オーケストラの優雅な音色が響く中、美しく着飾った紳士淑女達はクリスマス・パーティーを楽しんでいた。パーティー会場となったエメラルド城の大広間の真ん中には、それは見事なモミの木がクリスマス色に飾られ立っており、人々の目をひときわ惹き付けていた。勿論、モミの木以外にもパーティーを盛り上げるクリスマスの飾りつけは、いたる所に施されている。
そんな光景を見ながら、このパーティーの主催者の息子であるシャルル王子は愁いを帯びた微笑を漏らした。
「何ですか王子?お疲れになりましたか?」
それを目ざとく指摘するのは、王子の幼なじみにして腹心の部下でもあるアレックス。仕方ないなぁ―――と、言わんばかりに困った表情で彼がかぶりを振ると、色素の薄い髪がそれにあわせ軽く揺れた。
その様子に苦笑を漏らしながらシャルル王子は否定した。
「違うよ。ただ寒いなと思っただけさ」
「嘘ばっかり。王子がパーティー好きじゃない事は有名なんですよ?」
「それは―――まぁ、そうだけど…」
そう言いながら、シャルル王子は大広間に飾られているモミの木を見上げた。
(シンデレラの家でも、今日パーティーをすると言ってたっけ…)
ふと、この間あった友人の事を思い浮かべる。
街から少し離れた、森の近くに住んでいる貴族の娘。確か、父親は仕事で遠い所に行っていると聞いた。忙しいのか父からの便りは殆んど無く、いつ帰ってこれるかも解らないらしい。その為、今現在は女ばかり、母・二人の姉と共に四人で住んでいる。
(後、下男が一人いたよな。それでも、飼っている動物の方が数的には多い…)
シンデレラ―――全体的に色素の薄い、どこか儚げな…それでいて力強さを感じる暖かな娘。煌めく宝石のような大きな瞳はクルクル感情を映し出し、いつまで見ていても飽きない。どうやら母と二人の姉からあまり良い仕打ちをされてないらしいが、飼っている動物―――犬・二匹のねずみ・小鳥達とは仲が良いようだ。
この間あった時も彼等を連れて歩いていた。
『今度ウチで、近所の方をお招きしてクリスマス・パーティーをするの。それで今大忙しで、今日はクリスマスツリーに飾る飾と、新しい食器を買いに来たのよ』
嬉しそうにそう言っていた彼女だが、良く見ると目の下にクマができていた。
(…クリスマス…か…)
今までの事を考えるに、きっとパーティーの準備はほとんど彼女一人でやっているのだろう。パーティーを何度か経験した事はあるが、準備をした事などシャルル王子には一度もない。それでも、それが大変な事は漠然とだが知っている。
「あ、王子見てくださいよ!」
ふと、後方からアレックスの声が聞え、シャルル王子は反射的に振り返った。アレックスは窓から外を熱心に覗いている。
「何か見えるのか?」
大して興味もなかったが、シャルル王子はアレックスの傍により同じように窓の外を覗いた。
そして、
「寒い寒いと思っていたら―――」
浮かれているアレックスの声を聞きながら、シャルル王子は思わず感嘆の声を漏らした。
「雪が降り出しましたよ、王子」
濃い紺色の夜空から、真っ白な雪がふわりふわりと舞い降りていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「わぁ〜♪見て、ワンダ、チュチュ、ピンゴ、パピー!雪よ、雪が降ってるわ♪」
クリスマス・パーティーが終わり、その片付けもようやく終った深夜。ヘトヘトになりながら自室である屋根裏部屋に戻って来たシンデレラは、窓から見えた光景に歓喜の声を漏らした。
シンデレラと同様ヘトヘトになって上がってきた彼女の友人達は、その声につられるかのように窓へと走りよった。犬のワンダが前足を窓枠にかけ、そのワンダの頭の上に、ネズミのチュチュ・ピンゴが登り、その更に上を小鳥のパピーが飛ぶ。
「わっ!本当だ!」
「すっげぇ〜!」
「綺麗ねぇ〜」
「積もるかしら」
口々に歓喜の声を上げる友人達と一緒に、シンデレラもうっとりと空を見上げた。それから窓を開け、寒さに思わず身震いしながら舞い降りてくる雪のひとつを掌にのせた。
「冷た〜い。…でも、このままの調子で降ったら、明日の朝にはたくさん積もってるわね」
「それ本当?やったね!明日は思いっきり遊べるぞ〜!」
「もう、ワンダったら!遊ぶ事しか考えてないの?!」
「そんな事ないよパピー…」
ワンダとパピーのやりとりにシンデレラは微笑を漏らした。と、一瞬、冷たい風が彼女の身を抱きすくめる。思わず身震いしたシンデレラは、そろそろ寝ましょうか―――と、窓を閉めようと手を伸ばした。
が、しかし―――
「あ…ねぇ、シンデレラ!あれ何かしら?!」
シンデレラが窓を閉める直前、チュチュが庭の隅を指差しながら叫んだ。
「え?一体どうしたの―――」
チュチュの慌てた様子に面食らいつつ、シンデレラは彼女が指した方を見て―――そのまま口をつぐんでしまった。チュチュが指差した方向で、何か……人影がゴソゴソ動いていた。
「泥棒?!」
とっさに息を呑み、シンデレラは硬直した。恐怖に身体が震え出す。だがそんな間にも、その人影はゆっくりとこちらへ―――シンデレラの屋敷の方へ近付いて来た。
「…シンデレラ!」
シンデレラの耳元でパピーが鋭く叫んだ。我に返り友人達を振り向くと、皆、彼女に下がるようジェスチャーをしていた。パピーがシンデレラの耳元で囁く。
「シンデレラ、隠れて、入ってきた所を一斉に攻撃しましょう」
「…でも、そんな事したら痛いと思うわ…」
「泥棒がね!」
泥棒にまで向けられるシンデレラの優しさに少し苦笑しながら、パピーははっきりと言い切った。
「さ!シンデレラこっちへ!」
ワンダに引っ張られ部屋の奥へと移動するシンデレラ。彼女が最後に窓の外を見た時には、人影は屋敷の脇に立っている一本の木によじ登っているところだった。どうやら人影は、真っ直ぐこの屋根裏部屋を目指しているらしい。
「皆、準備は良いわね!」
と、電灯の上に待機しているチュチュが呼びかけると、同じく電灯の上に待機しているピンゴ、それから窓際でとまっているパピー、部屋の隅で小さくなっているシンデレラの前に鎮座しているワンダが、大きく頷いた。
(…どうしよう…)
一体どちらの―――気の良い友人達か、それともこんな時間にやって来た不審人物か―――心配をしているのか自分でも解らないが、とにかくシンデレラは一人も大怪我をしない事を願った。
(どうかこの部屋に入らず引き返して…!)
だが、シンデレラの願いも虚しく、不審人物は木をつたって屋敷に飛び移ったらしい。小さいが、確かにそれらしい音が部屋の中で息を殺しているシンデレラの耳にもしっかりと届いた。更に、ゆっくりとだが確実に、こちらに近付いて来る擦るような足音…。
心臓の音が耳の奥でうるさいほど聞える。シンデレラはきつく両手を握り締めた。
そして―――
「よいしょっと…」
そんな、どこか間の抜けたような声と一緒に、窓枠に手がかけられた。一気に鼓動が速さを増す。窓枠にかけられた手に力が込められ、少しづつ、人影が大きくなっていく。
「…………」
人影は、一瞬首をかしげたようだったが、そのまま静かに窓を越え部屋の中に侵入し、辺りを見回しながら部屋の中央へ―――
「今よ!!」
チュチュの掛け声と共に、一斉に犬一匹・ネズミ二匹・小鳥一羽が人影へと飛び掛った。
「うわぁ?!」
人影は悲鳴を上げたが、それに構わずワンダは足に噛み付き、チュチュとピンゴは髪の毛を引っ張ったり頭を叩いたりし、パピーは所構わず突きまわった。シンデレラはオロオロと見守るばかりだ。
「ちょ……ちょっと待てよ!僕だよ!」
人影は、自分に襲い掛かっている者達を振り払いながら叫んだ。その叫び声に、シンデレラの表情が固まる。
その声には聞き覚えがあった。
「……もしかして―――シャルル?」
「…え?…」
シンデレラが口にした名前に、ワンダ達も思わず攻撃の手を止めた。暗くてよく見えないが、確かに声に、匂いに嗅き覚えが―――
シンデレラは慌てて手近にあった蝋燭に火をつけた。薄っすらと照らされた部屋の中央で、髪も服も乱れ、あちこちに小さな傷をつくって、いつもはしてない肩からかけるタイプの鞄をかけて立っていたのは、紛れもなく、彼女の友人“うそつきシャルル”だった。
シャルルは呆然としているシンデレラに苦笑して見せた。
「そうだよ、…とんだ歓迎だな」
やっと自分から離れてくれたワンダ達にも笑顔を向けるシャルル。
「って、こんな時間にどうしたの?!何かあったの?!」
我に返ったシンデレラは思わずシャルルに詰め寄った。“うそつきシャルル”などと不名誉なあだ名は付けられているが、シャルルはいたって誠実な人間だ。何の理由もなしに真夜中に窓から入ってくるわけがない。
だが、シンデレラの不安を他所に、シャルルは呑気そうに後頭部をかいた。
「嫌、何もないけど―――」
「じゃぁ、何でこんな遅い時間に来たのぉ?!」
シンデレラの質問に、シャルルは待ってましたとばかりに肩からかけている鞄の中に手を突っ込んだ。ゴソゴソと鞄の中を探る。
「渡したい物があったんだけど、なかなかメイド長が―――」
「え?メイド長???」
あまり聞きなれない言葉にシンデレラは思わず首をかしげた。シャルルは何故かギクリと体を強張らせると、冷や汗をかきながら目的の物を鞄の中から取り出した。
「嫌!何でもない何でもない!とにかくこれを!」
「これは…」
それは小さな箱だった。水色の包装紙に白いリボンが可愛らしく、シンデレラは受け取りながら微笑を漏らした。
シンデレラのその様子を見ながらシャルルは口を開いた。
「クリスマスプレゼントさ」
「え?!私に!?」
シャルルの言葉に驚き顔を上げたシンデレラの瞳に、暖かな微笑を浮かべているシャルルの姿が飛び込んできた。何故かそれが高貴な感じに見え、思わずシンデレラは息を呑んだ。
「ああ、受け取ってくれるよね?」
シャルルは微笑のままちょっと首をかしげた。
「勿論よ。ありがとう」
シンデレラは慌てて礼を言うと、心知らず赤くなる顔に戸惑いながら下を向いた。
(どうしたのかしら、私…? なんだか、シャルルの顔がまともに見れない…)
自分の中に生まれつつある感情を理解することができず混乱していると、一部始終を見ていたワンダ達が羨ましそうにシンデレラの持っている小箱を見上げた。
「シンデレラ良いな〜」
勿論、ワンダ達の言葉はシャルルに解らない。だが、その物欲しげな瞳が彼等の気持ちを雄弁に語っていたのだろう、シャルルは「あ、そうそう…」と、再び鞄の中を探り始めた。
「君達にも持って来たんだ。口に合うと良いけど…」
と、今度は白い大き目の包み紙を取り出した。ワンダ達の前にそれを置き、包みを開く。
「まぁ、ワンダ達にも?!」
シャルルの気遣いに驚くシンデレラだったが、包み紙の中身を見た途端、驚きは更に倍増する事となった。
「凄いご馳走〜!!」
ワンダ達は喜びの悲鳴を上げて包み紙の中身にかぶりついた。それもその筈。包み紙の中には、シンデレラ達が見た事もないような、豪華な料理が山済みにされていた。
「実は残り物なんだけどね」
ワンダ達の食いっぷりに少々驚きながら、シャルルは呟いた。
「これで残り物?…まるでお城で出されるお料理みたいね〜」
すっかり感心しているシンデレラは、何故か冷や汗をかいているシャルルに気付かない。
「そ…そうかな?」
と、ギクシャクしながらシャルルは頬をかいた。
「ねぇ、私が貰ったプレゼントも開けてみていい?」
ウキウキしながらシンデレラはシャルルに問う。シャルルは軽く頷く事で了解の意を示し、シンデレラに近付いた。シンデレラの手の中で大人しく鎮座しているプレゼントに手を伸ばすと、美しい仕草でリボンを紐解いた。
「気に入ってくれるといいけど…」
水色の包装紙も取ると、中から出てきた白い小箱の蓋を開けた―――
「わぁ…」
シンデレラの口から感嘆の声が上がる。
小箱の中には、星の形を模した銀製ブローチがおさまっていた。
「…本当に貰っていいの?」
「勿論」
シンデレラはブローチを手に取って、良く見えるよう蝋燭の前に持っていった。ブローチの表面には、無邪気に空を飛んでいる天使が彫られており、蝋燭の火を受けると―――そういう細工が施されているのだろう―――天から光が降り注ぎ、天使を照らしているように見えた。
シンデレラはその美しさに心奪われ、思わずため息を漏らした。
「素敵…」
だが、はたと我に返り、心配げにシャルルを見上げた。
「…でも、本当に貰っていいの?とても高そうな物のようだけど…」
「いいんだよ。だってそれツリーの星だから―――」
「ツリーの星?あのクリスマス・ツリーの一番上に飾る?」
「そうだよ」
それが当然の事でもあるかのように答えるシャルル。だが、勿論シンデレラはそんな説明で納得できない。思いっきり怪訝な表情で首をかしげる。
「それがどうしてブローチになるの???」
「それはつまり―――」
説明しようと、シャルルは口を開いた―――それなのに、何故かそのまま硬直してしまい、出かかっていた言葉もどこかへ消えてしまった。
「それはつまり?」
シンデレラが不思議そうに続きを促すと、動揺しているらしいが、何とかシャルルは問いに答えるために立ち直った。一度咳払いをしてから口を開く。
「―――つまり、シンデレラもツリーの星のように輝く日が来るんじゃないかなぁ…と思って、ウチのツリーに飾られてた星を持って来たんだ…よ。だからお金がかかったのは包装紙とリボンくらいで……」
どう考えてもおかしい言い訳だったが、シンデレラは特に気にする事はしなかった。シャルルが嘘をつく事に関してはもう慣れているし、それに、今度の嘘はシンデレラをからかったりするのが目的ではないことくらい、いくらなんでも推測できた。
(きっと、私が気にしないようにする為ね)
シャルルに気付かれぬよう下を向いて微笑を漏らす。
彼の優しさをシンデレラは良く理解していた。
にっこりと笑顔でシャルルを見上げ、
「そうなの、それじゃ気にしないで服に付けれそうだわ。ありがとう、シャルル」
シンデレラは改めてプレゼントのお礼を言った。
「クリスマスにプレゼントを貰うなんて、何年振りかしら?お母様が亡くなる前までは、毎年家族でプレゼント交換なんてし…て…―――」
そこまで言って、シンデレラはある事に気付いた。「あ!」と小さく声を上げると、不思議そうに自分を見ているシャルルを見上げた。そして叫ぶ。
「プレゼント!」
「はぁ???」
シンデレラが何を言いたいのか解らず、シャルルは思いっきり首をかしげた。
「プレゼントって、何を言―――」
「私あなたに何も用意してないわ!」
必死な形相でシャルルを見上げるシンデレラ。しかし、シャルルはそんなシンデレラと対照的に、「何だ」と言うと、朗らかな笑顔でシンデレラを見下ろした。
「そんなの別に良いよ。僕だって今日になってから思いついたんだし」
「それじゃ私の気がすまないわ!―――って言っても、プレゼントできるような物なんてなかったわ…。どうしよう…」
自分が自由に扱える物といえば台所の食材位だが、クリスマスケーキをもう一個作るだけの材料も残ってないし、第一今(真夜中)から作るわけにもいかない。自分の私物のほとんどはボロボロでプレゼントできる状態じゃない。ボロボロじゃない私物は全て亡き母の形見で手放したくないし―――
眉間に皺を寄せて考え込んだシンデレラ。シャルルが何度「別に良いから」と言っても彼女の気は変わらなかった。
しかし―――
「ああ、やっぱり何もないわ…」
結局プレゼントできるような物がひとつもないと悟ったシンデレラは、至極残念そうな表情で嘆息した。
「だから別に良いって。それより今日はもう帰るよ」
シンデレラは小さく頷き同意する。
「そうね…、遅い時間だもの」
「それじゃ。今度はもっと早い時間に会おう」
「うふふ、確かにそっちの方が良いわね―――あ!」
「え?何?」
驚き、入って来た所から―――つまり窓から―――帰ろうと窓枠にかけていた手をそのままに、シンデレラの方へ振り向くシャルル。
そんなシャルルの袖を引っ張りながら、シンデレラは嬉しそうに叫んだ。
「今度会う時までにプレゼント用意しておくわ!」
さもいい考えだと言わんばかりのシンデレラに、シャルルは呆れたような嘆息を返す。
「まだそんな事…。別に良いって―――」
「じゃ、これはその誓いね」
「…え?…」
掴んだままの袖を引っ張り、シンデレラは彼の頬に軽く唇を押し当てた。
一瞬何が起こったのか解らなかったシャルルは、珍しく目を見開き驚愕をあらわにした。
シンデレラが離れた後も、呆然と満面の笑みのシンデレラを見下ろすのみ。
そんなシャルルに構わず、シンデレラはすっきりとした表情で別れを告げた。
「じゃ、さようなら、シャルル。気を付けて帰ってね」
「あ…ああ…」
そんな生返事を返しながら、シャルルはシンデレラの部屋を後にした。
シャルルの姿は直ぐにただの黒い陰になり、その影も、降り続く雪に紛れ、そのうち見えなくなった。
クリスマスプレゼントをお腹いっぱい食べ、満足していつの間にか寝てしまったワンダ達に、風邪をひかないよう布をかけてやりながら、シンデレラは段々と大降りになる雪を見ながら小さく呟いた。
「メリークリスマス、シャルル…」
明日も良い日でありますように―――。
終
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