うたうたう




「じゃあまた明日ねー」

「ばいばい」


発車ベルが鳴って、ホームから電車が流れていく。

午後8時。予備校帰りの夜、いつになく寒いと思えば、雨が降り出している。

帰宅ラッシュを避けるまでも無く、の乗る電車はローカル線もいいところで、人は少ない。


もちろん、本数も少ない。



「あー、あと30分かぁ」

暇をもてあそんで、携帯をいじくってみるが、着信無し、メール無し。

反対側のホームは大人たちがいっぱいいるのに、こちらは数えるほど。
むなしいほど雨の音がよく聞こえる。

「・・・」


ざぁぁ・・




ざぁぁ・・




ふと、は辺りを見回した。
視界にいるのは、新聞を読んでいる中年男性、
そして閉まりつつある売店で品定めをしている中年女性。のみ。

ふぅ、とマフラーを寄せて、首をすくめた。


「・・・いわをかみ しぶきをあげ うお〜をおし〜・・・」

 


唐突には歌い出した。
息がマフラーにあたって、口全体が温まる。


「かぜをさき ふりかえらず〜 みずは〜 は〜し〜る〜」


ちからいっぱい伸ばしながら歌う。
そうすると腹筋がぴくぴくして、燃焼されるんだったっけ、
といつか聞いたことを思い出しては続けた。

「もどれない いのちを〜・・」

あ、おやすみっと・・・

『もどれない いのちを〜』



ぽんっ




急に肩を叩かれて、は思わず「ぅわっ」と言ってしまった。
「その声・・」


「やぁ、さん」


「ちょっ・・伊角くん!?いつからいたの・・!」


おやすみ、のはずだった女声パートの部分から男声パートが聞こえてきたとき。
少し低いめの、懐かしい声。
大好きな声が頭ごしにを包んだのであった。


「いや、さっきからだけど・・」

「歌・・聞こえてた?」

「うん、ばっちり」

そういって、Vサインでにっこり笑う伊角。

すかさずマフラーで口元を覆うが、それでもは顔が熱っていく。

「恥ずかし〜・・」

「そんなことないよ。さんの声、とてもキレイだった」
いいながら、伊角はと並んでホームにたった。

「全然。喉にひっかかってたから・・」

ちらりと横目で伊角を見上げた。
長めの前髪に透かされた切れ長の目が映った。
「棋院、帰り?」

「あぁ、ちょっと今回は長引いたんだ。
あ・・さっきのさ、合唱コンクールの歌だよね」

「うん、なんとなく出てきたんだけどね、
歌でも歌ってれば、あったまるかなぁって思って」

「雨で聞こえないだろう、って?」

「ハイ、そのとーりです・・」

さんらしいや」




ざぁぁ・・


「雨やまないね」

「あ、さん寒い?」

「うーん、まぁあと10分だから・・」

「ホラ」
といって、伊角はの片手を取って自分のコートのポケットに入れた。
「こうしてればいいよ、あったまるから」

「あ・ありがとう・・」
全くそのとおりだったのかは定かではない、
しかしコレだけは言える、
あったまる、を通り越してすぐに熱くなった。

けれどそれはやはりだけで、指先から伝わる微動にはごまかせないものがあった。

「伊角君、手はあったかなのに、震えてるよ?」

「え、そうかな」

「マフラーぐらいならあるけど・・」

「いいよ、絶対そっちのほうが寒そうだし」

「まぁ確かに・・っていってもね。私だって何かお礼ぐらいさせてもらえないと」



「じゃぁ、もう一回歌おう」

「・・・いいの、それで」

「だって、雨で聞こえない、だろ?」

「うんっ」









「こんなにも〜 いそいで〜」
「こんなにも〜 いそいで〜」


「みず〜は いちずに〜」

「くだってゆく〜」




隣の伊角から発せられる声、
それに伴って白く出る息。
今それを見ているのは自分だけ。


だれにも聞こえない、小さな合唱。





ざぁぁ・・・




「た〜ず〜さ え て〜」




「・・終わりっと」

「オレ音痴だったろ?」

「そんなことないよー。良く伸びてたよ」

「・・けれど、言ってたとおり、すごくあったまった気がする」

「私も。歌、ってすごいなー・・
私さ、こういう雨の日とか、一人で帰るときとか、必ず歌うんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「うん、歌ってると第一にあったまるし、
それから、すぐ家にたどり着くから寂しくなんないの」
そういい、ははっと、伊角のポケットから自分の手を抜いた。
「それと、歌ってるとイヤなことも忘れられるからね」

「じゃぁオレもいっぱい歌うことにしよう」

「いいストレス解消法だよ、なんてね。
でも今日は2人合唱だったからなぁ、別な爽快感があるよ」

「ほんとに。さん美声だしな」

「えぇっ、伊角君のほうだってば!
・・その、私、伊角君の声、好きだよ?」

そういったとたん、伊角は少し面食らったようであった。
「ありがとう・・さんにそういってもらえて嬉しいよ」
満面の笑みとともに、そう返答してもらえたのがにとって最高だった。




ざぁぁ・・・


「そろそろ電車が来るかな」

「またさ」
前髪を掻き分けて、伊角はに振り返った。
「合唱しような」

「うん!喜んで」




私が好きなのは、伊角君の声だけじゃないよ
けど、告白はもう少し先でもいいか

この気持ちをまだ温めておくんだ

そしてまた


雨にも負けない歌をうたうんだ








end*





:::::::::::あとがき:::::::

珍しく積極的な伊角さん。
私の中ではそれなりに歌う人だと思ってます。
題名より、「うたうたう」という曲の歌詞を使おうと思ってたんですが
なんせうろ覚え;;(おそらく)身近な曲にしました。
テーマは実体験からです。歌はえぇよ!(何

<参考文献>
(小心者なんで念のため。)
「走る川」 金沢智恵子 作詞  黒沢吉徳 作曲

2003/04/03 記

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!