……清し夜……

……聖なる夜……

……奇跡の夜……

……舞い降りる雪……

……全ての人に……

……全ての世界に……

……幸あらんことを……







Christmas Rose

〜聖夜の鐘〜




 一年で一番世界が綺麗な日。世界中の夜という夜がイルミネーションで飾られる。雪の照り返しを受けるそれは、とても綺麗。みんな優しい笑顔を浮かべる。一年で一番好きな日。

 雪の白さ、街に溢れる光、全てが今は誇らしくさえある。

『私たちが護った灯り』

 四季を無くした国は、その四季を取り戻しつつある。今年あたりは雪が降りそうだって……ミサトが言っていた。

 シンジはこの日を覚えていないという。私が問い詰めると、少し困った顔をして

『…僕には関係なかったから』

 そう言った。

 あの闘いから数年……。アイツの…シンジの心は…未だ病んでいるのかな? シンジと離れてもう数年…。今年は……私は……どうするんだろう。





 聖夜……。今の自分には最も縁の無い言葉。神に弓引く闘いを勝ち抜いた私には、この日を楽しむ理由が無い。

 窓からは黒い夜空を彩る光が溢れる。その光は夜空を削る。あの人の感じがする夜空を。かりそめの光は全てを覆い隠す。

 雪が降る。街に彩りを与える。月すら見えない灰色の空。刺すような空気。その真っ黒なキャンパスに、雪は白い町の絵を描き上げる。

『雪は儚いから…。少ししかこの世に在る事が出来ないから。だから綺麗なのかもね…』

 恐らく産まれてから一度たりとも雪を見たことの無い彼は……碇君はそう言っていた。

 今は…はっきりと否定できる。

 雪は儚くない。

 雪は強い。

 ネルフから離れ、今年初めて雪に触れた。

 四季という物のうち、冬を司る雪。

 碇君はこの感触を知っているのか……雪特有の感触を。

『雪は……雪であるから綺麗なの』





 この季節はよく親子連れにすれ違う。

 幸せそうな笑顔。いや、実際に幸せなんだと思う。

 それを見送る私の顔にも笑顔がこぼれる。初めて知った。他人が幸せだと、自分も幸せなんだって…。

 ミサとの言葉通り、雪が降った。

『十数年ぶり。』

 そう言うミサトの手には指輪が光る。加持さんとお揃いだ。ミサトの泣き顔を見たら、とくに何も言えなかった。結婚すると言われた時も。一緒に住もうと言われた時も。

 今の私の名字は『加持』になっている。

 義理の兄と姉。まさか本当の『家族』になるとは予想しなかった。

 シンジ……。

 まさに雪のような少年。

 彼のいる場所は、雪が降るだろうか?





 碇君の行方が分からなくなって数年……未だに消息は分かっていない。

 ネルフ随一の加持1尉……今は3佐……。その力でも分からなかった。

 セカンドとは同じ大学に通ってる。この前、名字が変わったと言ってきた。少し嬉しそうな顔をしていた。

 私の名字は変わらない。同居人がいるだけ。セカンドは同居人って言わないって言って笑った。……猫の『シン』…。真っ白な猫。赤木博士のお願いを聞いた結果だと思う。

 雪の降る中、ベランダでシンと話す。吐く息が白い。シンは私の腕の中で丸まる。…いつも。

 生活していく中で、必ず心に浮かび上がる。

 私の新しい家の中で、未だ使われる事のない部屋………

 セカンドが頼んできた。だから引き受けた。

 その部屋は、ずっと……私と共に部屋の主を待っている。

 赤木博士が揃えた、もう一組の食器も、多くの調理器具も、本当のパートナーを待っている。

『早く帰ってきて欲しい』

 そう願う。

 生きると言う事に目覚めた…私の願い。





 今の私たちの家は以前のマンションじゃない。さすがにあのまま第三新東京市を基地にしておくわけにもいかず、大規模な工事があった。その時に取り壊されたからだ。

 加持さん達と暮らし始める前に、シンジのものをファーストに預けた。ある予感があったから…

『一番最初にレイに会いに行く。アイツはそういうヤツだ』

 だから部屋を用意してもらった。いつ帰ってきてもいいように。

 ファーストは今猫と暮らしている。名前が『シン』。ファーストなりの可愛がり方らしい。

 私は笑いながら言った。『人じゃないよ』って。その意味に気付いただろうか? ………気付いているから可愛がってるのかもしれない。

 ファーストは成長しつづけている。同じ大学に通い、行動を共にする事もある。そう言えば、最近ファーストはフルートを始めたそうだ。理由は…言わなかったがなんとなく分かる。

『シンジのため』

 チェロを弾くシンジに合わせたのだろう。私は……楽器類はダメだった。

 ファーストは絵も描く。小説も書く。今まで表現できなかった事を表現するためらしい。

 私は身体を動かす事が多くなった。……変わって無いのかも知れない。あの頃と……

 季節は移ろう。

 今と同じ時はもう二度と来ない。

 しかし、季節は巡る。

 来年の同じ時には、また冬が来る。

 ………明日はファーストと会う。

 聖なる夜に女二人か……





 窓を閉める。寒気に晒された身体を、部屋の中の暖気が温める。

 そのままもう一つの、防音室に向かう。そこには、碇君のチェロがある。とても落ち着く場所。

 ドアを開ける。専用のスタンドに置かれたチェロ。いつも手入れしている。その横に黒い皮製のケース。ふたを開けると銀色に輝くフルートが現れる。

 口に当て……奏でる。

 曲名は知らない。赤木博士がくれたテープの中に入っていた曲。とても古い曲。元々管楽器用じゃない曲をアレンジする。

 ………シンが私の足にじゃれつく。

 笛の音は止まらない。

 ゆったりとした旋律が私の全てを支配する。

 ……彼を思い出しながら、旋律は何処までもゆっくり響く。いつか…碇君と奏でるために。

 ……シンが鳴く。その声を合図に曲が終る。

 明日はセカンドと会う。一年のうち、数日だけはどんなに忙しくても会う。そのうちの一日だから。

 今年も、二人。





「……元気にしてた?」

「…一週間に一回は大学で会ってるわ」

「そうね」

 毎年、鈴原達が開くクリスマス会。他の人たちは2次会へ。私とファーストだけは毎年別行動。

「楽しかった?」

「…ええ」

 この辺が成長したところだろう。ファーストは人との関わり合いを嫌がらなくなった。

「…………今年も二人ね」

「……いつか……三人になれるわ」

「そうね」

 昨日降った雪が道路の隅に残った街を、二人で歩く。あの戦いの後、数回繰り返された行動。雪は今年が初めてだったけど。

「……ミサトの勘もたまには当たるわね」

「ええ。雪は降ったわ」

「……今年こそは…と思うんだけどね…」

「……毎年同じことを言うわね」

 ファーストが突っ込む。確かに、毎年同じことを言っている。でも、ファーストはそれを嫌がらない。多分同じことを考え、私の言葉を聞いて確認しているから。

「もう慣れたでしょ?」

「……ええ」

 そう言うと黙って歩き出す。周りは陽気なクリスマスソングが流れている。そんな喧騒の中、目的地が見えてきた。

「…今年もあるわね、あの大きなツリー」





「………あの大きなツリー」

 セカンドの言葉が漏れる。

 第三新東京市唯一の教会。その前に設置された巨大なツリー。セカンドのお気に入り。

「……私は中に入ってるわ」

「分かってる。今年も歌うんでしょ? それまでに入るわ」

 …相変わらずね。

 扉を開ける。そこにはほんの数人の人と、準備を始めている子供達。

「…今年もいらっしゃいましたか」

 横手から声がかかる。その声を発したのは落ち着いた老神父。

「…はい」

「…子供達の聖歌の後でよろしいのですか? …今年は一緒に歌われてはどうです?」

 神父が優しい言葉をかける。しかし、私はその言葉に首を振る。

「一人で……歌わせてください」

 その言葉を聞き、神父は溜息をつく。

「分かりました。…清澄なソロを今年も聞かせていただきましょう」

 そう言うと子供達の方へ歩いていった。

 しばらくすると、シスターの伴奏に合わせて、子供達の歌声が響き始めた。

「……綺麗」

 私が唯一楽しみにしている事かもしれない。毎年、綺麗な歌声が響くこの瞬間。一番綺麗だと思う瞬間。

「……歌」

 呟きは子供達の声に飲み込まれる。

「私の歌はここまでの力は無い……だから、あの子達とは歌えない」

 ………その後も、子供特有の歌声は続く。

「何度聞いてもいいわね」

「…来てたの?」

 何時の間にかセカンドが横に座ってる。

「熱中してたわね」

「…ええ」

 その後…私たちは言葉を発さなかった。





「…それじゃ、お願いします」

 青い髪の女性の声を聞き、老神父が頷き演奏を始める。

 たった数人の演奏会。聴衆は茶色い髪を持つ女性、老夫婦のみ。今さっきのシスターの話しによると毎年の事らしい。

 神父の伴奏に、澄み切った声が響く。

 何処までも、何処までも澄み切った歌声。

 その歌声は教会のいたるところに響き渡る。

 声量は大きくない。それでも、伴奏に負ける事はない。

 恐らく、こちらのことは分からないだろう。見えていても見えていない。そんな感じだ。

 時間にしてほんの20分。たった一人の聖歌は終わった。

 神父が手を叩く。老夫婦も満足げに手を叩く。教会に4人分の拍手が響く。……ボクも、手を叩き始める。

 その音に、弾かれたように二人の女性の視線がボクに集まる。予想はしていたけどね。

 驚いた顔。変わらないな…。いや、変わったね、2人とも。





 私は何度もこの子達の孤独な聖歌を聞いてきました。しかし、今年は違った。あ、いえ。歌がではありません。聴衆がです。いつもなら歌い手の彼女とその親友、それに私と熟年の夫婦だけなのですが、今年はもう一人おられたのです。何時の間にか出入り口に黒いコートを着た青年が立っていたのです。
 いつの間にそこにいたのでしょう。演奏を終え、何時ものとおり拍手をしました。その時に気付いたのです。彼女達も驚いたようでした。しかし、二人から『待ってる人がいる』と聞いていたので、その人だろうと予想はつきました。



 目の前の彼女達はどうしたらいいか分からないようです。彼は微笑みながらゆっくりと歩いてきます。その微笑みは素晴らしいものでした。彼の人柄がわかるようでした。

 彼女達は動きません。そこに彼がいる事が信じられないようです。…せっかく会えたのに。

「…これは……クリスマスプレゼントですよ」

 私の言葉に二人が驚きます。

「良かったですね」





「碇君……」

「シンジ……」

「二人とも…久しぶり」

「…お帰りなさい」

「お帰り、シンジ」

「ただいま」





Christmas Rose

その白い花は二人のために

かけがえの無いものを(もたら)した

奇跡を起こせる日

その名前を持つ華は

来年も咲くのだろう

……クリスマスに……




Merry Christmas for all the people.










 後書き



 初の短編、いかがでしたでしょうか? 少し暗いですね…。クリスマスなのに。ちなみに、今回の設定は特別に設けたもので、連載中のどの作品とも、一切関係ありません。
 さて、今回の短編は…会話が少ないんです。少し分かりづらいところが在るかもしれません。そんな時はメールでお知らせください。

 ここで一つ。題名にもなっている『クリスマスローズ』ですが、バラではありません。似ていますがね。白い花を咲かせます。なぜこの花を題名に取ったかというと……この花に毒性があるからです!!(←嘘です。毒はありますがそこまでではありません)彼女達を表現する最良の手です!!(←更に嘘です)
 後は花言葉ですか。クリスマスローズの花言葉は『追憶』『私の心を慰めて』といったところです。この花言葉がこの話しの基本になっています。皆さんも感じるんではないでしょうか? 昔を思い出し、慰めて欲しいときがあることを…。

 …蛇足だらけですね。では…皆様が幸福でありますように……



INDEX
管理人のこめんと
 SHOWさんにナイスなクリスマスプレゼントを頂きました。
 綺麗な短編です。設定がちょっと解りにくいですけど、こういうのは色々説明とかしない方が、却って想像の幅が拡がっていいですよね。
 長々と話さなくても解り合える……そんなレイとアスカの関係がとても素敵です。
 ずっと求めていたはずの「家族」を手に入れて、帰るべき場所を見つけて、今は確かに幸せなはずなのに、それでも何処か満たされない……足りないものが何なのかは解っていても、それを埋めるすべがない。そんな二人の切ない気持ちがうまく描かれています。

 とゆうわけで皆さん、魅力的な物語を次々に生み出しているSHOWさんに、メリークリスマス〜、とか、来年もよろしくねっ、とか、感想や応援のメールをじゃんっじゃん送って頑張ってもらいましょうっ。
 SHOWさんのメールアドレスはこちら

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 問題があった場合はきたずみに言って下さい。

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