記憶のない時間。 手がかりは、服と香りとそして……声。 そのどれもが温かかった。 green leaf
2 「そおねー…」 「やっぱ、春物新作よ! 今年の流行情報はばっちりだし♪ あの店は外せないわっ」 「いいのがあればいいなぁ。ね、園子、お茶はあそこでしない?」 「あそこかぁ〜。お目当ては季節限定のケーキvv 行こ行こvv」 話し弾む二人に、新一はこっそり溜息をついた。 「あれ」とか「あそこ」とかでよく通じてしまうなと何時もの事ながら感心してしまう。 新一自身も、事件に関して似たような事をしている事は棚の上へと上げられている。 瞬く間に決まっていく予定。 店の名前は良く分からないけれど、二人の買うものを頭に箇条書きしていく。 数時間後。 三人は、予定していた喫茶店に立ち寄っていた。 新一の隣の席には、紙袋の山。そして足元にも、幾つか置かれていたりする。 蘭と園子は、美味しそうにお目当ての季節限定のケーキを楽しんで、新一はその甘そうなケーキに微かに眉を顰めながら珈琲に口をつけた。 ふと、蘭と楽しそうに買い物の収穫物や、流行について話していた園子が新一に声を掛ける。 「新一君、さっきから気になってたんだけどー、そのシャツちょっと見せて?」 「はぁ? 何でだよ…」 「いいからいいから、袖のとこちょっと見るだけだし。いいでしょ?」 園子の頼みに新一は渋った。 何故ならこのシャツは、あの日着ていた物だったからである。 着心地の良さに、ついつい着てきてしまったのだ。 そして、何となくなのだが他の人に触って欲しくないと思ってしまう。 新一は何とか断ろうと思ったのだが、相手は園子。ここで強引に断れば………嫌な予感がするのであった。 隣に座っている蘭はこの場合、あまり当てに出来ない。たぶん園子の肩を持つだろう。 渋々、左手を差し出す。 園子は差し出された新一の袖口の釦をはずすと、内側を引っ繰り返して覗き込んだ。 そして、そこにあった小さなタグを繁々と見る。 そのタグには小さな緑の葉っぱが刺繍されていた。 「やっぱり、これって『green leaf』のシャツだわ」 「え、園子。それほんと? でも…あの店確か女性物の店だったよね〜」 「うん、確かにそうだったけど。このシャツ、合わせが男性用だし。…メンズも扱う様になったのかしら」 新一は園子の話しに興味ない振りをしながら、内心この二人の会話を真剣に聞いていた。 もしかすると、あの記憶の無い日の手掛りになるかもしれない……。 「ねぇ。新一、その服どうしたの?」 蘭が尋ねてきた。 まさか、いつの間にか着ていて、その時の記憶が無いとは告げられない。 新一は誤魔化す事にした。 「どうしたって、…うちにあったやつだけど」 「新一が買ったんじゃないの?」 「ああ、また母さんが買ってきたやつだろ」 そう返せば、蘭も園子も納得したようだった。 二人とも有希子が新一によく服を買ってやる事を知っていたのである。 その事を上手く使って、新一は誤魔化す事に成功する。 「ねえ、蘭。『green leaf』に行ってみない?」 ケーキの最後の一口をぱくついて、園子が言う。 「あ、それ良いかも。お目当ての店はもう済んじゃったし」 蘭もそれに同意した。 この時点でもう既に決定である。 手掛りになるかもしれないから、行く事は構わないのだが…………。 隣や足元に積まれた荷物を思い出し、新一は眉を顰めた。 (この荷物を持ってかよ…) 少々どころではなくげんなりする。 「なあ、その店どこにあるんだ?」 これ以上、この荷物を持って歩くのはきつくて、新一は二人に尋ねた。 近くなら良いのだが、遠いようだったらどこかに預けていこうと考えていた。 そして、帰ってきた場所はここから離れていて、新一は二人に荷物を預ける事を提案した。 二人も、荷物の多さに気付きその店に行くのはまた今度となった。 新一にしっかり付き合わせることを忘れずに、今日はお開きとなる。 そして新一は、次の日にでもそこに行ってみようと思った。 『green leaf』 入り口のガラスに書かれた銀色の文字。 通りに面したショウウインドウに、綺麗にディスプレイされた服。 4階建のビルの1階。 色んな店が建ち並ぶ賑やかな通りではなく、そこから奥に入った通りにその店はあった。 (とにかく入ってみるか) そして、新一は店のドアを開けた。 |