七月七日。


 今日は七夕だった。七夕という存在自体は知っていたが、行事自体に参加した事は無かった。幼い頃はそんな余裕なんてなかったし、学生の頃は暇がなかった。【デストロン】に入ってからは、七夕という言葉自体聞かなくなった。
 そんな僕が、今日始めて七夕に参加できた。
 一文字さんがどこかから笹を貰ってきたのは、昼過ぎぐらいだった。
「今日は七夕だからな。これに飾りを付けて、皆で短冊をつるそう」
 子供のような表情で楽しそうにそう言っていた。一文字さんの提案に誰も異議を唱えなかった。それどころか、皆、心底楽しそうに飾り付けや短冊を作り出した。
 七夕初参加は僕だけではなかった。
 アマゾンと一緒に一文字さんや敬介から飾り作りを教えてもらいながら、僕は楽しい気持ちに浸っていた。
 ほんの少し前まで考える事も出来なかった幸せ。
 沢山の仲間と一緒に何かをする幸せ…。
 あの日、あの男のせいで【デストロン】を追われてしまった時には想像も出来なかった幸せがここにある…。
 これがどれほど嬉しい事か―――。
 幸せに浸っていると、ハサミで切ってはいけない所を切ってしまった。面目無い。
 ある程度飾りを作ってしまうと、今度は飾り付けだ。皆で笹を取り囲み、色取り取りの飾りを取り付けていく。緑に映える色紙が美しい…。
 飾り付けがすむと、今度は短冊に願い事を書く事になった。短冊に願い事を書いて笹に吊るすと、願い事が叶うらしい。非現実的だと思うが、それと同時に、なんて素敵な言い伝えだろうとも思う。
 と、ここでひとつ問題が発生した。
 短冊にどんな願い事を書けば良いのか解らない。
 願いは色々あるが、その殆んどは自分で叶えなければ意味が無い。到底自分ではどうしようもなく、それでいてどうしても叶えたい願い事と言うのが思いつかない。
 途方に暮れて、色々思案していると、後ろから風見に声をかけられた。
「何だ結城、書く事がないのか?」
 風見の手には短冊があった。光で透けて見え、既に書き終わっている事は解った。僕は短冊に書く為のお手本としての興味と、ほんの少しの好奇心から短冊に何を書いたのか風見に聞いてみた。あっさり教えてくれるだろうと思っていた僕の期待を、彼はあっさり打ち消した。
「駄目だ。秘密だ」
「皆一緒に笹に吊るすんだろう?だったら今見せてくれても良いんじゃないか?」
 短冊に何が書いてあるのか見たくて言ってみたが、効果は無かった。
「後のお楽しみだ」
 そう言うと、風見はどこかへ行ってしまった。仕方なく、僕は短冊と睨みあったまま長い時間をすごした。
 一文字さんと敬介が主になって、七夕の容易は順調に進んだ。願い事を書いた短冊を吊るした笹は、中庭に面した大窓付近に取り付けられた。
 空は晴れ、星々が煌めいていてとても綺麗だった。あの天気なら、織姫と彦星も会う事が出来ただろう。又、一年の間離れ離れになるのだから、今日という日を充分に味わってほしいと思う。
 皆で空の星々に見とれたり、冷やしたスイカに舌鼓を打ったりしながら、生まれて始めての七夕は過ぎていった。
 スイカを食べ終わった頃、茂が不敵な笑顔を漏らしつつ笹に近寄った。
 何をする気だろうと見ていると、彼は短冊を一つづつ読み上げ出した。
「皆が元気で病気などしませんように―――本郷猛」
 いきなりの事に、一文字さんと風見と敬介が講義の声を上げた。思った以上に風見が焦っている事に気付き、僕は不思議に思った。彼は一体何を書いたのだろう?
 その疑問の答えはあっさりと知る事が出来た。
 本郷さんの次に読み上げられたからだ。
 茂の声が夜の空に響いた。
「結城がいつまでも笑顔でいられるように―――風見志郎」
 シン…と、辺りが急に静かになった。嫌、それは僕の錯覚なのかもしれない。その願い事を聞いた時、僕は心底驚いた。そして……嬉しかった。
 風見にはとんでもない迷惑をかけた事がある。
 今ではその事をちゃんと理解している過ちだが、そのせいで彼には無駄な事をさせてしまった。そのせいで怪我まで負った。何度謝ったとしても、何度償ったとしても決して許される事は無いと思っている。それなのに―――!!
 風見、君はなんて素晴らしい男なのだろう。こんな僕を許してくれるばかりか、僕が笑顔でいられるようになんて…僕の為に短冊に書いてくれるなんて…。
 風見を感謝の気持ちを向けて見る。彼は照れたような、微妙な表情で僕から視線を遠ざけていた。
 ふと気付くと、僕が書いた短冊を茂が読み上げていた。
「風見の魂が平穏であってほしい―――結城丈二」
 風見ははっとして僕を見ると、そのまま何も言わず見続けた。その表情は真剣そのもので、その瞳は強い光を放っていた。僕は息を呑んだ。
「結城、お前…」
 風見はそれだけ言うと、踵を返し家の中へと入っていってしまった。どうしたら良いのか解らず呆然としていると、一文字さんに背中を押された。
「行ってこいよ」
「しかし…」
 言いよどむ僕の背中を、一文字さんは更に強く押した。
「行ってありがとうとでも言ってこい」
 “ありがとう”…。
 僕は風見の後を追って走り出した。
 僕の足は決して遅くは無い―――と思うが、風見の足の速さには到底かなわない。でも、場所は家の中。いくら風見の足が速かろうと、追いつくのに時間はかからなかった。
 風見は自分の部屋にいた。
「風見、入っていいか?」
 ドアをノックし問う。答えてもらえないかもと思ったが、暫らくの沈黙の後、彼は自らドアを開けてくれた。以前何回か入ったことのある部屋は、最後入った時のまま変わっていなかった。壁の一つに彼の家族の写真が飾ってあった。
「何か用か?」
 ぶっきらぼうな言い方だった。怒っているのかもしれない。僕があんな願い事を書いたりしたから…。だけど、聞いてほしい。僕の今の気持ちを…。
「ありがとう」
 風見の動きが止まった。何故だろう?
 少しの照れと恐怖で、まくし立てるように僕は説明した。
「あ…あの、風見が怒るのも無理ないと思う。…僕が君の魂の平穏を願うなんておこがましい……でも、僕は君が―――君の心が穏やかでいられたらと。でも、僕の手では叶えられないだろうから…」
 自分でも何を言っているのか解らない状態だった。気持ち悪い汗が噴出していた。身振り手振りで説明する僕を、風見は無表情で見ていた。しかし、
「どうして叶えられないんだ?」
 静かな声で風見は言った。一瞬何の事を言っているのか解らず、僕は彼を見返した。風見は同じ事をもう一度繰り返した。混乱する頭で考え、僕はようやく答えを紡ぎだした。
「それは、君の平穏なんてどうしたら手に入るのか解らないし…、それに…僕は…【デストロン】で……」
「今は違う」
「そうだけど、…僕が組織に提供した技術は多かった!その中には君のご家族を―――」
 目の端に映る風見の家族の写真。あの人達を殺した技術を開発したのは僕だ!
 どうしようもない罪悪感に心が覆われ、僕の表情は苦悶に歪んだ。
 立っていることさえ辛い。
 その時、僕の肩に暖かいモノが触れた。反射的に顔を上げると、真剣な表情の風見が目の前に立っていた。彼の両手が僕の肩を掴んでいた。
 風見は僕を怒鳴った。
「何を言っているんだお前は?!」
 何を言っていると言われても…。僕はどうしたら良いのか解らず呆然としていた。そんな僕に構わず風見は続けて怒鳴った。
「お前は俺の願い事を聞いてなかったのか?!」
 風見の願い事……『結城がいつまでも笑顔でいられるように―――風見志郎』。
 風見は怒鳴った。その表情が歪む。
「お前が笑ってりゃそれで良いんだよ!!」
 僕が笑っていたら、君は平穏でいられるのか…?君の平穏は僕の笑顔で得られるというのか…?僕が君に安らかな時を与えられるというのか…?
 風見は僕を抱きしめた。その腕から風見の心が流れてくるような気がした。
 胸が痛い―――それ以上に温かい。
 僕の頬を熱い涙が流れた。
 僕も風見の背中に腕を回し彼を抱きしめた。その、手の中のぬくもりが消えてしまわないよう、強く強く抱きしめた。
 暫らくして、どちらともなく僕達は離れた。奇妙な照れくささにお互いの頬が赤い。風見はぶっきらぼうに踵を返すと、腰に手を当てたまま動かなくなった。
 風見の背中を見つめる僕に、彼がポツリと言った。
「ありがとう…」
 こんな幸せを僕が手に入れても良いんだろうか?一生かかっても償いきれない罪を背負っている僕が、目眩を起こしそうになるほどの幸せを手に入れても…。でも、僕が笑う事で風見の心が―――魂が平穏でいられるのなら、僕はいつまでも笑っていようと思う。それも僕の償い方の一つだから…。
 生まれて始めての七夕は、僕にとってとても重要な日となった。

 

 

 終


 たまにはこんな感じも良いのでは?……っという事で、結城丈二にスポットがあたりました。更に季節モノ・七夕なんですが、思いついたのが7月7日の午後11時半前と言う事で、当日にUPはできませんでした。流石に思いついた時間帯が遅すぎた。
 今回は珍しくシリアスです。しかも風見志郎は結城を恋愛対象として見ていますが、結城丈二の方は違います。あくまで、“とっても迷惑をかけた仲間”としか見ておりません。結城さんたら鈍感なんだから☆(痛)

 

 

 

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