気付いた時には、妙な違和感があった。
それは小さな違和感だった。故に、仮面ライダーV3・風見志郎は特に気に止めなかった。直ぐに違和感を頭から追い出し、暖かなまどろみに身を預け、戦いにより疲れた身体を癒す事だけ考え始める。
それは少なくとも数時間行われるはずの行為だった。何者にも邪魔されず、ゆるやかに時間が経過するだけのはずだった。
だが―――
(…ん?…)
深い闇の中で、風見は首を捻った。眉間に皺をよせ、眉尻を上げる。
(…何だ?…)
腕を少し動かしてみる―――伸ばしたり、縮めたり。脚も同じように動かしてみる。
風見は更に、手を握ったり開いたりしてみたり反動をつけて腰を回してみたり首を左右に曲げて更にグルッと一回りさせてみたりして、体を色々動かしてみた。
が。
(…解らん…)
風見は再び、深い闇の中で首を捻った。
解らない。
何が原因なのか解らない。
(…何が違うんだ?)
何かが違う。いつもと何かが違うから違和感を感じるのだろう。無視できない―――拭いきれない程の違和感を。だが風見には何がいつもと違うのか解らない。腕も脚も腰も首もいつも通り動く。
気のせいかもしれないと思ったが、気のせいにしては強烈な違和感だ。
そう、強烈。
拭いきれないという表現が生易しい程の違和感―――
(これは……だんだん強くなっている???)
最初は気にも止めないほど小さな違和感。
それが、ほんの少し後には拭いきれない程の違和感になっていた。
今では、違和感が強烈過ぎて特定が難しい上に、妙な焦燥感まで生まれている。
(―――成長する違和感?!)
そんな事、今まで一度として聞いた事がないが、どう考えてもそうとしか表現できない。
風見は首を左右に振り、とにかく違和感の出所を探る事に神経を集中させる事にし、
(…………重い…?)
ふと、何かが自分の上に乗っかっているような感覚に気付いた。
丁度胸の上辺り。
それは、風見の体を横断するように乗っかっている―――ようだった。
目を凝らして胸の上を見てみるが、風見には何も見えない。確かに感じるその重みの主が何故か見えない。
しかも、その重みは違和感と同じように成長しているようで、だんだんと感じる重量が増えていき―――
(な…?!…お…重いぃ〜…?!?)
潰されそうな程の圧迫感に、風見は思わず悲鳴を上げた。
それと同時に、胸の上の物を跳ね除けるように飛び起きる。
「……………」
そして、辺りを見回し―――
解ったのは、自分が先程まで自室のベットの上で寝ていたという事だった。
見慣れた部屋の見慣れた風景。最後に見た時と同じ位置にドアがあり、窓があり、机があり、本棚があり、写真が飾ってあり、ベットがある。
ただ、その全てが夜の闇のせいで見えずらいだけだった。
三回ほど周りを見回した後、
「……夢か……」
ホッ…と、安堵の息を吐き出し、風見は全身の力を抜いた。
妙に寒いと思ったら寝汗をかいていたらしい。顔に張り付いた汗を手の甲で拭いながら、風見は悪夢を見て飛び起きた自分に苦笑を漏らした。
「悪夢にうなされて飛び起きるだなんてな…」
馬鹿らしい。笑い話にしかならないじゃないか―――時計を見れば、針は午前三時過ぎをさしていた。まだ夜中といっていい時間だ。
(もう一寝入りできるな)
そう考え、再び眠りにつこうとした所で、風見はある事に気付いた。
「………ん?…」
重い。胸の辺りが。明らかに重い。
そして、それは同時に拭いきれない違和感でもあった。
「…………ま、まさか…な……」
無意味にそんな言葉が漏れる。一体何を想像したのか、風見自身も良く解らなかったのだが、とにかく頭の中で警報が鳴っている。嫌な予感しかしない。冷や汗が流れる。
重い。確かに重い。おまけに少し息が苦しい。今まで経験した事のない感覚。嫌、それは胸だけでは―――ない…?
(気のせいだ。あんな夢を見たせいで重さを感じているに過ぎない。何も重くなどない。重いはずがない。俺の身体に異常なんてものはないんだ!)
そう自分に充分言い聞かせてから、風見は思い切って自分の胸を視界に入れた。
と、一瞬の間を空けて―――
「@&#●☆$◇→▽*¥――――?!?!?」
言葉にならない絶叫を本郷邸中に響き渡らせたのだった。
絶叫で起こされ駆けつけた仲間達の反応は―――第一段階までは同じだった。
皆、風見同様現実感のない事態に驚き、一瞬どうして良いやら困惑気な表情を浮かべる。
が、その後はまちまちだった。
「とりあえず調べてみるべきだろう」
顎に手を当てた格好で、風見の尊敬する先輩、仮面ライダー1号・本郷猛は言った。彼の言う事はもっともなので、自室のベットに腰掛けたまま―――ショックの為立ち上がる気力も無い―――風見は頷く。
「…にしても、一体何が原因なんだろう…」
と、真剣な表情でマジマジと風見を観察する仮面ライダーX・神敬介の隣で、仮面ライダーストロンガー・城茂が面白そうに風見の胸元を覗きこみ、楽観的な声を上げる。
「凄いっすねぇ!触ってもいいっすか?」
「いい訳ないだろう!!」
ショックで気が立っていたので、風見は怒鳴ると同時に茂の脳天に拳を振り落とした。頭を押さえて痛みに顔をゆがめる茂は放っておいて、心配そうに自分を見上げるアマゾンに、心配するなと笑顔を見せる。
「風見、身体の具合はどうなんだ?痛い所とか痒い所とかはないのか?」
アマゾンと同じ様子で、心配げに問いを投げてくるライダーマン・結城丈二に、
「嫌、そういうのは全くない。ただ―――」
と、自分の膨らんだ胸を指差し、ため息を漏らす。
「精神的に酷い苦痛だ」
恨めしげに胸を見やるが、勿論そんな事で元通りになってくれる訳もなく。膨らんだ胸は服の上からでも充分大きく見える大きさだった(通りで重い筈だ)。更に、それ以外の異常も風見には解っていた。普段より若干細めな腕と脚。キーの高くなった声。有る筈なのに無いモノ―――つまり、仮面ライダーV3・風見志郎の体は、まるっきり女になってしまったのである。
(…女……女だ…)
改めて確認すると非常に悲しくなり、風見は思わず首を項垂れた。
(何が悲しくて女にならなければいけないんだ!)
あまりと言えばあまりな状態に、風見の目に涙が滲んだ。
と、頭の上から本郷の思案気な声が降ってくる。
「思い当たる事といえば―――昼間か?」
「ああ、【ショッカー】の秘密研究所へ殴りこみかけた時の?」
「殴りこみって、茂…」
呆れたような敬介の台詞は軽く流され、結城がこれまた思案気に呟く。
「確かあの時、何かをかけられていたよね?」
目尻にたまった涙をそれとなく拭き取りながら顔を上げ、風見は頷いて肯定した。
「ああ、切羽詰って苦し紛れに放ったんだろうと思うが―――戦闘員にガス状の物を噴きつけられた」
その時の事を思い出しているのだろうか、若干遠い目をしながら本郷が唸る。
「何の変哲も無いガスに見えたが…。一文字、お前はどう思う?」
と、本郷は自分の斜め後方に立っている仮面ライダー2号・一文字隼人に意見を求めた。
のだが―――
「………隼人?」
返事がない。
本郷が怪訝に後ろを振り向く。風見からではよく見えないが、どうやら一文字は下を向いているらしい。
「隼人?どうかしたのか?」
本郷が問いを繰り返すも、一文字は答える気配を見せない。ただ黙って下を向いている。
おかしな反応だった。
考えてみれば、彼が今だ発言をしていない事も充分おかしかった。いつもの彼なら、真っ先に風見の隣か正面に座り、大丈夫だと笑いかけているだろうに―――
「……ま…まさか………」
「え?風見?」
ふと、風見の口から漏れた言葉に結城が振り返る。が、それにかまっている余裕などなく、風見は恐る恐る立ち上がった。本郷の肩越しに一文字の様子を窺う。
一文字の肩に本郷の手が乗っけられていたが、相変わらず彼は下を向いたままだった。下を向いたままの為、今どんな表情をしているのか解らない。
「隼人?」
本郷が何度目かの呼びかけを行う。
それをどこか遠くで聞きながら、風見は昼間の―――【ショッカー】秘密研究所を七人で叩き伏せた時の事を思い出していた。そう、思い出した。思い出したのだ。あの時、切羽詰った戦闘員が苦し紛れに放ったガス。あれを浴びたのは風見だけではなかった。
(そうだ…。あの時、俺の前に一文字さんが―――2号が立っていた…!)
風見よりも―――V3よりも先にガスに包まれる2号。その後姿が風見の脳裏に弾ける。
「い…一文字さん…」
風見が呼びかけると同時に、一文字はゆっくりと顔を上げた。
絹のように滑らかな髪が、彼の片目を隠す。
下を向いていたので解らなかったが、一文字の手は彼が着ているパジャマ―――白地に水玉柄のいつものシャツのボタンにかけられていた。
更に良く見てみれば、シャツのボタンは全て外されていて―――
「なぁ、本郷…」
ポツリと呟かれた声は、普段の彼からは想像も出来ないほど細く高かった。
「俺も風見と同じみたいなんだよなぁ…」
いまいち緊張感のない口調でそう言いながら、一文字は手を動かしシャツの前を開いた。
一同、目が点になり、
「――――?!?!?」
小さくはあるが確かに膨らんでいる一文字の胸を見つめたまま、声にならない絶叫を上げ凍りついた。
「って、何してんですかっ?!」
予想していた為、他より回復が早かったのだろう。一番最初に我に返った風見は、固まったままの本郷を押しのけて、慌てて一文字のシャツを掴み強制的に胸元を隠した。
「おいおい、そんなに力を入れると千切れるぞ」
やはりどこか緊張感のない口調で抗議の声を上げてくる一文字に少し目眩を感じながら、
「なら自分でボタンを止めてください!」
と、風見は思わず怒鳴り声を上げた。
とにかく酷い疲労に頭痛がする。
「……隼人まで…」
風見が肩で息をしていると、後方からやっと我に返ったらしい本郷の困惑気味な声が聞こえてきた。肩越しに振り返ってみると、顎に手を当てた状態で唸り声をあげる本郷の隣で、結城も同じ様に困惑気味な表情をして立っていた。
「一文字先輩も、風見先輩みたいに痛い所とか痒い所とかはないんですか?」
と、一文字に近付きながらショックから抜け切れてない様子の敬介が問う。
風見に言われたとおり呑気にシャツのボタンを止めている一文字は、う〜ん…っと首を傾げてから、
「全くない」
真顔でキッパリと答えた。
が、急にニッコリと笑顔を見せると―――
「精神的にも苦痛はないぞ」
「そうですか、それは良かったですね」
「嫌、そこは一応突っ込むべき箇所じゃねぇっすか?」
ホッ…と安堵の息を吐き出す敬介の斜め後方で、茂が渋い表情でポツリと呟く。
しかし、それを特に気にしている場合ではなく―――
頭を抱えたい衝動を感じながら、風見できるだけ冷静に状況を分析しようと思考をめぐらした。
(とにかく…とにかくだ…!俺と一文字さんだけが、こう…なっているという事は、これはやはり……)
「あの時のガスが原因なんだろうな…」
丁度、風見の心の声を聞いていたかのような―――もしかしたら聞こえてたのかもしれない―――タイミングで、本郷猛が嘆息しながら呟いた。
結城も噛み締めるように頷き、風見と一文字を交互に見比べる。
「今の所そうとしか考えられませんね…。しかし、【ショッカー】は一体何の目的があってそんなガスを…?」
「今はまだそこまで考えるべきじゃない。考えるには情報が足りなさすぎる。【ショッカー】の目的はともかくとしてだ、まずは隼人と志郎の体を調べよう。この変化が表面的なものなのかそれとも違うのか―――まずはそこからだ」
「そうですね」
深く頷きあう二人。
風見も二人と同意見だ。とにかく早く真相を知り、とっとと元に戻りたい。
―――にしても…、
「おお〜、風見は巨乳だな〜。何で俺とはこんなに大きさが違うんだ」
何故同じ状態に陥ったというのに、一文字隼人はこちらが戸惑う程いつもと変わらぬ調子でいられるのか、風見は心底恨めしく―――嫌、心底不思議に思う。
両肩を落とし背中に大きな影を背負ってちょっと泣きにはいった、そんな風見の心中を知っているのか知らないのか、
「どうせなら大きい方がいいと思わないか?」
相変わらず緊張感のない様子で、一文字は自分の胸の大きさを確認していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは薄暗い部屋だった。
だが、それは特筆すべき事ではなかった。
理由は簡単、薄暗いのはこの部屋だけではないからだ。隣にある部屋も、その又隣にある部屋もその又隣にある部屋も更にその又隣にある部屋も、全て光明が乏しく薄暗い―――基地全体がそうなのだから、当然と言えよう。
ただ、特筆して他と違う点といえば―――
「……それは間違い無いんだろうな…?」
その薄暗い部屋の中央に座っている男に、実際年齢以上の貫禄がある事だろう。
深緑の軍服に身を包んだその男は、眼帯で隠していない右目から鋭い光を放ちながら、報告に現れた部下を睨みつけるように見下ろした。その眼光に、全身白タイツ―――彼等の制服だ―――を着用した部下の体が小刻みに震えはじめる。
「…も…勿論であります!」
冷や汗を流しながら答える部下から、男は視線を先程提出されたばかりの書類へと移す。
何やらB5用紙数枚に渡って、色取り取りのグラフや暗号のような専門用語や回りくどい言い回しが飛び交っているが、その書類に書いてある結論は至って簡単なものだった。それと同時に予定外なファクターであり―――男を狂喜させる結果…。
男は唇の端を吊り上げた。
それに部下が脅えた色を見せるがそれは勿論無視して―――
「……楽しい事になりそうだな…」
軍服を着た男―――秘密組織【ショッカー】大幹部・ゾル大佐は、腹の底からフツフツと湧きあがってくる歓喜を押さえきれず、薄暗い自身の事務室内に大きな笑い声を木霊させた。
後篇へ続く→
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