朔の闇。

漆黒が全てを隠す、天空に守神のいない夜。




















絹の手袋を嵌めると、傍らの机に手を伸ばす。
指先に、予期せず当ってしまったガラスの瓶。それを反対の手で握りしめ、今ひとつのものを取り上げ顔に装着する。
しっくりとくる重さに、閉じていた瞼をあげる。







変わらない視界。
どこまでも続く闇。







けれど、日が昇るまでのこと。
明けない夜はなく。
閉ざされたままの闇もなく。












空気すら揺るがさず、音もなく進む。
大きな寝台に横たわるヒト。





闇から抜け出れば、そこで待っていてくれるヒト。
闇の中だとて、手を伸ばしてくれたヒト。







希望の象徴。







それを示すかのように、漆黒にさえも侵されず白い面は安らかな寝顔を見せていて。
枕もとに傅き、やわらかな頬に顔を寄せる。







「……ひどい我侭だってわかっている……自分勝手な我侭だって……。でも、オレは………」







触れるだけの口付けをした。
























最後の我侭   



















大きく息を吐いて、新鮮な空気を思いっきり吸い込む。
狭い空間に大人数で押し込められていたから、ようやくまともに息ができる。

「工藤くん、お疲れ様。送っていくけど?」
掛けられた声に、新一はやんわりと首を振った。
「いえ、寄る所がありますから」
「そうかい、じゃあそこまで送るよ」

しばし考える。

寄る所とは、約束した待ち合わせ場所。
新一が約束をするのは、もちろん恋人である快斗だけ。
一緒の家に住んでいて、どうして待ち合わせなんかしてデートしないといけないのか。当然の意見をした新一に、快斗は。

「恋人ならデートは当たり前。デートとくれば待ち合わせしないとイミないじゃん。あんまりズボラなことやってると倦怠につながるんだからね」

などと言われて、成る程と頷いたのが運の尽きというか。
快斗は勝手に日時と場所を決めて、新一を連れ出す。
しかも、ご丁寧なことに暗号なんかにしたためていたりするものだから、行かなければ解けなかったと見なされてしまう。
要するに快斗は新一の扱い方をよく心得ていた。



快斗がデートをするのは、大抵がKIDの仕事をした後。
だから、暗号は必然的に仕事の直前に渡される。
余計なことを考えないで済むように。気を紛らわせていられるように。
そう気付いてからは、新一はメールで答えだけを送ってわざと遅れていったり、約束をすっぽかしたりした。


用意周到なオトコ、心配すらかけさせないオトコ。
きっと恋人としては重宝がられるものだろうけれど。
新一にとっては、腹立たしいものでしかない。


確かに、快斗が仕事に出ている間は苦しくて辛い時間を過ごす。
警察なんかは快斗に適うべくもないが、もう一つの方はそうではない。
あからさまに命を狙ってくる、プロの暗殺集団。
怪我はしていないか、無事に逃走できているか。
それだけが頭の中をぐるぐるして。少しでも快斗の帰りが遅いと気が変になりそうな時もある。
そして、図らずしも快斗の策にのってしまう。
だが当の快斗は。
いつもいつものほほんとした顔で帰ってきては、心配していたことをわかっていても、逆手にとって新一を揶揄するのだ。
「夜更かしなんかして、オレがいなくて寂しかったの?しょうがないなぁ、新一の甘えん坊さん」
ちょっとそこのコンビニまで出ていたかのような口調で。
何事もなかったように。どんな激しい命のやり取りをしてきた時でも、そのスタイルは崩さない。


悔しくて。
もちろん、そのことだけが引き金になったわけではないけれど。
新一は、どうにかして快斗に慌てふためき焦ったカオをさせたくなった。
色々なことを試したが、今までのところ結果は全戦全敗。




「え…と、工藤くん?」

いつまでも返事をかえさない新一に、遠慮がちにかけられる声。
思考のなかに漂っていた意識を、目の前の人に戻す。

いかにも人の良さそうな、温厚な顔。
いざという時には頼りになるけど、普段は気が弱くもの凄い奥手。

(やっぱり、高木さんじゃそんな感じには見えないか。それに事件の呼び出しがあったってのがバレバレだよな)

同じ失敗をしないためにも、人選は慎重にしなければいけない。
第一、演技もできそうにない高木では荷が勝ちすぎるのは目に見えている。


「いいです。ここからだと歩いてすぐですから。それでは」
「あ、はい。ご苦労様でした」
「いえ、失礼します」
互いに礼を交わして、新一は現場を後にした。
(さあて、どうすっかなぁ。とっくに2時間経過してるし。今日は答えも送ってないし)
事件に集中しきっていたから、暗号の答えを送ることなど頭になかった。もちろん、遅れる連絡なんてものはわざわざするはずもなく。
(解けなかったって思われるワケはないだろうけど…でも快斗だからな…)
自己流解釈の大得意な相手は、自分の都合のいいように事を運ぶ。
ついこの間も事件のせいで約束をすっぽかしてしまった新一に対して。
「暗号が解けなかっただなんて思ってないよ。ただ、わざわざ暗号の通りに付き合うのがイヤだっただけだよね」
ひどく悲しそうな顔で、そう告げられて。
思いっきり新一は否定したが。

「事件…?そっか。でも、オレのことは少しも思い出さなかったんだよな。事件だって連絡いれることすら思い付かないくらい……ああ、わかってる。新一が悪いんじゃない。悪いのはオレだよね。オレの愛情が新一の中でしっかりと根付いてないから、忘れられてしまうんだ…だから」

申し訳なくてどうやって快斗に謝ろうか。
そう新一が思ったのも束の間。
落ち込んで俯いていたはずのオトコは、悪戯な光を瞳に宿してとっても人の悪い笑みを浮かべた。
瞬間的に逃げをうった新一をしっかりと捕まえて。
「だから、今からみっちりとオレの愛を新一くんに叩き込んであげるから」
そして新一は、イヤというほど快斗の"愛"を教えてもらったのだった。


(くそ〜っ、ヤなこと思い出してしまったぜ!どうして快斗はいっつもいっつもああなんだ!何かといちゃもんをつけては人をベッドに連れ込みやがって!)
ぐっと拳を握り締めて、ずんずんと通りを突き進んでいく。と。
「工藤くん!ああ、こんなところで会えるなんて!」
(快斗のペースにのらなきゃいいんだ!のらなきゃ!ガツンと先制のカウンターを食らわせてこっちのペースに持ち込めれば!)
「工藤くん!」
(顔色を変えさせてあたふたさせる―――ぎゃふんと言わせる何か……)
「工藤くん?!」
(う〜ん…白鳥刑事がいたらラクだったんだけどなぁ。あの人、快斗並にキザだし、それなりに対応できるし。快斗が変装したせいで興味をもった――なんて言ったらそれこそ愕然とするだろうし…)

「工藤くんっっっっ!!!!!」
「…ん?」

ぐいっと腕を掴まれて、自分の意志ではなく体の向きをかえられる。
肩を激しく上下させて息をしている男の顔は、落ち着きを失い焦燥していた。
(そうそう。こういうカオをさせたいんだよな)
「もうビックリしましたよ!いくら声をお掛けしてもぼやりとされたままでしたから!どこかご気分でも悪いのですか?!なんなら僕の家が近いですから休んでいかれませんか?」
「痛いんだけど。手」
「えっ?!あ、これは失礼をいたしました!ではお詫びもかねて――って工藤くん?!」
力を緩めた白馬に、新一は腕を取り戻すとまた通りを進む。
それに置いていかれまいと、白馬は必死になってついていく。
「ちょっとそこでお茶でもご一緒しませんか?それか、うちにいらしてホームズの話をするというのもよろしいと思いませんか?」
「思わねぇよ」
「で、では!事件の話でも!」
まっすぐ前を見つめたまま話にのってこない新一が飛びついてきそうな話題を白馬は懸命にふってみる。
「一昨日、KIDが予告をしたのを知っていますよね。予告状に示された場所へと僕は待機していたんです!しかし、怪盗は現れなかった!つまり予告を遂行できないほど追い詰められていたのです!そりゃあもう!警備の布陣は完璧でしたから仕方ないですけど!」
「それって、予告状を読み違えていただけだろう」
誉められると思いこそすれ、あっさりと返された言葉に呆然とする。
「それに捕まえられなかったなら、例えどんなに追い詰めたとしてもイミねぇよ」
「う……そ、それはそうですけど…っ!でも!KIDは致命的なミスをしたんです!!」
「へー」
とっても興味をひくと期待をこめた言葉。
しかし、新一は相変わらず前を向いたままちらりとも見てくれはしない。しかも全く気のない返事。
「あ、あのですねっ!いつもならすぐに盗んだ宝石を返すのに、この前に限ってまだ返していないんですよ!」
「ほー」
「これってどれだけ僕に追い詰められていたかという裏付けだと思いませんか?!きっと返却する行動に移れないほど疲弊しきっているんです!だから、怪盗だという決定的な証拠になる宝石を今だ持ったまま!身体検査をすれば絶対に宝石がでてきます!!」
「ふーん」
「犯罪者というのは大抵が証拠となるものを身近に置いときたがるものなんです!犯罪者心理というのかね!黒羽くんの持ち物を調べれば絶対に出てきますよ!!そして、工藤くんはずっと騙されていたことを知ることになります!!」
ピタリ。
歩みを止めた新一に、白馬は勝ち誇った笑みを見せる。ようやく自分に意識を持ってきてくれ、なおかつ協力してくれそうな雰囲気に浮き立って。いそいそと新一の前へと回り込もうとするが。
「オイ、赤信号だぞ。お前が轢かれるのはいいけど、轢いてしまった方はどうなるんだよ」
「…あ、あの…っ…」
「交通ルールくらい知ってるだろ」
やっと見てくれたと思えば、果てしなく冷たい声で冷たい視線を送られて。上り詰めた高みから一気に奈落へ落とされて。みるみるうちに重苦しい空気をまとった白馬に、関わり合いたくないとばかりに新一は一歩の距離をとった。
(この際、コイツでもいい――ってのはナシだよな。快斗に適わないのは実証済みだし、こんなふうにどこかヌケてるし………どうしよっかなぁ。待ち合わせ場所はもうそこなのに)
信号を渡ったところにあるカフェテリア。
ガラス張りだから、ここからでも待っている姿は良く見えて―――――――。

「……………………ナニ、アレ?」

快斗は目立つ。
魅せることを仕事にしているから、仕草のひとつひつつがとてもキレイで、目を引く。
その上、顔もよくて存在感も格別とくれば、いつも人々の視線の中央にいる。


今も。
周囲の席に座る人々はあからさまにではないが、ちらちらと見ていた。
通りを行く人のなかにも振り返って見る者までいる。
しかし。
快斗だけに、ではない。


テーブルの上に置かれた快斗の手。
その手と重なるようにある、別の誰かの手。


ここからは人の影になって相手は見えないが、明らかに女性の手だった。





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01.11.29  

   

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