月を見上げて
先程まで雨が降っていたから、大気のチリは流されて。少しの湿り気を帯び、ほんのりと冷たく澄んだ風が、頬に心地よい。
「寒くない?」
「……寒く、ない」
白のマントが、優しく包み込んでくれているから。
今夜の月、すごく綺麗だと思わない? 空を舞って現れた快斗が、自分に言った最初の言葉。だからさ、すぐに帰るのはもったいないから、お月見してから帰ろう?
追われている身であることを自覚していないようなセリフに、新一はため息を付きたくなったのだが。そんなことを言い出すくらいだから、追っ手はしっかり撒いたのだろうと思い、しぶしぶ承諾した。
快斗は、本当に月を見たそうだったから。
新一はそっと顔を伺った。一心に空を見上げる快斗は、何を思っているのだろう。月の輝きが、彼の紫紺に映し出されている。月しか見ていない。きっと月しか、今の彼の意識にはない。そんな快斗、見たくない。新一は、後ろに向き直って彼に口付ける。
「新一?」
合間に囁かれる名前。それすらも飲み込むように唇を塞ぐ。手が自分の頭と背に回されるのを感じて、ようやく安堵した。
快斗の心を奪う月夜の仕事。早く終わってしまえばいいのに。
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