「……っ！」
カッと瞳を見開いて、飛び起きる。
激しく肩で息をしながら、いつものように手は胸を掻き毟っている。
ここ数日の恒例となった寝覚めだが、それでも慣れるということはない。
胸に残る痛みは日を追う毎に増していって、自分がどうにかなってしまいそうで堪らなくなる。
「どう…したってんだよ…オレは…っ…」
息をするのも苦しくて、このままここから動けなくなるような気すらした。


音を立てて降り始めた雨に、ぼんやりとしていた快斗の意識はそちらに向かう。
陰鬱な空模様はそのまま自分の心の有様のようで、あまり気分のいいものではない。
それでも、何かを洗い流すような水音は少しだけ心を落ち着かせてくれる。
「快斗！」
声とともに教科書で机を叩かれて我に返ると、青子が怒ったような顔で睨みつけていた。いつのまにか授業は終わっていて、教師の姿はすでにない。
「もう！なにやってるのよ。先生が注意してもしらんぷりして！教科書さえ開かないなんて態度悪すぎ！」
「ああ…悪い」
机上にはそろえて置かれたままの教科書とノート。怒っているようでいて心配そうな色を滲ませた青子の表情に、素直に謝る。その彼女の肩越しに、紅子も気遣わ気に見つめてくる。
心配させないようにと注意されたばかりなのを思い出して、見つめ返す視線は自然と気まずいものだ。
上手な言い訳もできずにいると、紅子が席を立ってきた。
「青子さん。せっかくだから、あのお店に一緒にいかないかしら？約束を守れなかったのになんだけれど、自分で選んだほうがきっといいと思うわ」
「そんなの！紅子ちゃんが気にすることないよ。青子が無理言ったんだから！でも一緒にできるなら嬉しいな」
怒っていたことも忘れて楽しそうに話す青子に、快斗はほっとすろ。
話をそらしてくれた紅子にありがたく思うけれど、申し訳なさも募る。未だかつてない不安と恐怖に襲われたせいで、彼女に青子との約束を果たさせなかったのは快斗なのだから。
朗らかに笑いあう彼女たちを他所に、また自分の裡へと入り込みそうになるが、近づいてきた気配がそうはさせなかった。
「どうしたんですか？黒羽君。随分と疲れているようで、またなにやら計画を練っているんですか？」
「計画って？」
いつもの如く高飛車な言い方をする白馬にうんざりした顔で返すと、キッと眉を吊り上げてくる。
「しらばっくれないで下さい。KIDが前回活動してから一月半ばかり、そろそろ次のターゲットが決まる頃合でしょう？」
「またKIDかよ。妙な言いがかりをつけるのはいい加減にしろって」
「言いがかりですって？計画を練っているせいで色々忙しくて、徹夜続きじゃないんですか。だから寝坊して遅刻はするし、授業にも身が入らないでいるんでしょう？」
頭上から見下ろしてくる視線に辟易して、これ見よがしにため息をつくと。そのまま乱暴な仕草で席を立つ。
「勝手に言ってろ。付き合いきれないぜ」
「おや。逃げ出すなんて君らしくないですね。それとも反論する余地がないからですか？」
カバンを手に背をむけた快斗に、白馬は鋭く言い放つ。確信的な物言いに、その自信はどこからくるのかと毎度のこと思ってしまうが、一々相手をしていればキリがない。
「ワケのわからない話の相手なら別に探しな。オレは付き合う気はないって言ってるだろ」
一瞥をくれて教室を出ると、青子が追いかけてきた。
「快斗！ホームルームはまだだよ！それに今日は青子も一緒に帰るんだから…」
「悪い。オレ、ファンシーな店とかパスだからさ。紅子と二人で楽しめよ」
「あ、快斗！待ってよ！」
追いすがるような声には振り返らずに足早に離れる。
昨日と同じ店ならば、またあの場所に行くのだろうから。
あの恐怖も不安も、快斗にとっては二度と感じたくないもの。
いくら青子の頼みでも、それを思い出させる場所には足を向けたくはなかった。