Dinner






世の中、全てにおいて完璧な人間などいないのである。




新一が玄関のドアを開けた時、何やら摩訶不思議な匂いがキッチンから漂ってきた。

ぼとり、と鞄を落とし、そのまま口と鼻を右手で覆ってしゃがみ込む。

 匂いだけで想像つく材料は、たまねぎとバターと肉。どこかカレーっぽい匂いもするが、本

当にカレーかどうかはわからない。

 ともかく、帰宅早々に玄関で撃沈した新一は、気力だけで立ち上がり、落とした鞄も脱ぎ

散らかした靴もそのままに、よろよろとキッチンに向かって歩き始めた。

恐る恐るキッチンを覗き込んでみれば、鼻歌交じりに鍋をかき混ぜている快斗がいる。

なんだか魔女が大がまをかき混ぜているのを彷彿させる光景だ。

それでも、そっと辺りを眺めてみて、意外と片付いているキッチンにどことなくほっとする。

「あ、おかえり、新一〜v」

気づいた快斗が、振り向いて満面の笑顔で迎えた。

もちろん片手は鍋をかき回したまま。

 キッチンは摩訶不思議な匂いの濃縮された空間だったが、鼻が壊れたのか慣れたのか、

ともかく新一は玄関ほどのダメージは受けることなく、快斗の傍に歩み寄る。

ひょいっと鍋を覗き込めば、茶色い液体がぽこぽこと泡を立てていた。

……しかし、いまだにコレがなんなのか、よくわからない。

「何作ってんだ?」

 ただいまの挨拶もそこそこにそう尋ねてくる新一に苦笑して、快斗は鍋の横に置いていた

袋を指した。

「カレー粉があったからさ。カレードリアにしようと思ってv」


びしっと新一が固まった。


過去に何度か、快斗の手料理を口にしたことのある新一だったが、その中でも忘れられな

いのがドリアである。

 
快斗は基本的になんでもこなす。

マジシャンをやっているだけあって手先は器用だし、キッドをやっているから運動神経もい

い。

裁縫から洗濯、掃除、花の世話、果ては散髪までなんでも器用にこなす。

マラソンから器械体操、短距離、ハードルとこちらもなんでもござれだ。

もちろんIQ400のおかげで、新一との高度な言葉の応酬にも負けることはない。

一見パーフェクトな男に見えるが……

世の中、そう上手くはいかないものである。


そう、快斗は本人無自覚の「味覚オンチ」であった。


見た目は完璧な料理に騙されてはいけない。

初めて新一が食べた快斗の料理は、ダシ巻き卵であった。

あのくるくると卵を巻いて焼く、あのダシ巻き卵である。

上手く焼けないとか、ダシがどうとか、そういう失敗なら新一は何も言わない。

 むしろ、快斗の手料理と言うことで、多少見た目が悪かろうが、味が足りなかろうが(文句

を言いつつも)しっかり食べるだろう。

が、そのときの卵焼きは完璧な焼き加減であった。

まるで、お店に出てくる卵焼きのような完璧な仕上がりだったのである。

―――それが罠だったのだ。

甘い卵焼き、少ししょっぱい卵焼き、焦げて苦めの卵焼き……

と色々な味の卵焼きを経験していた新一だったが、さすがに酸っぱい卵焼きというのは初め


ての経験だった。

しかも、梅干とかレモンとか、そういう酸っぱさではなく。

「快斗……コレ、何を入れた?」

恐る恐る聞いて見れば、にこやかに返ってくる答え。

「酢だよ♪」

「……す?」

「そう、酢v」 

どうして、そこに酢が出てきたんだろう……と新一は真剣に悩んだものだった。

さすがIQ400、発想そのものが不可解だ。


味見をしていないわけではないらしい。

が、味見をしてこの味か……?

同じ物を美味しそうに食べている快斗が、宇宙人に見えて仕方ない。

新一は快斗の舌の構造にしみじみと疑問を抱くのだった。

一度、隣の科学者にでも診せた方がいいかもしれない。


中でも忘れられないのが、ドリアである。

たしかに、上にはホワイトソース、下にはご飯。表面にはパン粉とチーズが乗っていて、縁

はじゅーじゅーと音を立てている。

適度なおこげで、焼き加減も完璧。

……が。

どうして、エビドリアの中からごろごろと銀杏と栗が出てくるのだ。

それになんだか、妙な味。

問いただすと、三分の一カップほど牛乳が足りなかったためヨーグルで代用したという。(駄

菓子屋で売っている小瓶のアレ)

新一はその夜、生まれて初めて食べ物の夢にうなされた。


ホワイトソースは、何が入っているのか想像もつかない未知の世界だったのだ。


なのに、今晩はカレードリアだと言う。

しかも、どうやらスパイスまでお手製のようだ。

この充満する摩訶不思議な匂いは、どう考えてもこの鍋から匂ってくる。


正直言って、食べたくない。


だが、ここでそんなことを言えば、快斗はどうするだろう?

こんなにるんるんと夕食の支度をしてくれる快斗に、おまえのメシは不味いなどととてもでは

ないが、言えないではないか。

 
我が身をとるか、快斗の料理をとるか……

 
究極の選択であった。








そうこうしているうちに、快斗は手際よくグラタン皿にそれを盛り、オーブンに放り込んだ。

「あと、15分もすれば出来上がるから、着替えておいでよ」

言われて、新一は未だ制服姿であったことを思い出す。

考え込んだまま、ネクタイに手をかけするりと抜いた。

ぷちぷちとシャツのボタンを二つほどはずしながら、キッチンを出ようとする。



それを、快斗が見逃すはずもなかった。


「しーんちゃんv」

声と同時に、ずしりと背中に乗る重み。

「……なんだよ」

引き攣りながら、恐る恐る振り向いてみれば、楽しそうな快斗の顔。

―――ヤバイ。

直感して、慌てて快斗の腕から抜け出そうとするものの、しっかり抱き込まれてしまって

脱出できない。

「逃げ出そうなんて、ムリムリ〜vせっかく新一からお誘い貰ったのに、無駄になんてできま

せん♪」

「誘ってねーよっ!」

真っ赤になって暴れるが、快斗の力に敵うはずもなく。

そのままリビングのソファの上に押し倒される新一。






ちーんという音にも気づかず、快斗は美味しく新一をいただいたのであった。








で。







「あああああっ!俺のスペシャルなカレードリアがっ!!」

行為を終えて、一息ついたときだった。

焦げ臭い匂いにオーブンの存在を思い出した快斗がキッチンに走るも、時すでに遅く。

オーブンの中から、真っ黒に焦げた物体が現れた。

よっぽど自信作だったらしく、快斗は焦げた皿を両手にしくしくと泣いている。

その後姿を眺めていた新一は、重い身体を引きずりつつもほっと息をついた。

どうやら、怪しげな料理は食べなくてもよくなったようだ。


「まあ、しょーがねーよな。ほら、俺が作るから、それ片付けろよ」

そう言って、新一は手早く冷蔵庫の中身を検分する。

まっくろな皿を水につけながら、快斗は重い溜息をつくのだった。




その夜は、新一お手製のチャーハンと。

快斗がお湯を注いだインスタントコンソメスープが食卓を彩った。









■back



 未月さまから、開設祝いにいただきました〜v
 なんと味覚オンチな快斗くんです☆
 紙一重な大天才は、味覚も紙一重なようで(笑) 
 新一くん、玄関で思わず遠いところにいっちゃい 
 そうになっておりマス…。
 究極の選択に悩みになやんだせいで、新一くん
 ってば快斗の前では絶対にやってはならないミス
 をおかしてしまいましたねぇ〜vv
 ともあれ、第三の選択肢ができたおかげで、ふたり
 のしあわせは守られました☆
 でも、快斗の味覚は新一に関してのみ正常なので
 すよね!!
 快斗のみが食せる最高級料理〜、ゆえに快斗は
 最高のグルメなのです♪

 とっても楽しいお話をありがとうございました!! 
                        2001.09.14






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