気持ちの問題、なんて

乗り越えられる「何か」があればいいけれど











道しるべ






寒さが増し、木々は葉を落としてゆく。


その日、彼が何ヶ月ぶりかに学校に姿を見せた。

心のなしか、表情が暗いような。






「あれ、伊角君だ」

「ほんとだー、かなり久しぶりじゃん?」

「おぃ、伊角。
今までどーしてたんだよ」


そんな会話が聞こえる中、
先生が入ってきた。


「席についてー。
出席とるぞー

阿部ー」

「ハイ」

「安藤」

「うーす」

「・・・伊角ー」

「――はい」

チラ..

先生は一瞬伊角君の方に顔を向けたけど
すぐに名簿に視線を落とした。

「加藤ー・・・」







キーンコーン、カーンコーン・・・

ざわざわっ


「あー、。ちょっと」

「はい?」

先生が小さく手招きしている。

ガタンと席を立って、は廊下に出た。



「今日伊角が来ただろ」

「はい・・・久しぶりですよね」

「実は囲碁のプロ試験を受けてたらしく
もう終わったんだが・・・」

「あ、じゃぁ合格したってことですか」

「・・・いや、不合格だったらしい」

「ア・・・」

そうなんだ・・・不合格・・・
あの表情も無理ないわね。


「それで、だが。
ここはクラス会長である
しばらく伊角の勉強をサポートしてもらいたいと思ってるんだ」

「えっ、私が、ですか?」

「うむ。
伊角が進学するか、どうするかまだ分からんが
高校を休んでた分の授業内容ぐらいをあいつに教えてやってくれないか?
伊角には言ってある。

単位をとっておけばとりあえずは卒業できるだろうし」

「はあ・・・」

の方はほぼ確定なんだろ、推薦。
放課後の数十分だけでもいいから、な。
よろしく頼むよ、クラス会長」

「(うっ)・・・分かりました。
やってみます・・・」


頼まれることには弱い。

そういって先生は姿を消した。



授業範囲なら、なんてことはない。

けれど・・・



の方はほぼ確定なんだろ、推薦』


「そんなわけないよ・・・」



はぁ、と肩を落とし、は教室に入っていった。






「きりーつ、きょうつけ、れーい」

「「「さよーならー」」」


ざわざわ・・・


「あの、さん?」

「はい?」

声の方を見上げると

そこには、伊角君。


「勉強、教えてほしいんだけど・・・」


遠慮がちに言う姿は
とても18歳には見えない。


(なんかイメージ違うな・・・)


「あぁ、先生から聞いてる!
じゃぁ隣に座って」



ガタッと椅子をひき、静かに腰を下ろす伊角君。

背格好はなかなか・・・

(なんて言ってる場合じゃない!)


「まずは、どうしようか。
数学から?」


「・・・お願いします、あっ」

「?」

「いや・・・なんでもない」


なんだろ、今の。
まぁいいや。


教科書、ノート、ともにキレイなまま。


「じゃ数Cから。
コレとかは2年でもやったおさらいみたいなもんだけど
ちょっと解いてみて」


伊角君は頭がいいらしい、と聞いていたけど
ちょっと酷だったかな。



「――はい」

「えーっと、・・・・・・あ、正解。
大丈夫。

それじゃぁ次は・・・」


みるみる問題を解いていっている。

未習のところはちょっと補足説明しただけで
後はすんなり。

「すごいね、伊角君。
私の説明なんて要らないんじゃない?」

「・・・教科書ぐらいは読んでいたから・・
でも助かる」

「じゃ、他の教科でわかんないところがあったら
私に言って。
今日はもう終わりってトコかな」


「どうもありがとう」

そっと微笑んだ彼の顔は
なんだかスッゴク暖かくて。


「う、うん。まあ、会長に任しておいて」

と少し動揺してしまった









その後も毎日補習をしたが

伊角君の補佐をするというよりは

ただ眺めてみてるだけ。



そして

自分の問題集を解いたりして

途切れ途切れくる質問に

一言二言の助言で

また静かになる。




(大学進学しないのかな・・・)

これだけ理解能力が優れているのならば

進学したっていいんじゃない?



「あのさ、伊角君」

「?」

ふ、と手を止めてこっちに振り向いた。

「進学、しないの?」

「あ・・・」

「あっ、ゴメン!!気を悪くさせちゃって!
ただ、あまりにも頭よさそうだから」

「・・・プロ試験のこと、先生から聞いた?」

「・・・ウン・・・」

「オレ、今年院生最後の年だったのに、
毎年落ちてばっかりで、
今年こそは力もついてきてるし
自信を持って挑んだんだ」

「うん・・・」

珍しく饒舌な伊角君。

はだまって相槌を打って聞いた。

「はじめは連勝してたんだ。
調子もよかった。

けれど、ある人が、――院生の仲間なんだけど
信じられないスピードで強くなっていっていて
周りも認めるほど大物になってった」

「うん・・・」

「年下のやつだ。
院生時はみんなして楽しくやってたのに
一転して怪物になる。

わずか2ヶ月であそこまで変わったんだ。
気迫も違う。


――正直、怖かった」


おそらくこれが
囲碁の世界というものなんだろう。

「オレは・・・反則をしてしまったんだ」


伊角君の肩が震えてる。

泣いて、いるのかな。


「その反則をごまかせないか、
頭をよぎった汚い思いが原因さ。
一度は持ち直したけれど

結局、・・・ダメだった・・・」

不合格――・・・



「伊角君・・・」

「院生も、碁の研究会も辞めた。
それで一人になって考えてみようと思ったんだ」

「うん・・・」

辛い気持ち。

辛いよね。

「あのさ」

「え?」

「私にもちょっと喋らせてくれる?」


「あっ・・・ゴメン、一気にいろいろ・・」

今ごろ気づいたんだ。

よっぽど溜め込んでたのかも。

ふふ、と笑うとはそのまま続けた。

「私、大学、推薦受験しようと思ってるの」

「・・・」

「3年入ってすぐ小論文や面接やらいろんな練習もした。
内申成績は基準を上回っている。
全国模試もランクA。
とりあえずこのままいったらほぼ合格確定」

「・・・」

「なんて、それはあくまで先生の論」

「・・・」

伊角君は黙って聞いてくれた。
それでいい。


「確定、なんて保証はどこにもない。
そう思うと、私はスッゴク不安になる。

ねぇ、伊角君。
私も不安を抱えてるんだよ」


「・・・」

「人間は誰だって間違いをおかす。
でもそれは気持ちの問題じゃない?」

「・・・うん」


「私囲碁ってよくわかんないけど、
集中力が大事なのはなんでも同じだと思う。
そして強い意志」

「強い、意思・・・」

「そう、目標を定めたらまっすぐ進む、感じかな。
私も第一志望校だけは一回も変えたことないし」

いつの間にか伊角君はきちんと私のほうを向いていて
聞き入っている。

「伊角君は、どう?」

「・・・オレは・・・」

「囲碁、嫌いになったわけじゃないよね」

「あぁ・・・」

「好きこそものの上手なれってね。
伊角君の理解能力は勉強で使うもんじゃないと思うな」

「?」

「その処理速度は囲碁のためなんでしょ?
つまりさ、これからも囲碁続けてよ」

「・・・オレは・・・囲碁が好き・・・
そうだよな。
『好きこそものの上手なれ』
いい言葉だな!」

そういってはにかんだ伊角君。
見てるこっちが幸せな感じ。

「オレ、続けるよ、囲碁。
これからも、ずっと。

試験はまだ受けられるから
もっともっと勉強して――あ、囲碁のだけど
絶対受かってみせる!」

力強いその言葉。

「うん、頑張れ」


そういったの前に

差し出された手


さん」

「あ・・」

「ありがとう」




大きくて分厚い手を

そっと握って

私たちは握手した。



さんはきっと受かる!
オレが太鼓判を押すよ!」

「何で?」


帰り道、とっぷり暮れた秋の空。

隣の伊角君が唐突に言い出した。

「だって、オレがかなわなかった1番の座に
ずっと居座ってたんだから」

「へ?ってことは伊角君て席順2番なの?」

やっぱり頭よかったんだ・・・

「そして、お守り」


といって、彼はポケットから白いものを出した。

「これ・・・」

「碁石。やっぱり忘れられなくっていつも持ってたんだ。
黒いのもあるんだよ」

小さくて丸い碁石。
かざして見たら、満月と重なった。


「ありがとう。
大切にする」

さんも頑張って」

「うん。お互いにね」

もう伊角君には
補習なんて要らない。

進路も
気持ちの整理もついたから。

















数ヶ月後。

私の桜は咲いた。

今では元気に大学生活を満喫している。



彼は、というと

先日ついた、中国からのエアメールの中。

「中国棋院」という建物をバックに

晴れやかな表情で写真に写っている。


そして、カードには



『もう、迷わない

    日本に帰ったら、すぐ連絡する』






私は、君の

道しるべになったんだね。








end*






:::::::::::::::::あとがき:::::



思ったより長くなってしまって
最後は無理やりしゅーりょーって感じです。

伊角さん、好きなのになんでこんな・・・(沈)
ダークでセリフ少なくてつまんなさMAXですね。

私の伊角考↓(要らない)
優秀/インテリ系/学ランきっちり閉めてます系
流行なんてさーっぱり系/ジーンズ大好き系

わけわからん・・・

当初の作品設定はこうです!!(言い訳)
→プロ試験後11月くらい?
伊角が落ち込んでいるところを励ます。
そのうち惹かれる。
自分は成績優秀だが受験にいまいち自信が持てない。

ズレが生じてます。
まぁいいや(いいのか?!)
















PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル