「で…、相談とは?」
「ま、だいたいの事は解るから、詳しい事情を教えてくれな」
目の前にかしこまって座っている沖一也に向かって、本郷猛と一文字隼人はいつもと代わらぬ調子で言った。
「はい」
戸惑いの中に確固たる信念を煌めかせ、沖一也は口を開いた。
● ● ●
本郷邸。
仮面ライダーのリーダー・本郷猛が、亡き両親から譲り受けた洋館の事をそう呼んでいる。本郷から見れば“洋館”と呼ぶ程の物ではないらしいが、大の男十人が暮らして全く窮屈でない―――嫌、むしろ、広いとさえ感じるのだから、“洋館”と呼んでも差し障りないだろう。
そう、本郷達仮面ライダーは数ある悪組織と戦う為、その本郷邸に共に住んでいる。
始めは七人だったが、気が付けば十人にまでなっていた。
それは悪組織が増えた証拠であり、あまり喜べない事態なのだが、十人力を合わせ悪組織から平和を守る為に戦う事を誓いあった。
特別な環境下。特別な仲間意識。そういう状態が長く続けば、どうしても生まれてしまう感情がある。それは、過酷な環境により傷付けられる心を保護する役割もある為、誰も非難しようとはしなかったし、また、暖かな人間らしい感情でもある為、むしろ喜ばれた。
その、どうしても生まれてしまう感情とは―――『愛』。
『友情』ではなく、『愛』。
沖一也もその一人だった。
何度も共に死線をくぐり、助け合った仲間……そして、憧れの先輩でもある相手。
その彼=仮面ライダーV3・風見志郎を―――
「実は、思わず押し倒してしまったんです」
本郷猛の自室のソファーの上で、一也はそう告白した。
テーブルをはさんで向かいに座っている本郷と一文字は、ただ静かに話を聞いている。
一也は続けた。
「付き合い始めて半年になりますが、その、進展は何も無いんです。だから…。焦っていたのかもしれません………おかしいですね。何を焦るっていうんだか」
自嘲気味な笑みをこぼし、一也は二人の反応を窺った。
二人とも無表情でピクリとも動かない。
何かしら不安になって、一也は瞳に動揺の色を垣間見せた。
と、
「どうりで最近の志郎の様子がおかしかったわけだ」
いつもの悪戯っ子の笑みを見せて、一文字は陽気に口を開いた。まるで、問題は既に解決してしまったかのように。
それに賛同するような形で、本郷も微笑を浮かべ頷く。
「押し倒されたのがショックだったんだろう」
「やっぱりショックですか?!」
心配していた事が本郷の口から漏れ、一也は身を乗り出して二人に問う。
普段は冷静に物事を判断するというのに、一度頭に血が上ると、周りが一切見えなくなるところが一也にはある。
そんな一也の様子に、二人の先輩は顔を見合わせ微笑した。
「先輩?」
真意が解らず困惑する一也に、一文字が言った。穏やかな声色で。
「志郎が受けたショックっていうのはな、一也が押し倒して志郎に何をしようとしたかって事に対してじゃなくて、気を許していたといっても、後輩に簡単に押し倒された自分の身体能力の低さに対しての事だよ」
「アイツはプライドが高いからな。ここ最近やけに出かける回数が多いと思ったら、ひたすら特訓に励んでいた」
二人の言葉に、一也は半ば呆然となった。
「志郎先輩が…?」
本郷と一文字が辛うじて聞き取れる大きさで呟く。
てっきり嫌われたと思った。何も言わず、心の衝動のままに行動してしまった自分を。己の精神を制御できない未熟者…人の心を無視した非人道的な行動…。嫌われていても仕方ないと思っていた。だが―――。
本郷は力強い笑みを見せ、口を開いた。
「今の気持ちを正直に伝えてくればいい」
一也は知らず知らず下を向いていた顔を上げ、本郷の笑顔を凝視した。尊敬する風見志郎が敬愛する、伝説にまでなった仮面ライダー第1号・本郷猛。その、歳以上の貫禄を身につけた彼に後光がさしているような気がして、一也は目を細めた。
「正直な気持ちを…?」
一也の問いに答えたのは一文字だった。
春を連想させる、包み込むような暖かい笑顔で言う。
「ストレートに言った方が良いんだよ。その方が伝わる。あいつは意外と鈍感なんだ。なにせ、こいつの後輩だからな」
と、隣に座っている相棒を指差す。
本郷は心外だとばかりに不機嫌な表情を作った。
それを見て一文字が吹き出す。
更に眉間に皺をよせて、本郷は控えめに抗議の声を上げた。
「俺は鈍感では無いと思うが…」
「な?こう言ってもちゃんと理解しないんだぜ?遠まわしに言ったりなんかしたら、半永久的に気付いてもらえないぞ?」
笑いを必死にこらえながら、一文字は言った。
その説得力に思わず一也は頷きを返し、本郷の鋭い視線を感じた。
(…そうか、正直なのが一番なのか)
言ってみよう。自分の気持ちを。今のままの状況なんてとても耐えられないのだから…。正直に言って、それでも駄目ならそれは仕方のないことだ。
「止まっていちゃ何も始まらない。過去は過去のままだ。だけど、未来はいつもお前の前であらゆる可能性を開いている」
一文字の言葉に深く頷く。
そうだ。止まっていた所で何が変わるというのだろう。自分の信じる道を突き進む以外、変える術は他に無い。
それまでになかった闘志に似た希望の煌めきを瞳に輝かせ、沖一也は勢い良く立ち上がった。窓から刺す太陽の光をジッと見詰め、更に決心を固くする。
温かく見守っている先輩二人に視線を移し、一也はきっぱりと宣言した。
「今から志郎先輩の所へ行って来ます。どうなるか解らないけど、自分なりに正直にぶつかってみます」
「その意気だ」
と、本郷。
「頑張れよ」
と、一文字。
迷いのなくなったサッパリとした顔で、一也は踵を返し部屋を出て行った。
目指すは風見志郎がいる所=本郷邸中庭。
勢い良く中庭に通じる扉を開けると、一也は一直線に風見の元へ近寄った。
中庭はちょっとした広さがあり、簡単な運動くらいは出来るようになっている。そこで風見は神経を集中させ自身の身体を鍛えていた。
近付いて来る一也に気付き、風見は特訓を一旦中断した。怪訝な表情で一也を見る。風見が何かを言う前に、一也は口を開いた。
「志郎先輩。聞いて欲しい事があるんです」
真剣な表情の一也。いつもと明らかに違う雰囲気と、ここ数日との事を考えてだろう。風見も真剣な表情となり、一也に向き直った。
「何だ?」
息を静かに吸い込むと、一也は口を開いた。
● ● ●
中庭を見渡せる窓から覗き込み、一文字は眉根を寄せた。
その横で、本郷が満足げに頷いている。
「上手く行ったようだな。良かった」
心底嬉しそうに言う本郷に、一文字は怪訝な表情を向けた。
「…本当にそう思うのか?」
「?何かおかしいか?」
「嫌…」
屈託のない顔でそう言われても困る。一文字は嘆息した。再び中庭に視線を戻し、問題の二人の様子を窺う。
(アレはどう見ても―――)
「何やってんすか?あいつ等?」
不意に第三の声がした。振り返ってみてみると、隣の窓から城茂が中庭の二人を見ている。その表情は一文字とどっこいどっこいだった。
一文字は中庭の二人を指差すと、呆れた声で言った。
「見ての通りだろ…」
茂は暫らく二人を観察しているようだったが、結論がついたのだろう。顎を右手で支えて、首を捻った。唸るように呟く。
「…組み手?」
「ま、そうだろうな」
激しい衝撃音が響き、沖一也が派手に転がった。どうやら、風見の強烈な一撃を頬に受け吹っ飛んだらしい。可也の衝撃があったと思うが、一也はすぐに飛び起き風見に飛び掛っていく。一也の足が鋭く空を裂き、ヒュッっという音を奏でる。その音が一文字達に届く前に、その足は風見の脇腹を強かに打った。風見の口から唸り声が漏れた。
「…………」
延々と続く組み手―――嫌、彼等からしてみれば正直に気持ちをぶつけあっているだけなのだろう。それも『愛』のこもった気持ちを…。
(らしいと言えばらしいか…)
似た者同士と言う事か。
上機嫌で二人の愛の語らいを眺めている本郷を見上げ、一文字は軽く嘆息した。『あの先輩にしてこの後輩あり』は、本郷と風見だけの関係だけではなかったのだ。その最終形態とも言うべき『後輩』がもう一人いた事に、一文字(と城茂)は気付かない訳にはいかなかった。
また、痛々しい音が響く。一文字は思わず顔をしかめた。
しかし、当の本人達はいたって楽しそうだ。組み手をしながら、その二つの心は前より一層近付いているのだろう。絆は深まっていくのだろう。
「本人がそれで良いんならいっか」
愛の形は人それぞれ。
ああいう愛の形もあるのだろうと、一文字は納得した。
「でも、俺なら嫌だなぁ…」
終
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