個室のドアを閉めた後、ウルトラ警備隊のソガ隊員はどうにも処理できない感情に押されるまま、目の前の男に自嘲気味な視線を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
地球防衛軍極東基地内にある作戦室に一本の電話がかかってきたのは、ウルトラ警備隊の面々が昼食を終え、暫らく経ってからの事だった。
電話をかけて来たのはとある病院の院長で、次のような内容だった。
「植物園で突然倒れ病院に運び込まれた女性の血液中の血小板が異常に減少しているのだが、彼女の血液型は特別で病院に保管してある血液では輸血できない。そこで、同じ特別な血液型であるウルトラ警備隊のアマギ隊員に協力をお願いしたい。それから―――」
どうも症状に不審な点があるので、できれば調査して欲しい―――との事だった。
早速ウルトラ警備隊キリヤマ隊長の命令で、アマギと、同じくウルトラ警備隊隊員であるモロボシ・ダンがその病院へ向かった。
彼等が地球防衛軍基地に戻ってきたのは夕方で、ダンは花弁のような物を持ち帰っていた。彼の話しでは、どうやら彼女―――カオリの血小板減少に何か係わり合いがあるのではないかと言う事だった。
その夜に、再び作戦室の電話がけたたましくなった。
カオリが入院している病院の看護婦からで、彼女の姿が消えてしまったと言うのだ。早速アマギとソガが病院に急行し、二手に分かれて彼女の捜索にあたった。
慣れない病院の中、神経を研ぎ澄ませて歩を進めるソガ。彼は、アマギと別れて数分も経たない内に重要な問題に気付き立ち止まった。
アマギが向かった方へ顔を向けながら、しまったと舌打ちをする。
「カオリって子がどんな顔してるのか知らないぞ」
仕方ない―――短く嘆息すると、ソガはアマギを追って歩き出した。その間も気は抜かず、それらしい子がいないかどうか目を走らせ……
―――ガシャン…!
不意に聞こえてきた何かが割れる音。ソガはとっさにどの方向から聞こえてきたのか、音源を探す為辺りを見回した。
「地下…か?」
左手に暗闇へ続く階段が伸びていた。耳を欹てると、階下の方から小さいが確かに不審な物音がする。半分直感も手伝って、ソガは急いで階段を駆け下り、同時に腰に装備しているウルトラガンを引き抜きいた。それをいつでも撃てるように構えながら慎重に最後の一段を降り、地下一階の廊下を覗き込んだ。地下一階は、ただでさえ静かな上の階より一層静かだった。ただ一室を除いて…。
五月蝿いと言うほどではない。だが、確かにそこから物音が聞こえる―――その部屋からしか物音は聞こえてこない。
緊張により鼓動が速まる。ソガは一度深呼吸をした後、そっと音を立てずにそのドアに近付いた。ドアの上にはプレートがあり、その部屋が何に使われているのかをソガに教えた。
輸血用血液保管室。
手の中のウルトラガンの感触を確かめ、ソガは勢いよくドアを押し開けた。
それと同時にウルトラガンを内部に突きつけ、ソガは二手に別れた事を心底後悔した。
「貴様―――何をしてる!!」
思わず感情的に言葉を発し、考える前に早足で近寄ると彼から彼女を引き離した。怒りに無駄な力がこもり、彼女―――昼間病院に運び込まれた患者・カオリは大きく後ろに倒れこんだ。頭を打ったのかどうか解らないが、そのまま彼女が起き上がる気配はない。
だが、ソガにはそんな事どうでも良かった。
「オイ!大丈夫か?!」
カオリに何かされていたらしい彼―――アマギの肩を乱暴に揺さぶりながら、ソガは下唇を噛んだ。自分自身に腹が立って仕方ない。
一向に起きる気配を見せないアマギに知らず知らず焦りがうまれ始めた。脈に異常はみられないが万が一という事もある。幸いここは病院だ。ソガはアマギの身体の下に手を差し込むと、自分より背の高い彼を抱き上げた。
そのまま、階上にいるだろう当直の医者を目指してソガは全力で駆け出した。
「すいません!アマギを―――彼を診てやって下さい!」
運良く、階段を登りきった所で当直の医師と遭遇したソガは、早速彼にアマギを預け、再び、放ったままの地下室に向かった。アマギの容体は気になるが、ウルトラ警備隊としての責務も全うしなければならない。
実は先程アマギを抱き上げた時、室内にもう一人別の人間=カオリを探していたと思われる看護婦が倒れている事にソガは気付いていた。本来ならウルトラ警備隊であるアマギよりも、一般民間人であろう看護婦を先に助けるべきだし、ソガ自身もそう思ったのだが、彼にはそれが出来なかった。
「…ウルトラ警備隊としては失格だな…」
思わず苦笑が漏れる。が、それでも―――それでもソガはアマギの事が気になって仕方なかった。彼の無事を速く確かめたかった。
でないと、
「…この胸の痛みは治まらない…」
輸血用血液保管室の前で思わず立ち止まり、自身の胸の前で苦しげに拳を握り締めた。
ソガがアマギを意識し始めたのは、ベル星人擬似空間事件後暫らくたってからの事だった。
あの事件後、事件のせいでトラウマができてしまったアマギは、全くスカイダイビングが出来なくなってしまった。地球防衛軍極東基地の先鋭部隊・ウルトラ警備隊の隊員がスカイダイビングを出来ないという事は、隊のメンツがどうのこうのという以前に、イザとなった時生命の危機に直面する可能性が出来てしまう。そこで、キリヤマ隊長にアマギのトラウマを緩和するよう命令されたソガは、不承不承ながらも、アマギのトラウマを緩和する為、まず第一に彼の話を聞く事にした。
その最中に、アマギのある仕草から、ソガは彼の事が気になるようになった。それまで乗り気でなかった任務に積極的に取り組むようになり、それ故、ますます彼を気にするようになった。
気付けば彼から目が離せない状態に―――アマギを愛しく思うようになっていた。
そういう感情を抱いている相手が何か解らない事をされていたら、何をおいても助けたくなるのが普通だろう。例えそれが、ウルトラ警備隊としては失格とだとしても…。
「…アマギ…、無事でいてくれよ…!」
気合を入れるように下唇を噛み締めると、アマギを襲った患者と、アマギと同じく彼女に襲われたらしい看護婦が気を失っている部屋のドアを、ソガは勢い良く開けた。
「宇宙細菌ダリーです」
モニターに映し出された虫のような物体を、ダンはそう呼んだ。
地球防衛軍極東基地作戦室。意識不明の人間が血液を求めて病院の地下へ行き、あまつさえ人を襲った事により異常事態だと判断したキリヤマの命令で、患者・カオリと、彼女に襲われてから意識を失ったままのアマギを、基地のメディカルセンターに運び込んでから数時間後の事だった。
電子顕微鏡でやっと見つかったという、その宇宙細菌ダリーは、何でも人の血液を摂取して生きているらしく、それ故ダリーに寄生された人間は血を求めて吸血鬼のようになるらしい。
ダンが持ち帰った、あの、花弁のような物がダリーの卵の殻だったのだ。
「どうすれば退治できるんですか?」
彼女を心配するアンヌ隊員の問いに、患者と同行してきた医師は力無く首を横に振った。現代の地球の医学では到底無理な話なのだそうだ。
「じゃ…、一生…」
とにかく、ダリーに寄生されている以上、またカオリが血を求めて徘徊する可能性は高い。キリヤマはフルハシ隊員に彼女を見張るよう命じた。
フルハシが作戦室を出て行った後、キリヤマは医師に向き直った。
「博士、無理を承知で頼みますが、何とか彼女を助ける方法を見つけ出してください。彼女以外でも、ダリーに寄生された人間がいないとも限らないんです」
真剣な眼差しでキリヤマに言われ、医師も出来る限り頑張ってみますと言い残し、早速研究にとりかかる為作戦室を後にした。
その数十分後の事だった。作戦室に慌てたフルハシの通信が入る。
『隊長!カオリさんに逃げられました!』
「何?!」
彼女は今夜も血を求めて彷徨いだしたのだ。キリヤマはフルハシ・ダン・ソガに彼女を探すよう命令し、自身もアンヌと共に基地内の見回りを開始した。
「もしかしたら基地の外に出るかもしれませんね」
ダンの提案でポインターに向かう二人。ダンが運転席に座り、ソガが助手席に乗り込んだ所で、ポインターの通信機にキリヤマのビデオシーバーから通信が入った。
その内容に、ソガは胃の底に氷をぶちまけられたような気がした。
『アマギが連れ出された、まだそう遠くには行ってない!早く見つけださないとアマギの命が危ないぞ…!』
アマギが?アマギが連れ出されたって?!―――信じられなかったが考えられない事ではなかった。カオリの血液型と一緒なのは、基地内ではアマギだけなのだから。嫌、むしろ気付かない方がどうかしていた。彼女は一度アマギを襲っているのだ。今夜も彼を襲う可能性は充分にあった。
二晩も続けて彼を危険な目に合わせた!予期できた筈なのに防げなかった!―――自分の不甲斐なさに腹が立ち、ソガは下唇を血が滲むほど強く噛んだ。
と、不意にポインターが止まる。そこは遊園地だった。何故ここにきたのかダンに問おうと口を開く前に、ソガは異様な光景を目にした。
「あれは何だ?」
ポインターから出ながら、ソガは今現在―――草木も眠る丑三つ時には不釣合いな音楽が流れてくる方向=回転木馬を凝視した。
ソガと同じくダンもその光景に異様さを感じたようだ。
「こんな時間に回転木馬が動いている…」
ゆっくりと、くるくる回る回転木馬に近付く二人。何かあるかも知れないと目を凝らしていると、探していた人物がその中のひとつに一人座っているのが見えた。
「アマギ!しっかりしろ!」
慌てて回転木馬を止めてアマギに駆け寄るソガとダン。ソガの腕の中で力無く倒れるが、アマギの呼吸は正常だし何かされた形跡もない。とりあえず生命の危機には瀕していないようだ。
その事にホッと息をつくも、詳しく調べている暇はなかった。少し離れた所にカオリが立っている事に気付いた二人は、アマギをポインターの後部座席に寝転ばせて彼女を追った。ちょうどそこへ駆けつけたフルハシの提案で、カオリにショック・ガンを撃ち、無事保護する事に成功した。
「とにかく二人をメディカルセンターに運ぼう」
大急ぎで基地に帰り、アマギとカオリの容体を医師に診てもらう。アマギの方は特に問題はなかったのだが、カオリの方は衰弱が酷く、このままでは生命の保証もしかねるという事だった。
重い空気に包まれるウルトラ警備隊一同。
と、そこへ意識を回復したアマギがなだれ込んで来た。まだ体調が万全ではないのだろう、足にいまいち力が入らない様子で、カオリが寝ているベットに両手をついた。彼の容体を心配するキリヤマの問いに「大丈夫です」と簡潔に答えた後、彼はとんでもない事を言い出した。
「それより、彼女を助けてやってください。ねぇ先生、お願いします!輸血が必要なら僕のをいくらでもあげます…!」
その言葉を聞いた時、ソガは思わずアマギを殴りつけたい衝動に駆られた。胸倉を掴み上げ、大声で怒鳴ってやりたかった。だが、そんな事をする訳にはいかない。目の前には瀕死の患者がいるのだから―――何とか自制する為に、ソガは両拳を力の限り握り締めた。
その間にも、アマギは医師や隊長にカオリを助けて欲しいと懇願した。だが、現実問題、現在の医学では無理なのだ。その事実は一日や二日で変わるものではない。
医師にも隊長にも、藁をも縋る思いで懇願したダンにも無言で返され、アマギは両肩を落として落胆した。
そんな彼をもう見ていられず、ソガはアマギの肩を掴み、フルハシと協力して彼を彼の個室へと連れいて行く事にした。
アマギを彼の個室のベットに座らせると、フルハシは、
「お前は疲れてるんだよ。今日はゆっくり休め」
と、だけ言い残し、作戦室へ戻って行った。
ソガもその後に続こうとした。だが、ドアまで後一歩の所で立ち止まり、座らされたまま微動だにしないアマギを振り返った。その姿を―――カオリを心底心配しているアマギを見ていると、先程自制した、彼を殴りつけたい衝動がまた生まれ始めた。
どうにも処理できない感情がソガの背中を押す。
どこか自嘲気味な色合いを帯びた瞳を彼に向け、ソガは重々しく口を開いた。
「…ウルトラ警備隊員が一般人を守るのは当たり前の事だが……何もあそこまで言う必要はなかったんじゃないか?…お前が倒れてもここにはお前に輸血できる人間はいないんだぞ」
押し殺したような声で、自分の気持ちをそれでもまだソフトに口にしたソガを、アマギは、泣いていたのだろう、潤んだ瞳で―――だが、瞳の奥に強い光を灯して見上げた。
「だからっといって、指を咥えて見てるだけなんて、俺には出来ない」
ソガは、思わずアマギを睨みつけていた。予想もしなかっただろうその視線の強さに、アマギは一瞬気圧されたようだった。だが、そんな事はおかまいなしにソガは話を続ける。
しかし、それは、
「何故そんなに彼女に肩入れするんだ?惚れたか?」
自虐行為にも似た発言だった。
唇の端を上げ皮肉気に問うソガに、アマギは一瞬動揺したようだったが、自分を睨みつけるソガをキッと睨み返しながら、半ば叫ぶように答えを返した。
「悪いか?!」
ソガの胸に鋭い痛みが走る。嫌、胸だけではない。腕も足も―――全身のいたるところに激痛が走った。
ソガは思わずアマギに手を伸ばした。殴られると思ったのだろう、アマギは顔を庇うように両手を上げた。
しかし―――
「……ソガ……?」
アマギの困惑気味な声を耳元で聞きながら、ソガは細身な彼の体を力の限り強く抱きしめた。彼を放さないように―――彼を誰の所にもいかせないように…。
「…ソガ?―――おい、ソガ…ソガ!」
繰り返しソガの名を呼ぶアマギ。だが、ソガは一言も答えず抱きしめ続けているだけだった…。
終
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