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blue memo




 月の眠り <2-2>
 

学校に行かなければいけない――そう思いつつも快斗の足は学校ではなく、大きな時計塔に見守られている公園へ向かった。
今更行っても教師に大目玉を食うだけだったし、朝から飲酒をした身で登校するには些か短慮だという考えが働いたからだ。
躑躅の垣根の間にあるベンチに座ると、視線は自然と空へと合わさる。
初夏の清々しいまでの真っ青さ。
心がすっと溶け込んで、どこまでもどこまでも飛んでいけそうな気すらなる爽快な青。

「…違うな…」
この青とは。

ふと意識せずに漏れた呟き、そして頭を過ぎったことに。快斗は自分があの蒼に囚われていることに気付く。
あの夢で見た"蒼"。
途轍もない強烈さを感じながらも、実際は抽象的にしか捉えることができないそれ。
何を示しているのかはあやふやで、まるで判断というものがつかない。ここ数日夢でみて、起きてしまえば残存としてしか存在しないもの。
快斗は自分のことを合理的な人間だと思っている。
ムダを省いて、能率的に物事を判断してきた。考えても仕方がないこと理解できなくて割り切れないことなどは、すっぱりと思考から切り離す。
それなのに、たかが夢でみた蒼の閃光にこうまで心が占められるなんて、かつてなかったことだ。
「どうしたんだろうな…」
自分のことなのにまるで他人のことにように思ってしまう。
頭を振って追い出そうとするけれど、もやもやとしたものが余計に心の中に広がって行く気さえする。
快斗は一つため息をつき、意識を空へと切り替えた。
見上げた先は、どこまでも限りなく続く青。
ぼんやりと見つめていると、自身が空に溶け込んでいく感じがする。錯覚だとわかっていても、このまま溶けてしまえればとても楽になれるようで―――。

「黒羽くん」
「!」
拡散した意識を唐突に元に戻した声。
はっとして何時の間にか閉じていた瞳を開くと、風になびく艶やかな黒髪が映る。
「…紅子」
見つめてくる漆黒の眼差しに、快斗は彼女に呼ばれる直前の感覚を思い出す。
足下に大きく口を開けている深淵へ、飲み込まれていく墜落感。
じっとりと汗の滲んだ額を拭うと、その手にひんやりとした手が重ねられた。途端に、伝わってきた冷気が厭な感覚を追い払っていく。
細く白い指先を辿って、再び快斗は紅子と視線を合わせる。
「なんでもない。大丈夫だ」
快斗の口からはすんなりと言葉が出てきた。それは紅子を安心させたいからではなく、素直な気持ちからだ。
「本当に?」
「ああ」
しっかりと頷く快斗に、紅子は朱色の唇に微笑みをのせた。


2005/06/18 (土)




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