答える。

「いない・・。俺は孤児だ。それに・・育て親も3ヶ月前に・・死んだ」
「・・そっか。そりゃ悪いこと聞いたな」

フェデリコは本当にすまなそうにすると、少し考え込んで言った。

「なぁ、次元。お前さんは俺の命の恩人だ。あのままだったら俺は確実にのたれ死んでたに違いねぇ。そこでだ、お前さえよければだが、俺と来ねぇか?」
「え?」

次元は驚きのあまり顔をあげると、フェデリコを見た。しかし、次元はフェデリコの包帯の服の下にあったモノを思い出すと、再びうつむく。

「あんた、普通の人じゃないだろ?体だって相当鍛えてあるし、古傷の数だって、数えきれないぐらい多い。だいたい、あんな鉄砲傷だらけで倒れてるなんて、相当ヤバいことに関わってるってことじゃないか」

次元の言葉に、フェデリコは目を丸くすると、次元の背中をバシバシ叩きながら、大笑いし始めた。次元は、わけがわからないまま、その背中の痛みに目を白黒させる。

「あははははっ!!!!たいしたもんだ!!その歳でそんなけ頭キレる奴ぁ、世界にそうはいねぇぜ!!」
「叩くな!!ぶっ殺すぞ!?」
「俺を殺すか。こりゃあいい。肝っ玉もすわってやがる。なぁ、次元、マジで俺と来いよ。お前といると楽しくていい!!」
「だから、ヤバいことに首突っ込んでる奴の側にいるなんて、ヤだって!」

次元はすぐさま逃げようとしたが、時はすでに遅く、がっちり肩をつかまれている。結局、1週間後、フェデリコの家へと次元は連れて行かれるのだった。




しかし、次元は知らない。この男と会ったことで、次元の運命の歯車は廻り始めたということを・・・。


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