一ヶ月前。

朝7時半に私は学校に来て

だれもいない昇降口で

超古典的な方法ながらも

チョコレートを下駄箱に忍ばせました。







クッキーと和谷義高







3月14日。

3年生はもう卒業して、2年もあとのこりわずか。
駆け足で終わらせようとする授業、先生の声がもはや耳から耳へと通りぬける。6時間目の小春日の温かさを感じながら、そんなの意識は別のところにあった。


ホワイトデーって、女の子には不平すぎる、とは思う。
一生分の勇気を使い果たした、と思った一ヶ月前。
半ばストーカーっぽい行動に出たことを、何よりも自分で驚いているというのに
その結果が(つまり返事が)待っているという保証はどこにもない。






その日が過ぎても、和谷とはいつもどおりは話すし、笑いあっている。
最近はあまり学校に登校してこないが、それでも顔を出したときは真っ先に「おはよう」といってくれる。
実は2月14日には登校してこなくて、下駄箱の中を覗いていないんじゃないかという不安がふと過ぎることさえある。
それだけ和谷は自然に振舞っている。




***


友達か、「スキ」の対象なのか。

それなりに微妙な位置づけにあったの中の和谷であり、また今年も義理チョコぐらいあげなくちゃなぁと思っていた。



事実、バレンタインデーが近づくにつれて和谷からも
「なぁ、今年もまたくれるんだよな?」
と、図々しくも催促があった。

「うん、義理でね」
なかば『今年も』という言葉にカチンときたは、
『義理』を強調して返した。

「え、義理って、去年のチョコも義理だったワケ?」

「へ?何言ってんの、あたりまえじゃん」

「なんだぁ。ってオレのこと好きなのかと思ってたのにさあ」

一瞬、心臓の鼓動が大きく高鳴った。
ドキンというよりは、ギクという音が似合った。

「はあ、ばっかじゃないの?あっ、あたしがぁ?
しかも和谷、お返しくれないくせに、よく催促なんてするよね」

そう、去年なんかは本当に義理だった。
だから自分があげた分のお返しぐらいは、
しかも3倍返しぐらいを狙って義理チョコをばら撒いていたというのに。
(なんともセコイ女ですよ)


「・・だってさ、やっぱ男としては1個ぐらいもらいたいじゃん」
なぜか答えになってない和谷の返答。
「へぇ、和谷ってモテないんだ?」
少々バカにした口調で言ってみる。

「いや、断ってるから」

「え」

「あっ・・・なんつーか、まぁもらいすぎってのも悪いかなーと思って、
気心しれたヤツのものしかもらいたくないっていうか。」

「つまり、それがあたし、と?」

「まぁそういうコト」

「はぁ・・」

「いやっ、それ以前にオレ、甘いものそんな好きじゃないからさ!
前チョコ10個一気食いして死にそうになったから・・いや〜あの時は参った参った」

「はぁ・・」


2人の間に沈黙が漂った。


「まぁそういうこと!とにかく今年もよろしく!」

そうセリフを残して、和谷は急いで離れていった。



「(和谷って、もしかしてあたしのチョコを頼って生きてきたんだ・・・
ていうか、もしかしてあたし、和谷のこと実は好きなのかなぁ?)」

今まで友達として接してきた自分だけど、いざ人に言われてみると
案外そうなのかもしれない、とは思った。

と思った瞬間、急に和谷の言ったことの内容が脳裏によみがえってきた。
『それ以前にオレ、甘いものそんな好きじゃないからさ!』
「(和谷って、甘いもの嫌いだったっけ・・?)」

『いや、断ってるから』
「(和谷って実はモテるんだよねぇ。そういえばあんまりチョコの自慢しないよね・・)」


「あぁ、もう!」


ばたっとは机に倒れこんだ。
「(あげればいいんでしょ、あげれば!)」
そうヤケになって結論を出した。


――やはり、私は和谷が好きらしい・・・、と。



***


ガクッと頬杖から外れて、頭が下がるのと同時に、
ナイスタイミングでチャイムが鳴った。


「あ・・終わった、か」

、ずっと寝てたねー」
後ろの席の友達が背中を突っついた。

「うん、もうぐっすりと・・
あ、ねぇ、和谷って今日学校に来た?」

「えー和谷ぁ?来てないっぽいよ」

学校に来てない・・
一気に興ざめした気分になった。

結局和谷は、今年ももらい逃げしたわけだ。
チョコも、あたしの一生分の勇気も。






『和谷のバッカヤロ〜!!』

と叫びたかったけど、なんせ3月、は花粉症。
代わりに特大のくしゃみがマスク越しに出た帰り道。
すれ違う犬にさえ驚いて逃げられるほど、は惨めな気持ちになる。

「あたしは犬にも好かれないんですかねぇ」
ずずっと鼻をかんで、曲がり角に差し掛かった。


「え」

「あ」


「(げっ、和谷!)」
最悪の姿では和谷に遭遇した。
「・・よぉ」
「あ、あっはっは、すごいでしょ、あたし花粉症なんだ〜」
急いでティッシュをポケットに突っ込み、慌ててマスクを元に戻した。
そのせいですっかり和谷に文句をつけようとした気を忘れてしまった

「あのさ・・」

「とっところでなんで和谷、こんなとこにいるの?
また手合いでもあったの?あ、研究会か」

「だから、コレ渡しにきたんだよ。よかった、に会えないんじゃないかと思った」

「えっ・・」

「はい、今年はちゃーんとお返し作ってきたんだからな。ありがたく受け取れよ!」
というと和谷は紙袋をぶっきらぼうに出した。

「ありがと・・」

セロテープをはがして、中を覗いてみると、そこには小さなクッキーが詰め込まれていた。
「って、え?『作ってきた』って、和谷の手作り?」

「あぁ・・まぁな」

セロハンに包まれいるそのクッキーは、キラキラしていてとても可愛らしかった。
「和谷って、お菓子作れたんだぁ」

「だから、今日学校サボっちゃったんだけど、あはは」
「えっ!コレ作るために?信じらんない!」

「だってだって手作りだったんだろ?あのチョコ」
あ、食べてくれたんだ、と今更ながらホッと安心する。「うん、そうだけど」

「だからオレもなんか作んなくちゃなーと思ったってわけ」

その非常識な考えに笑いながら、花粉症だからではない、別の涙がにじんでいた。
慌てて目じりを押さえながら、は感動していた。
「いや、ほんと嬉しい・・まさか和谷がここまでやってくれるとはね・・」

「でさ」と和谷は心なしか俯いていった。本人は気づいてないだろう、耳が赤くなっているのがにはわかった。
「えーっと、まぁ、・・だから!オレもが好きなんだよ、ってか前から好きだった!」
一気に言ったその言葉、今度はは理解できた。

「一生分の勇気、使い果たしてくれた?」

「え?」

「けど面と向かっていてくれた和谷のほうが、あたしよりすごいか」

「あぁ。。もうすっげー恥ずかしいのなんのって」

「・・ありがと、和谷の言葉も、このクッキーも」
包みを大切に抱えては言った。「なんかもったいなくて食べれないなぁ」

「食えよ、せっかく作ったんだから」
いいながら和谷は、ごく自然に、の手を取った。
テレながらも握り返しては歩き出した。
「それじゃぁ遠慮なく、頂きまーすv」
ぱくっと一つ口に投げ込むと、ほのかに甘い味が広がった。


和谷が去年お返しをくれなくて良かったかもしれない。
あたしが和谷を好きだと思ってなくちゃ、意味ないからね。







春はすぐそこに・・・。





end*





:::::::::あとがき:::::


なんか、ありえないネタでスミマセン;;
中盤は回想部分ですがやけに長いです。
男の子が手作りのものをあげるってそうそうないですよね。
そこをあえて書く。和谷少年は実はお返しに細かいのだ(笑)。
VDはチョコレートだけどWDってクッキーが主流かなぁと思ってこの題材。
え、なんか違ってたらどうしよう・・・。

2003/03/22 記


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