星の風、海をわたりて



Written By:きたずみ


2 出撃

 自室のベッドの中で、素っ裸のままシーツにくるまって眠っている皇宮(おうみや)海里と唯里の兄妹を叩き起こしに向かわされたのは、整備班の新人の少年だった。
 ただ、彼はまだ十二歳の少年であり、その任務に就いたのは初めてだったため、免疫がなかった。あまりに刺激的に過ぎるその光景に、戸口で口をぱくぱくさせたまま立ち竦む。この兄妹が双子にして恋人同士だということは、艦のクルーなら誰でも知っていることだが、それとこれとはやっぱり別なのだ。
「う……んぅん……」
 硬直したままの彼の目の前で、唯里が軽く寝返りを打った。するりとシーツが滑り、白くしなやかな太腿が薄闇の中に浮き上がる。少年の目は、それに釘付けとなった。その瞬間、砲弾が艦のすぐ傍を掠めるようにして近くの砂丘に着弾し、衝撃で艦体が激しく揺さぶられる。
 少女の太腿に意識がいっていた少年の躯は廊下の壁に叩き付けられ、それと同時にドアが閉じて、彼の視界から悩ましい少女の姿は消えた。少女の躯も同じようにベッドから勢い良く放り出されたが、妹の躯が床に叩き付けられる前に目を醒ました兄が、空中で彼女を受け止める。
「……ん…ぅん……?」
 寝起きのぽやんとした顔で目を開けた唯里は、最愛の兄の顔を間近に見つけて、とろけるような笑みを浮かべた。そのまま兄の首筋に鼻面を突っ込み、口唇を寄せる。
 まだ寝惚けているらしい妹の額にキスしながら、海里は言った。
「ほら、起きろよ、唯里」
「なぁにぃ……」
「起きろってば。仕事だぞ」
「はぁ〜い……」
 ほやんとした笑みを浮かべて、唯里は兄の首筋に細い腕を回した。海里の頬にキスしてから、床の上に素足をおろす。昨夜脱ぎ散らかしたままの下着に足を通しながら、唯里は首筋についたキスマークに白い指先でちょっと触れて、小さく微笑った。
 皇宮海里と唯里は、双子の兄妹である。いったいいつからこんな関係になったのか、彼ら自身にも明瞭りしない。物心つく前から、お互いに相手こそが最も近しい存在だった。そんな彼らだから、こういう関係になることはあらかじめ決まっていたようなものとさえ思える。たまたま自分のいちばん近くに運命の相手がいただけなのだ、と。
 幸いにして、二人の関係は〈綾瀬〉においては容認されていた。この艦には彼らの関係を非難する大人は存在しなかったし、そのような倫理観などはとうの昔に崩壊していたからだ。世界の大半が一度滅んでしまったこの時代、彼らのような関係は、むしろ自然の成り行きですらあった。
 もっとも、このことには二人の出自にも一応の原因がある。この双子はもともと、軍の研究所で実験体(サンプル)として育てられてきたため、世俗の常識というものが根本的に欠如しているのだ。
 そこでは優れた兵士を作り出す研究をしていたらしい。まだ胎児の段階から――遺伝子レベルでの選択と改造は、その前段階として既に行われていた――脳や神経に処置を施し、優れた肉体に加え、高度な知性と高い反応速度の獲得を実現していた。
 だが、『大戦』が激化してこの付近にも戦火が及び、研究所は放棄され、双子は保存処理を受けた状態で、三千年という時をすり抜けてきたのだ。
 そんな彼らを〈綾瀬〉が見つけたのは、偶然ではなくて仕事だった。とある企業に彼らの回収を依頼されたのだ。何しろ今となっては最早生み出すことすら叶わぬ『大戦』前の超技術の結晶、生きたサンプルである。黙っていても金になるような金の卵を、企業が見逃すはずがなかった。
 だが、そこで普通に取引をしていればいいものを、報酬を支払うことをケチった上に口封じなどを考えたりしたのがまずかった。売られた喧嘩は買わずに奪い取るというのが千尋の流儀である。きわめて海賊らしいというべきか、悪辣なことこの上ない手段の数々を行使した挙げ句、皇宮兄妹は〈綾瀬〉の一員となった。後にその手法について訊かれた芝浦省吾は、「こいつが敵じゃなくてよかったとつくづく思った」と漏らしている。
「お待たせ」
 着替えを済ませた唯里が振り向くと、兄は既に準備を整えて待っていた。ドアを開けると廊下に少年がぶっ倒れていたが、二人は彼には全く目もくれず、そのまま格納庫に向かう。
 格納庫では、既に五機の装甲機兵がセットアップされていて、専属操縦者の一人が整備主任とともに彼らを待ち受けていた。
「遅い!」
 怒声とともに飛んできたレンチを軽く避けて、海里はツナギ姿の奈央に軽く手を上げた。
「わり。寝過ごした」
「悪いで済むかー!」
「なんで? 出動はまだなんだろ」
「そーいう問題じゃないっ! 心構えの問題だって言ってんのよっ!」
「はいはい、どーせ私が悪うございますとも。ったく、うるさい奴だな。どっから出してんだ、そのバカ声」
「なんだその態度はーっ!!」
「あー、るせ」
「お前ら、よく寝てられるよなー」
 いつものように海里に食ってかかる奈央を横目に、重装ギア〈ヘルレイオス〉の専属操縦者にして奈央の兄、蓮見(れん)が微笑いながら言った。人付き合いに不慣れな所為で、ともすれば〈綾瀬〉の中でも孤立してしまいがちな双子の数少ない友人だ。
 そもそも、双子と最初に出会ったのが漣だった。もっとも、平和的な出会いとはお世辞にも言えない物騒な代物だったが。今思いだしても背筋が震える。
「寝ないと躯もたんでしょ、戦争やってんだから」
「ま、そりゃそうなんだけどね」
 さも当然のように言う海里に、お前らと一緒にされちゃたまらんよ、と漣は苦笑した。そんな漣を海里は少し不思議そうに見やっていたが、やがて視線を格納庫の隅に移す。
「やっぱアレが狙いかな」
 格納庫の片隅には、遺跡から発掘した古代の機体が二体、卵殻のような休眠繭(コクーン)に包まれた状態で転がっている。遺跡から発掘される機体というのは大抵、土の中で休眠状態に入っているので、まずはこいつを目覚めさせないことには、使うことも出来ない。そのうち奈央がバラして使える状態までもっていき、試しに漣たちが乗ってみて、自分たちで使うか売り飛ばすかを決める予定だったのだが、ローゼンクロイツの陰険な攻撃によって睡眠時間がちまちまと削られているため、いまだ外装も解かれず砂にまみれたまま、というわけだ。
「他に理由ないだろ。うちみたいな零細襲ったって、弾薬(タマ)代も出ないぜ」
「……そうかな」
 繭の中で膝を抱えるようにしてうずくまったままの巨人を一瞥して、海里は内懐から煙草を取り出し、口に咥えた。無意識のうちに同じ動作をしていた漣がライターの火を点し、二人の少年は顔を近づけて同じ火を煙草に移す。
 その仕草を離れて見ていた唯里と奈央は、思わず顔を見合わせた。
「ね、あやしーでしょお」
「うー……んーむ…」
「あやしくないあやしくない」
「ナニ考えとるんだ、うちの妹どもは」
 考え込んでしまった唯里に海里は頭を抱え、妹の突飛な発言に漣は天井を振り仰いだ。どういうワケか知らないが、仲のよい男同士はみんなホモなんだと思いこむ癖があるのだ。それでは世の中ホモだらけになってしまう。
「実の兄をホモ呼ばわりするとは不届きな奴。お仕置きしてやろう」
 煙草を咥えたまま、漣は見た目よりもずっと華奢で小さな奈央の躯を勢い良く抱き上げた。嬉しいのかどうか知らないが、きゃーっと声を上げる奈央を、抱いたままぶんぶんを振り回す。
「相変わらず仲のおよろしいことで……ん?」
 煙草の煙で輪っかを作って遊びながらじゃれあう二人を眺めていた海里は、ふと視線を感じて振り向いた。海里の傍にいつの間にか唯里が立っていて、羨ましそうに奈央と漣を見つめながら海里の服の袖をつまんでいる。
「なんだよ、やってほしいのか?」
「ん、や、ああああの、そ、そんなこと、ないけど……」
「うらやましーって顔してるぞ。おいで」
「…にゃんっ♪」
 こくんっと勢い良く頷いて、唯里は海里の腕の中に飛び込んできた。唯里を抱いたままその場に腰を下ろした海里は、彼女の髪を指先で愛おしげに梳き始める。唯里は目を閉じ、じっとされるがままになっていた。
『えー、お取り込み中のところまーこーとーに申し訳ないんですけどー』
 格納庫中に千尋の陰険な声が響き渡ったのはその時だった。おおかた監視カメラの映像を正面の戦術ディスプレイに大写しにしてみんなで鑑賞しながら話しているに違いなく、背後にオペレーター娘どもの黄色い嬌声が混じっている中、千尋の声は思い切りにやついていた。
『出撃準備。よろしく』
「おいおい、相手はローゼンの機動艦隊なんだろ? 俺ら三人だけで相手しろっての?」
 妹の躯を床に下ろしながら、漣はヘッドセットのインカム越しに噛みついた。が、返ってきた千尋の声は素っ気ない。
『作戦内容はおって知らせる。いいからさっさと出てけ。邪魔』
「邪魔って何だよ!」
 千尋の暴言に、思わず奈央が吼える。
「……ってゆうか、そもそもナニがいいんだこの薄情者ー!」
『一人の死よりもみんなの生命。君たちのことは永遠に忘れない。アディオス・アミーゴ』
「ふざけろよこの野郎! てめえの頭はどーゆー構造してんだ!」
 怒鳴ったところで、千尋に耳を貸す気がないことぐらい解っている。口ではかなりえげつないことを言っていても、千尋が平気で仲間を見捨てたり出来るような人間でないことも、よく解っている。
 ……が、その反面、千尋の性根がDNAの二重螺旋以上にきつーくねじ曲がっていることも、イヤというほど知っていた。
 どうやって人を罠にはめようかとか、どんな嫌がらせをしてやれば相手の感情を逆撫でして自滅に追い込めるかとか、そおゆうことばっかりをいつも考えている奴なのだ。むろん、そのとばっちりを受ける人間のことも計算に入れた上で、である。
「千尋を信じるしかないなんて、人生最悪の日だ」
「同感。これで打ち止めになることを祈ろう」
 顔を見合わせて呟いた海里と連は、互いに深々と溜息を吐いた。


『てことで皆さん、出撃。よろしく〜』
 気の抜けるような口調の千尋の声に、三人のパイロットはそれぞれ自分の機体に乗り込んだ。
 乗り込む、というよりは身につける、といった方が正しい。両手と両足はそれぞれの四肢の操作系へと直結され、シートは各人の躯をぴったり受け止める形に調整されている。操作する、というより自分の体を動かすといった感覚に近い。
 正面のハッチを閉じると、緩衝フレームが彼らの躯をしっかり固定する。いくつかの計器パネルとモニターの光の他には灯りのないコクピットの中で、パイロットは自分の躯と機体の感覚とが繋がり、融合して徐々に区別が付かなくなっていくという装甲機兵独特の感覚を味わうことになる。この時点で機体とパイロットの相性が合わなければ、起動すらしない。
 タービンブレードの微かな振動とともにエーテル反応炉(リアクター)が息を吹き返すと、瞬く間にレベルゲージがー時が臨界点に達する。今となっては複製どころか修理すら出来ないエネルギー器官(丶丶)から、機体の各部へとエネルギーが伝達されていく。
 ブシュー!
 機体の各部にある排気弁から勢い良く吹き出す熱風に、機体周辺でチェックボードを抱えていた整備員たちが慌てて離れた。
「外部ハッチ、開け!」
 奈央の指示に伴い、整備班のクルーが格納庫内をめまぐるしく駆け回る。アクチュエーターの唸りに金属の軋む音が被さり、〈綾瀬〉の後部ハッチがゆっくりと開き始めた。続いて内部隔壁が開き、双つの月に照らされた銀色の砂海が彼らの目の前に拡がる。砂粒混じりの風とともに、肌を刺すような冷気が雪崩れ込んでくる。
「出るぞっ!」
『了解。幸運を(グッドラック)
「お前が言うなー!!」
 ユニゾンで千尋に罵声を浴びせて、三機のギアは壁に据え付けられた固有装備を装着し、砂海を疾駆する〈綾瀬〉から勢い良く外に飛び出した。一瞬の浮遊感の後、ガラス質の砂面が巨体を荒々しく受け止める。脚部アクチュエーターと緩衝装置が唸りを上げ、足元を砂にとられて転びそうになる機体を素早く立て直した。
 砂面のすぐ上を滑るように走りながら、三機のギアは艦から離れていく。
 その行く手には、敵艦隊の艦影があった。
つづく

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