「今までのパターンから考えると、大学の研究所にいるんじゃないか?」
評論家の率直な意見を、博士は首を振って否定した。
「甘いな。事前の行動をよく思い出してみろ。熱心に新聞を読んでいただろう?」
「…ああ、そうだったな。で?」
促すように、評論家はソファーに向き合って座っている博士に視線を投げた。
博士はそれを受け止めると、不敵な微笑を漏らし、脇からある物を出した。今朝ポストに入れらたばかりの朝刊。それを目の前のテーブルの上に広げて置く。
「これがその新聞だが、ここに気になる記事がある」
と、ひとつの記事を指差す。
「ん?」
「『W県S市で奇怪な事件が起こった。海に面したK町で宇宙人が目撃され、その写真を撮ったと言う少年が現れたが、問題の写真は誰かに盗まれたと言う―――』どうだ?これはにおうだろう?」
記事を読む為に反らしていた視線を評論家に戻し、博士は唇の端を上げた。
評論家も、記事にそそいでいた視線を博士に戻し、彼同様に唇の端を上げる。
「ああ、プンプンにおってくるぜ。っとなると…」
「間違い無い。十中八九。奴はここに行ったんだ」
拳を握り、博士は断言した。それに、評論家も同意する。
二人の目の中に、燃え上がる炎が煌めいた。
「…で?本郷さんがどこに行ったか解ったんすね?一文字博士に滝先生」
なにやら異様に盛り上がっている二人―――仮面ライダー2号・一文字隼人とFBI捜査官・滝和也の横から、仮面ライダーストロンガー・城茂が、あきれ返った表情と態度と声で、ポツリと呟いた。
* * *
数々の悪組織と戦う仮面ライダー達が共に住む屋敷―――通称・本郷邸は、屋敷と呼ぶに相応しい広さを持った洋館だ。大の男が七人いても、さして窮屈さは感じない。風通しの良い、太陽の光を沢山取り入れるよう、特別に設計された本郷家自慢の屋敷。
そんな本郷邸の中庭に置いてあるベンチの上で、本郷研究の権威である(そんな研究をしているのは世界広しと言えども彼だけだが)一文字隼人博士と、本郷評論家(これも広い世界に一人だけだ)である滝和也先生は、晴れ渡った青い空を見上げていた。
一文字は普通に見上げているだけだが、滝の方は、まるで空が親の仇だと言わんばかりの目で睨みつけている。明らかに不機嫌だ。
そんな滝の様子を横目で見、一文字はため息をついた。
それに、滝が僅かに反応する。
睨むその先を、青い空から一文字に移す。
「なんだよ…」
押し殺したような声でそう呟く滝に、一文字は微笑を見せた。
「嫌、何でも。ただ…」
「…ただ?…」
ワザと一呼吸あけ、一文字は言う。
「怒ってるんだなぁ…っと、思って、さ」
「当たり前だろう」
不機嫌な顔をますます険しいものにし、滝は大袈裟なほどに憤慨して見せた。
「一体コレで何回目だと思う?前回の時だって帰って来た時言ったんだぜ?『何も言わずにどこかに行くな』って。それなのに……いくらなんでもそろそろ堪忍袋の緒が切れるぞ」
「気持ちは解るが、本郷にマメさを求めるのは無理だろう」
「…別にマメさを求めてるわけじゃない…」
と、そのまま黙り込む滝。
その表情は眉間に皺がよっているものの、先程のような怒りを表してはいなかった。
一文字は困ったもんだ…と、後頭部を右手でかいた。
(本郷と滝って、コレの繰り返しなんだよなぁ…)
仮面ライダーのリーダーにして、特撮ヒーロー界の伝説でありカリスマでもある本郷猛は、そういう存在故か、はたまたそういう存在になるような男だからか(99%後者)、常人からは想像できないような論理で行動を取る。
例を上げていけばキリが無い程、その非常識ぶりは有名だが、その中でも滝に対する態度は大きく問題になった。
(俺は別にそうでもなかったけど、常識人に近い敬介とかは大変だったな…)
とにかく触る。やたら触る。これでもかって感じで触る。
それも手首とか頭とかの比較的触っても問題の無いような箇所ではなく、肩とか腰とか太腿とか、見てる方が引くような所を触る。勿論、手首や頭を触らないわけではない。
しかし、それはまだ良かった。きわどい所を触るといっても、それはただ触るだけだからだ。そっと触れるだけ。それなら目を瞑っていれば気が付かない。
(本郷は思ったら一直線だからな。そういう所に羞恥心は無い)
一文字の余計な計らいにより、滝に対する己の気持ちに気付いた本郷は、気付いたその日に滝に告白した。流石に本郷の思いに困惑した滝だったが、これまた一文字の余計は計らいにより、一週間後にはOKの返事を本郷に伝えた。
こうして晴れてお付き合いを開始した二人の愛の語らいとそれから発生するピンクオーラは、周囲の人間はおろか、悪組織の怪人&戦闘員にまで一種の恐怖を与えたのだった。
しかし、そんな二人も喧嘩をする事はある。
だが、正確にいうと喧嘩ではなく、滝が一方的に本郷に対して怒りの感情を持つだけなので、時間が経過すれば自然と収まってしまう。おまけに、滝が怒る理由は毎度毎度全く同じ理由。
そして、その理由と言うのが―――
「本郷が何も言わず、何の連絡もよこさず、どこかへ行ってしまう事…か」
一文字の呟きに、滝の体が反応を示す。
その表情は実に痛々しく、思わず声に出してしまった事を、一文字は後悔した。
(積もりに積もってきたか…)
滝は別に本郷の全てを欲しいなどとは思ってないだろう。本郷と全ての時間を共有したいとも願っていない筈だ。
ただ、滝は心配なだけで―――
(そう。心配なだけなんだ。本郷がいきなりいなくなる時は、だいたい危険性が高いから)
愛しい人の身を案じるのは当然の事。
ただでさえ危険に身を投げる事が日常としがちな正義のヒーローなのだから、その心配をするなと言うほうが無理だ。
いつ殺されても不思議ではない。
普段気にしてないように振舞っていても、どうしても拭い切れない不安。
だが、本郷は―――
「…………」
一文字は、左隣に座っている滝に視線を戻した。
滝は相変わらず黙り込んだまま、どこか虚空を凝視している。
一文字は何も言わず左手を上げた。そして、そのまま何も言わず、勢いをつけてその手を滝の背中に叩きつけた。
「―――〜っ?!…」
派手な音を響かせ、滝の背に手が止まると同時に、滝の口から悲鳴にならない悲鳴が漏れた。よほど痛かったのか。体を震わし痛みに耐えている。
暫らくして、やっと痛みが薄れてきたのだろう、滝は口を開き一文字に噛み付いた。
「何すんだ!痛いじゃねぇか!!絶対もみじまんじゅうできてるぞ!」
よく見ると、滝の目に涙がたまっている。
一文字は両手で滝の唾をブロックしながら、人好きのする笑顔を向けた。
「悪い悪い。ところで…な、本郷のこと心配か?」
突然の問いに、滝は動揺を見せた。先程までの剣幕はどこへやら、彼はしどろもどろになりながら、それでも律儀に一文字の問いに答えを返す。
「別に心配なわけじゃ…」
(意地っ張り)
「へぇ…」
心とは裏腹な答えを返してくる滝に、一文字は意味ありげな相槌を打つ。その意味する事が解ったのだろう。滝は一文字を軽く睨みつけた。
「何だよ…」
「自分に素直になったらどうだ?ここには本郷も風見達もいないんだぞ?」
「だから―――」
「俺にウソついたって仕方ないだろ?」
「…っう…」
一文字には滝の考えている事などお見通しだ。長年の付き合いもあるが、滝の思考回路は本郷とは違って外見から推測する事は、まだ、簡単だ。まぁ、つまり感情が全て表に出てしまうと言う事だから、FBI捜査官としてはあまり褒められた事では無い。
そして、それだから、本郷と滝が付き合う事に、一文字は一役も二役もかう事ができた。
本郷の考えている事は、脳内通信、つまりテレパシーであらかた解る。
「………は、そうだよな…」
観念したように呟くと、滝はベンチに深々と腰掛けた。
顔を上げ、相変わらず晴れ渡っている青空を見つめる。
「…ああ、隼人の言う通りだよ。心配なんだよ。俺の目の届かない所でどうにかなってるんじゃないかってな。あいつ、すぐ無理するから…」
「全てを背負おうとするから…か?」
「ああ。ったく馬鹿だよなぁ、本郷は。そりゃ力は弱いかもしんねぇけど、もう少し俺を頼ってくれても良いだろうが。………恋人なんだぜ、一応」
そよ風に吹き飛ばされそうなほど弱弱しい声で滝は呟いた。普段は強気で、弱音など吐かない彼の弱音。多分、弱音を言っている事の自覚など、滝には無いのだろうが…。
一文字は滝から視線を外し空を見上げた。
にっこり微笑み、口を開く。
場にそぐわない程の明るい声で―――
「なぁ、滝。俺は、その生体をあまり知られていない本郷猛の研究を、十年以上続けてきた男だ。あいつについては、恋人であるお前以上に知識は豊富なつもりだが、お前もそう思うだろ?」
「それは…そう思うけど―――いきなり何言いだすんだ?」
明らかに困惑している滝の問いを片手で制し、一文字は構わず続ける。大声で。
「つまり、俺はお前が解らない本郷の本心を知っていると言う訳だ。だから教えてやろう。何も言わずにどこかに行ってしまう本郷の身を、もう泣きそうなほど心配して、自分はもしかしたら本郷にとって足手まといなんじゃないかって思い悩んでいる滝和也の事を、本郷猛がどう思っているのかを」
そこで一旦口を切ると、一文字は立ち上がり中庭に続くドアを見やった。
手を伸ばし、手招きをするように軽く指を折る。
「でも、ま、傍に本人がいるんだったら、別に第三者が言う必要は無いよな、本郷?」
ベンチの上で短い叫びをあげ固まったらしい滝を無視し、一文字はなかなか入ってこようとしない本人=本郷猛に、心の中で呼びかけた。
それに過敏な反応を示すと、本郷は、勢いよく中庭に現れた。
肩で大きく息をしながら一文字を睨む。頬を赤く染めながら…。
「はぁ〜やぁ〜とぉ〜」
「そう怒るな。第一、そんな事してる余裕はないんじゃないか?」
そう言いながら、後方で固まっている滝を指差す。
すっかり石化した滝は、どうやら思考と共に呼吸も止まってしまっているらしい。改造人間である一文字の鋭敏な耳に、滝の呼吸音が聞こえてこない。
勿論、同型に改造されている本郷の耳にも呼吸音は聞こえないだろう。更に心臓の音までも―――
「滝っ!」
本郷は慌てて滝に駆け寄り、その肩を激しく揺さぶる。
前後にカックンカックンゆれる滝の頭部。数回振られると、流石に我に返るようで、やっと気が付いた滝は、全ての活動を再開した―――その途端、彼の顔は真っ赤に上気した。嫌、顔だけではない。耳も首も腕も、見事に朱色に染まっている。
本郷に自分の弱音等を聞かれた為、羞恥心に火が付いたのだろうが、動揺しすぎて泣きそうになっている。一文字、少し後悔。
(嫌、でもあれぐらいやらないとな…)
一番近い所から二人をずっと見ているせいだろう。
彼等がどうすれば仲直りが出来るか一文字には解る。
(滝が心配なように、本郷も心配なんだ。たった、それだけの事だから…)
互いが互いのその気持ちを知ったなら問題は解決する。少なくとも、滝の心中は穏やかになるのではないかと、一文字は思う。本郷だって、少しは行動を改めるだろう。
泣きそうなほど真っ赤になっている滝を逃がさないよう、がっしりと肩を掴んだままの本郷が、滝に向かって本心を言う為口を開いた。
「滝。まずは謝らせてくれ。すまない!」
豪快に頭を下げる本郷。その本郷の様子に、滝の顔から熱が引く。
「…え…?」
ゆっくりと顔を上げ、滝を視界に入れる本郷。
「滝が心配してたなんて知らなかったんだ。ただ、黙っている事を怒っているのだと思っていた。…すまない」
今度はゆっくりと頭を下げる本郷。その姿から、声から、彼の真摯な気持ちが手に取るように解る。滝の表情からすっかり羞恥心は消え去った。その代わり、悲痛な色が見え始める。
そんな滝に気付いているのかいないのか、本郷は大きく息を吸い込むと、一言一言噛み締めるように言葉を紡ぎ始めた。
「…滝、今まで黙っていたが、実は何も言わず戦いに出かけるのには理由があるんだ」
「…理由?」
「ああ。…滝。俺はお前が大事だ。誰よりも大事だ」
「な…いきなり何を―――」
「だからお前を危険な目に合わせたくない」
滝の目が限界まで開かれる。それと同時に、その瞳に激しい感情の渦が見えた。
「……………」
「小さい怪我さえして欲しくない。だが、俺が危険な場所へ行くと解ればお前はついてくるだろう?一緒に戦うと言うだろう?少なくともサポートすると言う筈だ。…滝は改造人間じゃない。俺達は少しくらいの大怪我でも支障は無いが、お前は違う。どんな傷が命取りになるか解らない。だから俺は……危険な場所へお前を連れて行きたくないから、黙って出かける事に決めたんだ」
本郷は滝の目を真っ直ぐに見つめる。真っ直ぐに…。
「だから自分を足手まといだとか思わないでくれ。そうじゃないんだ。頼ってないとかじゃないんだ。嫌、その逆だ。俺はお前に頼りすぎてるから―――依存しすぎてるから、だから黙って行くしかなかったんだ。だから―――」
直も言い募ろうとする本郷の口に、滝の手がそっと重なる。
本郷は言葉を切り、困ったように微笑する滝を見上げた。
細く長いため息をついて本郷から手を離した後、滝は口を開いた。
「もう解ったからいいよ。なんつーか、……悪かった」
「嫌、悪いのは―――」
「ああ、本郷だ」
あっさり言い切られて、本郷は口を閉じた。そんな本郷に微笑を向ける滝。
「でも俺も悪かった。…その…お前がそんな風に考えてるなんて知らなくて…さ…」
「…滝…」
と、滝は盛大なため息をついた。全く…っと、呆れた様子で頭を振る。
「でもお前も悪い。そうならそうと最初っから言ってくれれば良いのに。なら別にいちいち怒ったりせず、俺に出来る範囲ででもお前に何かしてやれる。違うか?」
「……そうだな。…うむ。これからはちゃんと言う」
「ああ。そうしてくれ…」
互いに穏やかな微笑をもらし、二人は抱き合った。
それを確認すると、二人に気付かれないよう充分気をつけながら、一文字はその場を後にした。喜びを心から噛み締めて…。
* * *
「事前の行動と今までのパターン。それから後輩達の証言から考えるに、どうやら今回はモトクロス場に行った可能性が強い」
と、腕組みしながら博士は言った。
「っとなると、モトクロス場に悪組織の新たな陰謀が渦巻いていると?」
「嫌。ただ単なるバイクの練習だろう」
あっさりと博士は言い切る。
「…ああ、だから?」
と、皮手袋をしている男が言う。
「そうだろうと思う」
言いながら、博士は本郷邸リビングの中央で怒りに体を震わせている評論家を見やった。
隣で同じように、同情に似た表情で評論家を見ている皮手袋をした男は、近くに置いてある雑誌を持ち上げながら言う。
「まぁ、危険な場所に行ったわけじゃねぇから、約束を破ったわけでも―――」
皮手袋の男の台詞は、博士のため息によって遮られた。
「だけど、滝はそう思ってないだろう…」
博士の言葉を裏付けるように、どうやら怒りが頂点に達した評論家は、腕を大きく振り上げながら力の限り叫んだ。その声が本郷邸中に響き渡る。
「もう二度と本郷の心配なんかしてやらねぇー!!!!」
博士と黒手袋をした男は、長い長いため息をつくことしか出来なかった…。
終
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