ひっくり返った船の上で、仮面ライダーストロンガーは上体を捻った。
「くそっ…!」
毒づき、蹴りを入れるべく片足を上げる。しかし、そこは不安定な船の上。バランスを崩し、蹴りを入れるどころか、反対に敵の手がストロンガーの首を締め上げた。
嫌、ハサミに……だ。
「ははは!どうだ?必殺二枚ハサミの味は?」
「………っ!」
(この、蟹型改造人間は【GOD】の怪人じゃねぇ…。【ブラックサタン】でも【ショッカー】でもねぇ……。俺達が知らない組織の怪人だ。……一体大首領は何を企んでやがるんだ?!)
「ははは、仮面ライダーというのも大した事は無いな!」
ピクリと反応するストロンガー。
「……たいした事が無いかどうか、てめぇの体で試しやがれ!エレクトロファイヤー!」
アームを擦り合わせ作り出した電気エネルギーを、敵怪人の腕からに一気に流す。
「グワッ!」
水に濡れているせいで通常以上の効果があるらしい。蟹型怪人は煙を噴きながら後退した。
「へ!」
「…お…おのれ、仮面ライダー…」
ストロンガーは怪人を何度も殴りつけた。船底に仰向きに倒れる怪人。その怪人の顎を蹴り上げ、頭部を掴み無理矢理顔を上げさせる。
「言え!お前はどこの怪人だ!」
「へへへへ…、誰が言うか…」
「これでもか?―――電タッチ!」
「ギャァァアアァアァァァァ!」
「海関係怪人には余計キツイだろ?さっさと吐け!」
「…ぐぅ…」
と、急に海面に泡が生じ始めた。
身構えるストロンガー。
(新手か?!)
眩い二つの光を煌めかせ、海面を破るように現れたのは、【GOD】海底基地に潜入していたXライダーだった。
クルーザーを海に残し、ひっくり返った船に着地する。
「ストロンガー、一体何があったんだ?」
帰ってきてみれば船はひっくり返ってるわ、その船の周辺に妙な泡は浮いてるわ、ストロンガーは怪人を足蹴にしてるわ、第一声でそう聞きたくなるのも当然だろう。
軽く嘆息し、ストロンガーは説明を始めた。
「待ってたらこいつが急に襲ってきやがってね。泡で船を燃やそうとするもんで、ワザとひっくり返したんすよ。で、今こいつに尋問中。Xライダーの方はどうしたんすか?拉致された人達は?」
「……助けられなかった。基地は既に蛻の殻だ。―――そうだ、基地はもうすぐ爆発する!ここにいては危険だ!」
「い?!って言われても船は……」
「船は置いていこう。漁師には悪いが時間がない。クルーザーで岸を目指す」
「勿論こいつも連れてくでしょう」
まだ呻き声を上げている怪人を指差しストロンガー。
「ああ。頼む」
クルーザーにXライダーが跨る。その後ろに怪人を羽交い絞めにしたストロンガーが乗り込もうとした時、海の中から数人の男達が飛び出した!
「戦闘員?!」
彼等は確かに戦闘員だった。しかし、その姿といい腰に巻いているベルト、発している言葉といい、どれも二人が知っている戦闘員とは一致しなかった。
「この怪人と同じ、新しい組織の戦闘員か?!」
と、ストロンガー。
「新しい組織…」
「くくく…」
ストロンガーに羽交い絞めにされたまま、怪人が笑い声を漏らした。
「そうだとも!俺達は貴様達の知らない―――知る事の無い組織だ!」
「組織名は何だ!」
と、ストロンガー。
「…へ!さっきも言っただろう?誰が言うか!」
そうこうしている間に、戦闘員は二人に襲い掛かった。
「くそっ!」
ここが地面の上なら、大した事では無かっただろう。しかし、生憎とここは海の上で足場が少ない。その上、深海開発用改造人間であるXライダーとは違い、電気人間であるストロンガーは、浅瀬ならともかく海は苦手だ。
しかし、それでも仮面ライダーとして戦ってきただけの経験がある。七人のライダーの中で一番若いといっても、それは充分なものだ。
ストロンガーは、まだ海の水を滴らせた戦闘員達を、効率良く電撃で倒していく。
Xライダーもライドルホイップで電気攻撃をする。
「こいつら、戦闘能力は大した事ねぇな!」
「確かに、だが油断はするな!」
「解ってるって!」
調子が乗ってきたらしい。ストロンガーの戦闘意欲が増し、敵を倒す速度が速まった。
互いに背を向け、四方八方から攻めてくる戦闘員を的確に倒していく。それ自体は難しいものではなかった。Xライダーとストロンガーの息も、ピッタリとはいかないが、それなりに合っているし、戦闘員とライダーでは、基本的な改造構造からして大きく違う為、戦闘能力にもその差が出る。
しかし―――
(…新しい組織…。それが今度の事件と関わっている…。っという事は、【GOD】は………涼子さんは、新しい組織と繋がりが―――関係があるという事か?)
一体何を目的とした組織なのか解らないが、戦闘員や怪人を造っている組織が、後ろ暗い物を秘めていない筈がない。嫌、それどころか、
(これまでの組織同様、世界征服が目的か…?)
十分考えられる事だ。
Xライダーは、その銀の仮面の下で唇を噛んだ。
と、
「―――危ねぇ!」
緊張感に満ちたストロンガーの声で我に返ったXライダーを衝撃が襲う。右腕に強烈な痛みを感じ、Xライダーはその場に膝をついた。
「Xライダー!」
何かからXライダーを庇う形で、ストロンガーが戦闘態勢を取る。
痺れるような痛み。それに耐えながら、Xライダーは震える左手を右腕に伸ばした。自分の身に何が起こったのかを知る。
(…舟を燃やしたという、あの蟹型怪人の泡か…)
シュウシュウ…と音を響かせながら、蟹型怪人の左腕のハサミから放たれた泡は、Xライダーの腕を溶かしていた。が、それはあくまで表面的なもので、ほって置いても数時間で完治するだろう。…今はまだまともに動かせないが…。
「待て!」
再び聞えてきたストロンガーの声に、Xライダーは顔を上げた。
ストロンガーが睨む先に、先程の怪人と戦闘員が並んで立っている。余裕の笑顔を見せながら、怪人は言う。
「今日のところは引き上げる。だがな!貴様達にはもう道は無いのだ!」
そう言い終わった直後、怪人と戦闘員は海に飛び込んだ。ストロンガーもその後を追おうとするが、このまま海に飛び込んでも、海に適した改造を受けている彼等を追い詰める事は、ストロンガーには不可能だ。
だからと言って、今のXライダーでは……
「…っち!」
短く舌打ちし、ストロンガーはXライダーを振り返った。
空では、顔を出したばかりの太陽が、ただ彼等を暖かく見つめていた…。
* * *
規則正しく、靴底が廊下を打つ音が響く。
何の装飾も施されていない無機質な廊下を、一人で歩いている者が奏でる音だ。
「………」
無言で前方を凝視する。
そこに一人の人物の面影を重ね合わせて…。
(敬介さん…)
表情を一つも変えず、【GOD】工作員・水木涼子は心の中で呟いた。彼女が思い出している神敬介の表情は、決して明るいものではない。
ほんの数時間ほど前に見た、絶望に似た苦しみの表情…。
あんな顔をさせたのが自分だとは思いたくない。
だが―――
(今はまだ駄目。後もう少し……もう少し…)
表面に少しも心中を推し量る物を表さず、水木涼子は心で敬介に語りかけた。
それが彼に通じる訳ではないが…。
(いつか、前のように笑える日が来る―――私はそう信じているわ。だから、もう少しだけ…許して…)
そんな事を願うのはおこがましいと思うが、彼女はそう願わずにいられなかった。
ICPOの秘密捜査官であり、今現在、【GOD】壊滅の為に潜入捜査を行っている水木涼子は…。
元々、神啓太郎教授の助手になったのも、【GOD】に潜入する事が目的だった。人間工学という、特殊にして、悪組織に必要とされている分野である程度の成功を収めている神教授の傍にいれば、どういう形であれ、接触してくると踏んだからだった。
事は予定通りに運んだ。
二つの例外を除いて―――。
一つ目は神教授の死。
彼の技術は【GOD】もどうしても欲しかったに違いないのに、神教授が首を盾に振らないと解ると、あっさり殺害してしまった。神教授の性格から【GOD】の言いなりになるとは思っていなかったが、【GOD】は息子の敬介を人質に、無理矢理にでも言う事を聞かせようとすると思っていた。隙を見て二人を助けるつもりでいた水木涼子からしてみれば、それは大きな誤算だった。
そして二つ目は―――
(敬介さん…)
神啓太郎教授の一人息子・神敬介を心の底から愛してしまった事…。
神敬介と婚約までする必要は、ICPO秘密捜査官としての立場から言えば全く無い。無いなのだが…。
(愛してしまった…。そしてその気持ちを、敬介さんに打ち明けてしまった…。そのせいで敬介さんが傷付くと知っていながら、私は自分の気持ちを押さえる事が出来なかった…。秘密警察捜査官として失格ね…。オマケに霧子まで巻き込んでしまったのだから…)
本来なら、双子の妹である水木霧子とは関係の無い問題だった。だが、水木涼子の誤算により、どうしても、神敬介を―――仮面ライダーXを援助する者が必要になったのだ。
白羽の矢が立ったのが、霧子だった。
下唇をかみたい衝動にかられたが、涼子は何とか踏み止まった。
(私の誤算のせいで皆に迷惑をかけてしまった…。でも後もう少しの間許して…。そうすれば…そうすれば…!)
身勝手だと思う。
だが、それでも夢見ずに入られない。
笑って歩いている自分を…。
笑って敬介と歩いている自分の姿を…。
毅然とした表情で前方を睨み、いつの間にかたどり着いた扉の前で水木涼子は静かに息を吸い込んだ。そして、扉のノブに手をかける。
「失礼します」
現在進行中の『計画』の状況を総司令に報告をする為、【GOD】工作員・水木涼子は、その部屋に足を踏み入れた。
* * *
風が吹き、浜の砂を舞い上がらせる。しかし、その砂は誰にも触れず、又、静かに浜にたたずむ。ゆっくりと昇ってくる太陽の光が、そんな浜を照らしていた。
少しづつ痛みが引いていく腕を見やり、神敬介は揺れる心中を抑え、これからの事を考えていた。
新たなる組織が出現した事に対する処置…。
(今のままの戦い方では駄目なのかもしれない)
と、前方で海を眺めていた城茂が肩越しに振り向き、愛車の傍で腰をおろしている敬介に向かって口を開いた。
「傷の具合はどうっすか?」
「もう少しで完治する」
茂の問いに簡潔な答えを敬介は返した。
腰を上げ始めた敬介に近寄り、茂は問題の右腕を見る。どうやら納得したらしい。軽く頷き、茂は敬介の顔を覗き込んだ。
その瞳が敬介の心の揺らぎを探るように、鋭い光を放つ。
【GOD】の海底基地であった事を知られたくない―――敬介は衝動的に顔をそむけると、まだ微かに痛む右腕に軽く手を添えた。茂は黙っている。
敬介は愛車に手をかけ、茂に話し掛けた。
「…新しい組織の存在が発覚した。通信機を使って本郷さん達にその事を報告したから、今は皆で新しい組織に関しての調査が行われているだろう。俺達も直ぐに帰ってそれを手伝おう」
「そうっすね」
「軌水丸を襲った理由も、新しい組織と関係がある筈だ。もしかしたら事件となっていないだけで、誘拐された人達はもっといるのかもしれない」
「組織として活動は始まっているみてぇだが、もしかしたら人員が足りないのかも知れねぇな。悪組織ってのは、慢性的な人手不足に頭を悩ます傾向が強いから」
敬介は無言で頷いた。
盛大にため息をつくと、茂は後頭部を乱暴にかいた。
「ったく。大首領は何考えてんだか。これ以上組織増やしてどうしようってんだ?」
敬介の表情を暗い物がサッと覆った。
しかし、茂が改めて敬介を見る頃には、その黒い物はどこかへ行ってしまっていた。
敬介は愛車に跨り、完全に治った右腕をポンと叩いて見せた。ついでに笑顔も見せる。
「とにかく、ここであれこれ言っていても始まらない。傷も完治した事だ、さっさと皆と合流して、これからの事を考えよう」
茂は頷くと、彼も愛車に跨った。
「じゃ、帰りますか?」
「ああ」
茂が先にエンジンを唸らせカブトローを発進させた。それに敬介が続く。
海岸沿いの道路を風を切りながら疾走していく二人。
前方を走る茂の背中を見ながら、敬介は考えていた。
新しい組織の事。
人々を誘拐した目的の事。
そして―――
(…涼子さん)
敬介には、自分を睨みつける涼子と、一緒に食事をしたり笑いあったりした涼子のどちらが本当の彼女なのか、さっぱり解らなくなっていた。
信じたい。
だが、父は涼子のせいで死んでしまった。それはどうしようもない事実だ。
霧子は今でも涼子は敬介の婚約者だと言った。
それなら何故【GOD】に父を売った?
何故父が殺されるよう行動した?
……何故、婚約者である自分をも―――。
敬介は頭を振ると、気持ちを入れ替えようと試みた。
(今はこんな事を考えている時ではない。これから益々激化していくであろう、悪組織との戦いに集中しなければ…!)
父と自分に誓った事を果たす為に―――。
決意を新たに敬介は前方を凝視した。
太陽の光と、その光を受けキラキラと輝く海が、そんな敬介の横顔をいつまでも照らしていた。
* * *
「…〈計画〉は順調…か」
薄暗い部屋の中央で男は呟いた。
閉じていた瞼をゆっくりと押し上げる。が、男の視界は決して広いとは言えない。―――片目がふさがれているからだ。だが、男はそれを全く気にしていない。男にとって、片目がつかえない事はたいした事では無いのだ。
男は手の中にある、数枚の書類に目を落とす。
細かい文字がいくつも連なっているそれは、現在進行中の大掛かりな〈計画〉の途中報告書である。少々の予定外な事が起こってはいるようだが、概ね順調に進行中らしい。
近日中に己の目で詳しい事を確かめよう―――男は〈計画〉を成功させる為、現場に赴くことにした。
書類を何枚か捲り、最後の一枚に視線を注ぐ。
そこには、一枚の設計図が書かれてあった。
ある科学者が心血注いで造り上げた、新型装置を備えたの改造人間の設計図だった。何度か実験的に改造手術は行われたが、今の所見通しは明るくない。被験者に、それ相応の身体能力がなければ無理のようだ。更に、超人的なパワーに耐えられる精神力も必要となるだろう。
(こちらには、もう少し時間がかるかもしれない…)
だが焦りはしはない。
焦りは判断を鈍らせ、失敗を生む。失敗をするつもりは男にはない。
男は軽く微笑むと、書類を閉じた。
瞳が鋭く光る。
男の仕事は、まだ始まったばかりだった…。
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