ボクのシアワセ
+++ 1 +++

「お前ってさー、休みの日とか何やってるわけよ?」
碁会所で検討をしながら、珍しく進藤が碁以外のことを口にした。
「は?」
いきなりそういうことを聞かれても、困る。
進藤はケラケラと笑い出した。
「お前、その顔!なんて顔してんだよ〜」
「なんて顔って…どういう意味だよ」
あまりに屈託なく笑うから、ちょっとムッとしたけれど、怒るまではいかなかった。
「休みの日なんか、人生にはありませんって顔じゃんか」
「……」
確かに、まあ、当たっていなくもない。
手合いのない日は学校だし、週末で家にいるときは父と打ったり、父の門下の人と研究したり、一人で検討することも多い。父の囲碁サロンに行って、皆さんの相手をするのもいい息抜きだけど、それも囲碁だ。
休みの日…こないだ緒方さんと食事に行ったけど、リーグ戦の戦い方とか、対局が詰まっているときの気分の入れ替え方とか、そんな話をしてた。これも囲碁だ。
「おいー、黙るなよ。俺、苛めようと思って言ってるんじゃねえんだぜ?…その、検討でいつも、なんかこう…喧嘩になるから…別のこととか話しながらやったら、いい感じで進むかなって思っただけで…」
黙って色々思い巡らせていたボクに困ってしまったか、進藤は随分おどおどした口調でものを言った。
「…ああ、分かってる」
返事をした自分の口から零れているのが溜息だと、自覚したのは肩を落としてからだった。
確かに僕は、本当に生活に囲碁しかないのかもしれない。
「お前さ、ホント真面目だなー。よし、今日はここで終わりにしようぜ。ちょっと一緒に出よう」
呆れているのか、心配しているのか、全く分からない口調でそう言って、進藤はボクの返事など待たずに碁石を片付け始めた。
「おい、さっきの一手のことは…」
壊され始めている盤上では、ツケるかハネるかで、もめ始めていた一手の場所さえ、うやむやになろうとしていた。
「塔矢。今日はもうおしまい、わかった?」
ピシっと黒石を僕の鼻先に突きつけて、進藤はニヤリと笑った。



----初めて会ったとき、そういえば彼は碁石もうまくもてなかった。

相変わらずマイペースな進藤に手を引っ張られながら、僕はそんなことを思い出していた。あの時は確か僕が彼の手を強引に引いて、碁会所へ連れて行こうとしていた。今日は進藤が僕の手を引いて、どんどん碁会所から遠ざかって行く。
「進藤、どこ行くんだ?」
「いいからいいから」
振り向いて、もう僕が逃げないだろうと思ったか、進藤はパッと手を離した。ふと目に入った右手は、当然ながら荒れていて、毎日彼が碁石を触っていることを如実に語った。
手を見せてもらったのは、あれはいつのことだっただろう。
まだランドセルを背負っていた。彼も、そして僕も。
あの時の彼の指は柔らかくて、碁石なんか彼の生活に入る余地もなさそうだった。だから僕はカッときたんだ。
…ああ、もうやめておこう。
あの日は雨だったけれど、今日はとてもいい天気なんだから。
進藤は随分と機嫌のいい歩き方で、僕の前を歩いているのだから。




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