その日は朝からシトシトと雨が降り続いていた。 もう夏も近いと言うのにこの寒さ。しまいかけた長袖をタンスの奥から引っ張り出してこなければいけない面倒臭さと、それを着ても一向に温まらない体温。 温め合う相手も居ずに一人身の寂しさを痛感してしまう今日この頃。 「あ〜・・・くそっ。こうなりゃ酒でも飲んで体温めるしかないね。」 と、一人暮らしの独り言をポツリと言うと彼は携帯を取り出し、同じ一人身の男の元へと電波を飛ばす。 「あー・・俺、俺。ねぇ、酒飲みに行こーよ。もち、お前の奢りでv」 誘っておいて奢らせるらしいこの図々しい男。 彼の名をはたけカカシという。 『ゴホッ。ゴホッ・・・。また・・・ですか?休日ぐらいゆっくり休ませてくださいよ・・・』 咳を交えながら電話の相手は文句を言う。 「行かないの?」 カカシが聞くと、相手は『行きますよ。どうせ暇ですし・・・でも割り勘です』とキッパリ答えた。 「さすがハヤテだね。じゃ、いつものところで・・・」 そう言って携帯を切るとカカシは大した額も入っていない財布をポケットに詰め込むと良く行く酒屋へと向かった。 いつもそう。そうやって誘っておいて強引に奢らせる。 電話相手のハヤテと呼ばれたカカシの昔馴染みもそれを分かってて承諾しているのだった。 ------------------------------------------- 酒を飲み温まった体と対照的な外と心の寒さは身に染みる。 「やだねぇ〜・・・やっぱ男と飲みに来るもんじゃ無いねぇ。」 カカシが言うと、ハヤテも同感してそう言う。 「えぇ。本当に・・・心底そう思いますよ。よりにもよって相手があなたですしね・・・」 毎回毎回、飽きない物か?と思える程言ってきた台詞だ。 「よし。俺の家で飲みなおすか。」 (まだ飲むのか・・・・)といった表情でハヤテは立ち上がったカカシをジトリと見る。 「明日仕事に差し支えますよ・・・。お互い二日酔いとか言って顔青ざめていられるような仕事じゃないでしょうが・・・」 ハヤテは軽く注意するがそれもいつもの事。 カカシはその忠告を完全無視して家へと向かう。 「あー・・・雨止んだみたいですね。」 スッ・・・とした凍えるほどの寒い風が吹き付ける。 「ホント・・・まだ曇ってるみたいだけど・・・ってーか。寒い。」 カカシはそんな文句をブチブチと言い放つ。 「相手が女性であれば腕組んで〜で温かかったんでしょうね・・・」 「そうだねぇ〜」 一人見同志が言い合っても更に寒さを増すだけだ。 「ところで何かあったでしょう・・・・」 唐突な質問。 しかし、ハヤテにとってこれは1年に数回必ず訊く内容であった。 「・・・・・・・何も?」 カカシは訊かれるといつもそうやって少し間を開け答える。 その間が全て物語る。 「まぁ、詳しくは聞きませんけどね・・・毎度の事ながらの理由でしょうし・・・・」 カカシとハヤテの仲は中学生の頃から始まる。 ハヤテはカカシよりひとつ下で後輩の立場だ。 ある事が合って、カカシが一番荒んだ時を傍で見ていた唯一の人間だったりするので、色々とカカシを見抜ける立場であり、その時のカカシを止める事の出来る人間であった。 その過去絡み。 巻き込まれるのは二度とごめんだし、話を聞いてやることもしない。 只、自分に出来る最低限の事はしてやっている。つまり、駄々ッ子の相手を面倒見良くしてくれる相手といった感じなのだ。 「あれ?」 不意に目に入った小さな人影。 この寒い中、多分雨の中傘も差さずに居たのだろう。ずぶ濡れの状態でジッと空を見上げ佇む少女が一人。 カカシとハヤテは目を合わせ、とりあえずその少女に声をかけて見ることにした。 「お嬢さん。なーにしてるの?」 カカシがそう問うと、少女はスッと色の無い深紅の瞳をカカシに向ける。 「それじゃあ変態おやぢみたいですよ・・・」 ハヤテがカカシの声の掛け方に軽くツッコみ、今度は自分が少女に話し掛けた。 「君、名前は?」 「ハヤテこそじゃないか・・・」 ボソッと呟くカカシに睨みを利かせるハヤテ。 それを見て少女はクスッと小さく笑うと 「私・・・・っていいます・・・」と小さな声で答えた。 「・・・・・・。」 「いくつ?」と、ハヤテは質問を続ける。 「・・・・・12歳。」 「「12!?」」 そう見えないわけでは無かったが小柄な身体に腰辺りまで伸びた綺麗な黒髪、色の無い深紅の瞳に整った顔立ちそれに加え雨に濡れ、何かを悟ってしまった様な眼をしている所為か、妙に大人に見える。 (しかし、そんな子供が何故こんな夜更けに一人で・・・) そう思うからこのまま見捨てる訳にも行かずカカシは溜息をつくと 「ねぇ、もしかして家出とか?」 と、常人ならそう簡単にズバッと訊かないであろう事を訊く。 はそれに驚いた表情を見せ、思わず黙り込んでしまった。 「ん〜・・・」 カカシは困った。といった表情を見せ何かを考える。 「じゃあ、とりあえず家おいで?体温めなきゃ風邪引いちゃう。」 と家へと誘った。 はコクリと頷くと先行くカカシとハヤテの後ろを黙ってついて来た。 ------------------------------------------- 「どうするつもりですか・・・・?」 洗面台にタオルと着替えを置きに行って戻って来たカカシにハヤテは呆れ顔で問う。 「ん?親に電話。」 スイッと手帳をハヤテの元に出し、電話するようにと促す。 「コレ・・・どうしたんですか?」 ハヤテは携帯を取り出し手帳から家の電話番号と思しきものを引き出すと番号を見て押しながら訊く。 「ん?鞄の中を探ってみました☆」 アッサリと言ってのけるカカシにハヤテは溜息混じりに「犯罪ですよ。それ・・・。」と一言。 その後、すぐ受話器の向こうで声がしてハヤテは事情を説明し始めた。 「しょうがないじゃない・・・他にどうやって調べるんだよ・・・」 ポツリと呟き、ハヤテの電話に耳を傾ける。 どうやら両親は居らず代理人が迎えに来る様だった。 ハヤテが電話を切ると同時には風呂場からひょっこり顔を出した。 カカシは「おいで、おいで」と手招きしてを呼ぶと、の両頬に手を当ててマジマジと顔を覗き込む。 は少し怯えたようにジッとカカシを見返していた。 「んー。顔色は良くなったね。ちゃんと温まったみたいだし・・・」 (ただ、眼の色は戻らない・・・・か・・・) カカシは頬から手を放し、ポンポンと乾かぬ頭を叩くとの肩に掛かったタオルを取り、「ちゃんと拭かないと余計風邪引くよ〜」と言いながら頭を拭いてやる。 普通、これぐらいの子なら照れる。しかも見知った人ではないのだから余計抵抗するかと思われたが大人しくカカシのされるがままになっていた。 それが可愛らしくて、カカシはそれをしばらく続けた。 それを見てハヤテは「変態」とポツリと言ったのだった。 カカシのアパートの前に一台の車が止まる音がした。 そしてその車から降りたと思われる人が階段を上がりカカシの家の前で立ち止まった。 ピンポーンとチャイムの音がする。 カカシはスッと立ち上がり扉を開けた。 「スイマセン。様がこちらにお邪魔しているとお伺いしたのですが・・・」 丁寧な口調だがどこか気に食わない男だな。と思いながらカカシは 「えぇ、あそこに・・・・」 と笑顔でを指差す。 「すいません。お邪魔いたします。」 その男はカカシに一礼して部屋の中へと入ってきた。 「様・・・皆探していたのですよ・・・?さぁ、帰りましょう。」 男はを見下すように見ている。 それに対しては「嫌!」と一言だけ言葉を発するとハヤテの後ろへと隠れてしまった。 はハヤテの服をしっかりと握って震えていた。 それを見たカカシは丁寧にその男に「怯えてますけど・・・何か心当たりは?」と訊ねる。 「イエ・・・」男はカカシを横目で見るとそう答え無理にの腕を引っ張り、連れて行こうとした。 ズルズルと引き連られるは「嫌だ。放して!!」と必死に抵抗する。 「「・・・・・・」」 (何かがおかしい)カカシはそう感じていた。 確かに、家出をしたなら迎えに来た相手に抵抗するが、のは抵抗と言うより怯えきって“何が何でも”といった意志を感じられるのだ。 は捕まれている腕とは反対の手でカカシの袖口を掴むと 「た・・・助けて下さい・・・っ。」 と懇願した。 その泣きそうな、でも真剣な目は先程までの色の無い眼とは違い必死さを感じられる。 カカシはポリポリと頬をかき、の腕を掴んでいる男の手を押さえる、 「これはちょっと尋常じゃないみたいですね・・・一応教師なんで?生徒を守る立場としてこれはちょっと見逃せないんですけど。」 ニッコリと笑っている顔とは対照的にカカシの手の力は強かった。 「・・・・くっ。」 痛みに耐えられなかったのか男はを掴む手を放し「じゃあ、どうしろと?」と訊く。 「・・・・とりあえず今日一晩は預かりますよ。お嬢様を大切に。ね。」 カカシはそう言うと震えるの頭を優しく撫で、男を追い返した。 「あ、ありがとう・・・ございます・・・・」 安心したのかポロポロと泣き出すにひとつ溜息を吐くと「何んであんなに震えてたの?」との顔を覗きこみ訊く。 はそんなカカシの視線から目を外しカカシのシャツで隠れていた腕を見せた。 そこには無数のやけどや青痣があった。 「・・・・虐待ですか・・・。」 教師だからと言う訳ではないがそういう生徒を間近で数名見たことがある。 カカシは尚更見てきていた。 「ここだけじゃ無いね・・・体中・・・か。」 その言葉にコクリと頷き傷を隠す。 「・・・・・・迎えに来た人誰?」 問われた質問には困り、そして一言で全てが伝わるように・・・と 「義理の両親が雇ってる使用人・・・。」 と、小さな声で答えた。 あまり、見ず知らずの他人に話せるような過去を持って居ない様だった。 カカシは自分に重ねてしまう所があり、困惑した顔をハヤテに向ける。 それに気付いたハヤテはというと咳交じりに「助けてあげれば良いでしょう?」と一言言っただけだった。 「ん〜・・・じゃあご両親に連絡取ろうか。」 「ダメ!!」 即答で断られてしまった。 両親に何にしろ連絡できないと今後何も出来ない。 「あの人達は知らないの・・・本当の両親から虐待受けてた事は知ってるけど・・・使用人の人に虐待受けてるのは知らない・・・それに、海外に居るし・・・あの人達には知られたくない。」 ハッキリと涙に濡れた瞳でそう言うがカカシは首を横に振る。 「分かるけど・・・ちゃんを助ける為にはご両親に了解を得なくちゃいけないでしょ?・・・言わないから・・・連絡先教えてくれる?」 と言い聞かせる。 「・・・・・・・分かった・・・。」 は仕方なしに連絡先を教えた。 ------------------------------------------- あの日から数日が過ぎた。 は一旦家へと戻っていた。 が家へ戻っている間、カカシはの両親と連絡を取り何とか誤魔化しきって了承を得る事が出来た。とに連絡した。 「もうすぐ来るな・・・」 カカシは時計をチラリと横目で見ると今まで読んでいた本の上に眼鏡を置き外へと出る。 「あ・・・カカシさん?」 丁度空いていたカカシの隣の部屋にを住まし、自分が面倒見るという事を両親と約束したのだ。 「久しぶりだね。大丈夫だった?」 そう訊いたカカシに一瞬曇らせた表情を見せただったが一言「大丈夫です。」と答えた。 「そう・・・。」それ以上突っ込むな。という眼を見せたの言う通りにカカシはそれ以上の事は訊かず、の引越しの手伝いをする。 一段落ついてはカカシにお茶を出すと礼儀正しく一礼して「これからお世話になります」とカカシに初めての笑顔を見せた。 それが可愛くてしょうがなかったらしくカカシは喉の奥でククク・・・と笑うと 「コチラコソよろしくお願いします。」と答えた。 |