―碇シンジの日常―
作:えみこさん


彼の名前は碇シンジ

―彼は疲れきっていた―

「どうしてボクが……どうしてボクが毎日毎日アスカやミサトさんの下着まで

洗濯しなきゃならないんだ。どうしてボクが毎日食事やアスカの弁当まで作らなきゃならないんだ。

どうしてボクが毎日ゴミ捨てや掃除をしなきゃならないんだ!! 誰か僕に優しくしてよ!!!!」

そう言い残し、ぽかんとするミサトとアスカの前から彼は逃げ出した。

「シンちゃん……どうしたのかしら?」

「さぁね? どうせすぐ戻ってくるでしょ」

シンジを追いこんだ当事者達はまったく他人事のようだった。
 
 

「勢いで飛び出してきたは良いけど、これからどうしよう……」

碇シンジは考えた。

「トウジのところは大変そうだし、ケンスケはきっとまた戦闘ごっこやってるだろうし……」

碇シンジは考えた

「委員長の所なんて行ける訳ないし……NERVだって……」

碇シンジは考えた

「戻ろうかな……」

碇シンジは考え直した

「ダメだダメだ! ここで戻ったらきっと何も意味がない」

意味も何もあの二人は何も考えていないのだが……

行き場をなくして彼はとぼとぼと歩き出した。

「……そう言えば父さんはどこに住んでいるんだろう? まさかNERVじゃないよな……」

ここで彼に少しの好奇心が湧き出した。

「そうだ、父さんの住処を突き止めよう」

「別に、父さんと一緒に暮らしたいとかそんなんじゃなくて単なる好奇心だ」

誰が聞いたわけでもないが彼はつぶやいた。

―NERV本部―

「ここで待っていればきっと出てくるよな」

碇シンジは待機した。

「エヴァンゲリオン初号機、所定の位置に待機しました。なんちゃって」

つまらない……

そのとき彼の横を一台の車が通りぬけた。そこには父、碇ゲンドウの姿があった。

「しまった! 父さんは車だ!」

慌てて碇シンジは車を追いかけた。

「くそっ! 走ったって車に追いつけるわけないじゃないか!!」

そこで碇シンジは一台の放置自転車を見つけた。

「ちょっと借ります! 借りるだけです!」

誰もいないのにそう言って彼は自転車に飛び乗った。

「これで追いつけるかもしれない」

彼は必死で自転車をこいだ。こんなに必死になったことがあっただろうか。

「くそっ! どこまで行くんだよ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!!」

彼は叫んだ。しかし止まったのは自転車だった。ギアが絡まったようだ

「動け! 動け! 動いてくれよ! ここで動かなきゃ何にもならないんだ!!」

彼は必死に叫んだ。

そしてその願いが届いたのだろうか、自転車が再起動した。

―拘束具が……外れた―

どこかからそんな声が聞こえた気がした。

「追いつけ! 追いつけ!!」

彼はさらに必死に自転車をこいだ。彼と自転車のシンクロ率は100を超えた……気がした

「ぐうぉぉぉぉぉぉぉ〜!!」

自転車が咆哮した気がする。

さらに彼は必死に自転車をこいだ。

そのとき渋滞に巻き込まれたゲンドウの車を追い越していた事に彼は気がつかなかった。

「碇……今のはシンジくんじゃないか?」

「冬月、シンジがあんなに必死に何かをするわけがない……」

「それもそうだな」
 
 
 

「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ」

彼は訳のわからないことを口走っていた。

「ウィーン……プシュウ〜……」

音とともに突然自転車が止まった。

「活動限界か!!」

自転車はパンクしていた。

「もうちょっとだったのに……くそっ! くそっ!」

もうちょっとも何もすでに追い越していた事など彼はまったく気付いていなかった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

彼は乱れる息を整え流れる汗を拭いた。

「あれ? ここは……」

彼の目の前には見覚えのある古びたマンションがあった。

「綾波……いるかな。ちょっと顔出して見ようかな……」

彼は綾波レイの部屋の前に立った。

呼び鈴を押してみる。カチカチと音がするだけで鳴らない。

「まだ……壊れているのか」

仕方なく彼はドアをたたいた。

「綾波? いる?」

そのときガチャリとドアが開いた。

「なに?」

眠そうな顔で綾波レイが現れた。

「あ……ごめん。寝てた?」

「……昨夜、再起動実験で徹夜だったから」

「じゃ、ゆっくり休みなよ。睡眠の邪魔してごめん」

「そう……じゃ、サヨナラ」

そう言って綾波レイはドアを閉める。

「え? あれ……? 紅茶は……?」

ガチャンと言う無常な音を立ててドアは閉まった。

「……」

彼は虚しくドアの前に立ち尽くした。

「別れ際に……サヨナラなんて悲しい事、言うなよ……」

悔しそうに碇シンジは唇をかみ締めた。

「はぁ〜……ボクは一体何をやっているんだろう」

パンクした自転車を押しながら彼はつぶやいた。

「ちょっと、君」

後ろからかけられた声に彼は振り返った。

「あの……なにか?」

彼に声をかけたのは警察だった。

「その自転車は君のかな?」

「いえ……でも橋の下に捨ててあったから」

「ウソをついちゃいけないよ」

「本当です、ウソじゃない」

いや、それはウソだろう……

「話は署で聞こうかな」

―なんか……こんな事昔にもあったような……―

彼は思った。

「名前は?」

「碇シンジ……」

「保護者は?」

「碇……葛城ミサト……」
 
 
 
 
 
 

「シンちゃん……なんで自転車なんて盗んだのよ」

「……」

迎えに来たミサトの車の中でシンジは考えた。

―なんでだっけ? ―

「まぁ、NERVの力でこの事はなかった事に出来たけど……」

いやな予感を碇シンジは感じた。

「今回のお仕置きとして、これからはも〜っと家の事やってもらうからね」

原因の発端である葛城ミサトはしれっと言った。

「はぁ……」

碇シンジはさらなる疲れを感じた。

家に戻ればアスカの容赦ない罵倒が待っているだろうことを考えると彼の気はさらに重かった。

こうして彼の日常は過ぎていく。

話の最初に戻る……かもしれない。

―碇シンジの日常―
―完―



INDEX

管理人のこめんと
 えみこさんの初期短編集、第6弾です。
 ……う〜〜〜む。不幸だ。真の不幸大王であるところのケンスケなんて目じゃないくらい不幸だ。こんなんが日常だったら人生はかなんじゃってもわりとおっけーですね。
 保護者や家族に恵まれないというのがシンジ君の不幸ですが、逃げ出すにしても中途半端なのが不幸を助長している感じです。一人でも生活出来るんだから、生活無能力者なんか見捨ててさっさと逃げ出せばいいのに。不憫な子です。
 ……でも、逃げたらまた追ってくるかもしれない>特にミサト(--;) シンジ君が帰ってきたら平気な顔で冷蔵庫を開けてビール飲んだりしてそうな感じです(笑)

 とゆうわけで皆さん、素晴らしい作品を生み出し続けているえみこさんに、これからもアスカらぶで頼むぜっ、とか、レイのことも忘れないでくれよっ、とか、感想や応援のメールをじゃんっじゃん送って頑張ってもらいましょうっ。
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