―――いっそ、跡形も無くなるほど傷付けてくれたら良い…。
● ● ●
「ああっ!?」
「何だ?!どうした?!」
あ、まただ。
いつの間にかついた、“あの人”を見てしまう癖。
また知らない内に“あの人”を目で追っている自分がいる…。
「大丈夫か?!」
「風見…。すまない。また壊してしまった…」
「そんな事より、結城。怪我は?どこか切ってないか?」
「嫌、大丈夫だ。それより割れた皿を片付けなくては…」
「それは俺がやるから、お前は少しジッとしてろ」
「…そうか。そうだな。……すまん…」
あれは勘違いしたな、結城先輩。
違うのに。
“あの人”が乱暴に言ったのは、ただ、先輩の事を心配しただけであって、先輩の事を煩わしいなんて思ってないのに。
解らないか…。解らないよな。…結城先輩には。
「何かすっげぇー音聞こえてきましたけど……また、何か壊れたんすか?」
「…すまない…」
「ガウー?」
「あ、茂。危ないからアマゾンをこっちにやるなよ」
「へいへい。さ、アマゾン。向こう行ってゲームの続きしようぜ」
「ガウー♪」
茂だって理解できる“あの人”なりの優しさ。
“あの人”を少しでも知っていれば解る簡単な事。
が、結城先輩だけは解らない。
―――解らないのに…。
「……風見。やっぱり片付けは僕がやるよ」
「何だ。急に」
「だって、いつもいつも君に後始末ばかりやらせてしまって、僕は…申し訳なくて仕方ないんだ!だから今回から後片付けをやらして欲しい!」
「お前は別にしなくていい」
「風見!」
「悪いと思うなら、もうこういう失敗はするな」
「……………」
「そう言えば本郷先輩が探してたぞ。何か用があるんじゃないか」
「………解った。…行ってみる」
沈んだ顔で、何を解ったと言う?何一つ解ってないのに。解ってないのに…。
「敬介」
「何ですか?」
「手伝え」
「……はい…」
解ってない。
解って等ない、結城先輩は。
それなのにどうして、“あの人”はあなたを愛しているんですか?
● ● ●
「結城。目が近い」
「え?あ、すまない」
どうして目は勝手に“あの人”を追うのだろう?
十中八九、“あの人”の周りには結城先輩がいるというのに…。
……違う…か。
“あの人”の周りに結城先輩がいるのではなく、結城先輩の周りに“あの人”がいるんだ。
いつでもどこでも結城先輩を守るように。
今も、少し読んでいる本と目の距離が近かっただけで、額に手を当てて頭を後退させている。
言うだけですむ問題なのに…だ。
「目が悪くなったらどうするつもりだ?」
「そう怒らなくても…。眼鏡をかければすむ問題じゃないか」
「…お前は眼鏡をかけて更にマスクを被るつもりか?」
「………あ………」
「いいな。目を本から最低30cm離して読めよ」
まるで小学生扱い。
結城先輩の事になると、“あの人”は急に過保護になる。
「何もそんな事まで指図しなくてもいいだろ、志郎」
「何を言ってるんですか、一文字さん。相手は結城ですよ?」
「…言いたい事は解るが、限度ってもんがあるだろ?」
「じゃ、結城の目が悪くなり眼鏡をかけて敵と戦闘する為変身する時に眼鏡をかけている事を忘れてマスクで眼鏡を攻撃して負傷してももいいって言うんですか?あまつさえ、敵に笑われ結城の繊細な心に傷が付いてしまってもいいと?」
「おいおい、俺は何もそんな事は言ってないだろ?だいたい、コンタクトって物があるじゃないか。一体何をそんなに興奮してるんだよ、お前は」
「別に興奮してなんかいません」
無自覚とは思わなかった…。
一文字先輩も災難としか言えないよな。先輩の指摘は正しいのだから。
「……志郎の気持ちは解ってるけどさ、もっと余裕がないと疲れるだろ?」
「何がですか?」
「……ま、いいか。とにかく、これだけは言っとくぞ。結城にかまいすぎるな!かまいすぎると結城の為にならない」
「…………」
「解ったら返事!」
「…は…はい…」
「もっと歯切れよく!大きな声で!」
「はい!」
「…よし。返事をしたんだから、もう、かまうなよ」
そんな事無理に決まっている。
一文字先輩も、それが解ってるからわざわざ返事をさせたんだろう。
ほら。また結城先輩を見てる。
結城先輩だけを見てる。
それなのに…それなのにどうして?
どうして“あの人”は―――
● ● ●
『初めて』がいつだったか等、最早覚えていない。
これで何回目なのかも、勿論解らない。
けれど、着実に回数は増えていっている。
毎晩のようにしているのだから当たり前か…。
「…いいか?…」
嫌だと言っても続けるくせに、どうして毎回聞くのだろう?
…どうせ、嫌だとは言いはしないが…。
「……つっ…」
何回体験しても、なかなか異物が進入してくる感触というのには慣れない。
痛いし、圧迫感のせいで、若干気分が悪くなる。
暫らくすれば、その痛みと圧迫感は快楽に変わるけれど、やはり、まだ恐怖心は残る。
「…はぁ…」
一体何をやっているのだろう。
“あの人”と身体を重ねるなんて…。
だというのに…別に愛し合っている訳でもないのに…。
「……ってる…」
「…何だ?…」
「いえ…、別…に…」
解ってる。
初めて抱かれた時から知っている。
何故なら、“あの人”は呼ばなかったから。
自分の名前も…、他の人の名前も…。
嫌、呼ばなかったんじゃない。
呼べなかったんだ。
呼びたくても呼べなかった。
目を閉じて抱いている相手は愛しい人だけど、実際抱いている人物は違うから…。
酷いよな。こういうのは。
“あの人”は傷付けてないつもりだろうけど、これはペーパーナイフで、少しづつ切られているようなもの。
血はそんなに流れないのに、傷だけが無数に増えていく。
少し触れられただけで異様に痛い傷だけが、治りもしないで増えていく。
これならいっそのこと、日本刀で滅多切りにしてくれた方がいい。
一目で、“あの人”に傷付いている事が解るように。
一目で、“あの人”が自分の罪に気付いてくれるように。
―――自分の気持ちから沸く欲を知ってしまったから…。
終
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