「・・・名探偵、何かあったのですか?」 「何で?」 「最近の貴方のこなす依頼の量は異常だ。無茶ですよ」 「そんなこと、お前には関係ないだろう」 「・・・そうですね」 「俺の顔も見たくないほど嫌いなんだから」 「・・・・・・・・・・・」 想いの果て 「・・・どこ行くの?」 まるで自分が出てくるのが分かっていたかのように一人の青年が門前に寄りかかって立っていた。 その瞳は虚空を見つめている。 「・・・・・誰?お前」 この雨の中、傘もささない青年の髪からは雫が幾多も落ちていて。 そこだけが切り離されたようにとても静かな空間。 太陽は、完全に雲に覆い隠されている。 訝しげに眉を顰める新一に気にした風もなく、淡々と青年は言葉を綴った。 「新一は、泣けない人だから。だから俺の傍だけでは泣いてほしくて強くなろうって決めた。 ・・・・・・でも、どんなに頑張っても、どんなに強くなっても、新一は俺を頼 ってくれない。信じて、くれないんだね」 「え?」 この青年は何を言っているのか、何が言いたいのか。 とりあえず、濡れたまま放置しておくのも気が引けてそっと青年の方に傘を傾ける。 悲しげな瞳で青年は新一を仰ぎ見た。 「どうしたら信じてくれる?」 顔をつたう雨の雫はまるで涙のよう。 自分よりも頭一個分ほど背の高いこの青年。 「KID?」 その容姿は、自分の知っている彼によく酷似していた。 もう一度その名を呼ぼうと、傘を持っているのとは反対の手を少年に向かって伸ばす。 しかしその時肩に置かれた手に驚き、反射的に振り返った。 「・・・・・・・KID?」 気がつかなかったその気配。 自分がよく知る白い怪盗。 新一は目を瞠ってもう一度青年を振り返って見た。 しかし、その青年の立っていた場所には誰もおらず。 「ガキの思想ですね。何でも受け身だ」 静かに呟かれた言葉。 このKIDも、あの青年のように何かが『違う』気がした。 雰囲気とか、容姿とか、そういうものは同じなのだ。 でも、『何か』が、異質だ。 「これは、夢ですよ」 その新一の疑問を見透かしたように、KIDは苦笑した。 「夢・・・?」 「ええ」 新一の手をとり、このKIDも傘をさしていないにもかかわらず雨に濡れるのを気 にした風もなく進んで行く。 新一の身体は、導かれるままに自然にKIDについていった。 「・・・お前の、家?」 「はい」 KIDの部屋に案内され、菓子折りか何かが入っていたであろう箱を手渡された。 「・・・?」 「開けて、みてください」 言われるままに箱を開けてみれば、そこにはよく警視庁で目にする真っ白なカード。 「暗号?」 「でも、誰にもみせたことのないものなんです」 読んでみろと、楽しげな目で促されて。 新一は一枚一枚、暗号の解読をしていく。 「・・・これ・・・」 「・・・・告白、ですよ。全部貴方への。書いたのはいいものの、出す勇気がなくて」 切なげに瞳を細める新一の顔を、KIDはその場にしゃがんで覗き込んだ。 その瞳は、悲しげな色を宿している。 「・・・・・俺はね、新一に嫌われることが一番怖い。死ぬことよりも、怖い」 ふいに、意識が覚醒するような感覚を覚えた。 そっと視線をあげれば、あの場所。あの時。 月が切なげな光りを放っている。 パトカーのサイレンが遠くで響いていた。 (何故・・・・・?) 一度、自分が体験したはずの時。 それとも、それも『夢』の一部だったのだろうか? 「・・・名探偵、何かあったのですか?」 「何で?」 「最近の貴方のこなす依頼の量は異常だ。無茶ですよ」 「そんなこと、お前には関係ないだろう」 「・・・そうですね」 「俺の顔も見たくないほ・・・・・・・なぁ」 あの『時』と同じ言葉を放とうとして、言葉を区切った。 あれが夢であろうとなかろうと、このままではあの『夢』の二の舞だから。 「何ですか?」 俯き加減のKIDとの距離を縮めるため、新一は静かに足を踏み出す。 KIDは、そのままその場に影を縫い付けられたかのように立ち尽くしていた。 軽く頭を小突く。 その衝撃でシルクハットが空を舞った。 「・・・名探偵?」 困ったように首を傾げるKIDの頭をもう一度小突く。 「・・・お前、何で俺を避けるわけ?」 「・・・それは・・・・・・・・」 「言いたいことがあるなら、さっさと言え。言葉は、出さなければ他人に伝わることはない。以心伝心なんてよほどのことがない限り起こんねーよ」 それを新一に教えたのは、あのKIDだった。 『怖い』から、言えない。 でも、言わなければ始まらない。 ・・・勇気が、なかったのだと。 そして今新一の目の前にいるのは、その勇気の無さのために臆病になってしまった自分なのだと。 「貴方に嫌われたら、俺は生きていけない・・・・・!!」 「・・・うん」 「教えて、くれませんか・・・・・?」 「何を?」 KIDの握られた拳が、小刻みに震えているのが分かる。 それほど想われているのが、この上なく嬉しかった。 それでも、新一はKIDの言葉の続きを待つ。 言ってほしい『言葉』がある。 ちゃんと彼の心の中だけではなく、この世に出して、『言葉』という『形』にしてほしかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・お願いだから、傍に、いて、下さい・・・・・離れ、ないで・・・・・・・・・・・・俺を頼って、悩みとか、苦しんでることとか、全部教えて欲しい」 「・・・・・それで?」 堰を切ったようにKIDは新一の身体を強くその腕の中に閉じ込めた。 「好き・・・・・なんです」 その言葉に、新一はそっと口元を緩める。 未だ震えているKIDの背中を、そっと撫でてやった。 「・・・・・名探偵?」 「知ってたよ」 「え?」 「お前が、教えてくれたんだ・・・・・・快斗」 新一が発した自分の真実の名に、KIDは驚いたように新一の肩口に埋めていた顔をあげる。 「なん・・・で」 それに新一は悪戯っぽく目元を緩めて笑った。 「言っただろ?お前が教えてくれたんだって」 言葉に出来ない程の想い。 でもそれは、黙っていたってなかなか相手には伝わらない。 言葉という、『形』にしなければ。 行動という、『形』にしなければ・・・・・・・・・・・・・。 果てしないほどのこの想いを、どうか君に分かってほしかったんだ。 |
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