全てを必然に変えたいと欲する自分がいる。


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 無粋な光に照らされた、偽りの飾りを身につけた舞台にて。
 初めて自分の思考に追いついた人物。
 顔を見ずとも、言葉を交わさずとも互いの存在を感じ取っていた。
 ジョーカーと言う札に、湧起る興味を抑えることは出来なくて…。
 相手の張り巡らせた罠を掻い潜る事で、出し抜く事で、相手への返礼と代える。
 一歩間違えれば命取りとなる相手を赤き魔女の忠告を無視し、己れの中に響く警鐘に逆らい…………その存在を見つけた。
 

 ―――それが1度目。
 

 彼がどこにも居ない。
 確かに存在するのに。
 見失った彼を探し出す為、自分は一枚のカードを作り上げる。送り先は彼のクラスメイトの家。
 暗号……それを解き明かす事が出来るのは、馴染みの警部と『彼』だけ。
 事前に探った情報では、彼の存在を告げていなかったけれども、何故か感じる期待に夜空の闇へ白い羽を広げ飛ぶ。
 そうして舞い降りたビルの上。
 待ちうけていた幼き姿の存在に、例え見目が変わっていようとも一目で彼だと気が付いた。
 ただ一人だけが持つ蒼い瞳の輝きとその視線、そして彼の魂に自分が縛られた事を悟る。
 繋ぎとめる為に紡いだ言葉は挑発的で、後になって余裕が無かったなと苦笑した。
  
  
 ―――それが2度目。



valentain tea



 音も無く、気配も無く白が舞い降りる。
 何時も放っている凛とした存在感を殺し、己れの存在を周りの全てに解けこませ……。
 そっと、彼の部屋に入り込む。
 部屋の主は深き眠りの中に居た。
 無理も無い……連日の事件の呼び出しに、彼のまだ完全で無い身体は極度の疲労が溜まっていた。
 そして自分は、彼が眠っていた事に安堵する。……彼を頼ってばかりの警察に、この時ばかりは感謝した。
  
 怪盗は徐に見渡した部屋の中、セッティングされたテーブルに目を細め、次には苦痛の光が漆黒の瞳に宿る。
 …………月夜の御茶会。
 切っ掛けを作り出したのは自分。
 彼に対しての想いを抑えきれずにどうしても彼と逢いたくて、話がしたくて、彼の部屋を訪れた。
 初めは警戒していた探偵も、逢瀬を重ねる度に不承不承を装いながらさりげなく自分の居場所を作ってくれた。
 
 『その為の努力は惜しまなかったけれどね……』

 今までの茶会の一時を振り返りながら、キッドはほろ苦い笑みを零す。
 コーヒー党だった彼が、自分の煎れた紅茶を気に入ってくれて、今では自分の手解きを身に付け自ら紅茶を煎れてくれる。
 テーブルの上のティーセット。
 あれは紅茶の入れ方をマスターした探偵に自分が贈ったもの。
 贅沢過ぎるほどの至福の一時。

 『……それも今日で終わり………』
 
 ふと、彼が自分が居る事を許してくれた時の歓びが胸に甦る。
 類稀なる記憶力は、その場面の全て…彼の照れ隠しの呆れ顔、誤魔化す様に紡がれる言葉…一つたりとも違えることなく思い出させた。
 
 
 ―――その記憶に、固めた筈の決心が揺らいだ。

 
 揺らいだ事によって起きた心の波を、慌てて押さえ込む。
 そして、白い魔術師は周りの空気を壊す事無く部屋に佇むことを再度己に課す………。今、彼に目覚められてどんな宝石もかなわぬ瞳を見てしまえば、自分の決心が崩れてしまうことが分かっているから。
 いつもの怪盗ではない彼の表情は、不敵な笑みさえもが消えた無の表情。けれども、その深い濃紺の瞳の奥底に限りない苦悩の光が在った。

 『……タイム・アウト………』

 翼を休めた鳥は、宿り木から飛び立たねばならない…。

 
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 「好き」という感情は、白を纏ったときに全て無くしたはずだったのに…。
 
 
 身体の全てに、探偵の存在が焼き付いた。
 なかでも、真っ直ぐに真実を見つめる蒼の瞳は自分の魂に深く深く焼き付いて………。
 「好きだ」と感じて、それが「恋」だと気がついた。
 自分の中に存在する感情を知ったとき、何故なんだろう?
 
 
 ―――歓喜する心にまた嬉しさを感じた。


 艶のある黒髪も陶器のような白い肌も、紅を差したように紅い唇も、楽器の音色のような声も………。
 全てが自分を惹きつけて放さない。
 いっそ盗んでしまおうかとも思ったが、その所為で損なわれる彼を見たくなくて出来ない自分に苦笑した。
 
 白い衣装を纏うことによってかかる戒めの理由が増える。親父の名を汚さないようにと心がけた戒めと、探偵の前に存在する為の戒め。


 『人を傷つけない』


 それは決して何があっても破られることの無い決まり事。




 因果の中心に鎮座する、悪女。
 『パンドラ』がやっと手に入る。

 「あっははははっ! これで! これで!」

 月に翳してその瞬間、見つけた紅に誰も居ないビルの上でどうしようもなく大笑いした。
 綺麗なダイヤモンド、透明なはずのその内は月の光によって暴き出される。
 ダイヤモンドの持ち主は、警察に通報することが出来ない経歴の持ち主で、宝石は闇を流れた盗品だった。
 宝石を守る為、待ち受けるのは持ち主の部下達……警察ではない分危険性は格段に跳ね上がる。
 捕らえることを主とする警察とは違って、この手の輩は殺すことを躊躇わない。
 そんな危険の中を掻い潜り攫った貴婦人は悪女だった。
 この時と同じような状況で手に入れた宝石は今まで幾つかあって、返すべき正当な持ち主が見つかるまでは怪盗のもとで暫しの眠りにつかされる。だから、宝石が返って来なくても誰からも不思議がられることはない。
 持ち主が、警察に知らせる事も無い故に警察は帰らぬ宝石があることを知らない。
 

 『パンドラ』を手にしたのに出される予告状。
 

 組織に対してのカモフラージュ。
 キッドは何時ものように予告状を出し、盗み、返す。
 その影で、組織の情報を集めて壊滅へのレールを敷いていく。
 奴等の本拠地を探り当て、全ての準備が終わったのが2月のはじめの頃だった。
  


 セッティングされたテーブルの上。
 用意された紅茶の袋を手にとって、キッドはそのフレーバー名を読んで心に上る喜びがある。
 今日の日に相応しい紅茶。
 探偵の想いには気が付いていた。そして彼が迷っていることも………。
 そして自分は、それを分かっていて今の関係を続けていた。
 自らの想いを告げれば、二人別の形で居られたのをさり気なく彼が今のままを望むように仕向けたのは自分。
 彼が現場に訪れることがないように仕向けた。
 危険に晒さない為と言い訳して作った一時、それは自分のエゴ。
 本当は、ただ彼と居たかっただけ……。
 今日という日が何時か来ることは分かってはいたけれど、その時間をなるべく先延ばしにしたかった。

 『彼の為には…こんな時間は持たないほうが良かったけれども………』

 自分が去った後、このテーブルを見て彼が何を思うかが分かる。
 彼を傷つけてしまう自分が嫌になる。けれども、こればかりはどうすることも出来ない。
 これから自分の進む道がどんなものであるか、一番熟知しているのは怪盗である己自身。長い時間、白い衣装を纏っていたがこれで終わりに出来る、いや、するのだから………。
 生きて戻ってくる気はある、だからその為の未練をあえてこれから作る。
 その為に傷付く事になるであろう彼に心の中で詫びた。

 そっと、紅茶の袋から一人分の葉をハンカチに取り出す。
 大事に包み込んで胸の内ポケットへ入れた。
 かすかに香るチョコレートの香りに彼の想いを感じて泣きたくなる。
 
 『たぶん、気付かないだろうけど、オレの想いを置いて行くよ……』
 
 シルクの手袋に包まれた繊細な長い指を閃かせれば、現れたのは一つのリング。
 5種類の宝石を6つあしらったプラチナのリング。
 一列にリングに沿って並んだ宝石は、向かって左からルビー、エメラルド、ガーネット、アメシスト、ルビー、ダイヤモンドの順。
 リングに合わせてある為に、小さいけれども質は上質のものが使ってある。

 キッドはその指輪をまたどこからともなく出したベルベットの小さな布で包むと、探偵が使うティーカップの中へ隠した。

 『じゃあ、いってきます…』

 シルクハットをすっと胸に掲げ、優雅な一礼を彼に向けてした後、キッドは入って来た時と同じく気配もなく、音も無く部屋を去った。


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 そして眠る探偵だけとなった部屋。
 怪盗の心を知るのは、一人分の葉を減らされた紅茶の袋とティーカップに隠された指輪だけ。
 『リガード』という名を持つ指輪だけ…。




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 『リガード』
 意味は「忠誠」。
 19世紀ごろ、愛に対して忠誠を誓うという意味で男性が女性に贈ったジュエリー。


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これも去年のものになります。
KID様強いんだか弱いんだか…。




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