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 雨の降る夜
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雨が降り続く日々。
日、一日と下がっていく気温に、人々の装いがすっかり冬仕様に変わって。
それでもまだ、飽かず降る雨。
リビングでテレビを見ていた新一は、ひとつ溜息をついて体を起こし、リモコンを取り上げた。
パチン、と音を立てて音声が途切れる。
今日も、冷える。
一軒屋の1階、フローリングともなれば、これからの季節、仕方のないことだが。
「寝るかなー。」
大きく伸びをして独りごち、新一はのんびりと立ち上がった。
つけていた暖房も消して、リビングを出て自室へと向かう。
出てくるあくびを抑えずにいたら、少し涙ぐんでしまった。
カチャリと扉を開け、電気をつけようとして・・・・・・新一は、一旦動きを止めると、疲れたように伸ばした手を落とした。
「・・・てめー、また来やがったのか。」
新一の冷ややかな視線を浴びて、まったく動じない、白いイキモノ。
「よぉ、名探偵。・・・お疲れじゃねーか。」
言わずと知れた、怪盗キッドである。
ご丁寧にシルクハットもかぶったままなのに、靴は脱いでいて。
新一の机の前のイスに腰掛けて、窓から外を見ていたらしかった。
セリフからして、キッドが新一のあくびを見ていたらしいことがわかる。
一人暮らしの家、寝ようと思って自室の扉を開けたらキッドがいる・・・・・・
なんて、どうかと思う。
それも探偵の家で、座って寛いでいた、なんて。
「・・・窓閉めろよ。寒い。」
それに慣れてきている自分も、どうか、とは思うけれど。
新一は、ふいに訪れた不法侵入者を追い出すわけでもなく、ただそっけなくそう告げた。
キッドが無言で窓を閉める。
交わす言葉が少ないのは、いつものことだった。
キッドの態度は、寛いではいても、怪盗であることを守っていたから。
それでも、こうして新一の家にやってきたときだけは休戦・・・キッドの思惑なのか、そんな不文律ができあがっていた。
「窓開けてたって、今日は星も見えねーだろうが。」
言いながら、閉めようとしていたドアを再び開いた新一に、キッドは少し不思議そうな顔をした。
「・・・雨が見える。」
答えだけは返してくる。
新一は、軽く溜息を吐くと、動こうとしないキッドを視線で促した。
「・・・来れば。」
短く言えば、キッドは一瞬動きを止めて、ゆっくりと立ち上がった。
イスの背もたれの後ろへと流されていたマントが、ふわりと動いてキッドの背に
収ま
る。
月明かりなどなくても様になるその仕草に、新一が呆れたように目を細めた。
そのまま、歩き出すと、新一の後ろをキッドがついてくる。
「どういう風の吹き回しだ?」
キッドは、なんでもないことのように口にしてみた。
新一の家を訪れるのは初めてではない。
けれど、こうして部屋の外へと連れ出されるのは初めてだった。
いつもは、新一の部屋の中で過ごしている。
新一はベッドで本を読み、キッドはキッドで好きに過ごしながら、気まぐれに言葉を交わすだけだ。
じゃあ、とキッドが言えば、ああ、とだけ返されて終わる、そんな時間。
それが・・・。
キッドが戸惑うのも無理のないことだった。
もうひとつ違うのは、普段は明るい場所にいることがなかった。
それは新一の気遣いなのか、なんなのか。
部屋の電気も消されたままで、明かりといえば新一が読書のためにつけたベッドライトくらい。
それが、今日は。
新一の答えをもらえないままに、入ったリビング。
そこの明かりは、戸惑うこともなくつけられた。
新一はともかく、ずっと明かりのない場所にいたキッドは、まぶしさに僅かに目を細める。
「座ってろよ。」
言われたとおり、キッドはそこにあったソファへと腰を下ろした。
キッドは、明るい場所・・・というのに新一とふたりでいることに戸惑いを感じている自分に苦笑する。
顔が見られるのは、今更気にもしなかったけれど。
ふと見ると、窓のカーテンは閉められていた。
「・・・開けたければ開けていいぜ。外からこっちは見えねーよ。」
キッチンへと踏み込みかけていた新一に振り返りもせずに言われて、キッドはふっと微笑んだ。
(まったく。人の気配に敏感だね、名探偵。)
心で呟きながら立ち上がる。
床から上へ2メートル程あるカーテンを、キッドは半分だけ開けた。
相変わらず降っている雨。
強くもなく、弱くもなく、ほとんど同じ強さで降り続いている。
バシャバシャと僅かに聞こえてくる音は、夏の雨と違って、冷たさを感じさせた。
「・・・また見てんのかよ。」
ややして背中からかけられた声に、キッドは驚くでもなく振り向いた。
すぐ後ろから、新一も窓の外を見ている。
あまり興味もなさそうに。
そして、視線をキッドに戻し、持っていたカップのうち片方を差し出した。
キッドが受け取りやすいように取っ手をあけて、カップの方を持っている。
マグカップとはいえ、熱いだろう。
「・・・ああ・・・」
キッドは少し慌てて受け取った。
揺れているカフェオレ。
じっとそれを見つめるキッドを一瞥して、新一はさっさとソファへ向かった。
どさり、と腰を下ろす。
「・・・サンキュー。」
そこで、ようやくキッドは礼を告げた。
「別に。」
マイペースに自分のカフェオレを飲んでいる新一に、キッドはどこか幸せそうな苦笑を浮べる。
カーテンを引き、新一の向かいのソファへと戻って。
「ほんと、どうしたんだ?名探偵。」
口調が少し砕けて、キッドは調子が狂っている自分を自覚する。
けれど、そんな戸惑いも今日は心地が良くて。
まぁいいか、と思えてしまう。
カップを口元に運びながら、新一を見ていた。
視線を上げた新一と、目が合う。
「・・・おまえの服、なんで濡れてねーの?」
尋ねたのとは別の答えを返されて、キッドは軽く肩を竦めた。
二度はぐらかされたのでは、恐らく答えはもう聞けないだろう。
「なんで、って?」
「雨の中、来たんだろ。」
物好きだ、と視線が語っていて、キッドは・・・いや、格好だけはまだキッドだが、快斗―――は、軽く苦笑を返した。
「・・・着替えたからな。」
「わざわざ?」
「濡れたまま入っても良かったのか?」
「・・・そしたら、追い出してる。」
「だろ?」
そう答えたけれど、濡れた格好であっても新一は追い返すつもりはなかったし、快斗もそれはわかっていた。
「怪盗キッドが、傘を差して、か。」
「・・・・・・。」
呟かれて、快斗は無言のまま微笑んだ。
新一の言葉は、キッドの格好はついてからしたんだろ、という問い掛けと同じだった。
責めるでもなく、ただなんとなく口にされたもの。
怪盗キッドしか、知らない新一。
新一の方は、探偵以外の顔を僅かだけれどもこうして見せてくれるのに。
手元で揺れるカフェオレのあたたかさが、快斗を余計に切ない気持ちにさせる。
それが、新一の優しさだとわかるから。
本当なら追い出されても文句は言えない。警察を呼ばれて当然なのに。
そんなことは考えてもいないというように、無言でありながら受け入れてくれる。
胸に込み上げるものがあった。
降り続く雨のせいだと言い訳をしてみても、その正体は明らかである。
「・・・なぁ・・・」
快斗は、小さな声で呼びかける。
「なんだよ。」
寒いからか、冷めるのが早いカフェオレ。
ごくごくとそれを飲み干していた新一が、キッドらしくない弱気な声に、ふとそのカップを顔から離した。
眉根に皺が寄っている。
「今日は、どうしたわけ?」
もはや口調はすっかり快斗だった。
3度目の質問。
それに、新一は呆れたという顔をして、カタンとカップをテーブルに置いた。
「そんなに理由が欲しいのか?」
「・・・そうじゃねーけど・・・。」
視線を上げないキッド。
新一は、キッドがじっと見ているカップが空になっているのを確認して、立ち上がった。
キッドの手元からカップを攫う。
無言のままキッチンへとそれを置きに行く新一を、やはり無言のままで見つめるキッド。
再びキッチンから出てきた新一が、こちらを見つめたままでいたらしいキッドに、本当に呆れた、という顔をした。
すたすたとキッドの下へと歩み寄る。
「ほら。立て。部屋戻るぜ。」
そう言って、キッドの肘を引っ張る。
キッドは、言われるがままに立ち上がり、誘導されるままに新一について部屋へと歩き出した。
ドアを開け、新一は、そこにキッドを押し込む。
部屋の電気は消したまま、新一はキッドの腕を引き、ベッドへと腰掛けた。
隣に並んで座るのは、初めてかもしれない、と快斗はぼんやりと思う。
掴まれた腕も、僅かに触れている肩も暖かかくて。
冷えた体、冷えた部屋。
触れた場所だけが、本当にあたたかくて。
込み上げてくる何かを堪えるように、快斗は知らず、ぎゅっと目を瞑っていた。
快斗の様子を窺っていた新一が、軽く眉を寄せる。
部屋にいたキッドを見たときから、らしくない、とずっと思ってはいたけれど。
(・・・重症だな、こりゃ。)
どうしたもんか、としばらく迷って。
新一は、溜息をひとつ。
びくり、と動いたキッドの肩を、そのまま両手で抱き寄せた。
シルクハットが床に転がる。
「・・・え・・・?」
驚いたのは、快斗である。
何がどうなっているのか、すぐにはわからなかった。
だが、すぐにヤバイ、と思った。
目頭が熱くなる。
こんなふうに泣くのだけは情けないと思うのだけれど。
あまりにあたたかくて、泣きたくなる。
泣きそうになる。
額を新一の肩に乗せたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。
新一は、きっと他意などないのだろう、と自分に言い聞かせる。
こんな想い、新一は持っていないはずなのだから、と。
らしくない自分を放っておけなくて、優しくしてくれているだけ。
なんだか笑ってしまう。
ここまで自分が不安定な状態だったなんて、今の今まで気づいていなかった。
いつも通りに家を出て、いつも通りに新一に会いに来ただけのつもりだったのに。
見抜かれる心地よさと、どこまでもその存在に捉えられていく、ひどく甘い実感。
溺れるわけにはいかないと自制する気持ちさえ、端から溶けていきそうになる。
もう一度、ヤバイな、と快斗は思った。
軽く、新一の胸を押す。
「・・・大丈夫・・・だからさ・・・。」
けれど、そう言って離れようとした快斗を、新一は離そうとはしてくれなかった。
「・・・バーロー・・・。」
呆れ果てた言葉なのに、どうしてこんなにも優しいのだろうか。
そんなひと言だけで。
全てを感情に任せてしまいそうになる。
「・・・新一、離してくれよ。」
思わず、名前を呼んだ。
願うような言葉にも、新一は腕を緩めない。
緩めないとは言っても、さほどキツク抱き締めいているわけではなくて。
抱き寄せているという感じなのだから、快斗が自分でそこを抜け出そうと思えば、おそらく簡単に離れられるはずだった。
新一の返事は返らずに、それきり、ふたりは沈黙してしまった。
動きも、止まってしまった。






どのくらい経っただろうか。
雨音と冷気だけに満たされていた部屋に、僅かに衣擦れの音がした。
新一の腕が解かれ、快斗を包んでいたぬくもりが離れる。
途端、纏わりつく冷気。
快斗は、思わず身を震わせた。
クスリ、と新一が笑う。
快斗が柔らかいその笑顔に見惚れていると、新一が手を伸ばしてきた。
パチン、と耳元で音がして、視界が開ける。
モノクルが外されたのだ、と、新一が手にしているそれを見て気が付いた。
抵抗する気にはなれない。
ただそこにただずんでいる快斗に苦笑しつつ、新一がモノクル片手にベッドから立ち上がる。
足元のシルクハットを拾って、その中にモノクルを放り込んだ。
そのまま、部屋のドアの横にある洋ダンスに向かう。
カタンと開けた上の扉へシルクハットを放り込むと、そこからハンガーを取り出し快斗へと放った。
「え・・・?」
目の前に飛んできたそれを、ぼうっとしていた快斗は慌てて受け止める。
新一とハンガーを見比べる快斗の視線の先で、今度は新一がタンスの下方の引出しを開け、厚地のパジャマを取り出した。
ぽいぽいと見つけたものから快斗へ投げてよこす。
「・・・んなもんかな。」
「・・・・・・え・・・?」
いまだ事態を飲み込めていない快斗を見て、新一がふっと微笑んだ。
「どうする?」
優しいけれど、どこか不敵な感じのする笑み。
「え・・・。」
ぼけっと見返す快斗に、新一はゆっくりと告げた。
「その格好で、雨の中ひとりで帰るか、それともうちで風呂に入ってあったまって、ここで寝るか。」
「あ・・・」
「どっちでも好きにしていいけど?」
好きにしていいと言いつつ、シルクハットはすでに締まっている新一。
泊まっていけ、とその行動が言っていて。
今の快斗に、それを撥ね付ける気になどなれるはずがない。
こんなに優しい空間を蹴って、この冷たい雨の中ひとりで帰るなど、できるはずもなかった。
泣き笑いのような表情が、快斗へと浮かぶ。
それを見て取って、新一は満足そうに口元を上げた。
「風呂は、1階の廊下の奥。タオルとかは置いてあるから。」
言われた言葉に、快斗は声にならなくて、無言のまま頷く。
「・・・ちゃんと暖まってこなかったら、布団に入れないからな。」
「えっ?」
・・・声が出た。
布団、というのは、同じ布団なのだろうか。
疑問が顔に出ていたのかもしれない。
もっとも、今日は何もかも新一に読まれっぱなしなので今更ではあるが。
新一が、呆れた顔で快斗の方へと歩いてきた。
「客間準備してねーからな。まぁ狭くはないはずだし、我慢しろよ。」
「・・・いいのか?」
目の前に立った新一を、快斗は呆然と見上げて尋ねる。
新一は、ふいっとそっぽを向いた。
「しかたねーからな。その代わり、ちゃんと暖まってきて、暖房代わりになれよ。」
照れたようなその態度に、ようやく快斗に思考が戻る。
ふわり、と本当に幸せそうに、快斗が笑った。
「・・・風呂、入ってくる。」
そう言って立ち上がる。
目の前に立った快斗の笑顔を見て、新一は初めて、ほっとしたように微かに微笑んだ。
それを見て、部屋を出ようとして、快斗は足を止める。
扉のところから跳ねるように戻ってきて、快斗はにちゃっと笑うと、新一の頬に音を立ててキスをした。
カッと新一が赤くなる。
「てめー、それ地だったのかっ?」
言いながら飛ばされた足を、身軽に避けた快斗が、扉に手をかける。
「地では、新一限定だよ!」
そう言って、部屋を飛び出していった。



やがて温まった快斗が、新一のパジャマを来て、ほくほくと湯気を立てながら部屋へと戻ってくる。
すでに寝ていた新一の横に、うれしそうにもぐりこんできて。
ぎゅっと新一を抱き締めてくる。
かなり元気になった様子にほっとしながらも、やはりどこかまだ危うさがある快斗の様子に、新一は抱き締められても抵抗はしなかった。
「あったかくなってきたよ。」
そう言う快斗に、苦笑する。
そして、ひとつだけ、尋ねた。


「おまえ、名前は?」
「―――くろば、かいと。」




〜fin〜
   

  


  ■story

なたねさまより、開設祝いにいただきました♪

冷たい雨と、寒い夜。
心も体も冷えきって、自分自身どうしていいのかも
わからずに新一へと無意識に救いを求めた快斗。
何も言わず何も訊かずに。ただ、やさしく包み込ん
自分のぬくもりを分け与える新一。
プライベートな時間を他人と共有するなんて、そん
ところからもとっくに新一は快斗を受け入れている
と思うのですが。やはり、怪盗だということで快斗
は心に隔たりを作らずにはいられなかったのです
よね。きっと、探偵である新一のために。
でも、KIDの衣装を剥ぐことで、快斗を受け入れる
のだ態度で示されて、快斗に元気が戻ってきて
ホッと一安心。
名前を聞いて、名乗って。ようやくふたり、未来へ
ともに歩むためのスタートラインに立ったというとこ
ろでしょうか。よりそい合うふたりの姿しか、もう私
には見えませんけれどね〜(笑)。
とってもステキなお話しをありがとうございました!







  

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