実らない恋なんてしたくない―――

 

 

 

 葉山家リビング。
 就寝の準備をする葉山家次男・竜治の手を、風呂から上がったばかりの三男・健治が引っ張った。
「ねぇ、小兄ちゃん…」
「何だ、健治。どうした?」
 いつもと少々違う弟の姿に、竜治はしゃがんでその瞳を覗き込む。
 健治は心配気に言う。
「………。大兄ちゃん大丈夫?」
「………」
 竜治の脳裏に、先程自室に戻った哀愁を漂わせる長男・譲治の後ろ姿がよぎった。
 健治を安心させる為に、穏やかな笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。明日の朝になったら、いつもの兄貴に戻ってる」
「本当?」
「ああ。だから、健治もそんな顔してないで早く寝な。今度はお前が心配されるぞ?」
「……うん。わかった。おやすみ」
「おやすみ」
 健治は満面の笑みでリビングを後にした。
 それを見送ると、健治に見せていた笑みを落とし、竜治は嘆息した。
「……さてと……」
 足音を消さずに、譲治の自室に近付き、その前に止まった。
 一呼吸置いてから、竜治はドアをノックする。
「兄貴……」
「…一人にしてくれ…」
 中から弱弱しい返事がした。
(そういう訳にもいかないんだよ!…)
 少々頭に来る。
 竜治は譲治の言葉を無視し、ドアを開け中に入った。
 譲治はベットの上で寝転がっていた。顔を隠している。……泣いているのかもしれない。
「…竜治…」
 その声は、無視して入ってきた事を咎めるているようだ。
 それでも竜治はあえて出て行こうとせず、ベッドの傍らに、勉強机の椅子を移動させ座った。顔を隠したままの譲治を見ながら呟く。
「どうせ又、エツ子さんの事で落ち込んでるんだろ」
 譲治は少し手をどかし竜治を見る。
「…『どうせ又』って…」
「兄貴、そっち関係鈍感だからなぁ。エツ子さんが兄貴に何て言って欲しいか解らないんだろ?」
「お前は解るっていうのか?…」
 譲治は拗ねたような口調になった。
「まぁね」
「お前が女心に詳しいとは知らなかった…」
「女心に詳しい訳じゃないよ。エツ子さんだから解るんだ」
「…………」
 上半身を起こし、譲治は竜治を凝視する。
「何?」
「…遠慮しているのか?」
「何を?」
 竜治は譲治が何を言おうとしているのか解らない。
「お前も好きなんだろ?エツ子さん…」
 譲治は竜治が思っている以上に鈍感なのかもしれない…。
 頭を抱えたくなる衝動を抑え、竜治は根気良く話す事にした。
「―――〜…。…違うよ…」
「しかし、エツ子さんだから解ると―――…」
「言ったけど違うよ」
「???」
(…鈍いなぁ…)
「つまり―――」
 口調を変え、竜治は指を一本立てた。
「?」
「エツ子さんと同じ人が好きだから解るんだよ」
「………え?……」
 譲治は完全に体を起こした。
 信じられないものを見るような目で竜治を見る。
 竜治は嘆息して言葉を付け加えた。
「兄貴が好きだってんの…」
「りゅ……竜治…」
 名を呼ぶだけが精一杯―――目を見開いたまま、譲治はそのまま固まった。
 思わず嘆息しそうになるのを押し止める。
(こうなる事は解ってたんだし…)
 竜治は椅子から立ち上がり、動けないでいる譲治に背を向けるようにドアの前に立った。
 ドアノブに手を伸ばしながら、意識的に声を大きくして口を開く。
「ひとつだけアドバイスするよ。エツ子さんはさ、兄貴が好きだから一緒にいたいんだよ。兄貴が好きだから、誰にも渡したくない―――全て自分の物にしたいんだ…ただそれだけ。簡単だろ?」
 竜治の口元に皮肉な微笑が漏れる。誰にも見せない、誰にも見られたくない微笑が…。
 譲治が何か言う前に部屋を出ようと、さっさとドアを開ける。
 それなのに―――
「お前もそう思っているのか…?」
 ―――どうしてそんな事聞くかな…。
 竜治は振り返り譲治に笑顔を向けた。満面の笑顔。いつもの、誰にでも見せる笑顔。
「全然」
 そのまま、竜治はドアを閉めた。
「竜治…」
 譲治が自分の名を呼ぶ声が聞えた気がしたが、竜治はそれを無視した。
 廊下を歩き、少しでも兄から離れた所へ向かう。
(……変だな…。感覚が麻痺してる…?)
 手を壁に添えてみるが、あるハズの感触が全くない。足を曲げている感覚さえないに等しい。
(…心臓の音しか聞えない……)
 リビングまで戻り、周りに誰もい無い事を一応確認してからソファーに倒れこむ。
 横になると宙に浮いたようにフワフワしていて気持ち悪い。
「ショックを受けてるのか…な」
 立っていられなくなる程―――感覚がなくなる程―――頭痛がする程―――心臓が痛くなる程―――目の前がかすむ程……
「泣いてるのか…俺」
 瞬きを何度しても目の前はかすんでいる。どうも涙は止まりそうにない。
「莫迦だな…、だったら言わなけりゃ良かったんだ…」
 それなら何も変わらなかった。
 いつまでも仲のいい兄弟でいれた。
 兄の結婚を普通に祝える弟でいれた―――
(…解ってる。そんなの無理だ……無理だから…)
 竜治は思いっきり目を瞑った。
 全ての現実を否定するように。
 譲治が自分の兄である事を否定するように。

 

 

「実らない恋なんてしたくないよ―――」

 

 

 

 


『東映ヒーローMAX』が発売された時、私の中で『キョーダイン』ブームが巻き起こりまして(笑)、
その時、何となしに書いたのがこの小説でした。
続きは書かないと思います(多分)。
『キョーダイン』は好きなんですが、まだ三話までしか見た事ないし。
『ズバット』とは違った意味で衝撃的な特撮ヒーローでした(笑)。

 

 

2003・01・27

 

 

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