天の川にかささぎの翼が架かると、織姫は彦星に逢いに行く。 一年に一度だけの、逢瀬の夜。 だから、その日に願いを掛けた。
空には灰色の雲が幾重にもたちこめて、絶え間なく雨を降らせている。 天気のせいかそれとも大通りから離れているせいか、道行く人もない通り。その先をまっすぐに見詰めていた快斗は、ゆるく頭を振った。 しとどに濡れた髪からは雫が舞って、どれだけ雨に打たれていたかが知れる。 「……なに、やってんだろ…」 自分の状態にため息をつくと、すぐ脇にある潰れた店の軒先へと体を滑り込ませた。 本当は、こんなところに来る気はなかった。 でも、もしかしたら止むかもしれないから―――なんて未練がましい思いが心の隅にあったせいで、気が付けばここにいた。 他力本願なんて今までしたことがなかった快斗が、初めて胸に抱いた願いだったからだろうか。 天気予報は朝から雨が確実に降ることを予報していたし、雲行きの怪しさは自分の目で見て確かめたのに、傘を持って行くことはしなかった。 当然のように一時間目の授業が始まる頃には、ポツポツと雨粒が落ちだした。 次第に雨脚は激しさを増していっても、放課後には止む事を無理やり信じ込んだ。 「…なに…やってんだ…」 雨音に消えることなく、自嘲ははっきりと耳に届く。 もういい加減悟るべきだと、快斗は自分に言い聞かせる。 ただ単に願掛けが通じなかっただけのことではないと。 きっとこれは願ってはいけないことで、快斗に対する警告であると。
濡れた拳をぎゅっと握り締める。 雨に体温を奪われたせいもあって、指先は白く色を変える。 それでも力を込めて、溢れ出しそうな想いを懸命に押し止める。 一年に一度だけ逢瀬を許される恋人たちのように、快斗もまた一年に一度だけでいいから押し殺すことのできないこの想いを彼に伝えたかった。 自分に課した全てを終わらせた今、会えるとしても偶然に街中ですれ違うだけ。そんな不確定な未来になんて我慢できるはずもなく、逢いたい心は押さえきれないまでに膨れ上がった。 けれど、この心が彼にとって迷惑でしかないこともわかっている。本来なら持ちえてはならない禁じられた想いで、例えふたりの間に相反する因縁がなかったとしても受け入れられるものではない。 わかっていてもどうしようもない心の足掻きに、快斗は願掛けをした。 もしも、今夜晴れて。天の川にカササギの翼が架かったら。 織姫と彦星に免じて、一時の情けをかけてもらおうと。
梅雨の終わりのこの時期は、快斗が覚えている限りでもほとんど雨の記憶ばかりだ。五分五分というよりも、ずっと悪い確率での願掛けだった。 本当は、願ってはならないことだとわかっていたから、分の悪い賭けをしたのだ。 けれど実際は諦めることなどできずに、こんな彼の家の近くにまで来てしまっている自分。 「……逢いたい…」 でも、ダメだ。 もう一度、心の奥底深くに封印しなければ。 大きく息を吸い込んで、鎮めようと試みるけれど。何時の間にか視線は、彼の家へと続く道へと向けられていて、重苦しいため息に変わるだけ。 視線を無理やりはがして俯くと、唇を噛み締める。あまりにも未練がましい自分が情けなくなる。 「なに、やってんだ…?」 先ほどから快斗が繰り返している言葉。でも、自嘲の響きはなくて、純粋な驚きを含んだそれ。 何より、雨音に邪魔されることなく届いた声は、凛として決して忘れることのできない、大好きな響き。 「なぁ、なにやってんだ?」 もう一度掛けられた優しい声に、快斗はゆっくりと顔をあげた。
★☆★ 相変わらずタイトルつけは苦労します。 全然思いつかなかったので、有名所から(笑)。
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