日曜日の午後。
美杉家の庭で、津上翔一は鼻歌を歌いながら日課としている家庭菜園の世話をしていた。
初夏のすがすがしい太陽の光に、翔一が丹精こめて育てている野菜がキラキラと反射している。そんな野菜達の姿を見て、翔一は顔をほころばした。
と、
「こんにちは」
生垣の向こう―――道路の方から、いきなり声をかけられた。
「はい?」
立ち上がり、声のした方へ振り向くと、一人の青年が、立ってこちらに人好きのする笑顔を向けていた。初めて見る顔だ。
(……旅行者なのかな?)
翔一が美杉家に引き取られてから、まだ半年程しか経っていないが、基本的に愛想がよく、忙しい美杉教授の代わりに近所付き合いをしている翔一には、町内で見た事のない人間などいない。
それに、青年(と言っても、翔一よりは年上だろう)は翔一に馴染みのない大きな鞄を肩からさげ、どこか陽射しの強い所に住んでいたのか、元は白かっただろう肌が日焼けして多少黒くなっていた。
「道に迷ったんですか?」
一番ありえそうな質問を先に言ってみる翔一に、青年は苦笑を浮かべてかぶりを振った。
「嫌、そうじゃないよ。その、菜園の事なんだけど―――」
と、翔一の周りにある野菜達を一通り指し示して、
「全部君が?」
「はい、そうですよ♪」
青年に野菜達の事を聞かれ、何だか嬉しくなった翔一は満面の笑みで答えた。
翔一の隠そうとしない喜びの表情に、青年も自然と頬が緩んだようだ。温かな光をその瞳の奥に灯らせながら、青年も穏やかな微笑を浮かべた。
「ちょっと頼みたい事があるんだけど、いいかな?」
生垣の直ぐ傍までよりながら青年は聞いた。
翔一は首をかしげる。
「頼みたい事………ですか?」
「ああ、君の菜園を写真に撮らせて欲しいんだ」
「え?写真を??」
思いもよらぬ青年の台詞に、翔一は反射的に問い返した。だが、翔一が驚く事を予想していたのか、青年は微笑を崩す事無く説明を続ける。
「あ、出来れば君も一緒に―――正確に言うと、君が菜園の手入れをしている所を撮りたいんだ」
「???」
いまいち青年の言いたい事が解らず、翔一は頭の上に?マークを飛ばした。
そんな翔一の様子に青年は笑いをかみ殺したようだ。
一度咳をしてから、再び説明を続ける。
「俺はフリーカメラマンでね。普段は主に外国で活動してるんだ。今日は知り合いに会いに久し振りに帰国したんだけど―――って、それはいいか。実は今、『自然と人』っというテーマで写真を撮っているんだが、ここを通りかかった時、野菜に話し掛けている君の声が聞こえてきてね。興味を惹かれて暫らく見ていたんだが、何て言うか、こう、急にシャッターを切りたい衝動に駆られて。嫌だったら仕方ないが、そうでなかったら撮らせて欲しい。頼む!」
青年は押さえきれなかったらしく、楽しそうな表情でそこまで一気にまくし立てた。先程まで暖かな光を灯していた瞳の奥に、今度は情熱の炎が煌めきだす。
(良い人みたいだなぁ)
翔一は青年に好感を持った。
何だかこの人とは気が合いそうな気がするな―――翔一は青年ににっこりと微笑みかけた。
「いいですよ。思う存分撮ってください!」
「ありがとう!」
早速青年は門を回り庭にその足を踏み入れた。垣根越しに話していたので気付かなかったが、青年は翔一より少々背が低かった。
肩から鞄をおろし、青年はその中からカメラを取り出し用意をはじめた。あまりカメラに詳しくない翔一でも高そうに見えるカメラだった。
用意がすんだらしく、青年は立ち上がって翔一を見上げた。
そして右手を差し出し、
「それじゃ早速頼む―――ええっと…」
翔一の名前をまだ聞いてなかった事を思い出したのだろう。青年は一瞬困ったような表情をした。
それを察知した翔一は、満面の笑みを浮かべ、差し出されている青年の手を握った。
「はじめまして。僕は津上翔一です」
それに青年も満面の笑みを返し、翔一に名を名乗った。
「俺は一文字隼人。よろしくな」
終
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