とにかく良く泣く。
Wail
「うわーん!」
新一ってば俺のこと好きじゃないんだ〜!
「いちいち泣くな! 鬱陶しい!」
「なら、学校行ってもいい?」
「〜〜〜〜〜〜分かったよ」
わーい♪ なんて途端に元気に工藤君に飛びつく彼の名前は黒羽 快斗。
体格のいい男が泣き喚くだなんて、みっともないと思うのに。
そう見えないのも、彼の雰囲気とキャラクターの賜物かしらね。
「あれ、灰原」
来てたのか。
おんぶお化けのように黒羽君をくっつけたまま、ようやく私がいることに気付いた
工藤君。
「ええ。後ろのお化け・・・いえ、おばかさんが泣き出した頃かしらね」
「哀ちゃん! どっちも違う!」
「うるさい、ダマレ」
口を尖らせて怒る黒羽君。
その頭を叩いて黙らせようとした工藤君だけど・・・。
「ひどいっ 新一は俺より哀ちゃんを取るんだ!」
「・・・なんでそうなるんだよ・・・」
また、彼の目を潤ませてしまうだけのようだった。
「・・・・・・いいの?」
「は?」
「時間よ。遅刻するんじゃない?」
学校。
「あ、そうだ。・・・・・って、オメーは?」
「今日はお休みなのよ」
「ふーん、快斗の学校もだよな?」
「うん、創立記念日でね!」
凄い偶然だな・・・なんて、感心している顔。
「んじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
「終わる頃に迎えに行くからね〜」
元気に手を振っている黒羽君。
そんな彼に、工藤君は苦笑を浮かべて玄関を出て行った。
「・・・・・・本当に名探偵なのかしら」
「んー・・・まあ、俺たちのこと信用しきっちゃってるからね」
「貴方の嘘泣きにも気付かないくらいですものね」
そう、彼はそれは良く泣くけれど、殆どが・・・というか、すべてが作られたものだっ
た。
言うと、彼は意味深な笑みを浮かべて返す。
「そこが新一の可愛いところ・・・とでも言っておこうかな」
「惚気は結構よ。それで、うまくいったの?」
「見てたんでしょ? 迎えに行く許可は取ったから」
後は、流れでどうとでもv
「そう」
「どう考えても、江古田が終わるの待ってたら新一の下校に間に合わないからね
え」
サボルと怒るし。
「新一〜♪」
おつかれ。
「ん〜」
帝丹高校校門前。
新一が下駄箱から顔を見せるほんの数分前に来て待っていた快斗は、笑顔で彼
を出迎えた。
「今日は事件がなくて良かったねえ」
呼び出されなくて良かったと、新一の持つ鞄を素早く手にして歩きだす。
・・・いつ取られたんだ? と、新一は自分の手をじっと見つめていたが。
「まあ、事件がないのはいいことなんだけどさー、一日授業受けるのって、こん
なに退屈だったんだな・・・」
まあいいか。
そう思って、前を歩く快斗に追いついた。
「だろー? 授業中お昼寝しちゃう快斗クンの気持ち分かった?」
「・・・俺はしてないぞ」
「でも、授業聞いてないのは一緒v」
「――――――まーな」
ふたりはそのまま、まっすぐ工藤邸に帰る・・・はずだったが。
「あ、新一。ちょっと違う道で帰んない?」
「違う道?」
「そう。この時期ちょうど綺麗なツツジの花が――――」
「へえ?」
「――――!」
「? 今、遠くで誰か呼ばなかったか?」
「気のせいじゃない?」
ふたりは、真っ直ぐ行くはずの道を逸れた。
濃いピンク色の花が咲き誇る道。
満開のミツバツツジ。
その花言葉は「節制・平和」。
新一が、こっそり相手の性欲の節制を願ったのは、体力の差を恨めしく思った結
果。
そして、互いに知らず相手の平穏を願ってしまうのは、危険に身を置く悲しい性。
しばらくふたりで満開のツツジを褒め称え、さて帰ろうと新一が家の方角に足を向
けたのだが。
「あれ? どこ行くんだ?」
うちはあっち。
「いいからいいから」
デートしよう♪
「デートって・・・もう日も落ちるじゃねーか」
お、おい!
夕日の所為だけでなく顔を赤くしながら、新一は口篭るが、快斗は構わずにその
手を掴んでさかさか歩いてしまう。
「だーいじょーぶ。なかなか落ちないもんだよ、この時期は」
「けどなあ」
腹も減ってきたし・・・。
「・・・・・・新一、俺とデートするのいや?」
「うー・・・」
立ち止まってじっと見つめる目は、だんだん潤んできている。
そんな顔を見ると、どうしても強く断ることができない新一。
結局。
「暗くなる前には帰るぞ?」
「よし! 決定〜」
ふたりは家とは反対方向へと仲良く歩いていった。
「あ、ほんとに甘くない」
「でしょ〜。これなら新一も食べられると思ってさ」
あ、付いてるよv
「っっ舐めるな〜っ」
快斗のおすすめのアイスを食べたり。
「あれ、新一に似合いそうだよね〜」
「・・・・・・ウェディングドレスじゃねーか・・・」
極々自然に、手を繋いだまま街中を歩いたり。
公園でふざけて笑いあう。
そんなふたりの姿は、誰がどう見ても、紛うことなきばかっぷる。
空の星が、キラキラ光り始めた頃。
ようやくふたりは帰途に着いた。
「あー、腹減った」
「速攻作る。・・・あ、ちょっと郵便受け見てくるから先に入ってて」
「ん。出前取ってもいいけど?」
「お好きな方をどうぞ?」
「・・・・・・早くな」
「了解♪」
玄関の扉が閉まったことを確認して、快斗は後ろを振り返る。
「こんばんは」
すぐ近くの薄暗い電柱の影に向かって、快斗はにこにこと挨拶した。
「・・・・・・・・・・・・」
「初めまして、かな?」
「・・・・・・お前・・・・誰・・」
「俺? 俺の名前は黒羽 快斗」
影からずっと睨みつけている人物が、何かを抑えるような声で話しかける。
快斗は変わらずにこにこと話しかけていた。
「っ 誰も名前なんか・・・っ」
のほほんと自己紹介をしている快斗に憤ったのか、その人物は電柱から飛び出し
てきた。
が、やはり快斗はマイペースに応える。
「いや、やっぱり初対面だしねえ」
名乗るのが普通かなって。
言うと、言葉に詰まる相手。
その名は・・・。
「・・・・・じ」
「はい?」
「服部 平次や!」
「はい、ハットリ ヘイジくんね」
で?
腕を組んで、門に寄りかかっている快斗。
その顔はいかにも余裕で、相手の怒りを逆なでるには十分だ。
「お前、工藤とどういう関係なんや・・・」
それでも賢明に怒鳴るのを押さえているのは、もう夜も遅いと言うことを考慮して
か。
「気付いてるんじゃないの? ずーっと後をつけてたでしょ」
「っ」
それとも、単にあまりの怒りのためにうまく声が出ないだけか。
「俺と新一は、恋人v」
それ以外何に見えた?
「嘘や!」
「嘘じゃねーって。頑固だねー、へーちゃん」
「誰がへーちゃんや!」
「んじゃ、自分の目で見たものは素直に信じようね、メイタンテイ?」
「っこ、恋人同士なんかに見えへんかった!」
「ふうん、見えなかったんだ」
ちょっとラブラブが足りなかったかな〜。
噛み付くように言う平次。
快斗は面白そうに近付いて、
「な、家での新一を知りたいか?」
「なんでお前が知っとんねんっ」
「一緒に住んでるから」
その一言に青くなる平次に構わず、快斗は次々と口を開く。
「朝起こしに行くと抱きついてきて甘えてくるし朝食はパンがいいって拗ねる
し・・・あ、機嫌直すにはほっぺにキスするのが一番だね、おでこでもいいけど
気分によっては子ども扱いするなって余計拗ねるからv」
「嘘や嘘や嘘や!」
平次は、それ以上聞こえないように耳を塞いで首を振った。
が、
「快斗〜? 何してんだ?」
玄関が開き、今話題に上っている新一が顔を出したためにその手を離す。
「くど・・・むがっ」
「ああ新一、ゴメンね待たせて。ちょっとしつこい新聞勧誘員が来ててさ」
すぐ追い返すからv
「ん、分かった」
本人に確かなところを聞こうと身を乗り出した平次の身体を、新一から見えない
位置へ移動させ、その口を押さえる。
玄関が閉まったのを確かめると、
「悪いね、中断しちまって。オハヨウのキス・お出かけのキス・ただいま・お帰り
のキスはもちろんだし、お休みのキスはそれよりちょーっと濃厚になるかなv」
人前だと照れちゃってなかなかしてくれないけどね、そこもカワイイだろ?
「〜〜〜〜っ」
平次は再び耳を塞ぎたかった。
が、それを唯一できる両手は、しっかり快斗につかまれてしまっている。
耳にするそのすべてが、自分に見せる工藤 新一とあまりにかけ離れていたた
め、
「夜は夜で、普段のまじめそうな顔とゼンゼン――――」
「黒羽君、黒羽君」
「ん? あれ、哀ちゃん」
自分の言葉を遮る声に振り返ってみると、そこには隣の少女の姿があった。
「もういいんじゃない?」
どうせ彼、聞こえてないし。
なんとなく外が騒がしい気がして顔を出してみると、工藤邸の前にはふたつの人
影があった。
どうやら黒羽君が、トドメを刺しているらしい。
事前に黒い関西人が乗り込んでくるとの情報をキャッチした彼は、工藤君には内
緒で追い返すことを考えていた。
私はそれに便乗して、最後の仕上げを頂いた・・・と言うところかしらね。
黒い彼が工藤邸で待っているようなら、私の出番も多かったのに・・・。
せっかく、その可能性も考えて学校も休んだのに、残念だわ。
しばらく見ていると、玄関が開いて工藤君が顔を出した。
どうするのかと思ったら、適当に誤魔化して部屋に戻してしまう。
あら、意外ね。
そのまま、今度は耳を塞がれないように彼の腕をしっかり掴んで、話を続けた。
・・・聞いていてこっちが恥ずかしいわ・・・。
もう家に入って、連れて来るのを待ってようかと思ったけれど。
「・・・黒羽君、黒羽君」
「ん? あれ、哀ちゃん」
「もういいんじゃない?」
どうせ彼、聞こえてないし。
黒い彼は、すっかり夢の世界に飛び立っていた。
「あらら。これからなのに・・・」
「もう十分よ」
「哀ちゃんも聞いてたんだ?」
えっち〜v
「一緒に縛られたいの?」
すっかり意識のない黒い物体をロープで縛りながら言う。
「遠慮します」
「コレ、もらっていっていいんでしょう?」
「構わないよ〜、じゃv」
「あ、黒羽君」
ロープの端を片手に、門を開けて家に入ろうとする彼を呼び止めた。
「てっきり、さっき工藤君が出てきたときに泣き出すかと思ったわ」
「? なんで?」
「工藤君に泣きついたほうが、手っ取り早いじゃない」
この彼にいじめられた・・・とでも言えば、黒羽君が泣くことに弱い彼のこと、問答
無用で蹴りだしたでしょうし、その方がダメージも大きかったわよね。
「ああ、俺、新一以外に泣かされる気ないからね」
それに、思いっきり自慢したかったしv
「あ、そう」
ともすれば私にまでのろけに訪れる彼のこと、こんな好機を逃すはずがなかった
のね。
呆れてさっさと家に入ろうとすると、
「そう言えば、朝言ってたことだけど」
今度は彼が私を呼び止めた。
「え?」
「俺の嘘泣きに、新一が気付いてないってヤツ」
「ええ」
「新一はね、意地っ張りなんだよ」
「・・・そうね」
「本当は俺の要求を飲みたいときでもね、まともに言うだけだと素直にはなれな
い」
新一もそれを自覚してるみたいだね。
「――――もういいわ・・・」
「そう?」
じゃ、お休みv
呆れた。
もう、怒る気にもならないわ。
私は、ロープの端を握って歩き出す。
そのままずるずると重い音を立てて、家の中に入った。
つまり、意地っ張りな工藤君は、彼が泣くから仕方ない・・・ということを免罪符に
妥協してるスタンスでいるのね。
嘘泣きに、気付いているのに。
ひとり、気付かなかったなんて。
ああ、なんだか悔しいわ。
何か、あたるものはないかしら。
私は、ロープの先を見て、笑みを深めた。
「うわーん! 新一俺のことキライなんだ〜」
「ちがっ 好、きに決まってるだろ!」
そして今日も、隣からは盛大な泣き声。
それから、焦っているけれど、どこか嬉しそうな声が響いているのだった。
おまけ。
「なあ、昨日の夜、隣から叫び声がしなかったか?」
「そう? 気のせいじゃない?」
「・・・そっか」
そうだよな。
2003 05 21
end.
ええと、当サイトをリンクしてくださっている皆様に、心ばかりのお礼を(^^;)
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