恋の味

+++ 3 +++


明るい店内では、うるさいほどの音量で有線放送がかかっている。
そのBGMに負けじと声高に話す明らかに10代半ばの子供達。
そんな子供達と混ざっても可笑しくない年齢の塔矢アキラは、今初めてのハンバーガーにぱくついている。対局場では見せない無邪気な仕草と、あどけない表情で。
アキラの場合、碁という存在があったが為に自立するのがうんと早かった分、他の成長が遅いのは当然かもしれない。
ふっと芦原はそんなことを思って、舌に乗せかけていた言葉を味わい直した。
アキラは明らかに勘違いしている。初めての友情と、初恋を、混ぜてしまっている。どちらが重いのか、そこまでは芦原には計りかねるけれども、それはアキラの人生にとってどれほどの重さをもつのかを考えると、笑い話にできる範囲かもしれないと思い始めた。
「なに、芦原さん?」
ポテトに手を伸ばし、視線を向ける仕草の幼さに笑いが出てきた。
こんな程度の恋心なら、相手が誰であれ可愛いものじゃないか。
そう思うとなんだか、深く悩んだ自分が馬鹿らしく思えてきて、芦原は笑い出した。
「ちょっと芦原さん、どうしたの?」
呆れたような口調で、アキラは不審気に眉をついっと上げた。
「いやあ、ラーメンにファーストフードなんてさ、アキラには縁のなかったものばっかりだろうから、それってお前の初恋の味になるわけだなって思ったら、可愛らしいなって思ってな」
自分の中で結論づいたものだから、芦原はすらすらっと口から思ったままを申し述べた。大人というのは、かくも残酷なものである。
「初恋の味ですって?どういうことです?」
聞きなれない言葉にアキラは引っ掛かりを感じた。まだ、言葉の意味を把握するには至っていない。
「うーん…どういうことって言われてもなあ」
自分の中で大した問題でなくなってしまった芦原は、すっかり勝手に肩の荷を降ろした状態で受け答えてゆく。
アキラの精神年齢の幼さに、芦原でさえも気付いているようで、やはり普段の大人びた印象の背伸びを強いているのだ。
「ま、とりあえずさ、相手の好きなものを知りたいって気持ちは恋の始まりだからな。その友達が誰かは知らないけど、お前のその気持ちって恋に近いんじゃないの?とりあえず、アキラにそう思える相手ができたってのは、俺はいいことだと思うしさ」
考え深そうに見えた先ほどの顔から一転して、芦原はアキラが見慣れた人の良さそうな笑顔でそう言った。口調も明るいし、言葉尻に影も見えない。
しかしなぜかアキラには、突然芦原がとても高いところから、自分を見下ろして話をしているように思えた。
「恋…まさか」
笑い飛ばそうとして、笑いきれない。舌に残った甘辛いソースのせいだと、アキラは思った。腹に熱くて重いものが落とされたような感覚が生まれたけれど、それもアキラは慣れないものを続けて食べたせいで胃がびっくりしているのだと、そう信じた。
「はははっ、まあまさかって思うのが普通だよ」
自分の反応を楽しむように笑う芦原の明るさに、初めて彼が大人であることを意識していた。




気分が悪い。
あの後すぐに芦原と別れて帰宅したアキラは胃の痛みに苦しんでいた。
吐けば楽になるように思いながら、そこまででもないという中途半端な状態が、よけいに気分を重くさせる。
「相手の好きなものを知りたいと思うのが恋のはじまり」だと、芦原はケロリとした表情で言っていた。経験したものとしての、表情だった。
母が用意していた夕食を断って、部屋で横になる。
自分の感情を必死に振り返っていた。対局後の検討をするように、できるだけ冷静に、冷静に…と念じながら、胃の痛みと戦う。
----皆だって進藤のことを好きじゃないか。皆友達として彼のことが好きなんだ。僕だって同じだ。
そう思うそばから、もっと大きなものが自分の中を流れていっているのを、確かにアキラは感じている。
けれど、それは急に身体に取り込むにはあまりに抵抗があった。そう、今自分を苦しめている食べ慣れないものたちのように。
だからアキラはこう思い至った。
吐こう。吐いてしまったらきっと気分も良くなって、ずっと冷静に戻れるだろう。
本能的に覚えている人間の吐瀉能力は、きちんとアキラにも備わっていて、洗面所で格闘すること数分、胃の重みは取り除かれることになる。
けれども。
部屋に戻ってきて、再度横になったときにそれは発覚するのだ。


胃の中のものを吐く事はできても、心の中のものを吐くことはできないのだと。









後書き
 …なんかギャグにしようか、最後まで迷ったせいで、散漫な中身になりました。
ギャグで考えてたのは「そりゃ恋だよアキラ」とか芦原さんにもうちょっと深刻っぽく言われて、がちょ〜んとなったアキラがとぼとぼ家に帰ったら、明子さんがテレビを見てて、それは同性愛運動系ので、明子さんはごく一般的見解として「理解してあげなきゃね」みたいなことを言ったんだけど、アキラはもう母親もOKならこわいもんないぜ〜!って突っ走る決意をする…みたいなイキオイでした(笑:いやそれはやりすぎ) やりすぎに気付いて軌道修正したらこんなことに(汗)

もうちょっと展開を練ってから書いたほうが面白くなるネタでしたね。
つか私、イキオイでものを書きすぎ!(汗)
こういうアキラが私は好きなんですけど…多分一般的な人のツボからは大いに外れていそう…(苦笑) なんだろ…ずれてるアキラが好きっていうか、的外れなアキラがかわいいっていうか・・・。
このアキラでこの恋の続きを書いていったら、さぞかし多難な恋愛になるだろうな…。
困ったなあ。

そのうちこっそりre-writeかけてそうです(笑)
芦原ファンに総スカンくらいそうな書きっぷりでごめんなちゃい。


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