BANG!


 見渡す限り岩、岩、岩。

 幅ニ、三十メートルほどある道の端は高い岩壁が聳え立っていた。

 ゴツゴツした地面は歩きにくい事この上ない。

 そんな地面の上を私は走っていた、全力疾走で。

 何でいつもいつもこうなるのだろう。

 こんな風に少し目を離した隙にトラブルに巻き込まれていたら命がいくつあって足りない。

 別に何か約束とか契約とかそう言うものがある訳じゃ無いけどどうしてだろう?

 この隣でへばっている馬鹿な男と一緒に行動しているのは、自分でも不思議だ。

「ちょっ…ちょっと待ってくれ…」

「待てる訳無いでしょ,後ろ見てみなさいよ。あちらさんもだいぶお疲れみたいよ」

 荒野で先頭を平然と走る私ことシェンルーと息を切らしながらその後ろについてくるジグレス,更にその後方五〇〇メートルほどの所にヴァルガ王国の正規軍が押し寄せて来ているのが見える。

 私の視力は両目ともに三・五。

「や、やば…俺もうダメ…」

 ジグレスは疲労困憊といった状況でとうとう歩き出してしまった。

後方を確認すると既に王国軍の姿は見え無くなっていたので私も歩く事にした。

「だらしないなぁ。大体、あんたがいけないんだよ?

いきなりヴァルガの国王を殺すなんて何を考えているんだか。

しかも,国王を殺すのはコレで二人目なんだって?いいかげんネックプライズがSSSランクになっちゃうよ」

「ちなみに俺が殺したのはコレで二人目だ」

 ジグレスが息を整えながら付け足すように言った。

俺は大物しか殺さないとかそんな事を言いたいのか?まあ、どうでも良いけど。

 補足としてネックプライズとはその人物にかかっている賞金のランクの事だ。

実際に存在するのはSSランクまでだが一国の王様を二人も殺したとなっては特例でSSSランクに本当にされかねない。

「だいたい無計画過ぎる。たまたまターゲットが見えたからって、いきなり撃つ?普通」

「俺が悪いんじゃねえよ。ヴァルガのクソ王子がいけねえんだ。まんまと騙されたぜ。それに根幹責任法はどうなってるんだよ?」

 憤慨しながらジグレスは愚痴をこぼしている。

 彼は今回、ヴァルガの王子の依頼で現国王であった父親を殺して欲しいと頼まれていた。

そしてターゲットを殺しても責任は依頼者にある。

これが根幹責任法である。実際この法律は数々の国で採択されているが、今回彼はヴァルガの王子にまんまと騙されたのだ。

 ヴァルガの王子いわく、

『この国は愚かなわが父の独裁により国民が苦しんでいる。

従って我が父を殺してもらいたい。責任は私が取ろう、この国は根幹責任法が適用されているから安心してくれ』

 と,言っていた。

 そして、ジグレスが国王を殺し、王子が国王への戴冠式の時のセリフ。

『我が父は暗殺された。そして私は犯人を見た。グルネール国の国王を殺したSSランクの賞金首ジグレス・グライドーだ。私は奴を許さない。誰に頼まれたか知らないが根幹責任法を適用していないわが国では本人を捕らえて処刑する事にした。王国軍も出撃するが臣民たる貴君たちの誰でも奴の首を取ったものには多額の報奨金を奴の賞金とは別にだそうではないか』

 である。

 つまり,ジグレスは完全に担がれたのだ。

「でも、まあ。その国に本当に根幹責任法が適用されているかどうか確認しなかったあんたのミスよ」

「知るかよ!王子が直々に言って来たら誰だって信じるだろ」

 ここぞとばかりに私は非難してやった。

彼の無計画さはいつも指摘しているのだが一向に直そうという努力がみられないからこんな事になるのだ。

ただ私に当たるのは辞めて欲しい。

「だいたい奴は何で国王になりたかったんだよ?人を陥れるような奴が本当に国民の事を考えていると思うか?」

 そう言われて私は少し考えてから言った。

「そうだなぁ。多分我慢できなくなったんじゃないかな?ほら、前の国王、在任期間が長かったでしょ。王子として産まれながら、何もできない自分がいやになって、そろそろ自分の好き勝手にしたくなったんじゃないかな?」

 私の言葉を聞いてジグレスは「そんなもんかね」と言った。

まあ、平民産まれの私達には実際のところは分からないが。

 しばらく誰もいない荒野を二人で歩いていると向こうのほうから誰かが歩いてくるのが見えた。

向こうはまだこちらに気が付いてないようだが、同じく男女の二人組みの様だ。

 二人の顔が認識できる距離まで近づいて私は顔をしかめた。どちらにも見覚えがあった。

 男の方は写真かなんかで見た顔で結構な有名人だったはずだ。

そして問題は女のほうだ。彼女は今、最も会いたくない人物。いや会ってはならない人物だった。

 私はジグレスを置いて後ろ向きに逃げようかと思ったがまだ王国軍がいるかもしれないのでそれは却下した。

そうなると両脇は高い岩壁なので逃げ道が無い。

どうしようかと思ってジグレスの方をみると彼も険しい顔をしていた。

 その表情を見て思い出した。確か男の方はジューダ・スプリートとか言う名前で確かトレジャーハンター(冒険者)でバウンティハンター(賞金稼ぎ)だったはずだ。

どちらもSSランクで通称『ルウィンド(亡ぶ風)』とか呼ばれていたような気がする。

 Bハンターだとするとジグレスの敵になる。しかし、彼は顔をしかめるだけで腰に添えられている武器を取ろうともしない。

 やがて眼前まで二人が近づいてきて私は観念した。

「や、やあ。ミリ姉ちゃん久しぶり……」

 そう、女性の方の名はミルネリア・フェイターン。私、シェンルー・フェイターンの実の姉である。

 このセリフに驚いたのはジグレスだけだった様だが。

「やあ、じゃ無いですよ、シェンルー。五年前、貴方が家を飛び出してからお父様とお母様がどれほど心配したか。私は貴方を探すために情報屋になったのですよ。あまつさえ、そんなSSランクの賞金首といっしょに行動して」

 整った顔立ちに凛とした雰囲気を漂わせた姉、ミルネリアが言った。

鋭い目つきで野生の猛獣すら怯えさせるほどの迫力がある。

「まあまあ、ミリー少し落ちついて、情報屋の君に言うセリフじゃないけど噂だけで人を判断するのは良くないよ。少なくとも僕の知っているジグレスという男は理由も無く誰かを殺す男じゃない。無責任で自分勝手だけどね」

 なだめる様にジューダが言った。どうやらジグレスとは顔見知りらしい。

まあ、SSランクの賞金首とSSランクのBハンターではライバル以外の関係など無いだろうが。

「悪かったな、自分勝手の無責任で。騙された相棒を見捨てて行くような奴に言われるとは思わなかったぜ」

「相棒?」

 思いもよらない関係に思わず大きな声を出してしまった。

「昔の、ね。とにかくここで長々と話すのもなんですから。この先に小さな小屋があるから僕等がいっしょに行動している理由とか、君達を待っていた理由とか、そこで話をしましょう」

 

「で、お前が俺を待っていた理由とやらはなんだ?」

 出し抜けにジグレスが聞いた。

 ここはどうやら国境管理局の連絡小屋の様だ。

国境管理局とは国境間に設置されている木造の小屋でほとんど目印の役割しか果たしてないのだが一応、机や椅子は設置されていた。

旅人たちが休憩に使ったりできる様にカギはついていなかった。

 木造で山小屋みたいな感じだ。

 机を囲んで談話するには不自由しないが生活するには四人は少し無理がある、という位の広さしかない。

「実はさっき会うまで相手が貴方だとは知らなかったんですよ。私と彼女は今、ヴァルガの隣国のトーティアスに雇われている密偵と言うことになります」

 淡々とジューダが語る。余りにも大雑把過ぎてはっきり言って何が言いたいのか分からない。

「お前のそのもったいぶった口調は健在だな。出し惜しみしてないでさっさと言え」

 しかし、ジューダの方は少し困ったような顔をした。

「う〜む、参りましたねえ…。まさかジグレスが相手だと思いませんでした。実はヴァルガの王を殺した人物を連れて来いという依頼を受けているのですが、貴方の性格からいって…」

「いかんぞ」

「……と、言うと思いました。まあ話だけでも聞いてください。今までトーティアスとヴァルガが冷戦状態にあったのは知っていますね?」

「…まあな」

 そっけなくジグレスが返事をする。彼も国同士のいざこざなどについては詳しい。
私はロクに教育を受けてないから良くわからないが、姉の方を見るとどうやら事情はわかっている様だ。

情報屋というからには私が村を出ていった後それなりに勉学に励んだのだろう。

不意に姉と私の目線が合い彼女は私を外へと目線で促した。

話の続きが気になったがどのみち聞いていても大して理解できないだろうからしぶしぶ姉の支持にしたがって外へ出た。

 姉はジグレスに事の成り行きを説明しているジューダに「外にいるから」と声をかけると二人を小屋に残してドアを閉めた。

 私と向かい合い一瞬目つきが穏やかになったかと思うと、突然。

 パーーーーン!

 突然の出来事に何が何だか分からなかったが左の頬がひりひりする。どうやら姉に平手打ちを食らったらしい。

 さすがの私もカッとなって厳しいめつきで姉を睨み返そうとしたが失敗した。

 姉はその目に涙を浮かべていた。

「…ミリー…姉ちゃん?」

「…全く貴方って娘は。いきなり何の前触れも無く書置きして飛び出すなんて、父さんや母さん…それに私がどれだけ心配したと思っているの?父さんや母さんの反対を押し切って、貴方を探すために世界中を飛び回る情報屋になって、それでも三年かかった。…でも、無事で良かったわ」

 姉は両手で顔を覆い小さく泣いていた。

「今ので全部許してあげるから、一緒に村に帰りましょう?」

 そういって手を差し出してきた、コレを握り返してしまえば村に帰ることを承諾した、という事になってしまうのだろう。

 私は手が出せなかった。

「ゴメン、ミリ姉ちゃん。私はまだ帰れない。…帰りたくない」

 俯たまま言った、恐る恐る顔をあげるとそこには意外な表情を浮かべた姉がいた。

 笑っていたのだ。

「ふふ、そう言うと思ったわ。私も帰る気なんて無いの。初めは怖かったけど今は頼れる仲間がいるし、世界中を飛び回るのがこんなに楽しいなんて知らなかったわ。心配しない様に定期的に手紙は書いているけどね」

「ミリ姉ちゃん…」

 私は何と言えば良いのかわからなかった。ただ姉の今の笑顔が偽りのものでない、それだけはわかった。

「私は貴方に帰れなんて言えないわ、だからせめて手紙だけは書いてあげて父さんや母さんを安心させて欲しいの」

「うん」

「あと、どうしても知りたかったんだけど、どうしていきなり家出したりしたの?」

 姉の疑問はもっともだった。私は家族にして見ればいきなり家出した事になる。

私の中では既に何年も前からそのつもりだったが家族の前では普通に振舞っていたからだ。

 どうして?と聞かれると困るのだが、どうしても!と、しか答えようが無かった。
そのときの私はどうしてもバウンティハンターに成りたかったのだ。

実際、なってみてもまだその答えはわからない。何故かどうしてもSSランクのBハンターになりたかったのだ。

もしかしたらSSランクに成れればその答えも出るかもしれない。

「わかんない、けど。そのときはどうしてもバウンティハンターになりたくて、別にお父さんやお母さんがどうとか、お姉ちゃんがどうとか、そんなんじゃないよ」

「そう、貴方には貴方の考えがあって家を飛び出した…か。まあ、でもこうやって無事再開できた事だし良しとしましょう」

 姉は明るくいった。

 彼女と先ほど話し始めてからずっと違和感があったがその訳がようやくわかった。

「ミリ姉ちゃん、何か明るくなったね」

「そうかしら?でもそうかも知れないわね。情報屋とかしているとやっぱり人脈とか大事に成ってくるし、あとジューダの影響もあるかもね」

「あの人、写真か何かで見た事あるけど結構有名なダブルハンターだよね。お姉ちゃんとどういう関係なの?」

 ダブルハンターとは簡単に言えばTハンターとBハンター、両方のライセンスを持っているものを指し示す言葉である。

 私の質問に対し姉は意地悪っぽい笑みを浮かべて言った。

「いやだぁ!シェンルーったら、そんな事に興味があるの?貴方もやっぱり年頃の女の子ねえ」

「そ、そんなつもりじゃあ…」

 姉は狼狽する私を見てクスクス笑っている。

「少なくとも貴方がさっき想像したような関係じゃないわよ。彼が私を守り、私は彼に情報を提供する、ギブアンドテイク。そんな感じよ」

「そ、想像なんかしてまいもん!」

 慌てて否定したため舌が回らずわけわからない事をいってしまった。

「ま、いいわ。話は終り、中に入りましょう」

 姉はそういってそそくさと中に入っていた。私も慌てて後を追った。

 ジューダは俺の向かいに不敵な笑みを浮かべながら座って事の成り行きを説明していた。

 ジューダの連れていた女にも何処か見覚えがあったような気がするが気のせいだろうか?

名前にも聞き覚えがあるか?年も同じ位のようだ、向こうはこちらに面識が無いようだったが…。

ちなみにジューダは俺より四つ上の二十六のはずだ。

 当の本人はジューダに何やら耳打ちをしてシェンルーと共に出て行った

。姉妹だと言う事だからいきなり戦闘になる事は無いと思うが一応入り口の向こうにも神経を張り巡らしておく事にする。

 ジューダは相変わらず説明を続けているが俺の耳には全く届いていない。

 今、俺の頭はジューダと一緒にいた女が誰だったか思い出すのに必死だったからだ。

俺には何か他の事を考えながら他人の話を聞くという器用な事はできない。

 シェンルーが良く「単純バカ」とか「ウメボシ脳」とか言っているがそれは当たっているのか?

 それかけた思考回路を元に戻し思い出そうと過去へと記憶を退行させると不意にはじめて村を出た日、旅立ちの日が思い出された。

━━今から七年前、アレはおふくろが死んで葬式を挙げた次の日だった。

「ねえ、ジグ兄ちゃんどこかいくの?」

 俺は当時ひねくれ者で向こうが寄ってきても適当に距離を取って接する、そんなガキだったと思う。

そんな俺にいつも黙って付きまとってくる一人の少女が村の出口へと歩いていた俺に向かって尋ねた。

手にはいつも持っている小さなドラゴンのぬいぐるみがある。

「…ああ、ちょっとな」

 俺は愛想笑いを浮かべて返事をした。この少女だけはどんなに距離を取ろうとしても俺にまとわりついてきた。

前に一度、理由を聞いたことがあったがその時は顔を赤らめてうつむいてしまった為、結局聞けなかった。

「すぐかえってくる?」

 少女はもじもじしながら聞いてくる。この子には悪いがもう戻ってくるつもりは無かった。

両親が死んで、親類も無い。もともと、バウンティハンターになりたかった、俺は親父が死んでから女手一つで俺を育ててくれたおふくろがいたから、この村に残っていたのだ。

「ジグ兄ちゃんはバウンティハンターになるんだ。わかるか?バウンティハンター」

 少女はコクリと頷いた。

「だからもう帰ってこない」

 この一言を聞いて少女は泣き出しそうになると俺の服の裾を掴んで言った。

「……私も行く」

 それからは俺がいくら説得しても少女は断固納得しなかった。

 困り果ててしまった俺は少女と同じ目線の高さに会わせてしゃがむと少女の頭にポンと手を置いて言った。

「良し、わかった。じゃあ、お前が大きくなってバウンティハンターになったとき、俺と同じクラスだったら一緒に連れて行ってやる」

 それでも少女は不服そうな顔のまま、

「でも、それじゃあジグ兄ちゃん、どこにいるかわからないよ」

「心配するな、その頃にはウンと有名なってすぐ居場所が判るようになってるからな」

 俺はカカと笑うと少女も笑った。

「約束だ。指切りしよう」

 俺が小指を出すと少女もそれに小指を絡めた。

「ぜったいだよ!」

「ああ、どんな約束も守るのが俺のささやかなプライドだ」

 そう言って町を後にした。

 しばらく歩いて腰にぶら下げた巾着袋からビー玉のようなものを取りだし、拳銃のようなものにつめた。

 それを天に目掛けて打つ。

 打ち出された玉は空中で霧散し辺りに光の粉を撒き散らした。

 これで俺ことを覚えているものはいなくなった。さっきのビー玉のようなものは魔法玉と言い呪術師だった母が残してくれた言わば形見だった。

そして銃の方も昔、父が生前に使っていた様々なものを打ち出すことが出来る『ヴァナー』と呼ばれるものだった。

 『メモリアルカオス』さっき打ち出した魔法玉の名前だ。使用者の思いどおりに記憶を操作する事が出来るとおふくろが言っていた。

 これであの少女が俺のことを思い出す事は無い。少し寂しいような気もしたがすぐに忘れた。

 約束は守ろう、自らは破らない。彼女と偶然出会うようなことがあればだが、それももうありえない事なのだろう。

 俺は歩き出した。

 そして、七年が過ぎた。

少女の名前も顔ももう覚えていない。会う事も無いだろう、今ごろはあの村で静かに暮らしているだろう、年頃だし恋の一つもしているだろう。それで良かったのだ━━

「ジグレス、聞いてないでしょう?」

 ジューダの声にふと我に返った。

 それにしてもこいつ「聞いているのか?」ならまだしも「聞いてないだろ」とは失礼な奴だ。まあ、聞いてなかったが。

「まあ、何にしても行くつもりは無いぞ」

 ジューダは愛想笑いを浮かべたままだ。

「やれやれ、相変わらずですねえ。しかし、こちらも仕事ですからそこまで拒むと力づくということになりますが…」

「ふん、今更なに言ってやがる。いっしょに行動していたときはいつもそうだっただろ。望むところだ」

「貴方も懲りない人だ。何なら通算成績お教えしましょうか?」

「うるせえ!さっさと表へ出ろ」

 それと同時に外の二人が入ってきた。

「ジグレス何大声だしてんの?」

 シェンルーが言った。

「今度は我々が外に出る番らしいので貴方方はここで待っていてください」

 ジューダが言いながら俺のあとについて外に出てきた。

女二人も待っていろと言われたのを無視して出てきた。

小屋から出てしばらく歩いたところ、両脇に高さニ、三十メートルはありそうな絶壁に囲まれた、これもまたニ、三十メートルの道幅を持った一本道に私達はいた。

 簡単に言えば姉達と出会った場所だ。

 私とその横にいる姉の視線の十メートルほど離れた所に男二人の姿があった。

ニ、三メートルの間合いを取りお互いにらみ合っている。

 茶色とこげ茶色を基調とした殺風景な荒野に響くのは先ほどから少し強めに吹いている風の音だけだった。

「これで勝てたら何度目の正直になりますかねえ?」

 余裕を見せてジューダが言った。

「いちいち癪に障る野郎だ。いくぜ!」

「かかって来なさい!」

 二人は掛け声と同時に動いた。

 ジグレスが声を発した同時にダラリと下げられていたジューダの腕は構えを取った。見た感じ隙は無さそうだ。

 ジグレスはジューダに向かって真っ直ぐに飛び出し飛び回しげりを食らわそうとした。

ジューダは判っていたかのように一歩だけ後ろに下がり紙一重でそれをかわした。

「す、凄い」

 思わず私は感心してしまった。ジグレスの蹴りは格闘の専門家である私ほどではないにしろ、かなりの威力があったはずだ。スピードも蹴りの速度も申し分無かった。しかし、ジューダはいとも簡単にかわしてしまった。

「まだまだぁ!」

 着地した右足を軸にしてジグレスは左足で回転げりを放つ。

しかし、それも予想されていたようにジューダの右腕一本で受け流されてしまう。

「どうしました?その程度の体術では私に一撃も食らわせる事は出来ませんよ?それっ!」

「どわっ!」

 ジグレスの体が宙に舞った。ジューダは回転げりを受け流しながら、その勢いを利用して彼を投げ飛ばしてようだ。(私にはそう見えた)

 投げ飛ばされたジグレスは空中で体を捻り着地しようとしたが、そこにまたジューダの追加攻撃が襲いかかった。空中で体を捻ろうとしたジグレスの手を取り地面に叩きつけたのだ。

「いってぇ!」

 ジグレスが苦悶の声をあげた。しかしすぐさま立ち上がる。

「ほう、あの状態からでも受身をとりましたか。さすが、と言っておきましょう」

「ふん、弱い奴と手を組む事ほど愚かな事は無い、って言ったのはお前だろ」

 表に出る時に掛けた眼鏡の位置を直しながら余裕たっぷりにジューダが言った。

ジグレスは既に埃まみれだが彼の服はパンパンとはたくだけで綺麗になっていた。

「あのジューダって人、強すぎない?」

 私は隣の姉に聞いた。彼女はいつのまにか細長い袋のようなものを持っており、それを杖代わりに地面に突き立てていた。

「そう?でも、あれ全然本気じゃないわよ。本気かどうかは知ら無いけど以前見たときはもっと凄かったわよ。それにあなたの相棒も何か狙ってそうじゃない?」

「相棒とか、そんなんじゃないって」

 姉の言葉に適当に返事をしながら私は再び戦いに集中した。

 確かにジューダの方は全然本気を出して無さそうだが、ジグレスの方は何かを企んでいそうな気配は無かった。何故かがむしゃらに回転げりを繰り出しているのが変と言えば変である。

「ミリー、武器を」

 ジューダは姉の方に向き直り言った。姉は杖代わりにしていたそれをジューダに向かって投げた。

「さあ、そろそろ本気でいきましょうか」

 受け取った袋の中身を構えてジューダは言った。その中身とは槍だった。

穂先に刃が付いている物ではなく三角錐に持ち手がついたタイプの突き専用の槍だった。

その表面には何やら文字のようなものが彫りこまれていたが私には読めなかった。

「あれは神護文字よ。書いてある事は判らないけど何でも神具にだけ書かれている特殊な文字らしいわよ」

 私の疑問を先読みした様に姉が言った。

「ふうん、あれどこかで見た事あるような…」

 と思っていたところに答えが飛びこんできた。ジグレスが構えていた銃のような武器『ヴァナー』にも書かれていた。

ああ、あれだったのかと思うと同時にまた別の疑問が浮かび上がった。

(あれ、でもあれはジグレスと会ってから初めて見たような、それに文字を見たのはもっと小さい時だった)

 そんな疑問だった。

 色々と考えていると二人の戦いも決着がつきそうになっていたのですぐに忘れてそちらに見入った。

「そろそろ本気でいきましょうか、だと。馬鹿にするなよ!」

 ジグレスが引き金を引くと銃口から白と赤の混じったような光を放ちながら光弾が放たれた。しかし、ジューダ避けるでもなくその場で立ち尽くし槍を眼前に構えた。

 カッ!

 槍と光弾が接触する直前、凄まじい光を発して光弾が弾けた。これにはさすがにジューダもあっけに取られていた。

「油断大敵はお前の口癖だったはずだぜ」

 ジグレスがあっけに取られているジューダに悠々と歩いて近づいて行った。彼の足元にジグレスが回転げりでえぐった地面がまるで魔法陣を描く様に輝いていた。

「な、なに!」

 ようやく事態に気付いたジューダは慌てて迎え撃とうとしたが足が動かなかった。

「い、一体何を…?」

 ジューダの問いにジグレスが腰の巾着袋から取り出したビー玉のような物を見せながら言った。

「魔法玉を使ったのさ。今回使ったのは『アンチアクシュレス』って言う奴だ。どうだ、動けないだろ?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら動けなくて歯噛みするジューダに嫌味っぽく顔を近づけていた。

「相手が本気を出してきたら敵わない、と思ったら。本気を出す前に決めてしまえ。

って言ったのは誰だったかな?」

 相変わらず嫌味を言っていたジグレスだったがジューダの表情を見てとっさに間合いを取った。ジューダは表情を一変させて不敵な笑みを浮かべていた。

「確かに驚きました。あれほど力にものを言わせていた貴方が頭を使ってくるとは。

時間が貴方を少し大人にしたようですね。ですが、私はこうも言ったはずです。」

 地面の魔法陣が考えられないような突風にかき消される。

「切り札は先に見せるな、と」

「な…」

 二人の表情は反転しジューダは再び余裕の表情に、ジグレスには驚きの表情が浮かんだ。

 二人を中心に小さな竜巻のようなものが発生した。しかし影響範囲は本当に小さく側で見ていた私達のところまでは被害が及んでいない。

「な、何なの?」

 思わず私も口からこぼれた、それを自分への疑問と受け取ったのか、隣に居た姉が答えた。

「あれこそ彼が『ルウィンド』と呼ばれる所以、風の精霊ゼファニアスの力よ」

「精霊?」

「そう、世界には精霊王アルティメウスを頂点として、四天霊、七護精そしてそのほかの弱小精霊達が存在すると言われているわ、ゼファニアスは七護精の風を司る精霊よ」

「精霊、精霊か…」

 本当に存在したのか、といった思いで私の胸は一杯だった。小さい頃、母から聞かされてはいたが大人に近づくに連れ、信じるどころかそんなものに思いを馳せる事も無くなっていった様に思える。

 ふと顔をあげると灰色と群青色の大きな物体が私に向かって飛来してきた。

「きゃあっ!」

 私が思わず抱き止めるとその物体は「悪い!」と言葉を残して再びジューダに向かって行った。

 吹き飛ばされたのはジグレスだった。確かに彼は痩せ型だが身長があるためにそんなに軽くないはずだ。それをいともたやすく吹き飛ばす精霊の力に私は胸の高鳴りを覚えた。

「ミリ姉ちゃん、他の精霊も存在するの?」

「さあ、彼がどこであの精霊を見つけたかは知らないわ。聞いても教えてくれないでしょうね」

「どうして?」

「危険らしいわよ、精霊を手に入れるのって。精霊と心を通わせるか、力でねじ伏せるか、二つに一つらしいわ」

「その、心を通わせるって奴なら出来そうじゃない?」

「それが曲者らしいのよ。心を通わせる振りをして心の弱みに付け込んでくる悪い精霊も居るらしいわ」

「チェッ!なーんだ」

 私が再び二人の戦いに目をうつすと驚くべき光景が目に入った。

 ジグレスが右足の太股の外側をえぐられ足もとに血だまりを作っていた。

一方のジューダはなんと空中に静止しており手にしている槍からは血が滴り落ちていた。

「もうそろそろ降参してくれませんか?」

 優しげな口調でジューダが言った。

「寝言は寝て言え」

 ジグレスは既に立っていられない様子で片膝を地面についたままジューダに向かって発砲した。

「まだ判らないのですか?『神槍ミリオンヴェーゼ』のフィールドは鉛弾では破れないというのに…」

 今度の口調には哀れみがこもっていた。

「そこまで頑なに拒むならば気を絶するほどの一撃を差し上げましょう。いきますよ!ゼファニアス!」

 ジューダは叫び槍を天に突き立てた。槍の先に光球が生まれその中から小さな太った男の子が現れた、ちょうど全身が人の顔位の大きさである。多分あれがゼファニアスなのだろう。

 離れたところでジューダが槍を前に出すとゼファニアスがフウッと息を吐いた。

「ぐあっ!」

 ジグレスから苦悶の呻き声が漏れた。彼のジューダに向けて伸ばしていた『ヴァナー』を持った腕がずたずたに切り裂かれ血しぶきが舞った。

 さすがにこれはまずい、傷は太股を除けば深いものは無いがいかんせん血を流しすぎている。

私は思わず叫んだ。

「ジグレス!お願いだからもう辞めて。実力が違いすぎる。このままじゃ、あんた死んじゃうよ!」

 私の叫びが耳に届いたのかジグレスはこっちに顔を向けた。しかしその表情には、いやその眼にはいまだに燃え尽きる事の無い闘志がギラついている事が判った。

 その迫力に私は思わず閉口していまい、最悪の事態にならない事を祈るばかりとなった。

 ズタズタにされた利き腕である右腕を忌々しげに見やってジグレスはふらふらと立ちあがる。

その瞳はジューダを捉えているが何かを訴えている様にも見える。

「往生際の悪い貴方の事だ何かまだ企んでいるのでしょう?頭脳プレーが出来るようになったのは大した進歩ですが、それでもどうしようもない力の差、というものもあるのですよ。これ以上意地を張ってもいい事なんてないですよ」

 諭すような口調で地面に降り立ったジューダが言った。ジグレスに正面から近づいていく。

力の差から来る余裕とかそんなものではなかった。

彼の体は相変わらずゼファニアスの作り出した大気の壁が護っているし、ジューダ自身にも油断は微塵も無い。

 ジグレスの腕が届くところまでジューダが近づいたときジグレスが左でジューダに殴り掛かった。

しかし、全身に傷を負い大量に失血した彼の一撃にはスピードも力強さもなく精細を欠いていた。

いとも簡単にかわされると同時に腕を捻り上げられ地面に押し倒された。

 仰向けに倒れたジグレスの上にまたがり、『ミリオンヴェーゼ』を喉元に突き付けてジューダは言った。

「そろそろ首を縦に振ってくれませんか?ここから先はあそこで見ている女性達にはとても見るに絶えないような事になってしまいますよ」

 ジグレスは自分の上にまたがったジューダを憎らしげに見上げたかと思うと不意に、ニヤリと口の両端を吊り上げた。 

 ガリッ!と何かを噛むような音と共に開いたジグレスの口から青白い熱線が勢い良く噴出した。

「な、何!」

 不意をついた一撃にジューダは防御も出来ず直撃を食らい岩壁に激突するまで吹き飛ばされた。

「い、今ジグレス火ぃ吹かなかった?」

 私は同意を求める様に隣の姉に言った。出来れば見間違いであって欲しかったので同意を求めたというのは正確ではないかもしれないが、そんな私の心中を裏切り姉も呆然と頷いた。

 ジグレスは自分の口からブスブスと煙を出しながらもヨロヨロと立ちあがり、吹き飛ばされ瓦礫の下敷きになったジューダの元へと向かった。

「おい、生きているか?」

 ガラガラと瓦礫が崩れジューダが中から顔を出した。

「な、何とか…。でも、もう戦えませんね、さすがに…」

 あの状況からでもとっさにガードしたのかジューダの両腕は焼け爛れていた。

「恐ろしい奴だな」

 呆れた様にジグレスが言った。

「恐ろしいのはこっちの方です。どうやって口からあんな…」

 ジューダの問いにジグレスはニヤリと答える。巾着袋の中から魔法玉を取りだして言った。

「こいつを口の中で噛み砕いたのさ。『クリムゾンヒート』って奴だ。おかげで俺の口の回りも大火傷だが、これくらいしないとお前には勝てないだろ?」

 私と姉は「なるほどね」と納得した。ジューダは「参りましたよ」と言って気を失ってしまった。

「しまった。さっきの風の正体聞くの忘れたぜ」

「ああ、それなら…」

 私は先ほど姉から聞いたことをそのまま説明してやった。

「ふーん。ま、取り敢えずこいつを国管の小屋まで連れて行って。目が覚めたら詳しい事を聞こうぜ。俺ももうヘトヘトだ」

 私は外で日課である体操をしていた外はまだ寒く太陽も頭の上をほんの少し覗かせているの過ぎない時間だった。

ジューダが目を覚ましたのは半日経って外が白み始めた頃だった。

 私はまだ回転の遅い脳味噌を冷たい水でハッキリさせると小屋に戻った。

 中に入る一つしかないベッドに寝かされていたジューダが上半身を起こしていたところだった。

 姉は椅子に座り机に顔を伏せて小さな寝息を立てている。

彼女はジューダが気を失ってからずっと寝ずに看病していたらしい。

ジグレスも同様に寝ていないらしいが彼の方は眠たそうな気配は無い。

元々旅先で宿を取っても私が起きているうちは帰ってこない、朝起きたら横のベッドか床に寝ている。

あまり睡眠を必要としない体質なのかもしれない。

あと、意外なところで紳士的というか奥手なので貞操の心配がないのが少し気楽だったりする。

 姉の上にジューダが自分に掛けられていた毛布をそっと掛けた。

 いいな、と思ってしまったが私の上にもジグレスのジャケットが掛かっていたのを思い出した。

割とよくある事なので最近はもう慣れた。いつもどおりお礼を言って返すと彼はなにも言わず受け取る、それもいつもの事だった。

 彼は普段は朴念仁のくせに変なところで気が利くのだ。

そんな意外に優しいところと恥ずかしがり屋なところが私の顔を綻ばせる。

「なに一人でニヤニヤしてんだ?」

 私の表情に気が付いたジグレスが言った。

「何でも無いよ、私また外の風に当たってくるね」

 舌をぺロッと出して、背を向けて軽やかな足取りで小屋を出た。

 朝の凛とした冷たい空気が心地よかった。

 私は彼らの戦いをみているとき何故自分はジグレスと一緒に行動しているのか考えていた。

でも答えは出なかった。

 考えても答えが出ない問題というのは、今知らなくてもいい事だと私は思っている。

だから考えるのは辞めよう。

 今が楽しければいいじゃないか。

 朝日に向かってそう叫びたかった。

「で、何で待ってんだっけ、俺を」

 俺の問いにジューダはため息を吐いた。

「やりあう前に説明したはずなんですけどねえ。いいですか、もう一度言いますよ」

 ジューダがブツブツと説明し始めたとき視界の隅にシェンルーのニヤニヤした顔が目にはいった。

「なに一人でニヤニヤしてんだ?」

 と俺が言うと、

「何でも無いよ、私また外の風に当たってくるね」

 そう言って後ろを向いて小屋から出て行った。

 何やら機嫌が良さそうだ。と、その時俺の目に彼女の腰にぶら下がった小さなドラゴンのぬいぐるみが目に入った。

 そうか、そうだったんだ。

 俺は蘇った自分の記憶に今の自分を納得させた。

 俺は無意識のうちに約束を守っていたのか。

 我なから律儀というか几帳面というか何か自分が情けなかった。

「ちょっと、ジグレス、聞いていますか?」

 多少苛立ち混じりの声でジューダが言った。

 俺は悪びれもせず、

「わりぃ、全然聞いてなかった。今度こそちゃんと聞くからもう一度頼む」

 ジューダは「全く貴方という人は…」と言いながらあきれ返った様子で三度目の説明を始めた。

 その内容は驚くべきもので俺の考えを翻らせた。

「わかった、行けばいいんだな」

「よろしくお願いしますよ」

 といって立ち上がった俺に封筒を渡した。

「正式な書類が入っています。これで王宮に入る事が出来るでしょう」

「?お前は来ないのか」

 ふとした疑問は愚問だった。

「こんな体にしたのは誰だと思っているんですか。あとニ、三日休んでから行きますよ」

 ため息交じりに答えた。さっきからこいつはため息ばかりだ。まあ、その原因の半分以上は俺だろうが。

 俺は机に伏せて寝ているミルネリアを見た。

 そうか、じゃあこいつは俺の幼馴染みで同級生だったあのミルネリアだったのか。

まあ、今更どうでもいい事だが心のモヤは晴れた。

「二人きりだからって変な事するなよ」

「この体ではちょっと無理ですね」

 俺のからかいにジューダは肩をすくめて見せた。

「じゃあ、先に行くからな」

 そう言って荷物を抱え外に出た。基本的にシェンルーの荷物もまとめて俺が持っているからこのまま出発しても問題無い。

 ドアを開けて外に出るとなぜかシェンルーが踊っていた。

「ご機嫌だな、オイ」

「えへへ、わかるぅ」

 俺の言葉にシェンルーが駆け寄ってきた。

「予定が変わった。これからトーティアスに向かう」

「じゃあ、あのジューダって人の依頼、受けるんだ」

「そうだ」

 そう言って俺はトーティアスの方向へ向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと。今から行くの?」

「そのつもりだが、忘れ物があるのか?」

 立ち止まって振り返るとシェンルーが駆け寄ってきた。

「あの二人はどうするの、私達二人だけで行って大丈夫なの?」

「あの二人はもう少し休んでから行くそうだ、書類も預かってきているから心配する
な」

 そう言って受け取った封筒を見せた。

「ふーん、あ、そうだ。この仕事が終ったら精霊探しにいこーよ」

「精霊?」

「うん、私も欲しくなっちゃった」

「危険だって言われただろ」

「だからぁ、ジグレスにお願いしているんでしょー」

 おねだりする様に腕にしがみつきながらシェンルーは甘えたように言った。

「考えとくよ」

 困った末に出した答えは“了解”と受け取られてしまったらしくシェンルーは子供の様にはしゃいでいた。

お前もう十八だろ。

 ともあれまた一つ約束が増えてしまった。

 一体いつになったら俺は自由になれるのだろうか。

 俺の名はジグレス・グライドー。

 トレジャーハンター、バウンティハンター、そして賞金首、すべてにおいてSSクラスの超有名人だ。

 そして約束を守る男。


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