「し…志郎先輩…!!」
仮面ライダースーパー1・沖一也の声が聞えているのかいないのか―――聞えてない筈などないのだが、とにかく、仮面ライダーV3・風見志郎は本郷邸の廊下を早足で歩いていた。
追いかけて来る一也を無視したまま、一直線に彼が向かっているのは、この家に来た事がある者ならば誰もが見た事のある場所―――玄関だった。
「先輩!」
風見の気をなんとか自分に向けようと、一也は彼の肩を掴む為、腕を前に伸ばた。
が、
―――パシィ…!
「…………?!」
鋭い衝撃が手に走り、一也は驚愕し動きを止めた。
風見に手をはたかれた事を理解するまでに、不必要な時間がかかる。
「…せ…先輩…?」
「…………」
驚愕とショックの為、それ以上言えないでいる一也に一瞥をくれる事もなく、風見は無言のまま玄関から外へと出て行った。
「…志郎先輩…」
開け放たれた玄関のドアから入り込む風が、一也の呟きを彼の後方へ吹き飛ばした…。
* * *
本郷邸のリビングのソファーの上で―――
「はぁ?!あんだってぇー???」
仮面ライダーストロンガー・城茂は素っ頓狂な声を上げた。それと同時に持っているコーヒーカップから中身を溢しそうになり、慌てて体勢を整える。
なんとかそれを阻止すると、改めて目の前に座っている人物に視線を移した。
コーヒーを一口啜り、半眼で様子を窺う。
「……で?…つまり………何だって?」
「―――ですから…」
目の前に座る人物=茂の後輩でもある沖一也は、いらだった様子もなく、ただ静かに先程言った事を繰り返す。
落ち込んだ様子で―――
「最近、風見先輩の様子がおかしいんです。…何だか避けられているようで…。城先輩もそう思いませんか…?」
「……気のせいじゃないのか?俺からはあの人がおかしいようには見えねぇけど…」
色々と気になる事があったが、とりあえず思った事をそのまま口にしてみる。しかし、一也はそれで気がすむ筈もなく、小さく頭を振った。
「いえ、確かに避けられてます…。気に触ったんだ……」
そのまま黙り込む一也。何か色々と考え込んでいるらしいが、気持ちが浮上する様子はない。それどころかどんどん顔色は悪くなっていく。
(どうせ、出口のない無限ループにはまってんだろうな…)
馬鹿馬鹿しいと思う。
何で自分がこんな話を聞かなければいけないんだろうか?
一也に知られないよう、茂はそっとため息をついた。
(放っといたら、俺がいなくなっても気付かねぇかもな…)
「思い当たる事でもあるのか?一也?」
唐突に真上から声が聞こえ、茂はまたコーヒーカップの中身をぶちまけそうになった。なんとかそれを防ぐと、むっつりとした表情で声の主を見上げた。
「…盗み聞きは感心しませんぜ、一文字センパイ」
気配を消して近付いて来た仮面ライダー2号・一文字隼人に、トゲのある台詞を吐く。完全に、声をかけられるまで彼の存在に気付かなかった事に対する照れ隠しだが、あえてそれは無視する。
一文字は睨みつけるような茂の視線に動じた様子もなく、茂と一也に微笑を向けた。
「盗み聞きとは酷いなぁ。可愛い後輩が何か悩んでるようだから、俺に出来る事があったら…っと思って来たのに」
「…どうだか…」
と、大仰に頷く一文字に冷たい視線を送り、ボソッと呟く。
一文字は心外そうに腕組みをし、茂に顔を近付けた。
「前から思ってたんだが、茂、何か俺のこと勘違いしてないか?」
「は?何の事っすか?」
「とーぼーけーるーなー」
「あ…あの…先輩…?」
おずおずといった感じの声が聞こえ、一也の相談に乗っていた事を思い出す。一文字とともに誤魔化すような怪しい笑い声を上げ、一也に向き直る。
一文字も茂の右隣に座った。
その一文字を指差しながら、茂は口を開く。
「んで?この人の言う通り、本っとぉぉおぉぉー……に思い当たる事でもあんのか?」
「……茂、やっぱり勘違いしてないか?」
一文字の抗議を無視し、彼と茂を交互に見比べている一也に話すよう促す。
一也は少し躊躇して見せたが、一文字がいる事に安心したのか、話をはじめた。頬を赤く染めながら―――
(ん?赤く染めながら???)
何故頬が赤くなるのか解らない。嫌、頬が赤くなるという事は…
「実は、先週…その、志郎先輩と―――」
と、照れた様子で初々しく言葉を紡ぐ沖一也。
何で相談に乗ってやろうと思ったんだろうか。こういった類の物は、自分が一番苦手とする事ではないか。それこそ、隣に座っている男に任せればいい…。本当に。
茂が心の中でつらつらと後悔を呟いているなどとは露とも知らず、今では頭から湯気が出そうな程真っ赤になっている一也は、穏やかな微笑を浮かべて微笑ましく話を聞いている一文字と仏頂面の茂に、風見志郎が沖一也を無視しているであろう原因を話していた。
「やっと…やっと僕達結ばれたんです!」
* * *
無表情で前方を見つめながら、風見志郎は風にその身を任せていた。
見慣れた風景が眼前に広がっている。
幾度となく彼はこの地に訪れ、自身の身体を鍛えてきた。時には誰かと共に…時には一人で…。ここに来ると、自然と心が引き締まる感じがした。だが、今は―――
「……ふぅ……」
短く嘆息する。
特訓するつもりでここに来た筈なのに、何故かそういう気になれない。自分らしくないと思い、風見は苛立ちを覚えた。
(だが、一体俺にどうしろと言うんだ…)
サッパリ解らない。
こんな経験は他に無い。
だからと言って、誰かに相談も出来ない。出来る筈も無い。
(…出来てたまるか…)
思わず眉間に皺をつくる。それから、顔が上気し―――
「…………」
妙に恥かしくなって、風見はその場に座り込んだ。頭を掻きたい衝動に駆られ―――普段なら絶対しないが、乱暴に頭を掻き毟った。頭髪は当然グシャグシャになった。
「……何をやっているんだ、俺は…」
解っている。
特訓場にきても特訓する気になれない理由も、頭を乱暴に掻いてしまう理由も、顔が上気する理由も、沖一也の顔をまともに見れない理由も。それらの理由は全て同じなのだから……。
「…何故、あんな事をしてしまったんだ…」
不毛な問いといえば、確かに不毛なのだろう。今更…とも思う。
あの時の事は思い出したくない。だが、脳裏にはしっかりとあの時の光景が―――感触が刻み込まれていて、気が緩むとすぐ思い出してしまう。すぐ、顔が真っ赤になってしまう。
そんな自分を誰にも見せたくはない。
特に、沖一也には…。
(…俺はこんな人間だったのか…?)
そんな筈はない―――そう思いたい。少なくとも、今まで信じてきた自分という人間は、こんな程度で自制がきかなくなるような男ではなかった。
それなのに…!
(………又だ…)
耳元で囁かれる包み込むような声。身体をゆっくりと這う指。愛しそうに口付ける唇。体の中に進入してくる―――
「……っ!!…」
頭を思いっきり降り、幻覚を追い出そうと試みる。それは一応成功し、風見は落ち着きを取り戻した。鼓動だけ通常の三倍の速さではあるが…。
(…それは落ち着いていると言えるのか?…)
不毛だ。何もかも。
自分に向ける問いも、ここで座り込んでいる事も、沖一也との新たな関係も。
(…何故だ…?)
彼に向ける問いさえも…。
(何故、俺を抱きたいと思う…?)
風が又、風見の周りを通り過ぎた。耳に木霊する風の音に、いつだったか沖一也が言った言葉が重なる。
『好きだから―――だから、貴方の全てが見たいんだと思います』
「俺の全てとは一体なんだ…?一也…」
自分は混乱している。認めたくないが混乱している。どうしたら良いのか、自分がどうしたいのかさえ解らない。こんな事になる位なら、あの時頑として拒めばよかった。自分が受け入れなければ、沖一也もあんな事はしなかっただろう。例えしたくても。
だが、自分は知っていたのではないか?こうなる事を。
少なくとも、多少なりと動揺するだろう事は想像できる。今までの彼との関係が変わってしまう事も…だ。だいたい痛くない訳はないし、誰かに知られでもしたらどう対応して良いのか想像もつかない。最初っから解っていた筈だ。それなのに…それなのに……
「それなのに、何故俺は…」
風が優しく体を包む。その音と共に、又、沖一也の声が聞こえた。今度はあの晩に彼が言った言葉…。
『とても綺麗です』
何が?―――とは聞き返せなかった…。
耳まで赤くなる事を自覚しながら、風見はその時の沖一也の顔を思い出した。
それまで見た事も無い、穏やかで、それでいて興奮したような―――嬉しそうな表情だった。『綺麗です』と言う彼も又、綺麗だった…。
(…俺はどうして受け入れたんだ?…)
と、
「……先輩」
後方から声をかけられ、心臓が跳ね上がる。
それを相手に知られないようゆっくりと立ち上がる。振り向きはしない。今の顔を彼に―――沖一也に見られたくはない。
(…一也の気配をよめなかった…。やはり混乱している…)
振り向かなければ、呼びかけに答えもしない風見に不安を覚えたのか、一也は距離を縮めようとせず、その場からおずおずといった感じで話しかけてきた。
「先輩…、あの、聞きたい事があって来ました」
(…聞きたい事…?…)
ただでさえ速く脈打つ心臓が、更にそのスピードを増す。一也にも聞こえるのではないだろうかと心配するほどの音が、耳の奥で鳴り響く。
しかし、それでも一也の声はハッキリと聞こえてくる。
「…先輩は俺の事嫌いですか?」
それは思ってもみない質問だった。
「……な…に?…」
動揺し、上手く思考がまとまらない。やっと掠れる声でそれだけを言うと、又、風見は黙り込んでしまった。
「俺の事どう思ってますか?」
沖一也の事をどう思っていますか?
(…ど…どう思うも何も…)
困惑し、言葉が出てこない。勿論、振り向く事も出来ない。視界が揺れるような錯覚さえ覚え、風見は顔をしかめた。
風見が答えられない事をどう思ったのか、静かな、けれど重い声で、一也は言った。
「もう、顔も見たくない程嫌いですか…」
電流が走った。
少なくとも風見はそう思った。脳天から足裏に向かって、電流が走った…と。
気付いた時には、一也の元に走りより、彼の頬目掛けて思いっきり拳を叩きつけていた。
無抵抗でそれを受け止めた―――ただ単によけられなかっただけだろうが―――沖一也は、勢い良く後方に吹っ飛ぶ。砂煙を上げて地面に倒れこんだ彼は、暫らくピクリとも動かなかった。
そんな彼に、風見は怒鳴り声を上げた。
「何を言っている?!お前こそ俺を何だと思ってるんだ!!」
「じゃぁ、何で避けるんですか?!」
弾かれたように顔を上げ、一也は叫んだ。
思わず息を呑む風見。
「アレの後なんですよ?!避けられて、話しどころか顔さえ見せてくれなかったら、嫌われたと思っても仕方ないじゃないですか!」
風見は絶句した。
そう言われれば、確かにそうだった。
「だから……だから聞きに来たんです…。―――先輩。俺の事どう思ってますか?…」
再び静かな……けれど重い声で問われる。
どう答えたらいい?自分でさえ解らないと言うのに―――
(解らない?…何故解らないんだ…?)
自分の事だ。生まれてこの方、一度として離れた事の無い自分の事だ。解らない訳ないだろう?お前はどうも思ってない人間の事を、あれこれ気にして考えるタイプか?嫌いな人間に身体を許すタイプか?
(…ああ、そうだな…)
自分の行動の理由を考えれば答えは簡単だ。
たったひとつしかないのだから―――
「…好きだよ」
静かに、そして重い声で、風見は答えた。だが、照れたような笑顔で…。
(そうだな。お前の言う通りだ、一也)
『好きだから―――だから、貴方の全てが見たいんだと思います』
(好きだから―――だから、俺の全てが見たいというお前を受け入れたんだ…)
「でなきゃ、あんな事させる筈が無いだろう」
風見の言葉に、自分で聞いておきながら、一也は唖然としていて声も無い。目を限界まで見開いた彼の姿は、笑える物があった。
くすり…っと笑い、風見は手を差し伸べた。
座り込んだままの一也の手を取り、引っ張り起こす。
まだ唖然としている一也の胸を叩き、言う。
「避けたりして悪かったな。だがな、それだけで俺の気持ちを疑うお前も悪い」
そう言われ、やっと我に戻った一也が慌てて口を開く。
「す…すいません!」
身体を直角に曲げ謝罪する。
一也の後頭部を軽くはたき、風見は微笑した。吹っ切れた表情で。
「全くだ。これからはこれくらいの事で大騒ぎするなよ」
長い付き合いになるのだから―――
「お…オス!!」
言葉の意味を理解したのだろう。一也は頭を上げ満面の笑みを見せると、風見をその腕の中に抱いた。勿論、風見はそれに抵抗しなかった。
暖かく、風が二人を包み込んだ。
* * *
「つまり、痴話喧嘩ってやつっすか…」
風見志郎と沖一也が特訓場で風に包まれている同時刻―――本郷邸リビングでTVのニュースを見ながら、城茂は呆れた様子で呟いた。
それに頷き返し、数種類の新聞―――日本語・英語・ドイツ語・スペイン語等―――に目を通している一文字隼人は、茂に向かって片目を瞑って見せた。
「志郎はプライドが高いからなぁ。恥かしくてまともに一也の顔を見る事が出来なかったんだろう。本郷と同じで鈍感な所があるから、一也が抱く不安にも、なかなか気付かない。一也の方から行動をおこし、無理矢理にでも気付かせてやれば、結構上手く行くもんさ」
「…何もかもお見通しって感じっすね…」
「そうでもないけど〜?」
半眼で告げてくる茂に悪戯っ子の笑顔を返し、一文字はとぼけた。
更に嫌そうな表情をして、茂はTVを見た。
特にこれといったニュースは流れていない。平和な証拠だ。
が―――
(この人だけは、敵にしちゃぁいけないのかもしれねぇ…)
再び新聞に目を落とした一文字を盗み見し、茂は心の中で呟いた。
終
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