神すら触れぬ柔らかい場所
***5***


遠いところで声が鳴っている。
「とにかくそんなに心配しなくても、じきに目を覚ますんだから…」
知らない声。
「先生!目ー覚ますまでいてやってよ!」
この声は…進藤…??
「他の患者さんもいるんだからそういうわけにはいかないよ」
「でも!」
進藤が叫んでる。…ここはどこなんだろう。
頭の芯が痛い。ちょっとズキズキする…でも、別にそんなに進藤に心配してもらうほどのことじゃないと思う。
目を開けようとすると、少し瞼が重かった。ゆっくりと開かれていったのは白い壁。
「……進藤…?」
「塔矢!」
進藤が駆け寄って来たのか、急に視界に入ってきた。
その泣き出しそうな表情を見たとき、…ごめん進藤…、僕は申しわけないと思うより先に嬉しいと思ってしまった。



進藤を庇って、僕は道路に倒れこんでバイクに右足を轢かれたらしい。でもバイクのほうもカーブの後で減速していたから打撲程度で、大したことはないのだそうだ。
ただ、その轢かれた反動で道路に頭をぶつけて軽い脳震盪になったらしく、病院に担ぎ込まれた…ということらしい。
包帯を巻かれた右足を見て、なんとなく痛いかなって程度だから、本当にたいしたことはないのだと思った。
「ごめんな、塔矢…」
本当にしょんぼりしたような声で、進藤は何度も何度も謝ってくる。
「大丈夫だよ、お医者さんも大丈夫って言ってたじゃないか」
ヘンな考え方かも知れないけれど、今の進藤は僕のことだけ見てくれてる。…なんか、そんな気がして、頭の芯が暖かくなる。
「でも俺のせいで…」
困った顔がとにかく可愛くて、二人きりなのをいいことに僕はそのまま片手を頬に伸ばして彼の唇を奪った。
「塔矢!」
一瞬だけのキスだったのに、真っ赤になった進藤が非難するような目で僕を見る。
このほうが進藤らしいよね。
そう思ったらくすくす笑いがこみ上げてくる。
「なんだよー」
「ううん、進藤はそうじゃないとね。本当に気にしないで。僕が上手に君を庇えたらこうはならなかったんだし」
そう言うと、拗ねたような表情で進藤が両手をポケットに突っ込んだ。
「……」
言葉を捜しているような沈黙。
だから僕は進藤から視線を反らして、気にしてない風を装ってみた。
曇りガラスだからよく分からないけど、窓の向こうはきっといい天気なんだろう。せっかくのデートだったのに、もったいないことをしちゃったなと、今更ながら思った。それでも進藤が事故に巻き込まれないでよかった。そこまで考えて、そういえば彼は怪我をしていないのかなって、やっと思いついた。
「ところで進藤、君は怪我をしなかったのか?」
「え?お、俺?」
進藤は驚いた表情で口を開いた。
「俺は全然…ちょっと擦りむいただけ…」
どう言ったらいいのか困ってるような口調が、好きだなって思う。
「ちょっとでも怪我させちゃったんだね。でもそれくらいなら良かった」
「バカ!バカだなー、お前!」
今度は怒った顔だった。今日は進藤の色んな顔を見れる日だな、って感心したりする。
「…バカ…なんで俺のこと庇ったりしたんだよ」
そう怒りながら聞かれると、答えなんか一つしかないだろう?って、逆に問い返したくもあるのだけど。
「なんでって…進藤のことが好きだから、危ないって思わずね」
「バカ!!」
あまりの大声に耳がきーんとした。
「いくらなんでもそんな大声でバカ呼ばわりはないだろ?」
さすがにかちんときた。耳の奥に痺れが残ってる。
「バカにバカって言って何が悪いんだよ!あんなことして…もしも…」
そこで進藤は言葉を詰まらせた。
嗚咽?
次に浮かんできた表情に、僕は怒りを宙ぶらりんにして困ってしまうことになる。
「もしも死んだらどんなに好きでも碁が打てなくなるんだぞ…」
それは、目尻を擦って涙を拭う、泣き顔だった。







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