プレゼント
期末テストもおわり、一気に冬休みへのカウントダウンが始まった。
近づいてくる12月下旬、そのビックイベントと言えば無論クリスマスなわけで。
街はクリスマスモード、街路樹には電飾が施され、
その大小に煌めく幾つもの光がいっそう聖夜の雰囲気を煽っている。
クラスの誰もが皆そわそわし出しているなか、
一人、はその雰囲気に合わない面持ちでいた。
「どうしよう・・・テスト終わって今日からまた放課後使えるから・・
あと3日で絵を仕上げなきゃなんないの?!
間に合うかなー」
美術の課題がいまだ終わらずにいたは、
成績をかけてこれからまだ居残って仕上げなければならない状況にいた。
そんなものだから、友達と連れ立ってクリスマスプレゼントを選びに行くなんて余裕は無い。
むしろ、片思いの相手にプレゼントだなんて。。。
放課後、は急いで美術室から飛び出してモチーフの場所へと急いだ。
木々が茂るここは、1ヶ月前までは期待通り見事な紅葉を彩っていたが
今ではすっかり散ってしまい細い小枝が天を射抜いているだけである。
当初は先生の監視を避けて、ほぼ学校のはずれとなるところを選んだのだが、
実際葉が染まるのを待っているとすばらしい風景になって、お気に入りの場所となった。
そして何より…
――菊丸英二に会える場所。
*
特に親しくも無かったクラスメートだけれど、
放課後居残るようになってからなんとなく言葉を交わすようになった。
というのも、足を引っ掛けて絵具を引っくり返してしまい、
片付けているときに、丁度ランニング中の菊丸が通り、手伝ってもらった。
「その絵、きれいだね」
そう一言告げ、また走っていった。
それから、彼はランニングのコースをの方へと変えたらしく、
絵の具合を見ては「きれいだね」を言い残しては過ぎ去っていった。
褒められた、というのももちろん、
菊丸が自分に向かって何か言ってくれたのが嬉しかった。
気を利かせて
「ありがとう」
だとか言いたい、と思うにせよ、相手は猛スピードで走っていくので
いつもタイミングを逃してしまう。
ただ、その一言、後姿、なんとも無いようなものこそが、
深く深く自分の心に落ちてゆくのを自覚したとき、
あぁ、私は菊丸君が好きなんだな、と思った。
*
いつものように筆を取り出して色を塗り始めた。
あと1/5ぐらいなのに、どうしても上手くいかない。
そしていつもよりも寒い風が吹いてくる。
日陰にいるより暖かいだろうと思い、は太陽のあるほうへと体を向けた。
「わっ」
唖然とした。そして驚いた。
「きっ・・・菊丸君?」
「えへへ・・・ちょっと部活抜け出してきちゃった」
木の陰から突然姿を現した菊丸。
こっちは凍えてるというのに、あっちは汗だくである。
「今手塚―部長なんだけど、いないから休憩しにきたんだ〜。
ね、絵ドコ?」
「えっと・・・あっちにあるけど」
は校舎の影のキャンバスを指差した。
「すっげー、もう少しで完成するじゃん」
「まだだよ、ぜんぜん」
なんてつまらない返事をしてるんだろう、とは思った。
いつも後を見ていた人が、今目の前にいる。
しゃべりたい事がたくさんあるのに。
「けど、やっぱ間近で見るといいよなー。
このいちょうだとかさ、ほんときれい」
「そんなことないよ」
「ううん、マジでいいよ!オレこの絵気に入ってるんだー」
「完成したらさ」にこにこしながら言う菊丸。
「オレが5000円払ってでも買いたいってぐらいだよ」
それを聞いて、はぷっと吹き出した。
「5000円の価値の絵なんだー、やったね」
「タダで譲ってくれるってのならそっちの方がいいけどねん」
あはは、と2人で笑い合った。
「菊丸君、その、いつもありがとう」
「ん?あぁ・・・だってホントこの絵好きなんだもん。
コレ見るために毎日走ってたようなもんだし。
テスト中見られなくて寂しかった〜」
ドキっとの胸が高鳴った気がした。
菊丸が正面にいて、無邪気に笑っている。
「それじゃぁ・・」急に恥ずかしくなり、は慌てて言った。
「また明日放課後残ってるから、見に来てくれると嬉しいな」
「もっちろん」
Vサインを突きつけ、もう集合だから、といい菊丸は去っていった。
急に強い風が吹き、余韻に浸っていたの頬をピシャリと打った。
次の日も、またあの場所で、はキャンバスに向かっていた。
そしてまたあの木陰から、青色のジャージと、特有の逆毛が覗いている。
「菊丸君!」
「やっほー。ほい、コレどーぞ!」
二つのうち一つを差し出された紙コップからは湯気が立ち上っている。
「日陰でがんばってるにプレゼント」
受け取った瞬間、甘い香りが漂い、手のひらからじんわりと暖かくなる。
「ココア?」
「正解正解、ご名答〜」
「うわぁ、ありがとう」一口飲んで、一息つく。
「おっ進んだね」
「うん、やっと全体塗って、‘らしく’なったって感じ」
二人でコンクリートに座ってココアを飲む。
自然と体温が上がるのが自分でもわかる。
「ふー暖まったよ、ごちそうさま。
明日は私がおごるから」
「あー、明日練習試合で学校来れないんだ。
だから、いいよ、オレのおごり」
練習試合・・・
学校に来ない?
「そうなんだー、明日で絵を完成させるんだけどね。
せっかく菊丸君に見てもらおうと思ったのになぁ」
つまり会えない、と考えると、は熱が冷めてく気がした。
完成したら一番に見てほしかったのに、そう思うとなぜだか悲しくなった。
それで、ついぽろりと本音を言ってしまい、は下を向いた。
「そっか〜・・・残念」
しゅんとする菊丸に、はふと思い立ったことを言ってみた。
「あの…菊丸君?
もしよかったら、クリスマスプレゼントに・・・その、
この絵あげるよ」
迷惑だったらいいけどっ、と慌てて付けたして菊丸を伺ってみた。
「ほんとにほんと?もらっちゃっていいの?」
「う、うん。丁度この時期だし――ココアおごってくれたお礼ってコトで///」
まさか自分が菊丸を好きで、だからプレゼントを渡したいなんて言えるわけがない。
「やったーコレで安心だもんね!サンキュー!」
満面の笑みを浮かべ、菊丸は言った。
それじゃ今日はこの辺で、と腰を浮かせた菊丸の背に向かっては声をかけた。
「試合、がんばってね」、と。
ついに提出最終日となった放課後、
いつも遠くに聞こえるテニス部の声援が幾分小さく聞こえ、
そしてやはり菊丸の気配が感じられない今日はあまりにも味気ない。
しかしこの絵を渡すんだ、と思うと一層気迫が高ぶり、
大詰めを余すことなくしようと筆を持つ手に力が篭っていく。
「完成・・・―ー」
ふぅっと息を吐き、5歩下がってキャンバスを見渡してみる。
とにかく終わった。思いを込めた油絵。
急いで先生のチェックを受けに校舎へと戻っていった。
美術室のドアを勢いよく開け、絵の具がつかないように入っていく。
教室はストーブがあり暖かった。
「失礼しまーす・・・3年6組です」
教師室へ入り、は先生におずおずとキャンバスを差し出した。
「はい、それじゃそこに立てかけて・・・
うん、よく塗れてるじゃない」
手元の冊子にペンを滑らせながら言う。
「はい、いいですよ。
―あとで掲示しておきますからね、ご苦労様」
「え、先生、掲示って・・・?」
「一学期のものと代えるってことで、また廊下に掲示するんですよ」
「あの・・・この油絵、持って帰りたいんですけど」
「持って帰るですって?結構大きさあるわよ?」
先生の眼鏡越しにある怪訝な表情は見て取れた。
「けれどどうしても持って帰りたいんです」
「まぁいいけれど・・・
じゃぁせめて油を乾かしてからいきなさい。
結構あなたの、たっぷり塗ってあるんでしょ」
ほら、と滴り落ちる油を指差して先生は言った。
「はい・・・失礼しました」
バタンと扉を閉めて、教室のストーブの前に椅子を引っ張って座った。
膝にキャンバスを横にして置き、熱気で乾かしながら、自身もかじかんだ手を温めた。
一時間で乾くかな、と思い、外を見ればすでに暗く、
一人二人と教室を出て行くが、はあまりの寒さに動こうとしなかった。
ぬくぬくとすると、ボーっと虚ろな状態になり、
なぜかまだ帰りたくない、という気持ちになった。
「さん?まだ帰らないの?」
かくん、と垂れてしまいそうになったとき、は先生に声をかけられた。
「もう先生は出るけど」
見渡せば、教室に生徒は一人。
そして時計は6時を指そうとしている。
「あー・・・まだ乾いてないっぽいんで・・・」
そっとキャンバスを拭ってみて、加減を見ながら気まずく答えた。
「それじゃぁ、戸締りよろしくお願いするわね」
「はい、さようなら」
静かにドアが閉まる音がして、またはストーブに戻った。
向かいの校舎には数えるほどしか電気がついていない。
は、ふと窓を開けてみた。
きりりと澄んだ冬の空気が流れてきた。
やはりもう帰ろう、と思いストーブを消したとき、
夜風とともに流れてきた、甘い香り。
そして荒い息遣い。
「はぁっ・・まにあったぁ〜・・・」
ばっと後ろを振り返った。紛れも無く、彼の声がした。
「きく、まる、くん・・・」
「へへ・・ぶっ飛んできちゃった。
――試合帰りにさ、ここの先生に会って、まだ残ってるっていうから」
もしかしたら、菊丸が来ることを待っていて、こんなにも帰るのを渋っていたのかもしれない、とは思った。
乱れた髪、雫が垂れた紙コップ(ココアのにおいがした)をなぜか手に持ち、
まだ上下に肩を揺らす姿を見て、よほど急いできたんだな、と思うと、とても嬉しかった。
「菊丸君」微笑みながら、キャンバスを手にとって、
「ちょっと早いけど、メリークリスマス!」
まだ油が光っていたけれど、程よく乾き途中だったその絵を差し出した。
「あのさ、」
息を整えながら、菊丸は静かに言った。
てっきり、すぐ笑顔で受け取ってくれるものだと思っていたから、
は少し驚き、そして不安に次の言葉を待った。
「っと、まずはこのココアどーぞ!」
「え・・?」
「いいから、いいから〜」
言われるがままに、はそれを一口飲んだ。
「?・・ありがと・・・」
「飲んだね!ハイ、またオレからのプレゼントをは受け取りました〜
」
「えっ、コレ・・?」
「そうだよん!
そーゆーことで、オレはまたからプレゼントをもらわなければならないってこと」
まだが状況を掴めてないままで、菊丸はすこしも目を逸らさずに言った。
「自身をちょうだい」
ふ、と風が止んだ気がした。
みるみるとの体温が上昇していく。このまま意識を失うんじゃないかと思うほどだった。
あやうく紙コップを落としそうになるのを懸命にこらえ、
しかし菊丸の顔を直視できず、うつむいた。
「ダメ?」
頭の上から声がかぶさった。
その瞬間、菊丸はふわりとした圧力、体温を感じた。
は菊丸に、そっと抱きついた。
「・・・ありがとう」震えた声で、は言った。「どうぞ、もらって」
「やったー!!」
そう叫ぶと、菊丸は自分からも腕をからめ、一層強く抱きしめた。
凍てつく風が感じられないほど、お互いの温度で温まる。
2人がくっつくと、こんなにも暖かくなるんだ、と
絶えずふつふつとこみ上げてくるものを思いながら、は心地よいその居場所が嬉しかった。
「オレさ、この絵が出来上がっていくのと同じぐらい、
ずーっと見てたんだ。ずっとのことが好きだった」
「私もね、菊丸君ことが好きだった」
菊丸はそっと、の頬に伝った涙を拭うと、キャンバスを持ち上げて言った。「これからは名前で呼んで」
「うん」すっきりとした笑顔で、は言った。「帰ろう、英二」
「それじゃあ、イルミネーションの方を通っていこう〜」
お互いなれない響きに、ぷっと吹き出しながら、教室を後にした。
幾十にも輝くクリスマスイルミネーションは、とても優しかった。
それはまるで恋人達を祝うかのように、歩く道を照らしていた。
end*
:::::::::::::あとがき:::::::
ど、どうでしたでしょうか・・・
我ながら恥ずかしくて恥ずかしくて///
なかなか書き上げるのに手間取りました;;
ほのぼのからちょーっとだけ脱しましたが(笑)
少しでも幸せを感じていただけたら嬉しいですv
2002/12/23 作
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