「嫌ぁ〜、いい天気だなぁ〜」
両手を伸ばし背も伸ばし、それと同時に澄んだ空気を肺一杯に吸い込む。若干冷たい空気は普段吸いなれているものと違い、体を隅々までリフレッシュできるような気がした。
「空気も美味いし景色もいい―――街中に暮らしてたらなかなか味わえない経験だよなぁ」
と、両手を双眼鏡のように丸めて目にやり、遠くの地平線まで見る為に―――実際は所狭しと建っているビルやら家宅等で線など見えはしないが―――それに焦点をあわせようとしてみる。無駄な事だと言われればそれまでだったが、とにかくそんな事をしたくなるほど、今現在立っている場所は見晴らしがよかった。
が。
「………阿呆…」
後方から聞こえてきた陰気な呟きに、晴れ渡った空のような気分を害され、陣内恭介は不機嫌な気持ちをあらわに振り返った。
自分と同じ様に不機嫌を隠そうともしていない同僚・上杉実を睨みつける。
「何でいきなりそんな事言われなきゃいけないんだ?」
胡座をかいて頬杖した格好のままジト…と睨み上げてくる実を見下ろしながら、恭介は腕を組んで嘆息した。
「一体何がそんなに気に入らないんだよ、お前は」
その台詞に、実がピクリと反応する。
ゆっくりと立ち上がりながら、フツフツと背中からどす黒いモノを発生させ―――
「何がやとぉ…?今、何が気に入らんとか聞いたんかぁあ…?―――んなん、気に入る訳ないやろがっ!!周りをよう見てみい!!」
と、大声でまくし立てながら自分の周り360度を指し示した。
その勢いに押されるままに、恭介は実の指に合わせて自分の周り360度を見回し―――特大パノラマだ―――心底不思議に思い首を捻った。
額に血管など浮き上がらせ、ぜぇはぁと肩で息をしている実に視線を戻すと、彼は若干期待した色を見せた瞳で何かを言うよう促してきた。
しばし黙考し―――
「景色いいよなぁ」
とりあえず正直な感想を述べてみた。
「うがぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁっ!?」
「オイ、実どうしたんだ?!そんなに暴れると落ちるぞ!」
頭痛でもするのか、いきなり両手で頭を抱えそのまま寝転んで豪快に転がりはじめた実に、恭介は慌てて近寄った。とにかく転がっている内に下に落ちられると困る。そう、今はまだ救出を待っている最中なのだから―――
恭介が近付くと、実は急に転がり回るのを止め、更に反動をつけて勢いよく飛び起きた。
両手を大きく動かしながら怒鳴り声を上げてくる。
「それがおかしい言うとんねん!!」
「はぁ?何が???」
今度は両手を戦慄かせながら苦悶の表情で悲痛な叫びを上げてくる。
「だぁぁあぁかぁあぁらぁあぁっ!何で転がり回っとったら落ちるような場所に俺等はおんねん!!つーか、何でこんな上に俺等はおらなあかんねんっ?!」
と、自分が踏みしめている地面を指差す実―――否、地面ではない。地面にしては狭く丸く、そして柔らかな感触。
自分の足の下に広がる真っ黄色なそれを暫し見つめてから、恭介は、酷く疲れた様子の実を再び視界に入れた。
真正面から彼の顔を見つめ、答える。
「しょうがないだろ。ボーゾックに吹き飛ばされちゃったんだから。それでも途中にこの風船が無かったら、どこまで飛ばされてたか分からないぞ」
「嫌、そんな普っ通に説明されても困るんやけど……」
げんなりした様子で、実。
「それに、正確には風船って言わへんし、コレ」
「え?風船だろ?」
「アホ。アドバルーンや―――それにしても大きいアドバルーンやなぁ…。近くで見た事なかったけど、全部こんなに大きいんやろか?」
一騒ぎして気がおさまったのか、実は落ち着いた様子で再び胡座をかき、自分達を助けた物体を眺めはじめた。
恭介も同じ様に座り、撫でてみたり叩いてみたりする。
「結構硬いなぁ…」
風船とは思えない肌触りに、恭介は感心し呟いた。
実もアドバルーンを軽く叩きながら呟く。
「そりゃ、こんだけ大きいとそれ相当な硬さがいるんやろ―――って、ようしらんけど」
それを何となしに聞きながら、
「ふぅん…」
ふと、懐からアクセルキーを取り出し、
「激走!アクセルチェンジャー!!」
カーレンジャーに変身して、
「とりゃぁっ!!」
思いっきりアドバルーンに拳を叩き込んでみた。
何やら叫んでいる実の声が聞こえたような気はしたが、それはあっさり無視して、自分の腕を飲み込んだアドバルーンを見つめる。
ほんの数秒の間―――嫌、実際は数秒も空いてなかったのだろうが、恭介には数秒経過したような気がした。
とにもかくにも、気がついた時には空中に放り出されていた。
「どあほぉぉおぉぉおおおぉぉぉおおぉぉぉぅっ…!!」
意外と近くでそんな実の絶叫を聞きながら―――
激走戦隊カーレンジャーのリーダー・レッドレーサーは、どんなに大きくて硬くても風船は風船でしかない事を理解した。
終
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