月が隠れる夜に



 今宵は、探偵も怪盗も開店休業。



 工藤邸の客室の窓辺に、小さなテーブル1つと椅子を2つ。
 テーブルの上には新一が用意したワインと、快斗が用意したおつまみを。
 部屋の明かりはすべて消して。
 今夜は皆既月蝕。窓を大きく開いて…。



 さあ、月見酒と参りましょう。



 天気予報では見る事が出来ないとか告げていたけれど、雲は月に敬意を表してか姿を隠した。
 昼間は暑かった気温も、夜には過ごし易くなって、時折吹く風が心地よい。

 「そろそろだな…」
 「んじゃ、ワイン開けるねー」

 新一が呟くと、快斗は椅子から立ち上がってワインのボトルを手に取った。
 細くて長い綺麗な指が、器用に動いてコルクを抜く。
 ポンッ、という独特の軽い音がして、新一は快斗の指の動きに見とれていた事に気づいた。
 彼の指は、何をやっていても綺麗に動くので新一の目をいつも引き付ける。たまに自分の指と比べて見るけれど、その度毎に快斗の指は特別なのだと思う。……奇跡を起こすマジシャンの指。
 だから、快斗の指に触れるのはとても好きだった。
 時折、快斗の手を取ってじっと見ている新一。それを快斗は苦笑しながらも、新一の好きにさせていた。


 グラスに注がれたワインは白。
 近頃、二人して気に入っているドイツのワイン。
 ほんのり琥珀色したお酒は、やや甘口なのだが後味はさっぱりしていて、辛口を好む新一もこのワインは好きだった。

 「しんいちー、乾杯しよっか?」

 触のはじまった月をちょっと見上げた後、快斗がいたずらな笑顔で告げる。
 新一もそれに答えてクスリと、軽く笑ってグラスを手に取りながら尋ねた。

 「何に?」
 「んー、一晩で欠けては満ちる天上の女神に……」

 互いのグラスを軽く触れ合わせれば、澄んだ音があたりに響く。

 「キッザーッ!!」

 音の余韻が消えると、新一は笑いはじめた。快斗はそんな新一に器用に片眉を上げるだけで、澄ました表情で答えた。

 「いいんだよ、こんな時は気障でもふさわしい言葉でなくっちゃ!」
 「そんなもんかぁー?」
 「そう、そんなもん、そんなもん♪」

 じゃれあいのような会話を楽しんで、二人しずかに月を見上げる。



 月が半分隠れた頃。
 いつもの日常とは異なるからだろうか?
 好い感じに酔いがまわって来たせいか?
 こんな言葉が口を吐いて出る。

 「なんかさー、月って言うとキッドってー、イメージが出来てんだよなー」

 新一が月を見上げながらそう言った。
 いつだったか、対峙した時にキッドのバックに満月が輝いていた、その光景が完成された一枚絵のようで……。その時の印象があまりにも強くて、月=キッドという図式が新一の頭の中に出来あがってしまったのである。

 「まあ、『月下の奇術師』って呼び名もあるくらいだしな」

 快斗はにぱっと笑いながらそう言って、つまみをぱくついた。
 新一はその姿を見ながら、コイツがキッドなんてたまに信じられないよなと、何度か思った快斗に対する感想を思い浮かべる。
 それくらい、快斗とキッドでは違うから……。
 人はいろんな顔を持っているけれど、両極とも言えるほどはっきりした違いを持つ人間は快斗しか知らない。

 「…月ねぇー、オレは新一のイメージがそれだなぁー」
 「オメーがらみでか?」

 ポツリとこぼした快斗の言葉に、今度は新一がからかうように笑った。
 それに苦笑を返しながら、快斗は答える。

 「ちがうって。新一、5月産まれでしょ? 5月ってねー、満月祭ってのが昔っから存在してたんだって、それが書いてある本読んでサー。それからかな? 月って言うとオレには新一のイメージがあるんだ」
 「満月祭?」
 「そう、5月のはじめの満月の光を浴びて、月から力を授かるお祭りなんだって」
 「へー、そんなモンがあったのかー」
 「これで新一君はぁー、一つ賢くなりました?」
 「バーロォ」

 いつも忙しい二人だから、こんな風に会話できる時間はとても大切。
 互いの事を知る時間。


 少しずつお互いの事を知っていくのが嬉しい。







 月はもうほとんどを蝕されて。
 最後の一片さえも飲まれていった。

 「結構、はやく隠れたねー」

 快斗は椅子から立ち上がって窓辺にたたずむ。
 見上げている為、反らされた男としては細い首筋をまだ残る月の残光が照らしていて……。
 白い肌を、月の紅い光が薄っすらと染め上げる。
 その姿に、新一の体に火が点る。ほんの少し、嫉妬が混じった火が………。
 新一はそっと立ち上がると、空を見上げている快斗を後ろから抱きすくめる。

 「しんいちー?」

 いきなり抱き締められて、快斗が名前を怪訝そうに呼ぶ。
 その声も新一の中の火を煽って……。




 「……欲しい…」




 耳元に囁かれた言葉と声に、快斗の背にゾクリと走るものがあった。

 腕の中、ピクリと微かに跳ねた身体に、抱き締める力が強くなる。

 「ちょっ、ちょっとっ、しんい……んんっ」

 強く抱き締められて、我に返った快斗が身を捩って抜け出そうとする。そんな彼に新一は、キスを仕掛けて……。

 「ん……ふぁ………っ」

 だんだん深くなっていく口吻けに、快斗が息苦しくなって唇を開けば、すかさず新一は舌を差し入れる。そのまま逃げ打つ舌を絡めとって、吸い上げた。

 「んっ、ふ…」

 抱かれる事に慣れた身体はすぐに力が抜けて行き、快斗は新一の腕に縋り付く形になる。
 二人の間で溢れた唾液を、舌で促して飲み込ませると新一は唇を離して快斗の耳元で囁く。
 酔いの廻った身体には、その刺激でさえも強すぎて…。

 「…ベットに行くか? それともここでヤるか?」
 「んっなことっ……聞く…んじゃ…ねッ」

 快斗は快楽で潤んだ眼で睨みながら、真っ赤になって文句を言いつつ、新一の首に腕をまわし返事とした。







 真っ白なシーツの上。
 同じくらい白かった肢体は、先程、月に染められたよりも紅く染め上げられ、更に紅い印が散らばっている。
 新一はそれを見下ろし、勝ち誇った笑みを見せる。
 でも、それだけでは満足できる筈もなく、更にと快斗を自分の色で染め上げていった。

 「ああぁ!……んっ………はぁ!」

 甘い薫りと熱を持った声。
 荒い息遣いや濡れた音は綺麗な音色となり、熱い身体はひんやりとした周りの空気によって心地良く手に馴染む。

 「ふっ…んんっ………」

 一度高みに昇らされ、果てた身体は貪欲に刺激を追いかける。

 「…快斗」
 「あぁ!……やぁっ…あっ!」

 重なる唇。重なる身体。
 熱、鼓動、心まで……全てを重ね合わせる。
 そして互いを触す。
 今宵の天空の運命めのように………。

 「…しん、い…ち……もうっ!!…やあぁぁっ!」

 嬌声と解放を強請る言葉、与えられた快楽に身体は紅く、思考は白くなって行く。

 「くッ……快斗、いいぜ…一緒に…イこう」
 「あぁぁぁっ!! あ―――――――っ!!」

 最後に深く突き上げられ、快斗が自身を放った後、新一も快斗の中に熱い迸りを注ぎ込んだ。











 シャツを軽く羽織って、窓辺でもう殆ど姿を現した月を見上げている。
 身じろぐ気配に視線を向ければ、快斗がゆっくりと起き上がっていた。

 「わり―、起こしたか?」

 新一がそう尋ねれば、ゆっくりと首を振りながら答える。

 「いや……」

 声が先程の情事で掠れていた。
 ワインを注いで手渡してやる。

 「ありがと…」

 快斗は礼を告げて、喉を潤した。

 「もう殆ど出てきてるねー」
 「ああ、後もう少しってとこだな」
 「…新一ー、またみよう」

 告げられた内容に苦笑を返す。

 「おいおい、一体何時の話しだ?」
 「月蝕じゃなくても好いんだって、そうだなー来年の5月とか」
 「満月祭に?」
 「うん、そう満月祭に」

 新一はベットに腰掛けると快斗の髪をゆっくり梳く。
 快斗は気持ち良さそうに寄りかかってきた。

 「オメーが一番恩恵をこうむりそうだなー」
 「当たり前だろ。月はKIDの味方なんだから」

 わざと溜息を吐いていった言葉に、快斗はにっこり笑って答える。

 「オレもおまえの味方だぜ?」
 「うん、判ってる」

 快斗は新一の顔を覗き込んで自分からキスをした。




 「あっ。終わったねー」

 完全に姿を現した月を見上げる。
 新一が軽くグラスを上げれば、快斗もそれに答える。



 「「一晩で欠けては満ちる天上の女神に……」」



 二人、揃えて告げた後グラスを合わせる。
 澄んだ音が響く。




 それは約束の誓い。 





前に、メールにてばら撒いたもの。
文章力無いのバレバレ(-_-;)
内容でいつ頃のものか分かりますね。

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