「余命一年だと告知されたら、本郷ならどうする?」
 時計の針が午後11時を回ろうという時、一文字隼人はリビングのソファーに座った状態で、夫である本郷猛にそう問いを投げた。
「余命一年?」
 唐突な問いを少々怪訝に思いながら、本郷はTVに向けていた視線を一文字に移した。斜め向かいに座っている一文字は、本屋のブックカバーを着せられた分厚い本を顔の前で広げている為表情がまったく見えない。どんな時も、人と話をする時は相手の目を見て話す癖のある一文字にしては珍しい。
「一年。あと一年しか生きられないとしたら、本郷ならどうする?」
「一年かぁ…」
 何を考えて一文字がそんな問いを投げてきたのかは解らないが、本郷は妻の問いに瞼を閉じて真剣に考え込んだ。白衣を着た医師に「余命一年です」と告知され、その言葉を受け止めている自分を思い描く。
 暫くそのまま唸り声を上げつつ想像を続け―――
「…そうだな」
 フッ…と目を開き、答える。
「特別なことは何もしないだろうな」
 一文字はまだ本を顔の前に広げていたが、ちゃんと返事は返ってくる。
「それじゃ、今までと同じ事だけしかしないって事か」
 しかし、どこか釈然としない声色だった。
 それに気付くが、本郷は疑問に思いつつも言葉の足りない自分の台詞を解説する。
「少し違うな。今この時を大切にするって事だ」
「…どういう意味だ?」
 本郷は、どう言えばいいのだろうかと思案しながら口を開いた。
「う〜…ん、つまりだ、…その、一年しかないんだろ?」
「ああ」
「だから俺は、一年の間にできるだけ多く覚えておきたいんだ」
「何を?」
「みんなの事を―――特に笑顔を」
「……みんな?」
「同僚や氷川君達や志郎や結城・敬介・アマゾン・茂―――何より隼人の」
 一文字は相変わらず本を顔の前に広げていたが、本を持っている手が少し震えたようだった。
 その状態のまま、一文字が呟く。
「…そうか…」
 気のない返事に聞こえそうだが、それは感慨深い響きを持っていた。
 が、急に声色を変えて、何でもない風に次の質問を投げてくる。
「でもな、本郷。死ぬんだぞ? いくら覚えても死んだら忘れるんじゃないか?」
「それはそうかもしれないな。だが―――」
 本郷は目を閉じた。
 瞼の裏に笑顔が浮かんでくる。
 今まで幾度となく自分を助けてくれた、何よりも大切な人の包み込むような笑顔が。
 本郷は目を開いて、その大切な人を見つめた。
「だが―――俺は絶対忘れない」
 今、笑顔どころか顔さえ見せてくれない大切な人の手が、また微かに震える。
「忘れようとしても忘れられる訳がない。俺はそう思う」
「…そうか―――そうだな。うん」
 そこで、やっと一文字は本を下ろした。すっきりとした爽快な笑顔を本郷に向けてくる。その笑顔に、本郷は知らず安堵の微笑を浮かべた。
 ホッとすると、一度は消えた疑問が脳裏に浮上してきて、本郷はその勢いのままに疑問を一文字へ投げかけてみた。
「ところで、どうしていきなりそんな質問をしてきたんだ?」
「ああ、それはな…」
 と、爽快な笑顔を苦笑に変えながら、一文字は先程まで自分の顔を隠していた本に着せているブックカバーを取り外した。緑がかった水色の表紙に、紺色の字でタイトルと作者と出版社の名だけが記されている、極々シンプルなデザインの本が本郷の目に映る。
「『僕の生きる道』…?」
 その本のタイトルを読み上げ、本郷は首をかしげた。
 どこかで聞いたことがある。
 本をペラペラと捲りながら、一文字は口を開いた。
「覚えてないか? 毎週見てたんだけど、俺」
「…聞き覚えはあるが、毎週見てたとは?」
「ドラマで放映してたんだ。これはそのドラマのノベライズ本。今日たまたま本屋に行ったら平積みされてたから買ってきたんだ。内容はな―――」
 と、一文字は『僕の生きる道』のストーリーを簡単に本郷に説明しだした。
 それは、ある一人の男の話だった。自分の死期を知った男の……
「―――それで、五年後。吉田って生徒が生物の教師になって母校に戻ってくるんだ。かつて、自分の恩師が使っていた机に座り、自分が恩師から聞いた話をかつての自分のように受験に追われる生徒達に話す」
 全てを聞き終わってから、本郷は小さく頷いた。
「…そうか。それであんな問いを」
「ちょっと気になってな」
「隼人ならどうするんだ?」
 本郷は、好奇心から一文字に問いかけてみた。
「俺?」
「そうだ」
「俺は―――俺は全力疾走だな」
 と、満面の笑みで一文字。
「全力疾走?」
 意味が解らず鸚鵡返しに問う本郷に、一文字は悪戯っ子の笑みを見せてきた。
 楽しそうに笑いながら、
「今までと同じように、全力で生きるさ。生きて、愛し続けるよ」
 誰を、とは言わなかったが―――
「……そうか。それも又いいな」
 本郷は胸の底から湧き上がってくる喜びに、暖かな笑顔を浮かべた。

 



 

 


昨日、その『僕の生きる道』のノベライズ本を買ったので書いてみました
実は久しぶりに最初っから最後まで一話も見逃さなかったドラマで、小説本が出るのを楽しみにしてました。
静かな雰囲気のドラマって好きです。死ぬ事がわかってる所も好きです(笑)。
死なないと思ってて死なれるよりマシです。
心の準備ができますから。
で、ドラマを見た後に、「あと一年しか生きられへんかったらどうする?」なんて事を家族で話してたので
本郷さんと一文字さんだったらどうかと思って。
うまく表せたかどうかよく解らないんですけどねぇ。
余命がわかってもあの二人は変わらなさそうだと思ったんです。

 

 

2003・04.05

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