―――使命。
 それは、時として命をかけても達成しなければいけない、産まれてきた理由…目的。
 自分の使命がなんであるか知る事は人として重要だ。早々に知り、その使命の為に全力を注ぐ。それにより達成率が上がり、満足な生と死が得られる。人が人として生きる為には必要不可欠。
 それだけを反芻し、彼女は微笑をもらす。
 腰掛けている椅子がきしみ、その音が耳を通り過ぎる。
 左手には通信機。右手には盗聴機。
 それを視界に入れ、手に加わっている重みと手触りに満足する。
 机の上にはそれ以外にもあらゆる機器が丁寧に置いてあり、どれも完全に調整されている。いかなる状況でもこちらの思い通り働いてくれるだろう。
 ―――そうでなくては困る。
 自分の使命を果たす為には、この数々の道具がどうしても必要だからだ。
 目を閉じ、心の中で自分の使命を反芻する。
 例え命を投げ出したとしても達成しなければいけない使命を…。
 瞼をゆっくりと押し上げ、狭い視界からもう一度机の上の機器を瞳に映す。
 それに重なるようにして、“ふたつ”の使命が見えた―――。

 

      ●      ●      ●

 

「ここから先へ通す訳にはいかない」
 深い喜びを感じながら、【GOD】秘密警察第一室長・アポロガイストは威嚇するように敵=仮面ライダーX・神敬介を見やった。
 開通する直前の道路故、彼等以外人っ子一人いない。照りつける太陽の光をアスファルトが反射し、何とも言えない熱気が辺りを覆っている。
 そんな中でも、アポロガイストはいつもと同じ白いスーツを着用していた。暑さを感じていない訳ではないが、白いスーツは彼の誇りの象徴であり、彼のトレードマークでもある為、いかなる時も身に着けていなければならない。
 アポロガイストは愛車から降りると、その前に立ち、敬介の様子を窺った。
 敬介は、当たり前だが、こちらを睨みつけている。
「そこをどけ!今貴様に用は無い!」
 強い口調でそう告げると、彼は愛車のハンドルを握る手に力を込めたようだ。
 少し長めの髪が、風に吹かれ敬介の顔を微妙に隠す。
 Tシャツの上に紺色の上着。そして白いズボンを履いている敬介は、少なくともアポロガイストより夏らしい服装をしている。半袖だし。
 太陽に照らされて光っているようにも見える敬介の二の腕を見、アポロガイストは両手を挙げて喜んだ―――心の中だけで。
(夏は良いもんだな…)
 相手に気付かれないよう気を使いながら二の腕を凝視する。鍛えられた敬介の腕は、美しい曲線を描いていた。思わずため息が漏れそうになり、慌てて自制する。
 心の中とは裏腹に、アポロガイストは太い幅のある声で敬介を牽制する。
「そちらにはなくても私にはある」
「………」
 こちらを睨みつける瞳に一層力を込め、敬介は押し黙った。
 多分、色々と対策を考えているのだろう。
(だが、何をしようと無駄だ)
 心の中で微笑を漏らす。とにかく今は楽しい。それを表に出さないよう気を付ける事が難しいほど楽しい。
 何故なら、
(久し振りだからな…神敬介に会うのは)
 組織には勿論、忠誠を誓っている【GOD】総司令にまで隠している事だが、実は、アポロガイストは神敬介に惚れている。心底惚れている。
 だが、数日前まで【GOD】は『心機一転!身の回りを整理し、気持ち良く仕事をしましょう!!』フェアでごった返しており、敬介と対峙する所か、【GOD】基地から出る事さえなかった。
 やっと『心機一転!身の回りを整理し、気持ち良く仕事をしましょう!!』フェアが終わり、総司令の命により『ファイヤーボルト』作戦を実行に移す事で、久方振りに―――念願の神敬介と会う事が出来た。これが楽しくない訳ないだろう。
 だが、プライドの高いアポロガイストがそれを表に出す事は無い。
 故、いつまでたっても敬介に気持ちが伝わらないのだが、アポロガイストは今の所その事に気付いていない。考えないようにしているのかもしれないが…。
 アポロガイストは余裕の笑顔で一歩前に踏み出した。
「神敬介、ゲームをしないか?」
「何を言っている…?!」
 突然の提案に、敬介は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐ警戒するように眉根を寄せた。
 探るようにこちらの様子を窺う。
 それを受け流し、アポロガイストは軽く肩をすくめた。
「何、簡単なゲームだ。私が勝ったらここから引け。お前が勝ったら―――…そうだな、作戦の目的を教えてやろう」
 敬介の目の色が変わる。
「本気か…?」
「ああ。それに目的を知ったくらいで計画を邪魔できるとは限らない」
「それはどうかな」
 アポロガイストは僅かに唇の端を上げた。
「っという事はするんだな?」
「受けて立とう」
 敬介も愛車から下り、その前に立った。
 用心してるのだろう。こちらに近付こうとしない。
 その事に心の中で舌打ちしながら、アポロガイストはポケットに手を突っ込んだ。その中にある少しひんやりとした物を取り出すと、敬介に掲げて見せた。
 太陽の光を受け、キラリと外国製コインがアポロガイストの手の上で輝いた。
「今からこのコインを投げる。それを取れなかた方が…」
「負けか?」
「違う。取れなかった方が鬼だ」
「鬼?」
「そうだ。そして取った方からコインを奪う。制限時間は二十分。それまでにコインを奪えれば取れなかった方が勝ち、それまでにコインを奪われなかったら、取った方が勝つ」
「…なるほど。面白そうだな」
「ふ。では始めよう」
 ピン…と言う音を響かせ、アポロガイストは天高くコインを投げた。黒い小さな影となったコインが光り輝く太陽と重なり、その姿が一瞬消え―――再び太陽から離れ、クルクルと回転しながら落ちて来、それ目掛けて、二人の男がぶつかった…!
 事は一瞬。
 先程とはお互い逆の場所に、アポロガイストと敬介は立っていた。
 そしてキラキラと輝くコインは―――アポロガイストの手に握られていた。
 振り返ると、敬介はそのまま全力でアポロガイストに走りよった。アポロガイストがコインを握っている右手目掛けて腕を伸ばす…が、それをあっさりかわし、アポロガイストは敬介の足を引っ掛けた。バランスを崩しよろける敬介。アポロガイストの胸元に彼の顔が近付く…、
(こ…これは…)
 敬介の髪から漂ってきた香りに、アポロガイストは動揺した。一瞬動きが止まる。
(思わぬ収穫だ…!)
 敬介の髪から漂ってきた香りは、別に特別素晴らしい香りと言う訳ではなかった。そこらに売ってあるシャンプーか何かの香りだろう。だが、昔の偉人はこう言ったという。「好きな人の体臭は何にも勝る媚薬だ」と…。
 うっとりとしながら、アポロガイストは思わず目一杯香りを吸い込んだ。
 と、
「はっ!」
 掛け声と共に、体勢を立て直した敬介が更なる攻撃を仕掛けてきた。
 現実に引き戻されたアポロガイストは気を取り直し、何とかその攻撃を回避する事に成功した。少し息を荒げながら―――それでも敬介に気付かれないよう、アポロガイストは数歩後ろに下がった。
 素早く息を整えようと試みるが、一呼吸も空けず敬介は又突っ込んで来た。
「…くっ!」
 思わずアポロガイストは敬介の脇腹に手刀を叩き込んだ。
 敬介の口から、無理矢理息が吐き出される。
 力加減が出来ず思いっきり殴ってしまった為、敬介は一瞬呼吸が出来なくなったようだ。アポロガイストの胸に倒れこみそうになり―――、
(………!!)
 敬介の香りが鼻腔をくすぐり、喜びのあまり言葉に出来ない歓喜の叫びが、アポロガイストの心の中で何度も繰り返された。
 そして、敬介の肩に触れようとアポロガイストが手を伸ばした時、
 ビヒュンッ!
「………」
 空気を切る音が耳元で響いた。
 その鋭さに、伸びかけた手が止まる。
 辺りを見回してみるが、特に異変が起きた様子は無い。
(…なんだ?)
 気のせいかとも思ったが、はっきりと聞こえたあの音が空耳な筈も無いだろう。
 と、
「なに余所見をしているっ!」
 立ち直った敬介の拳がアポロガイストの顎を狙って迫ってきた。
 それをギリギリでかわし、宙に浮いたままだった左手でその手首を掴む。そのままコインを握っている右手で腹部を殴ろうとし、
「…っ!」
 かわされた。
 だが、息つく暇もなく足払いをし、アスファルトの上に敬介を押し付けた。
 そのまま馬乗りで顔を近付ける。
 敬介の吐き出す息を肌で感じ、アポロガイストは先程の事を一瞬忘れた。
 思わずそのまま敬介に顔を近付けようとし、
 キュイ…ン!
 聞き間違えようも無い音が耳をつんざいた。
「……………」
 今度は敬介にも聞えたようで、二人して暫し固まった。
 緊張した面持ちで敬介が口を開く。
「…今の音は?銃弾がアスファルトに当たったような音だったが…」
 用心しながら、アポロガイストも口を開く。
「銃弾がアスファルトに当たった音だろう…」
 又、暫しの沈黙。
 その沈黙を破ったのは、又もや敬介だった。
「…狙撃兵でも傍に控えさせているのか?」
 微かに頭を振り、アポロガイストは否定した。
「嫌、諜報員達は全て基地にいる筈だ…」
 又、沈黙。
(一体誰だ…?)
 【GOD】の者で無い事はハッキリしているし、他の仮面ライダーの仕業でも無いだろう。姿を見せずに攻撃を仕掛ける選択など、彼等の頭の中には無い筈だ。
(…では、誰だ?…)
 解らない。
 だいたい何が目的なのか、アポロガイストと敬介―――どっちを狙っているのかさえ解らない。
 目だけで辺りを見回すがそれらしい人影も無い。
「ひとまずゲームは中止だ…」
 ゆっくりと上体を起こし、アポロガイストは辺りを見回した。やはり、怪しげな人影も気配も無い。
 敬介も用心しながら上体を起こし、素早く目を走らせている。
「……………」
 何事も無く数分過ぎ……十数分過ぎ……数十分過ぎ……、
「……?……」
 アポロガイストと敬介は首をかしげた。
 銃弾が再び発射されることも無く、辺りはいたって静かだ。風の音が心地良く耳に届く。
「…………」
 勢いと気をそがれ、呆然と虚空を見上げる。青い空には入道雲が浮かんでいた。
 この妙な雰囲気の中でどうしようかと少し悩む。敬介も、アポロガイストと同じ、空間に穴が開いたような戸惑いを感じているらしい。
「え〜…、アポロガイスト」
 呼びかけられ、アポロガイストは敬介に顔を向けた。彼は、一度も見た事の無い表情をしていた。
(…こんな表情もするのか…。……今日は運が良いな…)
「一体何が起こっているのか良く解らないが、このまま座っている訳にもいかないだろう。とりあえず、ここは引き分けにしておこうと思うが……どうだ?」
 アポロガイストは無言で頷いた。
「そうだな。それが一番良いだろう」
 勢い良く立ち上がる気にもなれず、二人はゆっくりを腰を上げた。
 服についた砂埃を払う敬介を見つめ、ふと思う。
(このまま帰すのも癪だな)
「神敬介」
 呼びかけると、敬介はこちらに顔を向け、表情だけで「何か用か?」と聞いてきた。
 一歩近寄り、左手を差し出す。
 敬介の表情が怪訝に歪んだ。
「手を出せ。渡したい物がある」
「……何だ?」
 警戒心一杯の目で睨んでくるが、無表情で再度手を出すよう促す。暫らく迷った末、敬介は用心するように右手を差し出した。
 その手を掴み、自分の方へ少し引っ張る。掌を上に向け、その上に自分の右手を重ねた。
「…?」
 僅かに無機質な重みが加わり、敬介はピクリと指を動かした。そのまま右手で敬介の手を閉じさせていく―――敬介の手の中に、“渡したい物”が隠れた。
 手を離すと、敬介はゆっくりと右手を眼前へと持っていった。
 彼は既に、手の中の物が何であるか解っている筈だ。それでも開く。確認するように。
「…どういう意味だ?」
 手の中のコインに目を向けたまま、敬介は問う。
 アポロガイストはそこで初めて微笑を見せた。彼がいつもする、どこか皮肉な微笑を…。
「今回は引き分けだ。だが、引き分けは許されない。今日の決着は必ずつける。その証としてそれを持っておけ。今度会う時まで肌身離さずだ」
 コインから視線を移し、敬介は不敵な微笑をアポロガイストに見せた。
「こんな物渡されなくても忘れないが……ま、いいだろう」
 敬介はピンっと音をたててコインを弾き、それを空中でキャッチ。もう一度コインを眺めるてから、ズボンのポケットに押し込んだ。
 それを眺め、アポロガイストは心の中だけで笑った。
(…ふ…)
「今度会う時が決着の時だ」
 そう言い、又、一歩踏み出そうとした時、
 ギュウゥン…!
 アポロガイストと敬介の間を銃弾が通り抜けた。
 銃弾が作った、気持ち悪い風が二人の頬を撫でる。
(…心持ち、先より経口が大きくなったような…)
 とりあえず、
「…………」
 二人は再び固まった。

 

      ●      ●      ●

 

 自分にあてがわれた部屋の机。
 その半分を、今朝、手入れしたばかりの機器が占拠している。今日の報告書を書いてから、又、充分働いてもらえるよう手入れをするつもりだ。
 薄暗い部屋で光を放っているモノはふたつ。
 ひとつは机の上の蛍光灯。ふたつめは―――強い意志が煌めく彼女の瞳。
 報告書であるノート(どこにでも売っている大学ノート)を開き、一番上に今日の日付を入れ、下に詳細を書き綴る。
 紙の上で愛用の万年筆が踊る。
『―――…と、妹の協力で『ファイヤーボルト』作戦を阻止する事に成功。これからも二人で力を合わせ、【GOD】機関壊滅に力を注ぐ所存。』
 一行明け、それまで以上の熱意で続きを書く。
『もうひとつの使命(色魔から神敬介の身を守る事)は今回も無事成功。そろそろ調子付いてきた色魔を闇に葬りたいが、現段階では不可能。無念。―――』
 机の上に万年筆を転がし、ノートを閉じる。
 うっすらと微笑をこぼす、【GOD】工作員にして国際秘密警察の潜入捜査官―――そして、神敬介の元婚約者=水木涼子。
 その、美しくも恐ろしい笑みを見る者はいない。
 凛とした良く響く声で、涼子は歌でも歌うかのように口を開いた。

「例え誰であろうと、敬介さんに近付こうとするなら容赦しないわ…」

 

 

 

 


 アポ様→敬介でした〜。アポロガイスト完全に一方通行です。神敬介がアポロガイストを敵としか見てないからなんですが、多分、永遠に気付かれないままでしょう。このままでは。しかし、別な人にはちゃっかりばれてたり……(黙)。にしても涼子さん?!どうしたんですか?恐いですよ?!下手したら呪いかけられそうです…。一番幸せにしたいキャラなんだけど、おかしいなぁ。
 アポロガイストの恋路は永く(笑)厳しいなぁ…。

 

 

 

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