「う〜〜〜」
広い広い工藤邸のリビング、
そこに置いてある大きなソファに寝そべって、
「つらいよぉ〜悲しいよぉ〜さみしいよぉ〜」
先程から延々と飽きもせず唸り続けている男は、ご存知黒羽快斗。
ここ工藤邸の住人である工藤新一の同居人兼自称恋人、である。
・・・・・なぜ自称なのかといえば、新一が認めようとしないから。
照れてるだけだってば〜vと快斗は言い張っているが、本人が否定するのだから 仕方がない。
で、その快斗がなぜ唸っているのか?
その答えは至って簡単。
「しんちゃんに会いたいよぉ〜〜!!!」
小さな子供が駄々を捏ねているが如く、手足をじたばたさせて今度は暴れ始める。
その姿からはとてもじゃないがIQ400などということは見受けられず、ましてや日本警察を手玉に取る確保不能な大怪盗などと誰が想像できるだろう。
「いい加減にしなさい」
頭上から降ってきた冷ややかな声に、快斗も動きを止める。
「工藤君が居ないからって荒れるのは勝手だけど、煩いのは迷惑よ」
ぴしゃりと言い放つと、一瞥して溜息を残して去って行く。
「哀ちゃんまで冷たい……」
言いたいことだけ告げていなくなるのは今に始まったことではない。
第一、哀の最優先は新一であり、その新一が居なければ快斗に優しくしてやる義理も必要性も生じないのだから、哀から優しさなんてものを求めるだけ無駄なのだ。
しょんぼり。
快斗は数分前とは打って変わって大人しくなった。
大きなクッションをギューッと抱きしめて、それに顔を埋める。
月曜日も祝日で「3連休v新一とラブラブ〜v」とスキップで帰ってきた快斗に、「これから北海道に行って来るから」との一言だけ告げて新一が出かけて行ったのは昨日のこと。
あまりの素早さとあっさりした態度に呆気に取られてしまった快斗は、「行ってくる」との挨拶に「いってらっしゃい」と反射的に返すことしかできず、気がついたときには玄関に取り残されていて。
中に入ると、リビングのテーブルの上に残されたメモ。それを見て新一が優作の知人からの依頼を受けて北海道へ出かけたことを知ったのだった。
「新一いつ帰ってくるのかな……」
埋めたままぽつりと呟きを零す。
新一が居ないことがわかっていても何処かに出かけようなんて気にはなれなくて、快斗はずっと此処にいる。
もしかしたら早く解決して帰ってくるかもしれない・・・
そんな期待をしながら。
寂しい・・・
新一に会えないだけで、新一に触れられないだけで、苦しくて苦しくて、窒息しそうになる。
寒い・・・・
新一が傍にいないと、身体も心も冷たくなって凍えてしまう。
快斗はクッションごと自分の身体をきつく抱きしめる。
「新一も寂しい…って思ってくれてるかなぁ」
基本的に淡白な性格をしている恋人。
快斗は一分一秒だって離れたくなんてないと思っている。
───常に自分の腕の中に閉じ込めて愛を囁き続けていたい。
そんな激しい独占欲に快斗自身が驚かされてしまうくらいに。
けれども新一は事件といわれれば何処へでも飛んで行くし、外では絶対に甘えさせてもくれない。
抱きつこうものなら一週間触れること禁止、ついキスした時なんか1ヶ月の禁止令を出されそれはもう涙が枯れるくらいに泣いたものだ。
それも照れているだけだとわかっていても、時々不安になる・・・・。
キスを仕掛けるのは快斗。
抱きしめるのもいつも快斗。
夜の・・・も快斗から誘わなければ一生できないかもしれない。
たまには、言葉や態度に示してほしい・・・
欲は不安も増大させるから。
「さむいよぉ………」
抱きしめて。
傍にいて。
ずっと・・・・・・
帰ってきた新一は、家の中の静かさに首を傾げた。
「快斗のヤツ、どっか行ってるのか……」
呟きながらリビングを覗いて、そこに探し人を見つける。
新一は一つ溜息を吐いてその場に荷物を置く。
「こんなトコで寝てると風邪ひくぞ…」
そして、ソファに近づき快斗の顔を覗き込んで・・・・・・・・・ハッと息を呑んだ。
・・・ソファの上、クッションを抱きしめたまま眠る快斗。
その頬に濡れた、微かな跡。
辛い夢でも見ているのかと思って起こそうとしたその時、
「………しんいち……」
快斗が呟いたのは自分の名前。
(どんな夢・・・・見てるんだろう・・・・)
ドキッとして、自然と快斗の髪へと指を差し入れた。
柔らかくて、クセのある髪。
だけど、新一は快斗の髪を弄るのが好きだ。
快斗は人の気配に敏感で、寝ている時でも常に神経を廻らせている。
そんな快斗が唯一休める場所が此処だと知っている。
こんな風に髪の毛に触れることができるのは、快斗の寝顔を見ることができるのは、自分だけの特権。
快斗が受け入れてくれてる証だから・・・
何度も何度も指を差し入れては梳いていると、ゆっくりと快斗が微笑んでいく。
「かいと?」
声を掛けてみても目覚める様子はなく、まだ夢の中にいるようだ。
(もしかしたら・・・)
新一は小さく溜息を吐く。
・・・・・時折、快斗の瞳に浮かぶ色。
それがどこからくるものなのか新一は気づいていた。
確かに自分は言葉や態度にすることは少ない。
でも、新一の心を占領しているのはこの男で──それ以外のことなど考えられないくらいにその想いで満たされているのに。
その想いは伝わっていることもわかっている。
ただ、素直になれないだけだと。恥ずかしいだけなのだと。
「オレが此処にいるのに、そんなモン抱いてんじゃねーよ」
自分にだって、独占欲はある。
誰にでも優しい快斗、自由な翼を持つキッド、人々を惹きつけて止まない彼を、捕まえておきたいと強く願っているのだから。
「オレだって……寒いんだから……」
快斗から貰ったのものは、いっぱいある。
数え上げればキリなんてないくらいに。
でも・・・・・一番は・・・・・・
「快斗………ぬくもりを、くれよ………」
────新一はそっと快斗の耳元で囁いて、唇を寄せた。
「……っ!!!」
触れただけで離れようとした新一は、いつの間にかがっしりと抱きしめられていた。
目を開けれてみれば、悪戯っ子の瞳がキラキラと輝いていて。
いくら暴れてみても動くことはできない。
「っ!……てめぇ、狸寝入りしてやがったな!!」
漸く長いキスから解放された新一は飛び退いて、叫んだ。
息も切れ切れ、荒い呼吸を繰り返している姿はそれでも十分艶があって。
快斗はにやりと笑みを刻む。
「人聞きの悪いこと言わないでよ〜お姫様のキスで目覚めたんだよvv」
「それを言うなら王子様だろ!…って違う!!」
必死に抗議する新一を、快斗は腕の中に取り戻す。
すると、新一は文句を引っ込めて、大人しくなった。
「ありがとう、新一」
「……何が?」
わかっていても照れくさくて無愛想に返す新一に、快斗はクスッと微笑んで、そのまま新一を横抱きに抱えた。
「これからじーーーっくり温め合おうねvvv」
ちゅっと音と立ててキスをした快斗に、真っ赤になりながらも、新一は腕を快斗の首に回すのだった。
恋人達がぬくもりを感じるのはこれから─────
End.
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