風見志郎は飢えた獣のように一文字隼人の唇に噛み付いた。呼吸をする暇を惜しんで、ただひたすらソレを求める。一文字の甘い声が耳に届く。
「………ふ……ん」
酸欠に陥った一文字に胸を強めに叩かれ、風見は仕方なく彼から離れた。
大きく息を吸いながら、一文字は喘ぐように言った。
「…そんなに…せっつくな…。…はぁ」
「……………」
一文字が唇についた唾液を手の甲で拭う様子を暫らく見た後、風見は彼を後ろにあるベッドに押し倒した。若干驚愕の表情を見せる一文字。しかし、それもすぐに消え、彼特有の春のうららかな日差しを連想させる微笑を風見に向ける。
風見は何も言わない。
この部屋―――風見志郎の自室に入って来てから一言も喋っていない。それどころか無表情のまま、感情を表す事もしない。
風見は左手で体を支えながら、もう一度一文字の唇を奪う。
右手はTシャツの裾から一文字の肌に触る。
一文字の体がピクリと反応した。
「……はぁ……ふっ……」
口内を弄り、一文字の舌を絡める。風見が知っている術の全てをもって一文字の性感帯を刺激する。
次第に一文字の瞳が揺らめき、鈍い光を灯すようになった。
頬に唇を落とし、次に首筋をきつく吸い上げる。一文字の白い肌に、桜の花弁に似た痕がくっきりとついた。同じモノを幾つも作り出す。首筋だけでなく鎖骨・胸元にも。
(俺がこの人を抱いたという証し…。しかし―――)
それは改造人間特有の回復力のせいで、暫らくすれば消えてしまう。
(いくらどんなにつけたとしても、本郷先輩がこの事に気付く事はない……)
本郷猛。
風見志郎の大学の先輩であり、改造人間・仮面ライダーとしての先輩。この世で唯一人、心から敬愛する・目標とする人物。
そして、
(一文字さんの想い人…)
二人の仲が良い事は随分前から知っていた。
二人に肉体関係がある事は、一週間前に知った。
最初は心底驚いた。そんな雰囲気は微塵も感じなかったから。しかし、二人の情事を自分の目でしっかりと見てしまったのでは、信じないわけにもいかない。
本郷猛は、風見が見てしまった事に気付かなかったようだ。
(……だが、一文字さんには気付かれた…)
多分、偶然。
ふと顔を上げたら、ドアの隙間から自分達を見ている風見の姿が目に映ったに違いない。
次の日、風見は一文字に呼び出された。
半分予想していた。聞きたい事もあった。だから、風見は一文字に付いて彼の部屋へ行った。今まで感じた事の無い緊張感が辺りを包んでいた。
「昨日見たろ?」
一文字は最初にそう言った。
風見は頷いて答えた。
一文字は困ったように微笑して話しを続けた。
「誰にも言わないでいてくれると助かるんだが…」
聞きたい事があった。
一晩中頭の中で回っていた疑問。
「……どうして何ですか?」
「ん?」
「どうして、…本郷先輩が一文字さんを抱いてたんですか?」
どういうきっかけで?
どういう理由があって?
どういう気持ちで?
正面からぶつかってきた風見に、一文字は少し驚いたようだった。嘆息すると、一文字は答えた。
「俺があいつを助ける為さ…」
その時の一文字の表情に風見は驚きを隠せなかった。
今まで自分はこの人の何を見ていたのだろう?
「……じゃぁ」
胸が高鳴り、酷い頭痛がした。こんな気分は初めてで……。
一文字の笑顔。
何もかも包み込むような穏やかな笑顔。
「…だ…だったら…」
「?」
「…だったら、俺も……」
―――俺も助けて―――
「…………」
驚愕の表情は一瞬だけ。
一回瞬きをした後には、先程と同じような微笑をした一文字がいた。
「いつが良い?」
彼は、ただそれだけを聞いた。
(…俺は何をしてるんだろう…)
自分の部屋に彼を連れ込み、肌を弄り、彼の性感帯を刺激し、自分の欲情をぶつけて…。
この人の肌に触れるのは気持ち良い。
同じ改造人間故に変な気を使う事もない。多少乱暴にした所で彼が大怪我をおう事はないと分っているから。普通の人間とは、もう、こんな事は出来ないから…。
一文字の胸の突起を甘噛し、彼の反応を楽しむ。
本郷猛にもこんなに可愛い顔を見せていたの?
何度も何度も何度も………。
一体何回体を重ねたの?
一体何回愛の言葉を紡いだの?
一体何回一体何回…。
風見は己の思考に嫌気がさした。
心の中で舌打ちをする。
(…何でこんなに気にするんだ。本郷先輩と一文字さんが何回ヤッてたって、俺に関係は無いだろう……!)
思考を―――理性を自分の中から追い出そうと試みる。
何も考えたくない。ただ、貴方だけを求めていたい。今は。
一文字の身体のあらゆる所に口付ける。一文字が敏感に反応した所を執拗に攻め立てる。耳・首の付け根・指先……。
一文字の身体を記憶したい。どこがどんな触り心地なのか、どこを触ればどんな風に反応するのか、その時の彼の表情も。余す事無く全て。
―――これは無理な願いですか?―――
「あっ……」
高ぶる一文字自身に、服の上から触れる。触れるか触れないかと言う微妙な所で触れ続ける。焦らして焦らして焦らして……。
「……んっ…」
「……………」
一文字の閉じた瞳から一筋の涙。思わず見とれる。
(…綺麗だな…)
何て綺麗な人なんだろう。とても一歳年上の同性とは思えない。
その綺麗な人が自分の下で汚れていく。己の身体をもてあそぶ自分になすがままで、どんどん快楽の谷底へと落ちる。必要な所だけ肌を露出した綺麗な人は、それ故実にいやらしい。見ているだけで欲望は膨らみ続ける。止まれない―――止まらない!
ズボンのボタンを外し、一文字自身に触れる。軽く握り、一度目の解放を促す。一文字は瞼をぎゅっと絞めた。その表情がまた可愛くて、一文字のイく瞬間の表情が見たくなった。
「……くぅっ…」
欲望は果てしない。
自分でも訝るほどに。
あの時の光景が―――あの時の一文字の表情が、笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
「はっ……、志…郎…」
名前をもっと呼んで。
今だけでも良いから自分の事だけ考えて。
先端の敏感な部分を親指でこねくり回す。それと同時に根元を強めに握った。先走りの蜜が志郎の手を濡らす。
「……一文字さん…」
耳朶を甘噛みした後囁きかける。
今の一文字はそれだけでも敏感に反応を示した。
「……っん…」
一文字の甘い声が風見志郎の鼓膜を打つ。
風見は更に愛撫の手を速めた。
(どんなに口付けたとしても、後は残らない。なら―――)
貴方の身体に情事の刻印が残らないと言うのなら、記憶の奥底に貴方の全てを刻み付けさせて…。
―――それは無理な願いですか?―――
終
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