冷たく凍てつく風に、コートの襟を立てる。
ことさら寒さを感じてしまうのは、ひとりだから。
最近つれない彼は、一緒に歩いてくれることもなくなった。
「もうすぐ、クリスマスだってのに」
ため息は白く色付いて、寂しさがカタチになったよう。
視線を流せば、街は楽しいメロディーときらきら輝くイルミネーションに飾られ始めていて。華やかな賑わいが余計に、切なさをさそう。
大切な人と初めてのクリスマスを迎えようとしているのに。一人では盛り上がるはずもない。
どうにかしようにも、この数日で益々頑なさを増したヒト。
「…やっぱり、もうダメか…」
上手くいかないことは、最初から予感していた。諦めてしまえば、もう悩まなくてもすむ。
つらつら考えながら歩いていると、通りすがりの人と肩がぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ、こちら…こ、そ……」
謝ってくる女性に向き直って――――――目を、奪われた。
white lie
"人の口に戸は立てられず"
謂われの通りに、その噂はあっという間に広まった。
対象が、大学内でも有名な人物であるだけに当然といえば当然。
真偽の程はさておき、誰もが飛びついたその話題とは。
「黒羽に彼女ができたんだってさ」
今までにどれだけの美女が総掛かりでアタックしても、見事に撃沈されていただけにそうそう信じるものはいなかった。
「だってな、黒羽っていっつも工藤といるもんな」
「あんなキレイなやつを見慣れてたら、どんな美人も霞むしさ」
「オレは工藤とできてるって聞いたぜ」
「そのほうがよっぽど信じられるよな」
とかなんとか。最初のころはそんな感じであったのだが。
「近頃、工藤見ないよな」
「また事件とかだろ?忙しそうだしな」
「それで黒羽が一人なもんだからここぞとばかりに女どもが迫っているんじゃないのか?」
「そうじゃなくて、工藤にフラれたんだろ?」
「なるほど!だから女と遊んでるのか!」
俄かに信憑性がでてきたせいで信じる者がちらほらでてくる。
そして、ついには目撃者まで。
「昨日、美人と一緒に歩いてたってさ!」
「何でも仲良く買い物してたとか」
「オレは肩を抱いてるとこ見たぜ」
「モテるやつはいいよな〜。とっかえひっかえかよ」
「それがどうやら違うらしいぜ」
「まさか本気で付き合ってるとか?!」
「そのまさかさ。だってな」
全部、同じ女だったから。
時間も場所も目撃者自身も毎回違うのに、どうしてそんな結論になるのか。
それは実に簡単なことだった。
誰もが口を揃えて、快斗と一緒にいた人物を。
「白いコートの美女」
と評したからである。
そして、当の噂の本人であるところの、黒羽快斗の態度が全てを物語っていた。
「ご機嫌やな」
「本当に。気持ち悪いくらいですよ」
彼らは所謂『ライバル関係』であって、にこやかに微笑み合う仲では決してない。
特に、2人にとって快斗は共通の敵。なぜかというと、いつもいつも自分たちの愛しいひとの傍らに厚かましくも陣とっているから。
なのにこの変化は一体なんなのか。
「先日まで、あんなに意気消沈していたのに…」
「やっぱり噂は本当やったんや」
「工藤くんにフラれたということですね!」
「せや、とうとう愛想つかされて、きっと家からもたたき出されたんや」
「失恋の痛手を癒すのは、新たな恋をするのが一番」
「恋人ができたって噂もあながちでたらめではあらへんかもな」
目の前でにこにこしている男に対して、ぼそぼそと呟きあう。
場所は大学のカフェテリア。
噂の真相を確かめたくて、ひとりでコーヒーを飲んでいた快斗の席に強引に座るものの相好を崩したまま。
「ずいぶんと楽しそうですね」
「なんや楽しいことでも見つけたんか」
「オレはいつだって楽しいぜ。充実した人生を送っているからな」
「ほう、工藤くんに振られたくせによくそんな余裕がありますね」
脱落したライバルを鼻先で笑う白馬に、快斗は首を傾げた。
「なに言ってんの?おまえ。なんでオレが新一にフラれるんだよ」
「工藤に捨てられたくせに、誤魔化すんやないわ。白いコートの女とべたべたしてたのは知ってんやで!」
途端に、和やかだった快斗の雰囲気がガラリと変わる。目を眇めて圧倒する眼差しで睨み付けると、すくっと席から立ち上がった。
((これは…!!))
図星を指されたからこその態度の急変。
カフェテリアから出て行く快斗を見送って、白馬服部両名も立ち上がる。
「これは確かめないといけませんね!」
「せやな!」
そして、2人は追跡者となった。
だがしかし、キャンパスを出たところで目標は忽然と消えうせてしまう。
当然といえば当然のことながら、裏の顔を持つ快斗が尾行に気が付かないわけがなく。撒くのはお手のもの。
慌ててへばりついていた花壇の影から飛び出すと、見通しのいい道路を西へ東へ遁走するが姿を見つけることは適わない。
「おらん?!見失ったで!!」
「確か噂では……米花駅付近の商店街に出没するとのことでしたけど」
「米花駅付近?じゃあ、そこで張り込んで証拠をおさえたるわ!」
薄闇に包まれてゆく空間は、この世ならざる世界との境界線。
ゆえにトワイライト・ゾーンは逢魔が時なんて言われるのだが。
街路樹に飾り付けられた装飾灯が点滅をし始め、聞こえてくるジングルベルの曲がよりクリスマスを感じさせる中、そのカップルはいた。
上背のあるやさしい微笑みを浮かべる男と、寄り添うように歩く細身のひと。
仲むつまじいという点ではどこにでもいるカップルと共通するところであるが、違っていたのはふたりが醸し出す雰囲気。
周囲を自分たちのいる空間とは見事に切り離して、楽しそうに囁きあい笑う姿。そこだけ空気の色も温度も違っていて。
"魔"が人ならざるものであるとするならば、魔に魅入られた人々はまさしく逢魔が時を体験したといえた。
駅前でタクシーを乗り捨てた2人組は、然程多くはない人ごみのなかから目当ての人物を見つけようと駆けずり始める。
「どこや?!どこにおるんや!」
「服部くん!そんなに大きな声を出しては、黒羽くんに気づかれますよ!」
「せやけど!見つけんことにはあかんやないか!」
「確かにそうですけど。当てもなく探すより何か……まだ夕食の時間には早すぎますから喫茶店か……あ!」
「おったんか?!」
「し!」
とっさに白馬は服部の口を抑えると、脇の路地へと身を隠す。
そして、こっそり顔半分だけを出して、視線で居場所を教えた。
「ほら!あそこですよ!」
「あれか!」
実に探すまでもない。
通りすがりに必ず振り返ってゆく人々の視線を追ってゆけば、簡単に探し人へと行き着いた。
「黒羽や。それと…」
「白いコートの女」
目印ともいうべき真っ白いコートは、上質のカシミアでできていると一目でわかるもの。前立てや袖口、フレアな裾は惜しみもなく柔らかなファーでトリミングしてある。足元にのぞく黒のブーツが軽やかに動くたびに、きれいな動きを見せている。
これだけ特徴のあるコートならば、"同じ女"だというのは一目瞭然。
「顔…見えんわ…!」
「そうですね…せめてもう少し上げてくれれば…」
白いコートの人は深々とコートと一体化しているフードを被っていて、淵を飾っているファーのおかげで人物を判別しにくい。
しかし。
「……なんや…きれいな女やなぁ…」
「ええ…まるで雪の女王…みたいな…」
すっきりとした身のこなし、凛とした佇まいだけでも美しさが匂い立っているけれど。見ることのできる顔半分は、2人の目を奪うのに充分だった。
コートに負けない、肌の白さ。形のよい鼻に、鮮やかに色づく唇。隠しても隠し切れない美貌がそこにあって、思わずため息をもらしてしまう。
だが、うっとりと見惚れて瞬きを忘れた視界に突如割り込んできた者のおかげで、現実に立ち戻された。そして、世の不条理さに怒りを燃えたたせる。
「なんで…なんで…あないな男にあないな美人が引っかかるんや!!」
「工藤くんを毒牙に掛けたばかりか…あのような美人まで…!!」
拳を握り締める服部と白馬の目には、白いコートの美人の肩をしっかりと抱いて、顔を寄せ合いながらショーウィンドウを覗き込んでいるふたりが映っている。
指でディスプレイをしめしながら快斗が頷いていたかと思うと、不意にフードの陰に隠れた。
「「ああ…っっ!!!」」
思わず上がる声。
服部と白馬には、今快斗が何をしたかハッキリと分かってしまった。
「な…なんて…破廉恥な!こ、こんな街中で…!」
「そやけど!これで浮気は決定的や!」
「はっ、そうですね!人目もはばからずこんな工藤くんのお膝元で…彼を侮辱しすぎています!」
「絶対に許さへんで!」
"白いコートの女"を指摘したときの快斗の態度。
急変した表情からして、振られて新たな恋に走ったのではなく。新一がいながら、別の女と浮気しているのは明らか。
そうでなければ、存分に自慢に走る男なのだから。目撃されたことに図らずも動揺するなんて、やましいことがある証。
「あ、なんや…店に入っていくで!」
「ええっと、ブランド品を取り扱っている店ですね」
肩から腰へと回された手のせいで更にべったりとくっついて、店員に何やら注文している模様。もっとよく見ようと2人は隔てている道を渡る。
店内は高級店らしい品のよさがあって、置かれている商品もずいぶんと高そうなものばかり。
「これって、やっぱクリスマスプレゼントってことかいな?」
「そうですね。彼女の気に入ったものを買ってあげている…それしかありません!」
「ほんまや!あれ…女もののバックや!」
「ポシェットですね!」
店員がショーケースから出して快斗たちに見せている商品―――目にも鮮やかな黄色に独特のモノグラム文様が入っている四角いポシェット。
これでいい?と快斗が尋ねれば頷く彼女。にこやかに見守っている店員に買う旨を伝えると、別の店員が早速とばかりに会計にやってくる。
「…ひい…ふう…みい…よ…いつ…む…なな……や……ここ…の…つ……」
「きゅ、9万円…!」
躊躇することもなく財布を出した快斗が支払った額。店員が確認のために札束を数えているのを目で追って、2人はクラリときた。幾らかおつりがくるにしても、たかが浮気の相手に貢ぐにしてはあまりにも高額すぎる。
クリスマスに、相手に強請られるまま出し惜しみもせずにプレゼントを買うなんて、気合が入り過ぎだ。
「よ…よもや…浮気ではなく…どっちも本気…なんてことはないでしょうね?!」
「それって…フタマタかいっ?!」
とんでもない事実に行き当たって、服部と白馬は激しい憤りを覚えた。
日が暮れて闇に包まれるなか、距離をおいて2人は快斗たちの後を追う。多少の学習能力はあるもので、勘の鋭い快斗に気づかれないようにずいぶんな距離をおいた。無論、視認しながらではなく聞き込みをしながら、である。
なんといっても非常に目立つカップルだから、そこここに目撃者がいるおかげで困ることはない。
「なぁ…この道は工藤の家に続くんやないかい?」
「僕もそう思っていたところですよ」
でも、まさかと思ってしまう。
仲良くブランド店から出てきたふたりは女性服のブティックやインポート雑貨を扱った店を巡り、楽しそうに買い物をしまくっていた。そして最後に寄ったのは、意外にもスーパーだった。
ブランドのロゴのはいった紙バックと、スーパーのビニル袋を一緒にさげても様なっている快斗に苛立ちながらも、服部と白馬はほくそ笑んだ。
見るからに、これからふたりで夕食の支度をして食べようとしている。快斗の実家のある江古田とは逆の方向に向かっているということは、"白いコートの女"の自宅へと向かっているということ。
つまり、完璧なる快斗の浮気現場を押さえられるチャンスなのだ。
なのに。
予想を見事に裏切って辿り付いたのは、工藤邸の大きな門の前。しばし2人は呆然としてしまった。
我に返ったのは木枯らしに吹きつけられて、寒さに体の芯が凍ったころ。
ガチガチと歯の根のあわない口で言葉を綴る。
「ど、どういうことやねん?!」
「ま、間違っているはずはないですよ!だって、そこの角で聞いたんですからね!」
最後の目撃証言は、工藤邸に入っていくところ。耳を疑いながらも、服部と白馬はどーんと建っている大きな屋敷を臨んだ。
門柱の頭につけられている明かりは煌々としており、玄関にも在宅している証が灯っている。
「どうする?」
「どうするって…どうしようというんですか?」
「ここに入ったのは間違いないんやで!」
「まさか!いくら黒羽くんでも工藤くんの家に女性を連れ込むなんて!」
「ええとこ見せたいんやないか?こんな大きな家に住んどるところをな」
「なるほど!見栄っ張りですからね。黒羽くんは!」
頷きあって、うまく動かない手で重い門を開けた。
見ている者がいたならば不審者と通報したくなっただろう。抜き足差し足で玄関に近付くと取っ手をそっと回してみる。すると、運のよいことにカチャッと軽い音がして扉が開いた。
「無用心なやつや」
「浮かれすぎてて、注意を怠ったんですよ」
ニヤリと笑って、さささっと作った隙間から体を忍び込ませる。これまた運のよいことにライティングの落とされたエントランスは侵入にはもってこい。靴を脱いで上がると暗闇に紛れ込みながら、人の声のするほうにすり足で歩を進めた。
「こっちのほうですよ」
「リビングか?」
少し行ったところから漏れる一筋の光。
人の気配と、確かな女性の声。
恋人がいない間に、ほかの愛人を連れこんでとんでもないことをしている快斗の図が目の前にちらつく。怒りを覚えるとともに決定的な弱みを握れる喜びに沸き立ちながら、闇の中で互いにギラつく視線を交わす。
「「さあ!観念しろや(しなさい)!!黒羽(くん)っっ!!!」」
それぞれノブを握りしめ、観音開きの扉を勢いよく開け放った。
あたたかな部屋、あたたかな空間。
大きな部屋の中央には、天井まで届きそうな大きなもみの木がある。
明るい光に照らされて、ふかふかの絨毯に広げられたものがキラキラと輝く。
凍てついた体で飛び込んだ服部と白馬には、まさに夢見るような心地いい世界。無論、想像どおりの図が目前に展開されていればのハナシだったが。
「なんだ、てめぇら」
耳に届いた声は間違いなく愛しいひとのもの。
銀色のボールを手にして、もみの木の影からこちらを見つめる白皙の美貌。
「「く、くくく工藤くんっ?!ど、どどどうしてここにっ?!」」
「自分の家にいちゃ悪いかよ」
当然至極の返答に、だらだらと冷や汗が流れ落ちる。
ここにいるはずがないのに、それなのに。予想通りに部屋の中にいたのは男と女。だが、予想とはかけ離れた男と女。
「不法侵入は立派な犯罪よ。それとも、工藤くんが留守だと思って入ってきたのだから、泥棒でもするつもりだったのかしらね?」
冷え冷えとした声に、ブンブンと頭を横に振る。ゆったりとソファーに座ってお茶を飲んでいる新一以上に恐ろしい存在に、それはそれは顔を真っ青にさせて。
「ち、違うんや!!オレらは黒羽を…!」
「そ、そうです!黒羽くんがとんでもないことしているから、だから…っ!!」
「快斗がなんだって?」
言い訳のために口にされた名前は、新一の怒気を少しだけ収める。ムッとしていた表情のなかに、興味の色が浮かんできて、2人は突破口を見つけたとばかりに言い募った。
「ヤツはとんでもない食わせもんやで!工藤が忙しゅうて大学に来いへんのをいいことに、女とごっつう遊びまわってんや!」
「工藤くんには気づかれないと思って、黒羽くんは浮気しているんですよ!」
「堂々と人目もはばからず、キスなんかしよってな!」
「おまけに彼女に強請られるまま何万円もするプレゼントを買ってあげたりして!」
「信じられんかもしれへんけど、オレはこの目でしっかり見たんや!」
「学内でだってそれはもう噂になっています!浮気の相手のことをそれとなくほのめかしたら、黒羽くんは顔色を変えるし!」
「今すぐ黒羽のヤツを叩き出せや!」
「思いっきり振ってやってください!」
捲くし立てたせいで少しばかり息切れをしている2人を一瞥して、新一は徐に立ち上がった。
「……どんな女だ?」
低く感情を抑制した声にビクビクしながらも、それは快斗に向けられているものだからと服部と白馬の心はとても浮き立つ。
「顔は…ようわからへんけど…とにかくキレイな女や!うん!」
「ええ…色がとても白くて、唇の赤さがとても印象的な…頼りなげな美女ですね!」
「ふーん。それで、お前らはいつ快斗とそのオンナがベタベタしているのを見たって?」
「つい今しがたや!」
「そう!講義が終わった後からずっとですよ!」
「へぇ」
一層低くなった新一の声に、背筋をゾクゾクするけが走りぬけた。
なんだか目つきは非常に鋭くて、犯人に向ける時と同様の射抜くようなものである。
「ずいぶんと姑息だな」
「そ、そりゃそうや!」
「ま、まったくもって黒羽くんは…」
「お前らがだよ」
「「はっ??!!」」
恐ろしさのあまり、うまく回らない舌で同調したのも束の間。新一から返された言葉に、ぽかんと口を開ける。
恐る恐る見やった新一は完璧なまでの無表情で、いつしか2人の正面まで来ていた。
「快斗が言ってたんだ。もうすぐクリスマスだってのに恋人がいないから、うまくいっているオレたちを妬んで言いがかりをつけてきたって。自分たちだけが惨めなクリスマスを迎えたくないから、仲を引き裂きたがってるってな」
「そそんなっ?!そ、それこそ言いがかりや!!黒羽の嘘や!!」
「そう!そうですよっ!僕たちは見たままを言っただけなんですから!!事実、黒羽くんはさっきまで女性と…!」
「いい加減にしろよ。快斗は今の今までオレと一緒にいたんだ。講義が終わってからずっとな。オンナといちゃつく暇なんかないんだよ」
「「へ……??」」
新一の言葉がうまく飲み込めずに、首を捻るけれど。次の瞬間には強烈な衝撃を腹に受けて、リビングの外へとふっとばされる。
「ぐぐ…っっ」
「うぉ…っっ」
ともに腹を抱えて涙の浮かんだ眼で見上げた先には、ブリザードをまとわりつかせて仁王立ちする新一がいた。自分たちが食らったのが、彼の最大最凶の武器であるところの黄金の右足だったのは確認しなくともわかる。
「ど…うして…や…っ」
「く…どうく…ん…僕たちは…ただ…っ」
「ただ、なんだ?快斗を陥れて楽しもうなんて、最低の趣味だな」
「まったくよね。年末になるとどうしてこんな変な人たちが湧き出てくるのかしら。工藤くんがいなかったら、浮気の証拠とかいって女性の下着なんかを隠すつもりだったんでしょ」
哀にまで見下されて、脂汗をたらしながらひたすらに頭を振るしかないけれど。
新一から発される冷気は次第に絶対零度に近くなっている。
「下らねぇことほざきに来た挙句に、せっかくあたたまった部屋を冷ましやがって!」
「「あ、あの…?」」
「オレはな、寒いのが大嫌いなんだ!なのにお前らは!」
2人が玄関を閉めてこなかったせいで、ほかほかと暖かかったリビングはいまや外気波に冷え切っていた。
体が震えるのは、実は気温低下のせいだったのね、なんておちゃらけた感想が浮かんでくるはずもない。
新一の怒りのこもった声は、氷の刃となって服部と白馬に突き刺さった。
「さっさと出て行け!二度とこの家の敷居を跨ぐんじゃねぇぞ!!」
バタン。
大音響とともにリビングの扉は閉まって、暗い廊下に取り残される。
言い訳をできる状況でもなく、する気力もない。ヨロヨロと立ち上がろうとするが、新一の蹴りの威力は凄まじく冷たい床を抱きしめるしかなかった。
そこへ。
「ほら、出て行けって言われたんだから。こんなとこに寝てないでさっさと出てけよ」
楽しそうな声がしたかと思うと、ぐいっと襟首を捕まえられてずるずると引きずられる。
「く…黒羽…っおま、お前は…!」
「き、きみってひとは…なんて卑怯な…っ!」
どうにか動く口で卑劣さを責めようとするけれど、鼻先で軽く笑われてしまう。
「オレがオンナといちゃついて浮気してるなんて、アホなことを新一に言うからだろうが」
「ホンマのことやないかいっ!!」
「妙なことを工藤くんにふきこんで…っ!」
「負け犬はよく吼えるな」
ブチっと頭のなかで何かがキレる音がして、痛みもどこへやら。服部と白馬は根性で快斗の手を振り払うと、勢いよく立ち上がった。
「もうもう…っゆるさへん!」
「僕も、暴力はきらいですけどね!今日という今日は…っ!」
「はいはい、でもその前に」
まるで相手にしていない快斗の言葉にカッときた瞬間、視界が突如真っ白になる。
「ほら、いいもの見せてやるよ」
まぶしさに慣れたのを見計らって、快斗はあるものを示してみせた。
エントランスホールの隅におかれているコートハンガー。そこにかかっている、真っ白いコート。
「「ま…さ、か……」」
見覚えはあって当然。
つい先程まで追っかけまわしていたものだ。
問題は、こんなところに堂々と掛けてあることと、さっきの新一のせりふ。
「「…よ、も…や…っ…そん…なこと、が…っっ??!!」」
雪のように白い肌、細くしなやかな肢体、香りたつ美貌に、凛とした気配なんて。まさに、ピタリと新一に当てはまるではないか。
呆然と見開いた瞳を快斗に向けると、にんまりと笑われる。
「オレが新一以外の誰とデートするってんだよ」
「「う…うそ……っ」」
快斗とべったりひっついて。
肩を抱いても腰を抱いても、嫌がるそぶりひとつ見せずに。
仲良くお買い物をして、プレゼントを買ってもらって。
そして、街中でキスして。
それが全部、浮気相手ではなく新一だったなんて。
真っ白に焼ききれた思考は、そのまま意識を手放すことを選んだ。
大きな音を立てて床に倒れた物体を、快斗はまたもずるずると引きずってゆく。
行き先はお隣の地下室である。
「約束どおり、哀ちゃんへのプレゼント第3弾。しっかり役に立てよな」
非情な宣告にも、意識を失った幸せなひとたちには届かなかった。
≫つまり、どういうことだったかというと…。
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