会いたいと思っている時には見つからず、他の事で用事をしている時にはあっさり見つかる―――と言うか見つけられる―――人間と言うのは、知り合いに一人くらいはいるのかもしれない。少なくとも、シンデレラにはそんな知り合いが一人いた。
「やぁ、久し振り」
朗らかな笑顔で声をかけてきたのは、シャルルと名乗る若い男だった。
(私とそう違わないと思うけど…)
歳を聞いた事はないのではっきりとは言い切れないが、まぁ、せいぜい二・三歳上なだけだろう。真っ直ぐな茶色い髪に、意志の強そうな太い眉。その下で、澄んだ青い瞳が煌めいている。肌の色は特にどうという事はない。元は白かったのかもしれないが、適度に日焼けしている。それが彼を―――少し細目の彼をたくましく見せているのは確かだった。
近付いて来たシャルルを見上げながら、シンデレラは首を傾げて見せた。
「あなたに会う時は、いつも平日の昼間なのよね。仕事はしてないの?」
上流階級の子息なら、そう働かなくても支障はないだろうが、彼はとてもそう言う風には見えない。着ている物から推測するに、今彼女達が立っている街の大通りで商品を売ったり買い物をしたりしている平民達と同階級だろう。貴族としては下の方に位置する家に生まれたシンデレラでさえ、毎朝早くから遅くまで家の仕事に追われている(彼女の場合他と違う理由で…だが)というのに…。
シャルルは困った微笑を浮かべつつ、手に持っている林檎を袖で拭き始めた。
「う〜ん、仕事は一応しているよ。今は休憩時間なんだ」
「こんな中途半端な時間に?」
思わず空に浮かぶ太陽の位置を確認しつつ、シンデレラは疑問の声を上げた。
シンデレラと同じように、シャルルも太陽の位置を確認するため空を見上げる。
太陽は、まだ真上に到着していなかった。
「……え〜と…、ウチはちょっと変わってて―――その代わり、休日はデタラメなんだ!そうそう…だから急にぽっかり休みが取れちゃったり……ね…」
何やら歯切れが悪い。シンデレラは斜め下から彼を見上げ、訝しげに眉を上げて見せた。
「……別に良いけどね、“うそつきシャルル”…」
「あ…あはははは…」
乾いた笑い声を上げながら、シャルルは拭き終わった林檎を口まで持っていった。それを音を立てながら齧りながら、ふと、ある一点に視線を止める。
「あれ?……薔薇?」
「ええそうよ。綺麗でしょ♪」
彼女がいつも買い物に行く時使う網カゴの中に、真っ赤なバラが半分ほど埋まっている。その隣には薔薇と同数の封筒と便箋が綺麗に収まっていた。封筒も便箋も淡いピンク色で、端の方に抽象的な浮き彫りが施されてある。
シャルルはそれを眺めつつ、考え込むように眉間に皺を寄せた。
「…もしかして、それ、君のお姉さん達が使うのかい…?」
「ええ。シャルル王子様にお手紙を書くんですって」
微笑を浮かべつつ、シンデレラは今朝の出来事を思い出した。
シンデレラには二人の姉がいる。と言っても、父の再婚相手の連れ子故、彼女とは似ても似つかない容姿と性格を持っている。シンデレラは全体的に色素が薄い。髪も見事なブロンドだし、肌は雪のように白い。瞳だけは綺麗な黒色で、まるで黒曜石のようだと、時々人から称されるほどだ。二人の姉の髪はこげ茶で、肌の色は特に記する特徴があるわけでもない。目尻は二人とも釣りあがっており、それが彼女達の容貌をきつい感じに見せていた。
その姉の一人、カトリーヌ(妹)がシンデレラにこう言った。
「ねぇ、シンデレラ。今日も街まで買い物に行くんでしょ?だったら真っ赤な薔薇とレターセットを買ってきてくれない?」
それを何に使うのかなど聞かなくてもシンデレラには解った。これが初めての事ではないからだ。もう、何度目になるのか覚えていないが―――。
シンデレラが「解りました」と返事を返す前に、別の声が割り込んできた。もう一人の姉・ジャンヌ(姉)である。
「あら?それならついでに私も頼もうかしら、シンデレラ?」
不敵な笑みを浮かべつつ、腰に両手を当てて現れた姉に向かってカトリーヌが不機嫌な顔を向けた。それを見たジャンヌが小さく吹き出す。
「何、その顔?とてもレディーがする顔じゃなくってよ、カトリーヌ」
カトリーヌはますます不機嫌に―――両頬を膨らませて顔を赤くした。
「何よお姉さま!私の真似しないでくださる!!」
憤慨して叫ぶカトリーヌに、ジャンヌは小馬鹿にしたように鼻で笑って見せた。
「何言ってるよの。もともと薔薇を添えて恋文を出す案を考えたのは私よ?あなたはそのマネをしただけじゃない。よくもまぁ、そんな大口が叩けるものね」
「そんなの関係無いわよ!シャルル王子様には私のほうが相応しいんだから!」
と、シンデレラの方へ物凄い形相で振り向き、
「いい事?レターセットと薔薇は買えるだけ買って来なさい!お姉さまなんかに負けないんだからね!」
それに合わせ、ジャンヌもこめかみに血管など浮かべながら、
「あら、シンデレラ。勿論、私にも薔薇とレターセットを買って来るわよね?カトリーヌより沢山」
と、言い含めるように告げてくる。
「何度も言うようですけど真似しないで下さる、ジャンヌお姉さま?!」
「あら?私のシャルル王子様への想いの方があなたの想いより強いだけの話よ?あなたはそんなに書くことなんておありでないでしょう?」
「そんな事ないわよ!私の想いの強さの方が、お姉さまなんかよりずっと強いんだから!」
「ふん、振ったら鈴の音がしそうな頭なのに、よくそんな事が言えるわねぇ〜」
「お姉さまったらヒドイ!!」
二人の姉はその後暫らくその場で罵り合っていた。
(本当、お姉さま達ってパワーがあるわよねぇ…)
少しうらやましい気もしながら今朝の出来事を思い出し終わったシンデレラは、少しため息をついてからシャルルを見上げた。そして思わず小首をかしげる。
「…シャルル…?」
彼は相変わらずシンデレラの横に立っていた。林檎も手に持ったままで、別に知らない間に林檎の数が増えているとか、彼自身が消えてしまったとかいう訳ではない。ただ、何故か、彼は顎に空いている方の手を当てて複雑な表情をしていた。
「どうかしたの?」
シンデレラが問うと、シャルルは我に返ったようだった。先程までの微妙な表情は吹き飛び、いつもの笑顔でシンデレラを見下ろす。
「嫌、なんでもないよ―――君は手紙は書かないのかい?」
何やら取ってつけたような質問だったが特に追及するつもりはない。シンデレラはクスクス…と声に出して笑いながら、カゴの中の薔薇を一本手にした。その香りを楽しみながら答える。
「私は書かないわ。書いてる暇はないし、王子様だって読まれる暇なんてないんじゃないかと思うし、それに―――」
「…それに?」
シンデレラは薔薇から顔を上げると、シャルルに向かってにっこりと笑った。
「それに、私、お姉さま達が騒ぐほど、シャルル王子様のこと好きじゃないんじゃないかと思うの」
シャルルは驚いたような表情でシンデレラを見返した。
「へぇ…」
「シャルル王子様の事は好きよ。でも、お姉さま達みたいに結婚したいとかは思わないの。誰がその横で笑っていても、王子様が幸せならそれでいいと思うの―――これっておかしいかしら?」
少し心配になって―――何に対して心配になったのかは自分でもよく解らないが―――シンデレラはシャルルに聞いてみた。あっさり肯定されるかとも…と思ったが、シャルルは首を横にふり否定してきた。
「嫌、そうは思わないよ。むしろ共感できるね」
シンデレラは思わず吹き出した。
「男のあなたに共感されてもねぇ」
シャルルは暫し考えてから、バツが悪いのか、後頭部をかきながら苦笑した。
「……それもそうか」
二人は暫らくそのまま笑いあった。
青い空に煌めく太陽が、間もなく二人の丁度真上に到達しようとしていた。
終
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