全部抱き締めて

+++  5 +++


どれくらいそこに立ち尽くしていただろう。
月も見えない家の中、時間の経過を告げるものは何もない。
引き戸の隙間からも、一筋の光も見えない。明もおなじく時間のなくなった暗闇の中にいるようだった。
光は小さく息を吸った。
明が佐為に呪詛をかけてしまった、その理由は自分にある。
それは分かったけれど、果たしてそれをどう解決すればいいのか、光は幼い心を持て余す。
光の中で、佐為と明は違う存在だ。
けれども、どちらも大事な存在であることに変わりはない。
光は明もそうだと思っていた。自分のことも、佐為のことも、大事に思ってくれているのだと。
それは正しくもあり、間違ってもいる。
もう少し、真実というものは難しいものなのだけれど。




「賀茂」
光は意を決して、声を出した。
「俺、今ずっと考えてた。お前、辛そうだし、好きであんなことやっちゃったわけじゃないってこと、よく分かった。だから!」
声を一際大きくして、足を踏みしめる。
これを言ったら、また明は怒るかも知れないと、光は一瞬躊躇した。けれど思っていることを正直にぶつけること以外、光には結局思いつかなかった。
「だから、お前の辛いのも、佐為にかけちゃった呪詛も、全部俺に回してくれよ」
「……」
沈黙しか、返ってこなかったけれど、聞いていることは、気配で伝わる。なんといっても薄い壁一枚が、二人の間には挟まってあるだけなのだから。
「賀茂!俺がそうしたいんだよ!他に思いつかねえから…俺、お前が辛いのは嫌だ。お前が佐為を苦しめてるのはもっと嫌だ。なんでこんなことになっちゃったか全然わかんねえけど、とにかく俺はお前も佐為もすげえ大事で、何にもできないってのが嫌だ!」
喋り始めると感情が湧き出して、光は一気に言った。
「…嘘つき」
明の声がぽつんと戻ってきた。
もう少し光が大人であれば、その言葉に織り交ぜられた嫉妬に気付けていただろう。
だが小さなその一言は、深い大きな井戸に小石を投げた後の残響のように、光の内側に大きく木霊してゆくだけだった。
「嘘なんかついてねーよ!」
ドンドンと、思い切り拳を戸に打ちつけながら、叫ぶ。
あれだけ自分なりに相手を慮って言った言葉を、嘘つき呼ばわりで返されるとは、光には意外でもあり、何より腹立たしかった。
光の怒声に弾かれてか、明も感情的に声を荒げた。
「嘘だよ!君の中で僕と佐為殿が同じように大事だなどと…僕を哀れんでいるつもりか?」
明がそう言い放った瞬間、ピタリと戸を叩く音が止んだ。
「…もう頭きた」
低く、本当に怒りで震えた声が、明を貫く。
あまりにも強い怒気に、明は怯んで萎縮した。光が本気で怒っていることに対して生まれる恐怖心。
そこに隙ができたことを、知ってか知らずか、光は目の前の戸を力いっぱい蹴り飛ばした。
「賀茂!いい加減にしろよ!」
「うわぁっ」
突然自分めがけて倒れこんできた板を避ける術もなく、それは思い切り明を強打することになる。
一方、光は光で、まさか戸が本当に動くと思っていなかったため、全体重をかけて蹴った反動で身体の均衡を崩して、後ろに尻餅をついた。
「賀茂?!」
一瞬何が起こったか分からずに、光は後ろに手をついたままの体制で瞬きを何度かした。鼻先にひんやりとした冷気が触れて、目の前の空間が開いたことを教える。目前に広がるのはいまだ闇しかないのだけれど。
返事のないことに不安を覚えて起き上がる。手探りで板戸が倒れたことを確認しながら、光は血の気が引いた。
「賀茂!返事してくれよ!」
夢中になって板戸を持ち上げ、部屋の中に駆け込んだ。





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