工藤邸のリビングには人影がひとつ。
だがそれは家主のものではなく、何やら不満そうな表情でぶつぶつと呟いている。
「ううー暇だよ〜」
せっかくの休日だというのに、例によって例のごとく新一は警察に拉致された。
お蔭で昨日ようやく取り付けた午後からデート♪な予定がもろくも崩れさり、快斗はひとり寂しくお留守番になってしまって、クッションを抱えてぶちぶちと警察への文句を連ねていた。
「新一いつ帰って来るのかなぁ」
時計を見ると午後2時も過ぎていて。新一が出て行ってからもう3時間も経っている。
「…お昼、ちゃんと食べたのかな…」
ものすごく中途半端な時間に呼び出されて、まだ昼食の用意などしていなかったから、何も食べずに新一は出掛けてしまった。
自覚してちゃんと食べてくれれば良いのだが、推理に夢中になっている時は食事のことなど頭の中からすっぱりと削除されているだろうから、周りが気を付けてあげないといけないのだけれど。
「警察がそんな気の利いた真似なんてするはずねーよなぁ…」
きっと食事などそっちのけで推理に夢中になっているはず。
お弁当を持って行ってあげたいものの、過去に一度持って行ったら思いっきり怒られてしまって、まぁそれが照れから来ていることなどその表情からは丸分かりだったから落ち込むなどはなかったけれど。
やっぱり推理の邪魔はしたくないし、新一を困らせたくないしで、快斗はそれ以来家で新一の帰りを待っている。
「あーでもどうしよ。今日は迎えに行ってそのまま外食した方が早いかな?」
一応食事は用意しているのだが、現場は確か商店街の近くだと言っていたから、帰って食べるよりも外で食べた方が早いかもしれない。
「よし!そうしよ。そのままデートすればオッケーだよね〜v」
そうと決まればさっさと行こうと腰を上げて、リビングを出た所で鳴ったチャイム。
誰だろうと思いながら、インターホンに出るより玄関の方が近かったから、そのまま玄関の扉に手を掛けた。
「はいはいはーい、どちら様?」
ガチャと開けた扉の先には1人の青年。
その顔を見た途端に快斗は思いっきり顔を顰めて、出るんじゃなかったとばかりに扉を閉じようとした。
が、その前にがしっと扉を掴まれて阻まれて、快斗は嫌そうな表情で相手を見遣る。
「…んだよお前、何しに来やがった」
「それはこっちのセリフです!どうして君がここにいるんです!?」
そこに居たのは招かざる客。
どちらも引かず、快斗は扉を閉じようと、探は閉じさせまいと、必死の攻防が続く。
「てめーなんかお呼びじゃねーんだよ、さっさと帰りやがれっ!」
「何で貴方にそんなことを言われないといけないんですかっ!工藤君はどこです!?」
「だーれが教えるかっ!!」
「そもそも何で君がここにいるんですかっ!!」
玄関先でぎゃいぎゃい言いながら必死の攻防を繰り返して、ふと探の言葉に快斗は思い直した。
今まで力を込めて閉めようとしていた扉からパッと手を離すと、力を込めて扉を引いていた探は抵抗力がなくなってふいに開いた扉に思わずよろけた。
「――っ―!?何をするんですか、いきなりっ!」
「んだよ?招き入れてやろーっていうのに何か不満か?」
ふふんと言われた言葉に探は思いっきり眉をひそめた。
そもそもどうして快斗などに許可されなければならないのかという思いがありありと見てとれる探の表情に、快斗は密かに笑う。
「断っとくけど、今新一は不在だからな。ついで茶なんて出さねーし」
新一が不在なのに工藤邸に居る快斗。それは留守番を任されているということに他ならなくて、いつの間にそんな関係になっていたのかと探は唸る。
本当は新一が居ないならばここに用はなかったのだが、快斗がひとり工藤邸に居るというのも何だか癪で、探は新一が帰ってくるまで居座ろうと、開かれた扉から中に入った。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
工藤邸のリビングでは奇妙な沈黙がその場を支配していた。
快斗は探の存在など気にも留めずに、まるで自分の家のように寛いでいる。その様に探は気にするのは快斗の策に嵌ることに他ならないと自分に言い聞かせながらも、募るイライラについつい眉をひそめてしまう。
だがどうしても気になることがあって、とうとう快斗に問いかけた。
「……ところで、どうして貴方がここに居るんです?」
何度も問うたが返事の返らなかった問い。それに快斗はにやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「何でって言われてもねぇ?ここ、俺んちだし?」
「!?どうしてここが貴方の家なんですかっ!?」
嫌な予感に、そんなはずはないと否定して、キッと探は快斗を睨んだ。それも余裕の笑みで躱して、快斗は爆弾発言を投じた。
「だーって俺、新一と同棲してるからさぁ。親公認の将来を誓い合った仲ってね♪」
「!!!!????」
勝ち誇った笑みを向けられて、だが快斗の言葉を認めることは脳が拒否した。
「な、何を言っているんです!そんなタチの悪い!冗談にも程があるというものです!!工藤君に失礼だと思わないんですかっ!?」
「新一に失礼も何も事実だから他に言いようはないよなぁ?」
余裕綽々な快斗とは対照的に、探はソファから立ちあがって拳をわなわなと震わせている。
そうこうしているとガチャリと玄関の扉の開く音がして、それに気付いた快斗が新一を出迎えようと急いでバタバタと扉に向かうと、ノブに手を掛ける前にガチャリとリビングの扉が開けられた。
「おかえりっv」
「ん、ただいま」
数時間ぶりの新一に、快斗は満面笑顔で新一をぎゅっと抱き締めて、おかえりと軽くキスを送る。それも習慣になっていたから、新一は何も言わずに、いつも通りにキスを受けた。
「くくくく工藤君っ!?」
途端に上げられた素っ頓狂な声に驚いて、抱き締められた快斗の肩越しにそちらを見ると、ソファのところに立って目を見開いている探を見つけた。
「あれ?白馬、来てたのか」
「く、工藤君、キキキキ…っ!!」
「は?何?」
妙な奇声を上げる探に、新一は未だに快斗に抱き締められたままの体勢で、首を傾げて眉を寄せる。
「お帰りのキスなんて挨拶だろー?英国帰りのくせに何動揺してんだよ?」
探の様子を顔だけ振り返った体勢で見遣って、ふふんというような笑みを向けた。
それに探はわなわなと握り締めた拳を震わせる。
「新一、お疲れ様。お昼食べた?一応用意してるけど…」
「ん、食べる。お腹空いた」
「あーやっぱ食べてなかったんだ。もー呼び出すんならその辺のとこ気ぃ使ってくれなきゃ困るよなー」
ぶちぶちと警察への文句を連ねる快斗に、新一はまぁまぁと宥めるように苦笑を向ける。
「やっぱ今度からお弁当持って行こうかな〜」
「いいって!んな恥ずかしい!」
んー、と考えながらの言葉に新一は少し頬を染めて拒否の言葉を告げて、その照れている表情があまりにかわいくて、快斗はついつい抱き締める腕に力を込めてちゅっと頬にキスを贈る。
「―っ!!いつまでやってるんですかっ!!!」
堪らないのは探。目の前で繰り広げられる自分を無視したラブラブモードに沸騰寸前。
その声に我に返った新一が、ようやく快斗を押し退けて、ピンクな空間が打破されたことにようやく息を吐く。
「あっと、ごめん。白馬、何か用だったのか?」
「い、いえ、ちょっと事件の資料が手に入ったのと、工藤君の好きだとおっしゃっていたケーキ屋のレモンパイを持ってきたので…」
「あ、そうなんだ。わざわざ悪いな。警視庁で会った時とかでも良かったのに」
わざわざ来てくれたのに自分は不在で待たせていたことを申し訳無いと思っているのか、浮かべられた柔らかい笑みに探は見惚れた。
だがその至福も、その探に向けられた新一の笑みが気に入らなかった快斗の一言に脆くも崩れ去る。
「白馬のヤツさぁ、どっからか俺らの関係聞いたらしくてさ、お祝いでケーキ持って来てくれたんだぜ?俺と2人で食べろって2つ!」
「えっ?」
「!!!!????」
「いやー、俺がずーっと新一に片想いだっての知ってたからさぁ、嫌なヤツだと思ってたけど、やっぱクラスメイトだよなぁ、想いが叶ったのを祝福してくれるなんてさぁ」
「〜〜〜〜〜〜!!!!!」
あまりの快斗のセリフに、探は口をパクパクさせて言葉が出ない様子。
新一は照れているように仄かに頬を染めて、窺うように探を見つめていた。
「えっと…その…」
「やっぱ新一も嬉しいだろ?友人が俺らの仲を認めてくれるってのはさぁ」
「…そだな。ありがと、な?白馬…えと、でもお祝いとかは別に…何か照れるし…」
(くくくく工藤くんっ!!!)
照れ笑いの表情を向けられて、何だか幸せそうな新一の様子に、探は奈落の底に突き落とされる感覚を味わっていた。
快斗はそんな様子の探をにやにやと笑って眺めていて。
「僕は諦めませんよっ!!」
くうぅ〜と涙を耐えて、探はバタバタとその場から駆け去って行った。
バタンッと扉が閉められて、そのあまりの勢いに新一は呆然と見送ってしまった。
「…?、何を諦めないって?」
「ああ、だからお祝いでしょ。あいつそういうの好きなんじゃねーの?」
「ったく、良いって言ってんのに…」
やれやれと言うように溜息を吐いているが、新一の表情はどことなく嬉しそうで、その表情に快斗も嬉しくなる。
「…やっぱ友達って良いよな」
「そだね」
これで新一は探の前では自分との仲を隠そうとはしないだろうし(というよりも、知られているという安心があるから無意識に態度に出るだろう)探もそんな新一の態度にむやみやたらに何かを仕掛けるなど到底無理だろうから、邪魔者は消えたと言っても過言ではない。
(これからはもっともっと見せ付けてやる♪)
平次と言い探と言い、何て良い暇潰し&見せ付け相手なんだろうと、快斗は新一に気付かれないように悦に浸った。
⇒『love nest 3』
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