「ちょっと休憩しましょうか」
 ポインターでのパトロールの途中、ウルトラ警備隊ハヤカワ・サトミ隊員は運転席で眠たげにそう提案した。ポインターを住宅街の片隅に停める。
「コーヒーでも買ってくるわ。カザモリ君は?いる?」
「お願いします」
 サトミ隊員は了解という仕草をすると、ゆったりとした足取りで10mほど離れた所に設置してある自動販売機に向かって歩き出した。ポインターから出て、その後姿を見送るウルトラ警備隊カザモリ・マサキ隊員―――嫌、カザモリ隊員の姿に変身しているウルトラセブン。
 セブンがカザモリ隊員の姿で過ごすようになって一週間が過ぎようとしていた。ヴァルキューレ衛星人事件でカザモリ隊員は瀕死の重症を負い、彼をどうしても死なせたくなかったセブンは、カプセル怪獣が眠っているカプセルの四個目に―――その中の生命を育む原形質の海でカザモリの肉体を癒す事にした。そして、彼の傷が治るまでの間、彼の代わりを勤める事を決意した。
 最初は違和感を感じたりもしたが、元々セブンはモロボシ・ダンとしてウルトラ警備隊に一年間程所属していた。その時の経験を生かし、今では何とか上手くやっている。
 ポインターにもたれながら、ふと、カザモリ隊員は自分が着ているウルトラ警備隊の制服を見下ろした。
 あれから四半世紀以上経っているのに、制服のデザインはあの頃から少しも変わっていない。何万年と生きる事のできるウルトラセブンからしてみれば、四半世紀はさほど長い時間ではないが、長生きできて百年と少ししか生きられない地球人から考えてみれば、そんな長い間もデザインが変わらない事は珍しい。
 制服をマジマジと見つめていると、モロボシ・ダンとしてウルトラ警備隊にいた頃を思い出す。今でも目を閉じれば鮮明に甦る、気心の知れた信頼できる仲間達―――地球防衛軍参謀にまで昇進したフルハシ隊員。既に退役して専業主婦をしているというアンヌ隊員。優しくも厳しかったキリヤマ隊長は現役を退き、今は老人ホームで余生を過ごしているという。それから、射撃の名手で一緒に第四惑星で酷い目を見たソガ隊員と、ウルトラ警備隊の頭脳にして隊一の長身を持つアマギ隊員―――
「懐かしいなぁ」
 一人一人の顔を思い出していたカザモリ隊員は、間近でした声に驚き顔を上げた。声がした方を向いて見ると、数歩と離れていない歩道に中年男性が二人、立ってこちらを見ている。
 背の低い、恰幅のいい男性が嬉しそうに顔をほころばせポインターに近付く。
「嫌、本当に懐かしい。こんなに近くで見たのはいつ以来だろう?」
 そう言いながらポインターの車体を撫でる男性の後方で、長身で細身の男性が同じように微笑を浮かべながら口を開いた。
「退役する時以来じゃないか?最後に一通り別れを告げたから…」
「ああ、そうだったな。…すると随分長い間見てなかった訳だ…」
 感慨深げに呟く男。
 自分を無視して話しを進める男達。一応声をかけなければならないのだが、カザモリ隊員はそんな事など忘れて彼等の横顔をマジマジと見つめた。
 彼等の顔に、カザモリ隊員は―――モロボシ・ダンは見覚えがあった。そう、それは今しがた思い出していた仲間達の、その面影が彼等に―――
「あ…あの、すいませんが……」
 ざわめく胸を押さえながら、カザモリ隊員は二人に声をかけた。彼等はそこではじめてカザモリ隊員に気付いたという風に振り返った。ちょっと驚いたように目を見開いた後、先程ポインタ―を見ていた時と同じような、旧懐の念がこもった瞳をカザモリ隊員に向けてくる。
 恰幅の良い方の男性がカザモリ隊員に向かって手を差し出した。カザモリ隊員の手を力強く握り締めながら、親しげに話し出す。
「勝手にポインターに触ってすまなかったね。この年になると、君位の年の出来事を無性に懐かしく思ってしまって。もし、勝手に触った事で咎められるような事があったら私達の事を言ってくれ」
「いえ、あの…」
 カザモリ隊員が何か答えようと口を開くと、それを遮って、今度は長身の男性の方が話し出した。
「私達の事を言ってくれって、まだ名前も名乗ってないぞ」
 苦笑しながら、長身の男性もカザモリ隊員の手を力強く握り締める。真正面からカザモリ隊員の瞳を覗きこみ、彼は名を名乗った。
 なんとも、懐かしい名を―――
「私はアマギ。こっちがソガ。ウルトラ警備隊の元隊員だよ」
「言ってみれば君の先輩という訳だ」
 そう言って微笑む二人を、どういう気持ちで見ていると説明すれば良いのか―――カザモリ隊員には―――嫌、彼等と共に数々の冒険を繰り返したモロボシ・ダンには解らなかった。
 ただ、目頭が熱くなるのを止める事が出来ない…。
 言葉もなく二人を見つめるカザモリ隊員をどう思ったのか、すっかり歳をとったソガとアマギは、二人してカザモリ隊員の肩を優しく、だが力強く叩いた。
「君達の世代になると私達の事は知らないかな〜?フルハシ参謀になら―――」
 と、そこまで言って、アマギは口を閉ざした。
「馬鹿だな…、フルハシ先輩はもういないだろう…」
 哀しげな瞳で視線をそらすソガ。二人とも知っているのだ。彼等と同じ初代ウルトラ警備隊隊員だったフルハシ・シゲルが、ヴァルキューレ衛星人が引き起こした事件のおり、惜しくも命を落とした事を…。彼等はダンより長い間フルハシ隊員と一緒にいたのだから、その悲しみも深いだろう。
 ソガは気を取り直したように顔を上げると、穏やかな微笑を浮かべて、再びカザモリ隊員に話し掛けた。
「今はパトロール中?」
「はい」
「隊長はどんな人だい?厳しい?」
「シラガネ隊長は冷静な人です」
「そうか……キリヤマ隊長もいつも冷静だったな…そして厳しかった」
「…そうですね…」
 思わず同意してしまったカザモリ隊員。我に返りソガとアマギを見ると、二人とも珍妙な表情でカザモリ隊員を凝視していた。
「君は……キリヤマ隊長を知っているのか?」
「あ、その、フルハシ参謀からお聞きした事がありまして―――」
 なんとも苦しい言い訳だが、一応納得してくれたらしい。不審な瞳でカザモリ隊員を見ながらも、ソガとアマギは「そうだったのか」と頷いた。
 と、急にソガが黙り込んだ。何か考えているのか、眉間に深い皺がよっている。アマギもそんなソガに訝しげな瞳を向け、その肩に手を置いた。
「どうした?」
 ソガはゆっくりと顔を上げると、神妙な表情でカザモリ隊員を見つめた。
「フルハシからキリヤマ隊長の事を聞いたと言ったな?なら、勿論、ウルトラセブンの事も聞いたんだな?」
 カザモリ隊員の胸がドキッと鳴った。もしや気付いたのだろうか?いつだったか、少しの間だけカザモリ隊員と入れ代わっていたダンを見抜いたフルハシ参謀と同じく、今目の前にいるのがウルトラセブン―――モロボシ・ダンだという事に…。
「…はい…」
 内心冷や汗を流しながら―――それでもどこかで気付いてくれている事を期待しながら、カザモリ隊員は答えた。
 それに頷き返しながらソガは続ける。
「最近、ウルトラセブンが現れたという報道を数回耳にしたが……あれは本当なのか?」
 そう言ったソガは、まるで縋るような―――神に祈っているような表情だった。
 その表情に、知らずカザモリ隊員の胸が熱くなる。彼等は今でも自分の事を大切に思ってくれているのだ―――!
 唇が震えそうになるのを何とか押し止め、カザモリ隊員は肯定する為に口を開いた。
「はい、本当―――」
 次の瞬間、
「カザモリ君!」
 後方から咎めるような響きを持って、缶コーヒーを両手に持ったサトミ隊員が声をかけた。カザモリ隊員が振り向くと、ゆっくりとした動作で彼に近付き、その隣に立った。カザモリ隊員に向けられた彼女の瞳は明らかに怒っている。
 今にも「一般人にそんな事話しちゃ駄目でしょ!!」という声が聞こえてきそうだ。
「あ、サトミ隊員、このお二方は―――」
 二人を紹介しようとカザモリ隊員が口を開くと同時に、先程まで真剣な表情をしていたソガが彼女に向き直った。打って変わって明るい笑顔を浮かべながら、懐かしそうにサトミ隊員に声をかける。
「はじめまして。確か現在ウルトラ警備隊には女性隊員が二人いたはずだね?」
 ソガに威圧的な顔を向けながら頷くサトミ隊員。
「ええ、そうですが」
「今は昔と違って、各それぞれに明確な仕事が割り当てられていると聞いたが、君は戦闘機乗りなのか?」
「ええ」
「異星人とじかに戦った事も?」
「あります」
 一体ソガが何を聞きたいのか解らない。それは旧知の仲であるアマギも同様らしく、不思議そうに質問を繰り返すソガを見ている。
「おい、ソガ。お前さっきから何を言っているんだ?」
「まぁ、いいから。もう暫らく黙って見てろ」
 再びサトミ隊員に向き直り、ソガは質問を続ける。
「巨大な怪獣と戦った事もあるんだね?」
「ええ、そうですが。それが何か?」
「どうやって倒したんだ?」
「それは勿論、ウルトラホーク1号で―――」
 言いかけて、サトミ隊員は口を閉ざした。彼女が何度か遭遇した巨大怪獣、または巨大ロボットを倒したのは、全てウルトラセブンだったからだ。ウルトラ警備隊が誇る戦闘機=ウルトラホーク1号や3号も出撃してはいるが、怪獣やロボットを倒した事はない。
 しまったという表情で黙るサトミ隊員を見て、ソガは唇の端を上げた。「やっぱりな」と、言う風に軽く頷きながら彼女から間を取る。
「アマギ、俺達の旧友はやっぱり地球に戻ってきてたんだよ」
 彼を見上げながら、ソガはしみじみと呟いた。ソガが何を聞こうとしていたのか解ったアマギも、同じようにしみじみと頷く。
「もしかしたら、どこかですれ違っているのかもな…」
 今、モロボシ・ダンはあなた達の目の前にいるんです!ここにいるんです!―――カザモリ隊員は胸の中で言葉に出来ない思いを叫んだ。名乗れるものなら今すぐ名乗りたかったが、隣にはサトミ隊員がいる。
 当のサトミ隊員は、ソガとアマギの台詞に眉間に皺を作っていた。
「俺達の旧友?地球に戻って来た?―――って、それはどういう意味ですか?あなた達はセブンの一体何々ですか?その口振りじゃ、まるで―――」
 困惑し、動揺しているらしいサトミ隊員に、ソガとアマギが改めて自己紹介をする。
「ああ、申し遅れた。私はソガ。元ウルトラ警備隊隊員」
「私はアマギ。同じく元ウルトラ警備隊隊員だ」
「…あ、じゃぁ、フルハシ参謀の……」
 口に手をあてて驚いている彼女に、ソガとアマギが微笑を浮かべ肯定する。
「ああ、同僚だったよ」
「私達はずっと昔に地球防衛軍を退役したがね」
 と、そこへカザモリ隊員とサトミ隊員のビデオシーバーからシラガネ隊長の声が響きだした。あわててビデオシーバー開くカザモリ隊員。
『K地区で異常な電波を受信した。すぐに急行してくれ』
「了解!」
 ビデオシーバーを閉じると、カザモリ隊員の肩にソガの手が置かれた。顔を上げて見ると、彼は少し寂しそうな微笑を浮かべていた。
「引き止めて悪かった。だが楽しかったよ。ポインターも近くで見れたし、セブンの事も確認が取れた。今日の出会いに感謝したい」
「そんな…」
 ここで別れたらもう二度と二人には会えない気がして、カザモリ隊員は何か言おうと口を開くが、そんなカザモリ隊員を他所に、ソガはアマギを見上げて勝ち誇ったように言う。
「俺の星占いの通りになっただろう?」
「偶然だよ」
「星占い?」
 っと、サトミ隊員。
 彼女を振り返り、アマギが現役ウルトラ警備隊隊員二人に説明をする。
「こいつの趣味は星占いなんだが、今朝、今日は懐かしい人に会うっと言い出して…」
「会っただろう?」
「懐かしいが、少し違わないか?」
「星占いをするんですか…」
 今もまだ、その趣味は続いてるんですね―――言えない台詞を心の中で呟くカザモリ隊員。
「もう若い頃からずっと。科学の時代に何故そんな非科学的な物を信じられるのか、解らんね」
 呆れた調子で言うアマギをソガは軽く睨んだ。
 だが、それはいつもの二人のやりとりらしい。再びカザモリ隊員に視線を戻すと、ソガはポインターに向かって顎をしゃくった。
「ところで、K地区に行かなくてもいいのかい?」
「あ!」
「それじゃ、失礼します!!」
 あわててポインターに乗り込むカザモリ隊員とサトミ隊員。カザモリ隊員はサトミ隊員に缶コーヒーを押し付けられながら助手席に納まり、彼女は運転席に乗り込みエンジンをかける。
 窓からソガとアマギを見上げ、カザモリ隊員は礼を述べた。
「ありがとうございました」
「嫌、こちらこそ」
 サトミ隊員がポインターを発車させる寸前、ソガは最後の言葉を口にした。
「久し振りに会えて嬉しかったよ」
「…え?…」
 その言葉の意味を聞けぬまま、カザモリ隊員を乗せたポインターはK地区に向かって走り出した。体を反転させ小さくなっていくソガとアマギを見る。やがて角を曲がって二人が見えなくなっても、カザモリ隊員は暫らく遠ざかっていく景色を見つめたままだった。
「何しているの、危ないわよ」
 サトミ隊員に促され、やっとカザモリ隊員は腰をおろした。脳裏に、最後のソガの言葉が流れる。
 ―――久し振りに会えて嬉しかったよ―――
 あれはどういう意味なのだろう?ずっとカザモリ隊員の事を「君」と呼んでいたのだから、ソガがカザモリ隊員を知らなかった事は確かだ。アマギもそれは同様だろう。それなのに、最後に「久し振りに会えて」と言った。それはつまり……
「気付いてくれたのか…。僕が、僕である事に…」
 例えどんなに月日が流れようとも、例えどんなに姿かたちが変わろうとも、彼等は自分に気付いてくれる―――気付いてくれる…。
 四半世紀ぶりの再会を、モロボシ・ダンは心の底から感謝した。
「僕も…久し振りに会えて嬉しかったですよ……ソガ隊員、アマギ隊員」

 

 

 


▼私は『平成セブン』から入った人間なんですが、『平成セブン』を見る分だとモロボシ・ダンの一番の親友はフルハシさんに見えます。が、実際『セブン』を見ると、ダン隊員と一番仲良しなのはソガ隊員に見えます。アンヌ隊員より仲良しに見えます。それなのに、『平成セブン』では名前さえ出てこなかったです(確か)。ソガ隊員役の方は既に俳優さんではないらしいので、出演は無理だとしても、名前さえ出てこないってのは淋しいです。
▼んで、せめて「カザモリ隊員と入れ代わっている時に少しだけ会っていたのよ」話を書いてみました。自給自足。アマギ隊員の名前も出てこなかったので、アマギ隊員も出演。ついでに少しだけホモ風味(何?一緒に住んでる訳?/笑)。それ以外だとカプ色全くないのですが、【表】のどこに置いたらいいか迷ったので【裏】に置いてみました。

 

 

2003・02・18

 

 

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